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2017-08-09

【既刊紹介/戦争シリーズ1】 加藤哲郎『「飽食した悪魔」の戦後 731部隊と二木秀雄「政界ジープ」』 ―――共謀する医学と政治

こんにちは、営業部の白井です。

今回の紹介書籍は、加藤哲郎『「飽食した悪魔」の戦後 731部隊と二木秀雄「政界ジープ」』です。

本書は、第二次世界大戦下における満州で人体実験や細菌戦を実行した関東軍731部隊についてまとめたものです。731部隊が、戦時中はどのような軍事活動を行い、そして敗戦から戦後への過程でいかにしてその戦争犯罪は「隠蔽」され「免責」されたのか、またその組織の中心人物たちが戦後の日本社会に「復権」するところまでを追いかけていきます。

著者の加藤哲郎先生は、本書において言わば「探偵役」として、満州から金沢そして東京にいたるまでの「犯人」の足跡をたどり、またさまざまな新資料から証拠を拾って、戦後日本の裏側に隠された罪業をえぐりだします。

ところで、その「犯人」とはいったい誰のことでしょうか。それは「飽食した悪魔」たち、すなわち731部隊のことですが、本書のなかで特に焦点を当てて描かれるのは、細菌戦学者、実業家、医師、宗教家という四面相を持った怪人のような男・二木秀雄です。

まず「飽食した悪魔」とは、1981年に出版されて話題となった作家・森村誠一の『悪魔の飽食』(光文社カッパ・ノベルズ)に由来します。それというのも、731部隊とは「帝国陸軍一の美食部隊」であり、内地=日本国内が戦時下の貧しさに苦しんでいた頃でも、この組織では「銀シャリ」をはじめとして「ビフテキ」や「エビフライ」、さらには羊羹や果物などのデザートも食べることができたというのです。

こうした贅沢な環境を与えられていた731部隊。この組織で行われていたのは、科学者の研究倫理をはるかに逸脱する人体実験や細菌戦であり、その実働部隊で暗躍する人物こそが、戦後の医学界や出版界や政財界、さらには外交関係にも顔を出す731部隊所属の医師・二木秀雄なのです。

本書で加藤先生は、主にGHQによる日本占領期(1940年代〜1950年代)にスポットライトを当てて731部隊と二木秀雄の動向を調査していきます。その際に用いる視点が「貫戦史」と「情報戦」であり、他の731部隊研究とは異なる本書の特徴的なところでもあります。

「貫戦史」とは、戦前・戦時中における社会制度や人材・情報・資財などが戦後の冷戦体制に即して再編成されていく過程を指します。本書に即して言うならば、戦時中は大日本帝国のために創設された731部隊の医学者や実験データや軍事資料が、戦後は戦犯免責と引き換えにしてGHQ占領軍によって反ソ戦略のために利用されていく、この政治的な経路を意味します。そして「情報戦」の視点から、日本人戦犯(+実験データ)をめぐる米ソの諜報活動や政治利用、それから二木秀雄が発刊した雑誌「政界ジープ」における政治的言説の変遷などに着目するのです。

この二つの観点によって731部隊を分析することで、加藤先生は日米合作による「戦後の裏側」を指摘し、戦時体制と戦後社会の連続性を炙り出していきます。

本書は、前述した四面相の怪人・二木秀雄の数奇な生涯をたどりながら進行するわけですが、この人物を一言でいうならば、彼は「何食わぬ顔をして平然と新しい波にスイスイと乗り生きる」ような男でした。

二木はまず731部隊の結核班を率い、そして敗戦になると証拠隠滅作戦を指揮します。満州から引き揚げたのちには故郷の金沢で仮本部をつくり、そのインテリジェンス担当として占領軍の情報収集や帰国隊員の連絡網の作成に注力していきます。

