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2018-12-05

『ゴッホ 最後の3年』が刊行されるまで

 

 ブログの更新が空いてしまい申し訳ありません。 前回更新した『見えない違い』は、おかげさまで重版になりました!!!海外コミックは2連続で増刷し、一人の海外コミックファンとして、とても嬉しく思っております。

 


 さて、この度、海外コミック第三弾を刊行しました! その名も

『ゴッホ 最後の3年』



ゴッホ  最後の3年

ゴッホ 最後の3年


 刊行前に作者のバーバラ・ストックさんからは、こんな素敵なイラストをいただきました。

※書籍に載せそびれてしまいました、ごめんなさい!!!

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 さて、どうして『ゴッホ』を刊行することになったのか、長くなりますが記しておきたいと思います。


 

 時を遡ること、5月。ゴールデンウィークで帰省したので、お世話になっているS社の編集者Sさんにお土産を買ってきました。帰りがけに会社に寄ってお渡ししようかな?と思い連絡をすると、「今から御社に行きます」とのこと。



 「どうして、わざわざ会社に来てくれるのかな……?」



と思ったのもつかの間、やってきたSさんから話を聞いてみると、Sさんは「オランダ文学基金」なる人と会った帰りで、「オランダ文学基金」の人がくれたというグラフィック・ノベル(コミック)のカタログを持ってきてくれたのでした。ちょうどその頃、「オランダ文学基金」の方々が来日中で、しかし、たくさんの出版社を回られているし、それほど長くは滞在しないとのこと。「絶対に会ったほうがいい」と勧めるために、わざわざ会社に寄ってくださったのです(ありがとうございますー!)。そこでさっそく、教えていただいた「オランダ文学基金」なる方々のところに連絡を差し上げたところ、唯一空いていたという翌日のランチの時間に同席させていただくことになりました。



 「オランダ文学基金」(Dutch Foundation for Literature)とは、オランダ政府によって運営されている基金で、オランダの書籍を世界中に紹介するだけでなく、例えば谷崎潤一郎のオランダ語訳などを積極的に進めているそうです。私がSさん経由でいただいたカタログの他にも、絵本や社会科学、自然科学などの分野で、おすすめの書籍の情報や版権状況などを詳細に記したパンフレットを多数制作されています。

 また、翻訳者の養成や紹介にも力を入れておられ、公認の翻訳者による翻訳に対し、一定の翻訳費や制作費の助成を支給してくださる本当にありがたい存在です。(ということをその時に知りました。)




 実際にお会いするまでは、私はどちらかというと、『タンタン』のような絵柄で描かれたインドネシアについてのコミックに関心があったのですが、実際にお会いし、オランダ文学基金のAさんが「絶対に、このコミックがおすすめです!」と勧めてくださったのが、『ゴッホ(原題はフィンセント)』だったのです。



 その時点で、浅学非才な私の、ゴッホに関する知識は、


  • 耳を切った
  • ゴーギャンと仲が良い(?)
  • 南フランスで活動していた
  • ひまわり

ぐらいなもので、「えー!オランダの人なのー!?」という驚きがスタート地点でした(すみません……)



(ところでここ数年で私の友人は何人もオランダに魅せられ、移住した人もいて、「これからはドイツより、断然オランダ!」という話を聞くこともしばしば……。私のデスクの上には、オランダに留学した先輩からいただいた「JIJ HEBT EEN HART VAN GOUD!」(あなたは金色のハートの持ち主!)というカードを飾っています。冒頭のS社のSさんもその後オランダに旅行され、帰国後に美しい写真をたくさん拝見し現地の材料でつくった美味しい料理をごちそうになりました。)




 さて、オランダ文学基金のAさんがこの本を勧めてくださったのには、いくつか理由がありました。



  1. 世界20カ国近くで刊行されていて、韓国ではブランドがこのコミックのカバンをつくるほど人気なのに、日本では刊行の予定が立たないでいたこと。(作者のバーバラ・ストックさんは日本を舞台にしたコミックも描いておられます。)
  2. 従来ゴッホには「悲劇の画家」のような、可哀想なイメージがあったけれども、このコミックは、実際の手紙などをもとに、弟テオとの絆を中心に描き、ゴッホが持っていた希望やビジョンに焦点をあてたものであること。


