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2017-10-27

『マッドジャーマンズ』について

 この度、勤務先の花伝社(弊社)から翻訳を刊行することになりました。その名も『マッドジャーマンズ』……「マッドマックス 怒りのデスロード」ならぬ、「マッドなドイツ人」……?

 とはいえ、この本、モザンビーク人についてのストーリーなんです!

 

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 モザンビークとは南アフリカの隣国で、元ポルトガルの植民地で、海沿いのリゾート地などもある、エビなどが名産の国ですが、私も弊社で水谷章・前モザンビーク大使の『モザンビークの誕生』が刊行されるまで、どこにあるかも、その歴史もまったく知りませんでした。(矢吹晋『習近平の夢』では、世界最貧国として紹介されています。)

モザンビークは近年、豊富な資源を背景に、日本企業の進出が相次いでおり、駐在員と思しき方のツイッターをいつも楽しく拝見しています。

 東ドイツでは、1970年末ごろから労働力が不足するようになり、他の社会主義国から出稼ぎ労働者を受けいれるようになります。ベトナムからは8万人が、そしてモザンビークからは2万人の労働者が東ドイツで働いていました。

 作家のビルギット・ヴァイエは、ケニアとウガンダ育ち。2007年にモザンビークに住む家族を訪ねた際に、完璧なドイツ語で話しかけられたことがきっかけで、元出稼ぎ労働者=「マッドジャーマンズ」たち(現地の言い方で「ドイツ製」を意味しますが、もちろん「頭のオカシイドイツ人」という侮りも含まれています)への聞き取りをはじめました。

モザンビークに戻った元出稼ぎ労働者や、ドイツに定住したモザンビーク人など十数人からの聞き取りをもとに、架空の3人のストーリー(とはいえ、個々のエピソードは本当に起こったこと、だそう)をまとめたのが本書『マッドジャーマンズ』です。

 ドイツでは、2016年に「マックス&モーリッツ賞」という、とても大きなマンガ賞を受賞しています(隔年で選出されているので、最新受賞作です)。日本人では、中沢啓治大先生や谷口ジロー大先生が翻訳マンガ部門で受賞されています。

⇒*試し読みはこちらから!

 バンド・デシネなどに比べ、ドイツのマンガには、あまり馴染みがないと思います。私は2010年からの1年間、ハイデルベルクという古い街に、交換留学生として滞在していましたが、その間、ドイツ語の学習のために、ともかくたくさんのマンガを読んでいました。ドイツでは駅のキオスクでは、必ずミッキーマウスやドナルドダック、シンプソンズなどのマンガが売られています(結構高いです!)。他にも『タンタンの冒険』、『スマーフ』、『アドルフに告ぐ』(聞いた話ですが、当時はヒトラーの『我が闘争』が禁書だったので、『アドルフに告ぐ』で初めてその引用を読む人も多かったのだとか)、サトラピ『ペルセポリス』、シュピーゲルマン『マウス』などなど……。しかし、これらはすべて翻訳作品です。

 ドイツのマンガで真っ先に浮かぶのは、「ロリオット」でしょう!

f:id:kadensha:20171027180040j:image=https://www.coolinarium.de/loriot-fruehstuecksbrettchen-das-ei-ist-hart/essen-trinken/a-5480/

 シニカルな1コマ漫画は、ドイツ語の授業などでも用いられることが多いです。

お世辞にも「ロリオット」は日本の可愛いマンガとは別物ですが、近年は、スイスでのイラン系移民のコミックエッセイや、日本に影響を受けた少女マンガ風の絵柄など、ドイツ語圏のコミックも深化を続けています。その最前線が『マッドジャーマンズ』です。

 特色の2色刷りですが、今回、印刷所の方にもご協力いただいて、現地と全く同じインクで刷っています。このインクは独特の匂いがあるので、ぜひ、実際にページに顔をうずめて香りを嗅いでいただきたいです。

 

 ドイツのマンガに話がずれてしまいましたが、『マッドジャーマンズ』は単に東ドイツの話でも、モザンビーク人の話でもなく、読み進めるごとに「あれ、自分と変わらない…?」というような錯覚というか、同情が沸き起こってきます。

 今回、作家の多和田葉子さまからも、以下のようなご推薦文をいただきました。


「わたしはこれまで少なからず東ドイツなど社会主義圏を舞台にした物語を読んできた。アフリカ文学やアメリカ黒人文学を読んで近しさを感じることも少なからずあった。移民文学については、もう読み飽きたと思うことさえあった。ところがこのグラフィックノベルはこれまで知らなかった入り口から、私の中にすっと入ってきた。登場人物ひとりひとりにちゃんと体重があって、顔も身体も美化されていないのに目をひきつける。社会主義の歴史は個人的な記憶のディテールでできているんだなと思う。いつまでも同じページに留まりたくなるような愛おしい線の描く人間や事物。誇張のない、シンプルで驚きに満ちたアイデアが至るところに満ちていて、ページをめくるのが楽しかった。」


 多和田様、お忙しいところどうもありがとうございます!