その後、二木は出版社の社長に転身。金沢で雑誌『輿論』を創刊し、のちに東京へ進出して雑誌『政界ジープ』を発刊します。731部隊の戦犯訴追の可能性がほぼ消えた1948年、それまで政治的中立を保っていた二木の『政界ジープ』は、反共保守・反ソ親米へと「逆コース」化していきます。そして、雑誌『経済ジープ』、娯楽雑誌『じーぷ』、厚生省医務局編『医学のとびら』などを次々に創刊し、情報網と人脈を多角的に広げていき、731部隊の「復権」を後押しします。

GHQによって日本の医療改革や衛生政策が行われる過程で、731部隊の中心人物たちは医学界や製薬業界などに復帰していき、進駐軍や厚生省の調査と委員会にも加わり、とうとう「復権」を果たしました。このことは、二木の『医学のとびら』が厚生省のお墨付きであり、また雑誌の紙面広告には医薬業界の宣伝が数多く掲載されていたことからも、「復権」の構図がよくわかります。

このように二木秀雄は、仮面を次々に取り替えるようにして混乱の時代を生き延びたのですが、しかしその根底では731部隊の「隠蔽」「免責」「復権」と深く関わっていました。業が深く、抜け目なく、そしてしたたかな彼は、戦争の宿痾を戦後日本へと延命させた人間のひとりなのです。

ここで紹介したことは本書のごく一部にすぎません。

本書は、近代戦争の末路、世界の冷戦体制、GHQによる日本の占領政策、雑誌メディアの言説史、そして731部隊と二木秀雄の人生を重層的に記述したものであり、それと同時に「戦後=民主主義」に対する批評的な捉え方を見せてくれます。また、この歴史を裏付ける膨大な資料の分析と、その解釈から導き出されるひとつの歴史像は、これまでの731部隊研究を串刺しにするような形にもなっています。

二木秀雄をはじめとした731部隊の群像劇を描きつつ、その暗い蠢きに学術的な視点から光を当ててみせた本書は、歴史ファンにとっても垂涎の一冊と言えるでしょう。政治学の知見と歴史研究の成果があますところなく詰め込まれた圧巻の一冊、戦争をふりかえるこの季節にじっくり読んでいただければと思います。

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アマゾン⇒ https://www.amazon.co.jp/dp/4763408097

版元ドットコム⇒ http://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784763408099


週刊読書人ウェブに掲載された書評

http://dokushojin.com/article.html?i=1843

2017-06-23

【既刊紹介/都市論シリーズ  熊代亨『融解するオタク・サブカル・ヤンキー ファスト風土適応論』―――若者文化と都市のクリティカル・ポイント

こんにちは、営業部の白井です。

これから三回に分けて「都市論」をテーマに花伝社の既刊本を紹介したいと思います。

今回の紹介書籍は、精神科医の熊代亨先生(@twit_shirokuma)が執筆された『融解するオタク・サブカル・ヤンキー ファスト風土適応論』です。

本書は、かつて若者であった人々が抱える「尖った自意識」の軟着陸を目的にした心理学的な処方箋であると同時に、消費社会論/都市文化論の系譜につらなる著作でもあると思います。

本書は、現在のファスト風土(=郊外)に広がるロードサイドの景色、そして若者たちの「リア充」的なライフスタイル、ネット上のコミュニケーションを介した“地元”などを活写するところから始まります。そして、そこから1980年代までさかのぼり、「都市」「消費文化」「若者」のあり方がどのように変遷していったのかを追っていきます。

バブル景気とともに爛熟した都市の消費文化は、当時の若者たちにとって、「(凡庸な他人と違って)私はこういう人間です」というアイデンティティの自己演出を可能にするものでした。80年代から90年代にかけて日本は、東京にかぎらず、地方都市や郊外にもセゾン=パルコ的な流行文化が浸透し、そして90年代から00年代前半にいたり、商品選択を介したライフスタイルの「差異化ゲーム」が若者たちを「オタク」「サブカル」「ヤンキー」といった文化圏ごとに細分化していきます。

