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日記亭「蕪野」 このページをアンテナに追加 RSSフィード

しらと(ハンドル名)の「蕪野」という名前の日記コーナーです。思ったよりも多くの方々に読んでいただいているようで、ありがとうございます。青森近辺のアートとかニュースのネタとか、自然関係の話題を中心に、好き勝手に書いています。 気に入ったら、ときどきでもお立ち寄りください。 ちなみに本館改装思案中。

2010-04-01 いつもどおり(わかっているよな?)

久々にニュースネタですね。

4月2日追記:エイプリルフールのネタでしたが、なんかいろいろとすみません来年はもっと準備したいなと思う)

◆東京都青少年保護育成条例に、仏教方面から懸念の声?

非実在青少年」の扱いに関して議論を呼び、3月には、継続審議とされることが決まった東京都の青少年保護育成条例について、仏教美術、特に「後期密教」と呼ばれる宗派の造形物に関し、規制の影響を危惧する声が上がっている。後期密教で、経典に説かれる教えを図解した曼荼羅や、信仰の対象となる神仏を描いたタンカなどの絵図、彫刻などには、経典に則り、男女の和合の姿を以て悟りの境地を示すという「父母仏」が描かれることが多いが、その女性の尊格は、ときに「十六歳の乙女」と解釈されるケースがある。それが象徴としての意味しか持たないものであり、実在する女性とは無関係であるという見解があるにしても、「非実在青少年」の概念抵触すると見なされる可能性が高いという。

仏教美術に詳しい「まんだらだらけ」代表A氏は、こう語る。「日本には、後期密教は広まっておらず、宗教としての影響は微々たるものだが、美術としての絵図作品は、美術館や個人の所蔵品など決して少なくない。仏教の教義や歴史の全体像をつかむ研究にとって、悪影響が出る可能性は決して低くない」

今後の条例成立の見通しは不透明だが、「マンガやアニメと同様に、仏教絵画二次元創作物であるが、ただその共通点だけで一括してとらえられるのかどうか」「マンガやアニメと宗教美術を区別ようとすると、よく言われる線をどこに引くかという問題もある。ビジュアルイメージをどう受け止めるかは、つまるところ内面の問題であり、政治権力による規制と結びつけるべきではないのは、同じことだ」「そもそも(後期)密教のこの部分は、まさに秘密の領域に属するものであり、こうして一般の目にふれることは戒められるものではないのか。その観点から、絵図の流通を含め、考え直す機会ではないか」「現実的に図像はそれとして広く知れ渡っている。その現実を踏まえて議論するべき」など、絵図を巡る意見も喧々諤々であり、議論の行方は、条例の議論と共に、先行きが見えていない。

関連ニュース

◆ねぶた・ねぷた 新幹線開業後の来夏、新幹線運行実施へ

今年12月の新幹線青森延伸開業後の特別企画として、青森ねぶた・弘前ねぷた・五所川原立佞武多が新幹線の線路上を高速で運行する計画が、発表された。

関係筋によると、この企画は、ねぶた祭り終了後、青森ねぶたのねぶた大賞、青森県知事賞と、弘前ねぷたの青森県知事賞、弘前市長賞の各受賞ねぶたと、五所川原からの1台が台車を新幹線の規格に合わせた列車用のものに交換し東北新幹線上越新幹線の経路上を運行するというもの。

新幹線の各停車駅では、ハネトや各ねぶた囃子演奏の他、「詳しくは明かせないが特別な趣向」のイベントを行う。

すでに、紙と木組中心のねぶたが新幹線の高速に耐えられるか、風洞実験および耐久のための材質や組み立て方法の再検討などは進んでおり、来夏には十分実現可能と見られている。

弘前市は、この企画にあわせ、ねぷた運行を上越新幹線高崎駅まで延長し、津軽藩の領地があった群馬県太田市尾島に直接、ねぷたを送り込むことを検討中で、現在関係者の間で調整が行われている。