 確かに日本人はゴッホが好きだけれども、彼の人生の細かい部分についてはまだ知られていないのではないか(自戒を含め……)。それに、ゴッホの手紙(も名著だけれど)を単独で読むにはハードルが高いけれど、マンガの中だったら読めるのではないか……。絵柄も素晴らしいし、ぜひ日本で刊行したい! 弊社がすすめてきた読み物としての海外コミックの紹介にも、ものすごくマッチすると考え、何よりAさんの熱意に押され刊行をすることになりました。すでに翻訳者の川野さんの素晴らしい訳文が半分ほどできていたので(とはいえ多大なご負担をおかけしながらも)、サクサクと進行し、半年ほどで発売にいたりました。



 ところで編集の過程で問題(?)になったことがあります。それは、




 弊社の営業部長がゴッホが大好きだったということです!!!




 営業部長によるゴッホの解説を聞くにつれ、『フィンセント』をそのまま翻訳しただけでは、日本のコアなファンに太刀打ちできない! せっかくのアムステルダム・ゴッホ美術館監修コミックなのに、どうしよう!という恐怖感をいだき、夢にうなされました。このコミックには多数のゴッホの作品や書簡が織りこまれているのですが、思い切って原作にはない作品名や書簡の番号を入れることで、作品ガイド・書簡集としても読めるような本にしようと方向転換し、多数のゴッホ解説本を読み漁りましたが、ともかく書簡の文章が素晴らしく(そのほとんどがお金の話であるのも事実なのですが、それも含めて深く共感しました……)、デクスで泣いてしまいそうになることもしばしばでした。川野さん(今回が初の翻訳書です!)の翻訳も素晴らしく、「ホタルの髪留め」の話や、「穀物」の箇所など、ぜひぜひ実際にお手にとって読んでいただきたいです。

 


 こう毎日ゴッホの作品や文章と向かい合っていると、どうしようもなく好きになってしまい、現物を見に行きたくなっていたところ(実際に西洋美術館には何回も足を運びました)、素晴らしいニュースが!




2019年、ゴッホ展開催!!!!!!!




 ぜひ皆さまも『ゴッホ 最後の3年』を読みながら、現物の作品を何倍も楽しんでいただけたらと思います。



 

 『ゴッホ 最後の3年』の中身については、詳細なレビューをいただきました!




 繰り返しになりますが、ぜひぜひぜひぜひご覧ください!




(山口)

2018-08-30 荻上チキさん絶賛!『見えない違い――私はアスペルガー』

 先週発売した、ジュリー・ダシェ原作、マドモワゼル・カロリーヌ作画、原 正人翻訳

『見えない違い』



 さっそくご好評いただいています!












 さらに昨夜(8月29日夜)放送の「荻上チキ・Session-22」で、かの荻上チキさんが絶賛してくださいました!




【音声配信】最近面白かった「バンドデシネ」について、荻上チキが紹介しました!

▼2018年8月29日(水)放送分(TBSラジオ「荻上チキ・Session-22」)

https://www.tbsradio.jp/288433




 あまりに嬉しかったので、メモとして文字に起こしてみました。






荻上チキさん:最近読んだ漫画の中で面白かったのは、海外のバンドデシネの一冊なんですけれども、



南部広美さん:フランス、ですよね?



荻上:そうですね。僕が、この番組でいろいろアメコミとか――アメコミと言っても、全然ヒーローものだけじゃなくて、様々な作風なものがあるんですね。社会派のもの。



南部:あらゆる。



荻上:で、アメコミと言うからにはアメリカなんですけれども、アメコミ以外のいわゆる「洋コミ」といいますが、海外コミックというのはいろいろあって、面白いものもたくさんありますよ、という話をしていたところ、出版社の人から「こんなものもお好きじゃないですか」ということで、送っていただいたバンドデシネがあって、それがもうドンピシャで面白かったので――。



南部:どんな?