と、ここまでは宮台真司・石原英樹・大塚明子『サブカルチャー神話解体』(PARCO出版)を髣髴とさせるような現代版「若者文化論」的な内容ですが、本書はそこからが違います。「自意識」という問題が前面に押し出されている本書は、「成熟のための心理学」であり、かつての“尖った連中”に向けられたメッセージになっていて、“若者以後”の実践的な生き方へとコミットしていきます。

変わったもの、最先端のもの、流行りのもの、そういった「普通とは違う何か」を自分の趣味や嗜好に取り入れて保ち続けてきた「この特別な私」は、まずバブル景気に支えられてきた消費スタイルでしかなく、それになによりも「元気あふれる若さ」や「みずみずしい感性」が必要になります。しかし、「身体の老い」や「感性の保守化」は誰しもが避けられないことであり、それは「この特別な私」として尖り続けることの限界点なのです。

そこで熊代先生が提案する処方箋は、ファスト風土の地元でコミュニケーションを大事にしながら「ヌルく生きる」リア充的な共同体主義です。それは、商品やコンテンツの選択を「アイデンティティ」のためではなく、「みんな」と価値を共有するために行うライフスタイルへのシフトであり、「みんなと楽しむため」の選択を通したコミュニケーションによって、自分のアイデンティティを仲間たちと相互に確立するわけです。その結果、「何でもあるが何もない」ようなファスト風土のなかで、「オタク」「サブカル」「ヤンキー」という文化圏の差異はたんに消費される記号でしかなくなり、その三つの記号はリア充のヌルいライフスタイルのなかで融解する―――。

私が私を私にするという峻烈な生き様に幕を引き、そうして新しく始まるのは、みんなと共にかけがえのない年月を重ねてゆく生き方ではないでしょうか。

本書のラストでは「誰も君にトドメをさしてくれない」「人は趣味だけでは生きられない」「新しい居場所を得るためのリテラシー」「特別ではない自分を愛せ」といった、かつての青春を供養し鎮魂するようなメッセージが語られます。熊代先生が90年代のオタクであったご自身を振り返りつつ、「尖った私」から「ヌルい私」へと歳相応の軟着陸をおこなうメンタル・シフトを指南するのです。

シロクマ先生こと熊代亨さんご自身が過ごした90年代の経験談、80年代から現在までの消費社会の変遷、三つの文化圏の分析、そしてこれからの「私」を生きていくための処方箋が詰まった盛りだくさんの一冊、「オタク」「サブカル」「ヤンキー」にアイデンティティを感じている方々はぜひ読んでみてください!

熊代亨『融解するオタク・サブカル・ヤンキー ファスト風土適応論』(花伝社)

https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4763407139/hanmotocom-22

シロクマの屑篭「『融解するオタク・サブカル・ヤンキー ファスト風土適応論』を出版します」

http://p-shirokuma.hatenadiary.com/entry/20140912/p1

「尖った自分とお別れし、今をヌルく生きよう!〜『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』によせて」

http://d.hatena.ne.jp/kadensha/20140922/1411351621


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2017-06-02

【イベント報告】山本達也×宮台真司「世界、日本、地方都市〜予測不能時代の生き方〜」

はじめまして、今年から花伝社の営業部員として入社した白井耕平です。よろしくお願いします。

今回の記事は、山本達也『暮らしと世界のリデザイン』刊行記念で行った対談イベントについてです。5月25日の夜に下北沢の本屋B&B様にて、著者の山本達也先生と宮台真司先生が約2時間にわたって色々なお話をされました。現代社会の核心的な問題を議論するところにまで発展したこのイベントの報告をさせて頂こうと思います。

スタートから会場は満員で、しかもどちらかと言えば年齢の若い方が多く、その表情を見ると山本先生と宮台先生のお話を熱心に聴こうとする様子が窺えました。会場はとても良い雰囲気に包まれて、登壇者のおふたりを迎えました。

ジャケット姿の山本先生と、黒いTシャツ姿の宮台先生は、見た目も対照的ではありましたが、話す内容もまた強烈なコントラストを描くようでした。弊社の佐藤は、この組み合わせを「ある意味、異種格闘技戦」と言っていましたが、まさにそのような印象を受けました。

