医療ジャーナリスト蒲谷茂の日記

2018-07-14 様子を見ましょう

放射線治療が終了し、がんの状態はどうなっているのか。


内視鏡検査MRICT検査を受けた。

内視鏡検査では、膀胱の内部に少し膨らんだところがあり、医師は気にしていた。

さらに、膀胱の出口付近に炎症があった。これは放射線治療による副作用と思われる。


そして、MRICT検査の結果、泌尿器系には問題が見つからなかった。

画像からがんは見つからなかったといっていいだろう。


膀胱内部のふくらみは、放射線治療によるもの判断され、経過観察は必要だが、

特別に何か治療をすることにはないとのこと。

肺にごくごく小さな点ががあり、これも経過観察していこうということに。


抗がん剤治療は行わないという結論に至った。

抗がん剤は、腎臓負担がかかることが多く、当初医師積極的でなかったのだが、

再発が考えられ、検討していたが、今回の検査の結果、いまのところ使用しないということになった。

正直言って、ほっとしている。

まったく心配がないというわけではないが、いまのところ「様子を見ましょう」という感じ。


がんになって学んだこと、気づかされたことが、いくつもある。

それをしっかり受け止め、考え続けていこうと思っている。

2018-06-28 自分のからだを守るために

副作用といっても、いろいろあります。誰もが思い浮かべるのは薬ですね。

風邪薬の中には眠くなるものや痛み止めにも胃腸の具合が悪くなるものがあります

こうした経験から風邪薬を飲んだ後は車の運転は控えるようにいわれます。そして、痛み止めといっしょに胃腸薬が処方されることがよくあります


ここで少し専門的な解説をすると、薬の場合、その薬の効果を「主作用」といい、それ以外の作用が「副作用」です。

いまの医療は、薬に限らず、主作用副作用があることを認め、それに対してできるだけ対処しようとしています

人によって、副作用が現れない場合もありますが、治療の際には副作用がきちんと説明されます

そこで、大切なこと副作用などについて、しっかりわかるまで説明してもらいましょう。

手術を受ける場合不安になるにはどんなことが起こるのかがわからないからです。

手術の内容を含め、副作用についても、わかるまで説明を受けることです。


副作用について、

1それは誰にも起こることなのか

2よく起こることなのか、その割合

3ごくまれに起こることなのか、その割合

こうした質問をしてみて、確認しておくことが重要と思います


わたしの知り合いで、お父さんが結構大きな手術を受けることになり、その内容、手術後の経過、注意点、再発など、医師に徹底的に聞きました。

お父さんはもういいよ、という感じだったようですが、家族として安心で手術を見守ることができてよかったといわれました。

手術を受けるにしても、投薬を受けるにしても、その主体患者にあります

遠慮はいらないと思っています自分からだのことですから


わたし場合、がん治療による副作用がいくつかあります

現在服用している抗がん剤腎臓機能をできるだけ損なわないものが使われていますが、食欲不振という副作用があり、なんとなく好き嫌いがはっきりしてきました。

子どものようだといわれています。食べられないわけではないのですが。

放射線治療副作用は、頻尿と排尿痛。小用が近くなり、そのたびに少し痛みがあります。これはちょっと気になります

腹膜透析をしているのですが、手術を受ける前は、ウォーキングもできたのですが、いまは少し長い距離を歩くと、鼠径部に痛みがあります

椅子などに座ってしばらく休めば、痛みも治まるのですが、そんなわけでウォーキングはできません。


痛みは、本人しかわかりません。気のせいと思いたいのですが、痛みはなくなりません。

腎臓負担のかからない痛み止めを処方してもらっています

副作用かどうかわからない場合もあるでしょう。

かいままでと変わったことがあると思ったら、すぐに医師にいいましょう。できる範囲対処してくれます

我慢する必要はありません。

おなかを切り開いたり、放射線を当てたり、体にいろいろ負担をかけたのですから、致し方ないといえば、そういうことですか。


体は命の器だとしみじみ感じています

体の具合が悪くても、命には変わりはありません。

体は元に戻らないかもしれませんが、命は脈々と生きている、そんな感じがする毎日です。

2018-06-14 八ヶ岳ジャーナル

地元で発行されている八ヶ岳ジャーナルというタブロイド判新聞に連載をもっています

八ヶ岳ジャーナルは、毎月2回の発行です。

新聞の折り込み広告と同様の扱いですが、山梨県地元紙や全国紙では、

なかなか扱わない八ヶ岳南麓の地域情報掲載されています


地元紙や全国紙では、紙面の関係もあるのかもしれませんが、

八ヶ岳ジャーナルほどくわしく地域情報掲載されません。

八ヶ岳南麓に住む住民には、さまざまなイヴェントなども告知されるので、よく読まれています

また、地方議会の報告もあり、ふだんあまりなじみのない市議会で何が話題になっているかがわかります


こうした地域限定で、定期的に発行されている新聞は、全国でも珍しいではないでしょうか。


この八ヶ岳ジャーナルに連載しているのですが、今回で2度目です。

医療健康情報を発信しています

内容が「わたしはこんなことを知っている」

という感じで、どうしても上から目線になってしまいます

