花咲くいろは 第26話「花咲くいつか」(終)

 ぼんぼり祭りで孝一と再会する緒花は、そこで自分の気持ちを伝える――。


 最終回。
 完璧。
 完璧すぎる。
 いやほんと、こんなアニメよく作れるよなぁ……本当にすごいわ。
 作品のテーマは「自分の居場所」。祖母は、自らの手で自分の居場所を作り出した。母は、その居場所に収まりきれず外へと出て行った。そして緒花は、押しつけられた所で自らの居場所を見つけ、祖母の生き様に自らの生き方を見いだした。
 そんな地味な物語を、6ヶ月間かけて、旅館という超古くさい舞台で、丁寧に丁寧に、なおかつエンターテイメント性溢れる、笑えてダイナミックな演出で描いてくれた。コンセプトが普遍的だからこそ、そして見せ方が現代風だったからこそ、これだけいいものに仕上がったんだと思う。
 というかこんな脚本良く書けるわほんと。本筋の地味さはよく企画通ったなぁと思うし、逆にこの地味な本筋をよくここまで面白おかしく盛りつけたなぁと思う。毎回笑える内容になっていたのはほんとすごいわ。きっと相当準備して脚本練りまくったんだろうなぁ。
 実際、本当に細かいところまで作り込まれていて、よほど費やさないとこうはいかないと思う。最終回だけ見ても、舞台風景が非常に綺麗で見惚れるし、所々3Dモデルで作られていて舞台として機能するようになってるし、かなり早い段階から準備しないとここまでのものはできないと思う。キャラの作画だってクオリティまったく落ちなかったし。
 キャラはわりと地味だった(爆)、でもとても愛着のわく、決して忘れられない登場人物達だった。緒花ちゃんかわいすぎる……。いやまぁインパクト的にはおばあちゃんの方が上だが(爆)。


 人は独りでは生きられない。人は居場所を求め、ある者は居場所を作り、ある者は居場所を見つけ、ある者は居場所を転々とし、ある者はいつの間にか居場所にいたことに気付く。
 そしてほとんどの者は、その居場所から出て行こうとせず、手放そうとせず、大事にし、居座り、しがみつき、そして居場所とともにすべてを失う。
 だが、未来永劫ありつづける居場所など存在しない。世界はうつろい変わりゆき、暖かな巣はあっという間に朽ち果てる。
 だから自らの手で、居場所を作り、あるいは見つけ、渡り歩き、もしくはいつのまにかそこに居たりして、自らの居場所へとたどり着かなければならない。
 ならば勇気を持って、出ていこう。自分の足で、次の居場所へと歩きだそう。そして、自らの居場所を勝ち取ろう。
 七十前の女にできて、我々にできないはずなどないのだから。