関連ニュース

◆東京のスカイツリー建設現場で、意思伝達に障害発生中

さあ、天まで届く塔のある町を建て、有名になろう」と言った人がいたようなスカイツリーだが、数日前から作業員同士の意思疎通がうまくいかない出来事が見られるようになり、一部で問題視されていた。

それが、昨日、「そのゴミ、投げてけじゃ」という東北地方出身の作業監督の指示に、関東出身の作業員がゴミを地上300mから放り投げ、下にいた別な作業員に当たりそうになったことから一気に表面化。現場に険悪な空気が流れ始め、そこから「見てたかと言っただろうが」「満てたと言ったじゃろが」「高所の作業なのはわかっているんだから、今更怖いと言うなよ」「つかれたと言っただけだ」などの言葉が通じない現象が次々に明るみに出、作業は事実上停止状態。このままでは、全体の工期にも影響が出かねないと、関係者は気を揉んでいる。

一部では、天を目指す塔を建てようとしたことで天罰が下ったとの声もあり、ネット掲示板では「神降臨」と祭りが始まっているところもあるなど、言語学宗教学の識者も巻き込んだ論争が起こっている。

関係者は「これからは都内出身の作業員のみで事業を継続することも考える」とのコメントを発表したが、これに対して都内の下町山の手でも通じない可能性があるのではとの疑問の声もあり、対策には時間がかかりそうだ。

その他ニュース

2010-01-17 15年前のことを思い出しながら、ハイチに心を向ける日 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

15年前、「この地震がもっと暖かい季節に発生していたら」「人が動いている時間帯に起こっていたら」ということがささやかれていたのを思い出した。

そう、ハイチの地震は、地理都市環境政治の状況など、異なるところも多いが、そういうあのときの「もし」がある程度現実になった悪夢と思われる。

ネットのおかげで情報の入手量は飛躍的に増大しているとはいえ、日本で知ることができることは限られているし、直接行くわけにもいかないが、そんな今のハイチのことを思いながら、あの日のことを思い出す。

15年前、大阪府吹田市西部にいた私は、若干の危機を回避しつつ、ラジオの「大津では信号が止まって」とかいう、あまり大事っぽくない速報を聞いて、今いる場所の状況と比較し、なんとなく阪神方面が大変な騒ぎになっている予感がしていた。まさか、あれほどの惨事が展開しているとは思わなかったが。

その後、勤め先に行く交通手段(北大阪急行)が断絶されていることを知り、出勤できないまま、徐々に伝わってくる情報に深刻さを感じながら、テレビ、ラジオ、ニフティのいくつかのフォーラムなどを見て、時には知人の無事を確認したり、そんな一日だったと記憶している。

それから数カ月間、勤め先の同僚支援で何人かで神戸に行ったり、地団研グループ地盤などの被災状況を調べて回ったり(これは3,4ヶ月くらい後からだったか。さすがに直後はいろいろとじゃまになりすぎると判断)、特に西宮仁川で斜面崩壊の現場から犠牲になられた方が運び出される現場に遭遇した光景は、今も鮮烈な記憶として残っている。

あのとき見聞きし、体験したことは、今の自分に大きな影響を残した。そして、今の地震。

いくつか伝わってくる映像写真を見る度に、心がかきむしられる気分。特に地震に対して自分の反応が強いのは、やはり、あのときの体験からだろうか。今の自分は現地においそれと行けないし、行ったとして何ができるでもない。現地で頑張っている人たちを応援・支援することだけは、せめて、考えたい。

いろいろな被災者の方々を援助する手段はあると思うが、とりあえず募金について。いくつかの募金経路ができているようだ。募金に協力する場合は、各自信頼でき、自分が意図する用途に近いことに使ってくれそうな募金先を探すのがよいだろう。

また、この地球で生きるということは、こういう猛威に見舞われること込みで生きていくことだということを、うまくは言えないけど、思い直しながら、今日の生活を重ねていこうと思う。

2010-01-12 1月10日、11日:ダンスワークショップ@国際芸術センター青森 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