荻上


『見えない違い――私はアスペルガー』


 というタイトルの漫画なんですけれども、タイトルからも分かるように、アスペルガー症候群。まあ、いま「アスペルガー」って過去の言葉になりつつありますけれども、自閉症スペクトラム障害の一人の女性が、日々、自分の病気が何なのかということもわからず、とにかく職場とか人間関係とか、いろんなところで生きづらさを感じているわけですね。で、なんだか職場にいるとそれだけでとても疲れる。


 なぜなら、どうもこの主人公の女性は、聴覚過敏という、発達障害・自閉症スペクトラムの人に起きがちな一つの障害というか特徴がありまして、それは私がいまこうやって話していれば、健常というか「定型発達」とされる人たちというのは、僕の声をそばだてて聞く、あるいはいろんな音が鳴っていてもラジオは耳に入ってくるとか、そういうことができたりするわけですけれども、聴覚過敏だったり、あるいは聴覚の情報処理がうまくいかない場合ですと、いろんな音がどんどんフラットに聞こえてしまう。



南部:どんどん入ってきちゃうということですね?



荻上:そうですね。情報に対するピントのしぼりというものが、なかなかうまくいかないということが――



南部:フォーカスの当て方が難しい……。



荻上:自閉症スペクトラム障害の、よくある症状の一つなんですけれども、それが耳で起きると私のこの喋りも、例えばこのペーパーノイズ(紙を触る音)を同時に喋りながら発していたときに、このペーパーノイズを無視していただきながら声を聴くのが通常の聞き方だと思うのですが、これがフラットに、同時に聞こえてくることになる。


 そういうような状況だと、例えばパーティーで目の前で喋っている人が「いやあ、この前さ」と話している背景で、ワイワイガヤガヤ、グラスの音だとか、注ぐ音、食事の音、紙の音など――



南部:BGMとか。



荻上:もろもろが聞こえてしまうので、ただその場にいるだけで、他の人よりもはるかに疲れるんですね。


 でも、そのことが理解されないから、「付き合い悪いね」とか「空気よめないね」とか――。



南部:そうかそうか、その人の中で起きていることが、外側にわからないから、周りの方も気が付かないということなんですね。



荻上:よく「見えない障害」という風に言ったりするわけですけれど、このバンドデシネでは『見えない違い』というタイトルで、その女性の生き方というものを描いていくわけですけれども、けっこう啓蒙的であるのと同時に、でも、多くの人たちが感じている――つまり、自分が発達障害でなかったとしても、でも「こういったことって生きづらいよね」っていうようなことを感じるときに、一つのあるある話というか、それをどう克服すればいいのかとか、周りの無理解への憤りとか、そうしたものを漫画ならではの表現で上手に描いているんですね。


 漫画ならではの表現というものは、やっぱり、他のメディアではできないような描き方。つまり、イラストと絵が漫画をつくるわけじゃないですか。



南部:平面と言うか、二次元というか――。



荻上:だけど、その、ちょうどフラットにすべての音が聞こえてしまう様というのを、例えば、セリフだったら吹き出しでその人のセリフだとわかるわけですけれども、主人公のマルグリットという女性の目線から見ると、すべての音が「ぐわーっ」って、全部が吹き出しを超えて、セリフとして自分に襲いかかってくるシーンとかを、上手に的確に描いていたりするわけですね。


 的確にと言うのは、「当事者から見たらこう見える」ということも当然あるでしょう。この原作者というのは、実際に(アスペルガー)当事者であって、その体験をベースにしたのがこの漫画ということになっているので、そうした体験から見えてくるリアリティを、漫画という一つの手法に上手に落とし込んでいる。


 当然ながら、漫画好きにとっては、海外、特にフランスの漫画であることから、普段、日本の漫画では見ることのないいろんな表現に触れることもできるわけですね。そして、発達障害の当事者だけに限らず様々な人が、他の世界から見た、他の人から見た空間は、こういう風に映るんだとか、そういったことを体感することができるという一つのリッチな作品だったので、読めてよかったなあという風に思っています。



南部:読みたいなあと思いましたよ。



荻上:ちょうどこれが発売ほやほやで、今月の最終週ぐらいに発売――先週とか今週とかに発売したっていう格好になるわけですね。(8月25日発売)


 出版社は「花伝社」というところなんですけれども、よく「ここはアメコミとか、海外の本を出版しているよね」というところはいくつかあるわけですよね。例えば小学館はこれに強いとか、例えば「ビレバンブックス」のやつはこうだとかいう特徴があるわけですけれども、他にも意外なところがこういったコミックスを出していたりするんですよね。


 そうしたことを知ると、とてもうれしく思いますし、そうしたような仕方で多様な作品に触れられるのは嬉しい限りなので、大変ありがたいですね。


 ちなみに翻訳は、原正人さんが訳されているので――以前バンドデシネ特集の案内人をしてくださいましたけれど――安定の、「間違いないな」っていう。翻訳者買いというのは、漫画だけじゃなくて本は、あります?