自然科学と産業社会の知見を用いる山本先生と、哲学をはじめとして精神分析や民俗学などをベースに議論を展開する宮台先生は、アプローチの方法こそ違えど、対談の最後には「この時代における個人の生き方」を論点にして交差することになります。

山本先生は、まずエネルギーの文明論を解説し、そしてEdition4(ポスト・イージーオイルの時代)に適う都市像や、そこで小さなコミュニティを創っていく生き方について語り、その実践例として長野県松本市での「Matsumoto BBC」プロジェクトを紹介しました。他方で、宮台先生は山本先生の議論を引き継ぐようにして、「法外」の共通感覚に対する信頼によって支えられていた国民国家=大きな共同体が1990年代以降に衰退していったことを問題とし、そこから非寛容な存在が社会のあらゆる局面に出現したことを指摘します。こういった問題に対して宮台先生は、身近な話からアリストテレスまで引用しながら、最終的には「スモール・ユニットの仲間をつくれ」と回答をされていました。

あらゆる分野や観点を縦横無尽に行き交う山本先生と宮台先生の知性に会場は終始惹きつけられ、対談は駆け抜けるようにして終わりました。『暮らしと世界のリデザイン』が提起した問題と、その乗り越え方についてのおふたりの対談は、会場にお越し頂いた方々に響いたのではないかと思います。

最後に、山本達也先生、宮台真司先生、本屋B&B様、そしてご来場いただいた皆様、本当にありがとうございました!

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2017-03-03

【新刊案内】安川寿之輔・雁屋哲・杉田聡『さようなら!福沢諭吉Part2』

一年以上、ブログの更新が滞ってしまい、申し訳ありません。

弊社も人数が増えたり、刊行物が600点に達するなど、

日々新しい状況に直面しております。

去年の3月、『さようなら!福沢諭吉』というブックレットを刊行いたしました。

名古屋を中心に活躍される安川寿之輔先生、

車社会からAVまで幅広い社会現象を扱う、帯広在住の哲学者の杉田聡先生、

そしてあの『美味しんぼ』の作者、雁屋哲先生というそうそうたる面々に

まず圧倒されてしまったのですが、内容にまたビックリ。

なんと、あの福沢諭吉を、1万円札から引退させよう!という本だったのです。

去年刊行したブックレットでは、福沢諭吉は実は

人種差別やアジア侵略の考え方の始祖であったということを

お三方がそれぞれの視点から、それぞれの言葉で解説してくださいました。

(個人的には、1万円札は欲しいけれど、)

確かにそれが福沢であることに違和感を抱くようになりました。

ブックレット第一弾には読者の方からも大きな!反応があり、すぐに増刷し、

去年12月には同テーマをめぐって明治大学で大規模なシンポジウムも開催されました。

そして、今月、満を持してブックレット第2弾『さようなら!福沢諭吉Part2』を刊行します。

今回は、どうして福沢諭吉が偉人となるにいたったか、

戦後民主主義の論者たちにも鋭く切り込んでいきます。

この間に遊幻舎さんから刊行された雁屋先生原作の

『まさかの福澤諭吉』上下巻も必読です!

マンガまさかの福澤諭吉 上

マンガまさかの福澤諭吉 上

マンガまさかの福澤諭吉 下

マンガまさかの福澤諭吉 下

ブックレットでは、福沢自体がイメージでしかなく、

実は文章が読まれていないことが指摘されていましたが、

『まさかの福沢諭吉』では、

福沢のすべての引用を、雁屋先生が読み下していらっしゃいます。

とっても読みやすいです!

(読み終わると、カレーが食べたくなります。)

そして、理論をもっと深めたい方には、

杉田聡先生の『福沢諭吉と帝国主義イデオロギー』もおすすめです!