 ぜひあなたも、「いつまでも同じページに留ま」ってみてください◎


山口侑紀

2017-10-17

【既刊紹介/社会問題シリーズ  関谷大輝『あなたの仕事、感情労働ですよね?』

こんにちは、営業部の白井です。

今回の紹介書籍は、心理学者の関谷大輝先生(@Dr_OWAP)による『あなたの仕事、感情労働ですよね?』です。

「ブラック企業」が問題視されるようになって久しく、チェーン店のアルバイトから大企業の正社員まで、多くの人が自らの働き方に頭を悩ませストレスを抱えている現代社会。社会全体がこの課題に直面し、様々なアプローチで労働のあり方が問い直されているいま、本書は「感情労働」=「仕事をする上で感情をコントロールする必要がある職業」への対処法をテーマに、働く人の心についての考え方を示し、ストレス解消に向けて実践することのできるメンタルケアを提案します。

本書では現代社会における仕事のほとんどは感情労働的な性質を持ち合わせているとされていますが、このことは多くの人が経験的にお分かりかと思います。例えば、自分の気分とは関係なく笑顔を見せなければならない、怒りたいのに我慢しなければならないなどは、サービス業をはじめとしてよくあることではないでしょうか。こうした状態は、本書では「感情的不協和」と説明され、仕事上のストレスの主な原因とされています。そして、そのストレス原因を仕事のあとに思い出すことで発生する「副次的感情」によってさらにストレスを上乗せしてしまう場合もあり、関谷先生はこれを「感情労働のお持ち帰り」と呼んでいます。

心が疲れている人がとても多い――現代社会ではそんなことを誰もが直感的に感じているのではないでしょうか。かといって、感情労働的な性質をすべての職業から今すぐ取り除くことは、現実的に考えて不可能でしょう。そこで、関谷先生は感情労働の対処法を、「ラインケア」と「セルフケア」に分けて紹介されています。

組織全体での対策である「ラインケア」で最初にできることは「ストレスチェック」で、2015年の法改正により義務化されています。ストレスチェックによって業務中の「感情的不協和」が可視化できるわけですが、このままだと事後対応にとどまります。ストレスによる心身の疲労がたまると、ストレス解消のエネルギーさえ削がれてしまうと本書で指摘されています。なので、「まだ元気なうちから積極的にストレス解消をする」ために、会社全体で有給休暇の取得率を向上させることを第一次予防としています。

個人で取り組む「セルフケア」の方法も本書では紹介されていますので、ぜひ試してみてはいかがでしょうか。

皆さんは仕事を通じた日々のストレスについて、あるいは自分の心の状態について、きちんと考えたことはありますでしょうか?

ストレスの原因は百人百様です。その人の仕事、職場の人間関係、立場、そして性格によっても大きく異なってくるでしょう。それと同様に、ストレスケアにも「これが正解」という絶対的な方法はないと、関谷先生は述べられています。

ただ、本書には、飲食店の店長や店員、警察官、教師、市役所職員、駅員、医師といった、いろいろな職業に従事する感情労働者の「生の声」が掲載されています。もしかしたら「この人と自分は同じだ」と感じる言葉が見つかるかもしれません。

ともあれ、仕事のストレスは、最悪の場合にはメンタルヘルスの問題となって働く人を苛みます。最終的には休職や退職にまで追い込まれるケースも少なくありません。

本書がこうした不幸を少しでも減らす一助になればと思います。関谷先生がおっしゃるように「敵(感情労働)を知ること」は、この社会を上手に生き抜く大きなヒントになるはずです。