イギリスから青森に来ているショーネッド・ヒューズさん指導のダンスワークショップが、国際芸術センター青森で1月10日から始まり、私も参加しています。

個人的には、年末からけっこう痛い四十肩?のリハビリも兼ねています(^^;)

きっちりかっちりしたダンスではなく、各人の身体から自ずと現れてくる動きを組み合わせたパフォーマンスによって、空間を作っていくような趣向とみた。

10日は、雪の中でみんなで思うままというか、自分が考えたままにはちゃめちゃに動き回り、その動きを室内で再現して、一組のダンスを作る作業。

いやもう、はしゃいだはしゃいだ。私は上着2枚(帽子手袋なし、ズボンはさすがに2枚重ね)で雪に埋まり、周囲のリクエストで叫んだりして。手は、かじかんで感覚がなくなってました。

こういう感覚は、少なくとも高校を出て以降の記憶にはないです。

手のしびれが今朝まで残り、まだちょっと痛いのはそのせいなのか、わかりませんけど。数十分の「やぶこぎ」でこのていたらく。明治の八甲田で遭難した雪中行軍のきつさはいかばかりかと。

それはそれとして、室内(というかセンターギャラリースペース)に戻って、雪の中でやったことをダンスに再構築するわけですが、雪の中では我を忘れていたけど、室内でビデオを見ながら改めてダンスにしようとすると、なんか理性が邪魔をしたり、雪がクッションになること前提で倒れ込んだところを、ギャラリーのコンクリート平面の上で真面目に再現したら絶対怪我するけどどうやって安全な振りにするか、とか、いろいろと考えるポイントがありました。そこを自分の身体と相談しながら作るのも、一興という感じです。出来上がりはどうだか知らないけど。

11日は、ヒューズさんの指示で各自持ってきた「人が何か動きを見せている写真」から、誰かのポーズを取り出し、それを組み合わせてまた一組のダンスを作る作業。

凍える危険はなくて楽と言えば楽だけど、各自構成を考えるのは、それなりに大変でした。

私が持ってきた写真の中で、自分が気づいていなくて、ヒューズさんが「interesting」と言ったポーズが、言われてみると面白いなあと感じたり、他の人とは「このポーズはこうしたらいいんじゃない?」みたいな感じで身振り手振りでやりとりしていたり、ヒューズさんもみんなも熱心になって、振付を進めていくのが楽しかったです。

こうやって、さらに2日のワークショップ+αを経て、30日に発表会を行うということです。

当日は地元の手踊りの師匠をやっている方なども参加するそうです。

ヒューズさんは、ARTizanが招聘する形で、セゾン文化財団からの助成を受け、2年がかりで青森と東京を拠点としながら、ダンス作品を制作する予定です。(情報ページ


【参考】ショーネッド・ヒューズさんのWEBサイト

2010-01-09 新日本記者クラブ(仮)という動き このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

twitter を始めてから、自分が興味を持てそうな分野についてつぶやいている人たちを、ほとんど手当り次第にフォローしている。

今のところ、一度かけたフォローは、自分から外したことはないので、フォローしている人の数は増える一方だが、それが多くなりすぎて困るというレベルに達しているでもなく、それなりに大量の書き込みから興味深い情報楽しいおしゃべりを拾い読みして、適当つぶやき返したりして、それなりに楽しみながら刺激を受けたり情報をもらったりしている。

その反動で、ちょっと復活してみようかなと思っていたこのはてなの日記が、またなかなかアップしなくなったりしているのは、自分でも生き方がぶれまくっているなあなどと思うところはあるのだが、それは追々解決したいものだ。

そんなtwitter の中で、フリージャーナリストの人たちを中心として、政治分野での「記者クラブ」についての問題が、わりと頻繁に提起され、記者会見現場からの実況的なつぶやきから、現状が伝えられることが多くある。