そこで、今回は、自身病気のことをできるだけ包み隠さず、書いています

最初自分の話を書くのは抵抗がありました。

でも、それが少しでも役に立てば、と思っています


腹膜透析を紹介した際には、読者の方から編集部に連絡があり、

自分もしてみたいが、ということでアドバイスをしました。

通っている病院対応しないと聞いたので、知り合いに頼んで動いてもらいました。

その人は腹膜透析をはじめました。


がんの話も続けています

いまやがんはふたりにひとりはかかる病気です。

それぞれ状況は異なると思いますが、わたしががんになって気づいたことなどを書いています

なかなかうまく書けませんが、このブログでも紹介していきますので、

よろしく。

2018-06-01 がんは気づきの病

がんになって知ったのは、「がんは気づきの病」だということ。

何に気づくのでしょうか。

いちばん大きなことは寿命に気づいたこと。

なんとなくいまの高齢者のように80歳、90歳と長生きできるだろうと思っていたのだが、

そんなに長生きすることはできないんだなと知りました。

生きている限り、誰にも寿命はあります

寿命は、人によって異なるわけですが、自分寿命を知ることは大きな出来事でしょう。

寿命があることに気づかせてくれたのです。

寿命を知るといっても、すぐに亡くなるわけではありませんから、いろいろ考える時間があります

そうした時間が与えられたといってもいいでしょう。

いままで生きてきた人生を振り返り、これから人生についても考えるようになります

漫然と生きてきたとは思いませんが、生きていることの大切さを知りました。

前回の連載コラムで「生ききる」と書きましたが、ただ生きるだけでなく、生ききることが大切と思いました。

確かにがんを告げられた人の手記の多くに、「生ききる」という言葉が見つかります

限られた命を十分に生ききりたい、と願うのです。

毎日が大切な日々なのです。

また、わたしを支えてくれている人たちにも思いを抱くようになります

現在放射線治療を受けているのですが、

医師看護師薬剤師医療スタッフ全員が、わたしの命を守ってくれているのです。

治療毎日病院に通っているので、なおさらそれを感じます

そして、なにより家族が、わたしのことをいちばんに気にかけてくれています

家族だけではなく、周囲の人たちの思いを素直に受け取ることができるようになりました。

感謝です。

それは、たいへん大きな「気づき」です。

生きることはひとりではないんだ、とつくづく感じています

わたし尊敬する先輩が『がんはいい病気』という本を書きましたが、本当にそんな気がしています

できれば、いろいろ気づかせてくれたがんと共存しながら、生きていければいいなと思っています

地元紙『八ヶ岳ジャーナル』のコラム自分の体は自分で守る」より

2018-05-16 負けないで

がんにかかった。

いくら注意しても、がんを完全に防ぐことはむずかしいと思い知らされた。


なぜがんになったのか、といろいろ考えたこともあったが、

わたし場合自覚症状というようなものはまったくなかったし、

腹膜透析ができているかどうかを確認する段階で見つかったので、

がんになったというより見つかったという感じだろうか。

見つかったのはよかった。


もともと腎臓問題があったので、尿が膀胱に流れていかなくなり、

腎臓水腎症という症状が起こることが十分に考えられた。

尿管がんによって、尿がせき止められ、水腎症になり、これががん発見きっかけだった。

だいぶ前に尿管がんを疑ったときがある。

そのときは、検査の結果、尿管と膀胱の接するところに憩室というくぼみができ、

そのために尿の流れが悪くなり、尿が逆流して腎臓が徐々に機能を失ったことがわかった。

超音波診断で陰になって映っていたのは憩室だった。

今回も、同じところに影が見つかったのだが、今度はがんが発生していた。


ブログでこうした自らの病状を公開している。

このブログが、フェイスブックと連動しているので、

フェイスブックで友人となっている人たちから、励ましの言葉をいただく。

たいへんありがたい。

「がんばって」という言葉は多いのだが、友人の造形作家のものは違った。

彼に会ったときブログわたし病気のことがわかり、

何か言葉をかけたいと思ったのだが、なかなか言葉が浮かんでこなかったという。

考えた末に「負けないで」コメントした。

いまのところ「がんばる」ていっても、腹膜透析毎日のことだし、

放射線治療による疲れも持ち越さないように、少し横になったりするぐらいだし

、食欲はあまりないが、できるだけ食べるようにしている。

がんばることの中身が見当たらない。


「負けないで」はどうだろう。

病気が見つかり、それを受け止めるしかない。

受け止めるということは、多少のあきらめが含まれている。

寿命を知ったと思ったのだが、

それは現在高齢者のように80歳、90歳、100歳と生きることがむずかしいということ。


これはあきらめかもしれない。

「負けないで」は、こうした心境に対し、病気に負けないという気持ちを持つこと。

これは大切だなと思った。

気力ともいえる。

負けないために、気力が必要だ。

わたしなどよりはるかに苦しい日々を送っておられる方々がたくさんいる。

生きる望みを失わないでがんばっている。

病気を見つめる、病気を認める、でも負けない。

これがいまわたしに求められている。