関谷大輝先生のHP⇒http://d-sekiya.wixsite.com/sekiya-lab

アマゾン⇒https://www.amazon.co.jp/dp/476340797X


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2017-08-09

【既刊紹介/戦争シリーズ1】 加藤哲郎『「飽食した悪魔」の戦後 731部隊と二木秀雄「政界ジープ」』 ―――共謀する医学と政治

こんにちは、営業部の白井です。

今回の紹介書籍は、加藤哲郎『「飽食した悪魔」の戦後 731部隊と二木秀雄「政界ジープ」』です。

本書は、第二次世界大戦下における満州で人体実験や細菌戦を実行した関東軍731部隊についてまとめたものです。731部隊が、戦時中はどのような軍事活動を行い、そして敗戦から戦後への過程でいかにしてその戦争犯罪は「隠蔽」され「免責」されたのか、またその組織の中心人物たちが戦後の日本社会に「復権」するところまでを追いかけていきます。

著者の加藤哲郎先生は、本書において言わば「探偵役」として、満州から金沢そして東京にいたるまでの「犯人」の足跡をたどり、またさまざまな新資料から証拠を拾って、戦後日本の裏側に隠された罪業をえぐりだします。

ところで、その「犯人」とはいったい誰のことでしょうか。それは「飽食した悪魔」たち、すなわち731部隊のことですが、本書のなかで特に焦点を当てて描かれるのは、細菌戦学者、実業家、医師、宗教家という四面相を持った怪人のような男・二木秀雄です。

まず「飽食した悪魔」とは、1981年に出版されて話題となった作家・森村誠一の『悪魔の飽食』(光文社カッパ・ノベルズ)に由来します。それというのも、731部隊とは「帝国陸軍一の美食部隊」であり、内地=日本国内が戦時下の貧しさに苦しんでいた頃でも、この組織では「銀シャリ」をはじめとして「ビフテキ」や「エビフライ」、さらには羊羹や果物などのデザートも食べることができたというのです。

こうした贅沢な環境を与えられていた731部隊。この組織で行われていたのは、科学者の研究倫理をはるかに逸脱する人体実験や細菌戦であり、その実働部隊で暗躍する人物こそが、戦後の医学界や出版界や政財界、さらには外交関係にも顔を出す731部隊所属の医師・二木秀雄なのです。

本書で加藤先生は、主にGHQによる日本占領期(1940年代〜1950年代)にスポットライトを当てて731部隊と二木秀雄の動向を調査していきます。その際に用いる視点が「貫戦史」と「情報戦」であり、他の731部隊研究とは異なる本書の特徴的なところでもあります。

「貫戦史」とは、戦前・戦時中における社会制度や人材・情報・資財などが戦後の冷戦体制に即して再編成されていく過程を指します。本書に即して言うならば、戦時中は大日本帝国のために創設された731部隊の医学者や実験データや軍事資料が、戦後は戦犯免責と引き換えにしてGHQ占領軍によって反ソ戦略のために利用されていく、この政治的な経路を意味します。そして「情報戦」の視点から、日本人戦犯(+実験データ)をめぐる米ソの諜報活動や政治利用、それから二木秀雄が発刊した雑誌「政界ジープ」における政治的言説の変遷などに着目するのです。

この二つの観点によって731部隊を分析することで、加藤先生は日米合作による「戦後の裏側」を指摘し、戦時体制と戦後社会の連続性を炙り出していきます。

本書は、前述した四面相の怪人・二木秀雄の数奇な生涯をたどりながら進行するわけですが、この人物を一言でいうならば、彼は「何食わぬ顔をして平然と新しい波にスイスイと乗り生きる」ような男でした。

二木はまず731部隊の結核班を率い、そして敗戦になると証拠隠滅作戦を指揮します。満州から引き揚げたのちには故郷の金沢で仮本部をつくり、そのインテリジェンス担当として占領軍の情報収集や帰国隊員の連絡網の作成に注力していきます。

その後、二木は出版社の社長に転身。金沢で雑誌『輿論』を創刊し、のちに東京へ進出して雑誌『政界ジープ』を発刊します。731部隊の戦犯訴追の可能性がほぼ消えた1948年、それまで政治的中立を保っていた二木の『政界ジープ』は、反共保守・反ソ親米へと「逆コース」化していきます。そして、雑誌『経済ジープ』、娯楽雑誌『じーぷ』、厚生省医務局編『医学のとびら』などを次々に創刊し、情報網と人脈を多角的に広げていき、731部隊の「復権」を後押しします。

GHQによって日本の医療改革や衛生政策が行われる過程で、731部隊の中心人物たちは医学界や製薬業界などに復帰していき、進駐軍や厚生省の調査と委員会にも加わり、とうとう「復権」を果たしました。このことは、二木の『医学のとびら』が厚生省のお墨付きであり、また雑誌の紙面広告には医薬業界の宣伝が数多く掲載されていたことからも、「復権」の構図がよくわかります。