福沢諭吉と帝国主義イデオロギー

福沢諭吉と帝国主義イデオロギー

ぜひあわせてご高覧下さい◎

2016-01-15

梓会出版文化賞授賞式に出席してきました

すでに弊社ホームページやツイッター(@kadensha)などでお伝えしておりますが、弊社は第31回出版梓会文化賞を受賞いたしました。

その授賞式が1月14日、日本出版クラブ会館で行われ、弊社からはその後の懇親会も合わせて6名が参加させていただきました。


当日は代表の平田が「受賞のことば」としてスピーチさせていただくということで、平田のみならず社員一同、非常に緊張して贈呈式に臨みました。

また、「選考のことば」として、選考委員の方の講評をいただけることもあり、そちらも非常に楽しみにしていました。

選考委員の上野千鶴子先生による「選考のことば」の中に、「大賞の花伝社は、審査員満票ですんなり決まりました」とあり、これは戦後70年を強く意識したラインナップを評価いただいたということでしたが、毎年喧々諤々の議論がなされると噂に聞いていた選考委員会において、「審査員満票ですんなり」というのは非常に驚きました。

改めて、弊社書籍を評価していただいた選考委員の皆様にお礼申し上げる次第です。


平田のスピーチですが、事前に何人もの社員から「くれぐれも短めに!」と釘を刺されていたためか、コンパクトかつわかりやすい内容だったのではないかと(身内びいき抜きで)思います。

個人的に私が良かったと感じたのは、自社の繁栄ではなく、新規の起業も含め、出版業界全体の活性化を目指して出版活動を継続する大切さを平田が説いていたことです。

それは他の受賞社の方のスピーチからも同じく感じられたことなのですが、もう常態化して久しい出版不況を、嘆きの言葉として、あるいは言い訳として用いるのではなく、「だからこそいい仕事をしてかなきゃいけないんだ」というモチベーションの源泉として捉える、その部分を評価していただいたのではないかと思います。

梓会は中小の出版社が会員の団体で、出版文化賞は、出版社が「いい仕事してるね」という同業者を顕彰するという非常にユニークなものですが、本当に今私たち出版業に従事する者は一丸となって出版界を盛り上げていかなければいけないのだと、改めて気の引き締まる思いがしたものです。

その後の懇親会では、多くの業界関係者の方とお話しすることができ、非常に刺激的で充実した時間となりました。

そして、普通の感覚で言えばライバルなのかもしれませんが、「これからもいい本を出していくんだ」という志を同じくする多くの出版社の方々とともに、業界を盛り上げていければと思います。


今回の賞は弊社がいただいた形ですが、これは、今まで弊社を支えてくださり、応援してくださった著者やデザイナー、印刷製本業者の方々、そして流通を担っていただいた取次関係の方々、売っていただいた書店員の方々、何より弊社書籍を読んでいただいた読者の方々を代表して頂戴したものだと思っております。

きれいごとでなく、出版とは著者をはじめ関連業種の方々や読者がいなければ成立せず、ましてや継続していくためには、それらの方々から多大なご支援をいただかなければ不可能な、きわめて公共性の高い事業だからです。

本当に、花伝社を支えていただいていることに感謝いたします。


懇親会の後、弊社メンバーだけで繰り出した二次会の席では、平田の好きな歌の話題になりました。

平田はなんでもその歌を聴くたびに涙してしまうそうで、「まさに自分の人生そのものだ」と語っていました。

「それはまた大げさな」と一瞬思ったのですが、「我も行く 心の命ずるままに」というその歌、「昴」の一節を思うとき、30年前、周囲の誰からも反対されながらこの会社を立ち上げた平田の決意がそのまま表現されていることに気付き、栄えある賞をいただいたこの日の最後、胸に込み上げるものがあったことを告白しておきます。

そして平田のスピーチには、「いつの日か誰かがこの道を」という思いが込められていたのかもしれない、とも。


出版という素晴らしい営みを仕事とする喜びをかみしめつつ、これからも花伝社は、皆様に「読んでみたい」「読んでよかった」と思っていただけるような本を出版できるよう、日々頑張っていきます。

今後ともご指導のほど、何とぞよろしくお願い申し上げます。

(佐藤)