上杉隆氏がことあるごとに語っているのをはじめ、WEBで「記者クラブ問題」を検索してみると、いろいろな議論、意見、現状報告のようなものがヒットする。

特に政権交代タイミングで、記者会見への参加自由化、記者クラブによる独占体制の解消が、大いに期待された中で、それが政権交代の出だしからつまずいたところから、こうした動きはさらに活発化しているように見える。

そうした動きの一つとして、「誰もが参加できるプレスネットワーク」を作ろうという機運が盛り上がっていて、その議論をtwitter 内で見ることができた。そして、この日記タイトルにある「新日本記者クラブ(仮)」の提案に至ったようだ。

その議論の様子は、「新しい記者クラブをつくろう」というページで読むことができる。そして、賛同者募集(予備調査)の「参加」を呼びかけるページもできている。

興味ある方は、賛同者として「参加」してみてはどうだろう。今のところ、はてなmixiなど、登録可能なサービスアカウントと、意見やメッセージ入力するだけである。予備調査なので、「参加」に伴って義務は何もないそうだ。

私も、賛同者ということで自分のアカウントをリストに加えた。自分はジャーナリストとして活動してはいないし、「健全ジャーナリズム」というものを、提案された方々と共有できているのか、いまいち自信が持てないでいるが、それでも、数々の報道記事や書籍を見たり読んだりしてきた経験は、こういう問題提起が妥当かつ必要なものであると、自分に感じさせている。

しばらくは、twitterなどで交わされる議論を受け止め、この動きに自分がどういうスタンスをとっていこうか、勉強しながら考えてみようと思っている。

2009-11-15 11月7日・8日のことを今頃書く

■(11/07)取手アートプロジェクト2009訪問のこと

 先週の土日のことだが、11月7日と8日は東京方面に行っていた。

 主目的は、地学団体研究会会議に出席することだが、その前に常磐線に乗り、「取手アートプロジェクト」に立ち寄った。

 朝10時ちょっと前に、駅前の屋台タイプの案内所で、すぐ近くにある案内所「とりでアートコンシェルジュ」を教えてもらい、そこに向かう。

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10時のオープンにちょっと早かったので、まだ入らない方がいいかなと思って周囲をなんとなくみていると、中の人から声をかけられ、入れてもらった。取手アートプロジェクトは、公募展示とオープンアトリエの企画を交互に行っており、今年はオープンアトリエの年だとのこと。作品そのものというより、地元中心の作家の方々の(芸大学生なども含めて)作る現場が観られるかな、と思う。

 そこで話していると、もうすぐバスツアーがあり、少し離れた藤代方面のいくつかの地点を巡ることができると聞き、参加することにした。

ツアーマイクロバスに乗って、藤代を中心に4つのスポットを回るもの。

最初の地点は「Casa del Ritmo」。2人の作家が住居兼スタジオとして使用している一軒家だ。家の外装は、また違う作家の壁画が描かれている。

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振動をテーマとした作品の話などをしてくれた揚妻さんと、インタビューした言葉品詞と長さをパラメータにした音楽を実演した松本さん、それぞれにがっつり取り組んでいる感じ。

 次は、「ふじしろ図書館」で、奈良榮子さんに、自作品と、共に絵を描いたり、作品展の手伝いなどをする、障碍を持った青年たちの作品と、その活動について紹介していただいた。こういうところで出会う作品に、時として、心に残って後々絵依拠されるものがあったりする気がする。

 続いて、藤代駅に近い「オオタミュージック」では、太田さんがファゴットミニコンサートをしてくれる。ファゴット独奏でバッハモーツアルトは大変そうだ。息継ぎとか。そこに、修練のあとというかすごさというか。後半のイージーリスニング調の演奏は、バッハなどと変わって、ゆるやかに聴くことができた。吹奏楽器の独奏にとって、曲とか作曲家ごとの難易度を考えてしまった。

 最後はキリンビール工場ゲストホールの「いちねんせいのさくひんてん」。近辺の小学校と、交流がある中国の小学校(と中国では言うのだっけ?)の一年生たちが「のりものにのって」というテーマで書いた絵が展示してあった。ここで、くじをひいてあたった番号の作品について、その絵を描いた子にメッセージを送るという企画に参加。どう書こうか迷っているうちに時間がなくなり、慌てて提出した感じで、自分があたった子には申し訳ないというか、書いた字がまた小学生にも読めるかという悪筆になってしまい、軽く自己嫌悪があったりして。