このように二木秀雄は、仮面を次々に取り替えるようにして混乱の時代を生き延びたのですが、しかしその根底では731部隊の「隠蔽」「免責」「復権」と深く関わっていました。業が深く、抜け目なく、そしてしたたかな彼は、戦争の宿痾を戦後日本へと延命させた人間のひとりなのです。

ここで紹介したことは本書のごく一部にすぎません。

本書は、近代戦争の末路、世界の冷戦体制、GHQによる日本の占領政策、雑誌メディアの言説史、そして731部隊と二木秀雄の人生を重層的に記述したものであり、それと同時に「戦後=民主主義」に対する批評的な捉え方を見せてくれます。また、この歴史を裏付ける膨大な資料の分析と、その解釈から導き出されるひとつの歴史像は、これまでの731部隊研究を串刺しにするような形にもなっています。

二木秀雄をはじめとした731部隊の群像劇を描きつつ、その暗い蠢きに学術的な視点から光を当ててみせた本書は、歴史ファンにとっても垂涎の一冊と言えるでしょう。政治学の知見と歴史研究の成果があますところなく詰め込まれた圧巻の一冊、戦争をふりかえるこの季節にじっくり読んでいただければと思います。

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アマゾン⇒ https://www.amazon.co.jp/dp/4763408097

版元ドットコム⇒ http://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784763408099


週刊読書人ウェブに掲載された書評

http://dokushojin.com/article.html?i=1843

2017-06-23

【既刊紹介/都市論シリーズ  熊代亨『融解するオタク・サブカル・ヤンキー ファスト風土適応論』―――若者文化と都市のクリティカル・ポイント

こんにちは、営業部の白井です。

これから三回に分けて「都市論」をテーマに花伝社の既刊本を紹介したいと思います。

今回の紹介書籍は、精神科医の熊代亨先生(@twit_shirokuma)が執筆された『融解するオタク・サブカル・ヤンキー ファスト風土適応論』です。

本書は、かつて若者であった人々が抱える「尖った自意識」の軟着陸を目的にした心理学的な処方箋であると同時に、消費社会論/都市文化論の系譜につらなる著作でもあると思います。

本書は、現在のファスト風土(=郊外)に広がるロードサイドの景色、そして若者たちの「リア充」的なライフスタイル、ネット上のコミュニケーションを介した“地元”などを活写するところから始まります。そして、そこから1980年代までさかのぼり、「都市」「消費文化」「若者」のあり方がどのように変遷していったのかを追っていきます。

バブル景気とともに爛熟した都市の消費文化は、当時の若者たちにとって、「(凡庸な他人と違って)私はこういう人間です」というアイデンティティの自己演出を可能にするものでした。80年代から90年代にかけて日本は、東京にかぎらず、地方都市や郊外にもセゾン=パルコ的な流行文化が浸透し、そして90年代から00年代前半にいたり、商品選択を介したライフスタイルの「差異化ゲーム」が若者たちを「オタク」「サブカル」「ヤンキー」といった文化圏ごとに細分化していきます。

と、ここまでは宮台真司・石原英樹・大塚明子『サブカルチャー神話解体』(PARCO出版)を髣髴とさせるような現代版「若者文化論」的な内容ですが、本書はそこからが違います。「自意識」という問題が前面に押し出されている本書は、「成熟のための心理学」であり、かつての“尖った連中”に向けられたメッセージになっていて、“若者以後”の実践的な生き方へとコミットしていきます。

変わったもの、最先端のもの、流行りのもの、そういった「普通とは違う何か」を自分の趣味や嗜好に取り入れて保ち続けてきた「この特別な私」は、まずバブル景気に支えられてきた消費スタイルでしかなく、それになによりも「元気あふれる若さ」や「みずみずしい感性」が必要になります。しかし、「身体の老い」や「感性の保守化」は誰しもが避けられないことであり、それは「この特別な私」として尖り続けることの限界点なのです。