 何にせよ、こういう機会でなければ観られなかっただろう地点を巡ることができて、参加させてもらえてよかったと思う。

 さて、私はツアーのバスが最後に取手駅方面に向かう途中で、取手井野団地おろしてもらった。ここにはプロジェクトのオフィス兼アートスペースである「Tappino」をはじめ、いくつかのスポットがある。

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「Tappino」は団地内の銀行の営業所跡の建物改装してつくったスペースで、中には「みかんぐみ」政策の団地のジオラマ風の巨大なテーブルが設置されている。

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アパートの形をしたボックスが、仕切りのように使える。物を置いて何かするには、ちょっとどかさないといけないようだが。

「Tappino」で、軽い昼食を注文し、食べた(おいしいパンとスープだった)あと、近辺のスポット巡り。蘭などの栽培スペースあり、古い酒屋で日本画を展示しているところでそのスペースでイベントをいろいろやっているそ話を聞いたり、ビデオ作品で思いがけなく地元青森番組にその作家がゲリラ登場したシーンを観たり、それぞれにおもしろかった。

最後に、井野団地から取手駅に向かう途中にある「拝借景」を見学。古い民家内に展示をちりばめた現状も面白いが、これからの改造計画?に、場所を楽しむ感覚が見えて、興味深い。実現したら観てみたいな、とも思う。

これだけ廻ったら、けっこうぎりぎりな時間になり、駅近くの「コンシェルジュ」に再度立ち寄り、挨拶してから、電車に乗って東京に戻る、というか、脇目も振らずに、会議がある練馬に急いだ。

この文章の最後に、いろいろスタッフの方々にお世話になり、ここに改めて、ありがとうございました。

■(11/08)地団研・理論の学習会「系外惑星科学の最前線」

 前日夜の会議については、特にここで書くことはないと思うが、まあ、2011年に青森(弘前大学)で総会を開催するので、それについて報告やらこれから他支部にもお願いごとをするだろうからよろしくと言ったりとか、まあそんなこんなで。

 翌日は、理論の学習会で、上記テーマの講演を聴いた。講師は東京工業大学助教の生駒大洋さん。

 と言っても、これもまた、長々とここに記録することもないだろう。太陽系の構成に始まり、そこから考えられていた恒星系の形成モデルが、太陽系外惑星が発見されていくに伴い、どのように変更されていったか、あるいは太陽系をもとにしたモデルは、そもそも恒星系のモデルとして一般化できるものなのか、などのトピックを、太陽系外の(つまり他の恒星系の)惑星がどのように発見されてきたか、どんな惑星が発見されたのか、などの話と絡めつつ、わかりやすく解説されていった感じだった。

 この日話されたことは、今後の研究の進展、観測される事例の増大によって大きく変わる、下手するとひっくり返ることもあるかもしれないが、それも込みで、科学の日進月歩の最前線の一つの姿が垣間見えた気がした。

■東京国立近代美術館「河口龍夫展」

 河口龍夫の作品は、その一部を青森市のギャラリーで観たことがあった。同じ時期に、国際芸術センター青森でも展示があったはずだが、そちらには行けなかった。確か、化石のフロッタージュが展示されていたと記憶している。時間と空間に対する捉え方が、地質学的な気がして、その頃から気になる作家だった。もっとも、名前を聞いたら気にhしていることを思い出すという感じであり、年中気にし続けているというものでもないけれども。

 そんなわけで、今回の上京の期間に、ちょうどこの展覧会があると聞き、ぜひ観ようと思っていた。練馬から池袋(ここで昼食)経由で有楽町線、東西線と乗り継いで竹橋駅から近代美術館へ。重いかばんはロッカーに押し込んで、会場に入る。

(以下、後日追加)

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