そこで熊代先生が提案する処方箋は、ファスト風土の地元でコミュニケーションを大事にしながら「ヌルく生きる」リア充的な共同体主義です。それは、商品やコンテンツの選択を「アイデンティティ」のためではなく、「みんな」と価値を共有するために行うライフスタイルへのシフトであり、「みんなと楽しむため」の選択を通したコミュニケーションによって、自分のアイデンティティを仲間たちと相互に確立するわけです。その結果、「何でもあるが何もない」ようなファスト風土のなかで、「オタク」「サブカル」「ヤンキー」という文化圏の差異はたんに消費される記号でしかなくなり、その三つの記号はリア充のヌルいライフスタイルのなかで融解する―――。

私が私を私にするという峻烈な生き様に幕を引き、そうして新しく始まるのは、みんなと共にかけがえのない年月を重ねてゆく生き方ではないでしょうか。

本書のラストでは「誰も君にトドメをさしてくれない」「人は趣味だけでは生きられない」「新しい居場所を得るためのリテラシー」「特別ではない自分を愛せ」といった、かつての青春を供養し鎮魂するようなメッセージが語られます。熊代先生が90年代のオタクであったご自身を振り返りつつ、「尖った私」から「ヌルい私」へと歳相応の軟着陸をおこなうメンタル・シフトを指南するのです。

シロクマ先生こと熊代亨さんご自身が過ごした90年代の経験談、80年代から現在までの消費社会の変遷、三つの文化圏の分析、そしてこれからの「私」を生きていくための処方箋が詰まった盛りだくさんの一冊、「オタク」「サブカル」「ヤンキー」にアイデンティティを感じている方々はぜひ読んでみてください!

熊代亨『融解するオタク・サブカル・ヤンキー ファスト風土適応論』(花伝社)

https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4763407139/hanmotocom-22

シロクマの屑篭「『融解するオタク・サブカル・ヤンキー ファスト風土適応論』を出版します」

http://p-shirokuma.hatenadiary.com/entry/20140912/p1

「尖った自分とお別れし、今をヌルく生きよう!〜『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』によせて」

http://d.hatena.ne.jp/kadensha/20140922/1411351621


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2017-06-02

【イベント報告】山本達也×宮台真司「世界、日本、地方都市〜予測不能時代の生き方〜」

はじめまして、今年から花伝社の営業部員として入社した白井耕平です。よろしくお願いします。

今回の記事は、山本達也『暮らしと世界のリデザイン』刊行記念で行った対談イベントについてです。5月25日の夜に下北沢の本屋B&B様にて、著者の山本達也先生と宮台真司先生が約2時間にわたって色々なお話をされました。現代社会の核心的な問題を議論するところにまで発展したこのイベントの報告をさせて頂こうと思います。

スタートから会場は満員で、しかもどちらかと言えば年齢の若い方が多く、その表情を見ると山本先生と宮台先生のお話を熱心に聴こうとする様子が窺えました。会場はとても良い雰囲気に包まれて、登壇者のおふたりを迎えました。

ジャケット姿の山本先生と、黒いTシャツ姿の宮台先生は、見た目も対照的ではありましたが、話す内容もまた強烈なコントラストを描くようでした。弊社の佐藤は、この組み合わせを「ある意味、異種格闘技戦」と言っていましたが、まさにそのような印象を受けました。

自然科学と産業社会の知見を用いる山本先生と、哲学をはじめとして精神分析や民俗学などをベースに議論を展開する宮台先生は、アプローチの方法こそ違えど、対談の最後には「この時代における個人の生き方」を論点にして交差することになります。

山本先生は、まずエネルギーの文明論を解説し、そしてEdition4(ポスト・イージーオイルの時代)に適う都市像や、そこで小さなコミュニティを創っていく生き方について語り、その実践例として長野県松本市での「Matsumoto BBC」プロジェクトを紹介しました。他方で、宮台先生は山本先生の議論を引き継ぐようにして、「法外」の共通感覚に対する信頼によって支えられていた国民国家=大きな共同体が1990年代以降に衰退していったことを問題とし、そこから非寛容な存在が社会のあらゆる局面に出現したことを指摘します。こういった問題に対して宮台先生は、身近な話からアリストテレスまで引用しながら、最終的には「スモール・ユニットの仲間をつくれ」と回答をされていました。

あらゆる分野や観点を縦横無尽に行き交う山本先生と宮台先生の知性に会場は終始惹きつけられ、対談は駆け抜けるようにして終わりました。『暮らしと世界のリデザイン』が提起した問題と、その乗り越え方についてのおふたりの対談は、会場にお越し頂いた方々に響いたのではないかと思います。

最後に、山本達也先生、宮台真司先生、本屋B&B様、そしてご来場いただいた皆様、本当にありがとうございました!

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