南部:ありますね。



荻上:この訳者が訳す本だったらきっと目のつけどころがいいんだろうな、とか。そういった買い方でもいいんでしょうけれど。せっかく読んだ本だったので、面白さのおすそ分けということで、オープニングで紹介してみました。





 荻上さま、ありがとうございます!

 お読みになられた方のご感想など、お待ちしております。


 内容についてさらに知りたい方は、訳者の原正人さんによるご紹介をご覧ください。



 花伝社では引き続き海外コミックを刊行する予定です。

 次回は、スウェーデンの、フェミニズム(ギャグ!)コミック『世界の起源』(仮)。

 年内刊行予定です。お楽しみに!

2018-07-06

【新刊紹介】アケルケ・スルタノヴァ著『核実験地に住む――カザフスタン・セミパラチンスクの現在』

 見本が届きました!

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 この度、アケルケ・スルタノヴァ著『核実験地に住む』を刊行することになりました(7月18日発売予定)。、一橋大学大学院提出の修士論文の書籍化です。

 実はアケルケさんと初めて会ったのは、2008年の大学のゼミでのこと。その頃は、彼女の出身地のカザフスタンをアフガニスタンなどと区別できなかったばかりか(当時はよく冗談で、「映画『ボラット』の国」と言われていました)、彼女の研究の話を聞いて、日本以外にも被ばく者がいるということは、そのとき初めて知った気がします。



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 ソ連の構成国であった1946年から1989年にわたり、カザフスタンのセミパラチンスク核実験場では秘密裏に456回もの核実験が行われました。国民的な反核運動によって実験場は閉鎖されましたが、現在も国内には120万人の被ばく者がいると推定されています。

 著者のアケルケさんは、1983年セミパラチンスク市(現セメイ市)生まれ。2000年にNGOの招きによって広島の高校に1年間留学し、その後、大学院の研究として、同地域に今も住む人々への聞き取り調査を行なうようになりました。彼女も現地出身者であることから、密かに繰り返される中絶や、性的不能を苦にした男性の自殺、当時ソ連によって意図的に被ばくさせられ実験台とされた住民などについても、多数の証言を集めています。




 彼女が日本語訳に協力した、現地の反核運動の曲「ザマナイ」は、広島などを中心に日本でも聴かれるようになりました。

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(カザフスタンの国民的歌手・ローザ・リムバエワによるカザフ語ver.)

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(日本語ver.)




 今回、ブックデザイナーの東京図鑑・鈴木様が、約80 人の住民への聞き取り調査の中から印象的なインタビューをカバーにデザインとして配置してくださいました。そのうちには、

(…)母の話によれば、彼女の村で奇形児が多かったので、「この村の女性には呪いがかかっている、だから元気な赤ちゃんは生まれない」と言われていたそうです。それは昔の人は核実験の悪影響について知らなかったからです。そのため、障害を持って生まれた子どもの母親はいつも罪悪感を持っていました。私が初めて妊娠したときに母から電話がかかって来て、「悪い夢を見たので、その子どもは産まないで」と言われました。母の、このような言葉に驚きました(…)。 (女性、1967 年生まれ)

のような衝撃的な内容も含まれます。




 2017年にICANのノーベル平和賞授賞式でも「セミパラチンスク」という地名は触れられています。

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私たちは、この恐ろしい兵器の開発と実験から危害を被った世界中の人々と連帯してきました。(核実験が行われた)ムルロア、エケル、セミパラチンスク、マラリンガ、ビキニといった長く忘れられた地の人々。土地と海を放射線にさらされ、人体実験に使われ、文化を永遠に破壊された人々と連帯してきました。

 しかし、セミパラチンスク核実験場については、まだ日本でも知られていないと思います。




 著者の目標は、広島や長崎で行なわれてきたように、核のない世界を実現するために、被ばく者の証言を、カザフスタンの遺産として保護することであるといいます。

 今回の書籍は、著者が自ら日本語で執筆しました。現地の方々に託されたメッセージを、ぜひ多くの方に知ってもらいたいと思っております。ぜひご高覧ください。


(山口)

2018-06-13

【転載】前川喜平氏と愛ちゃん〔法学館憲法研究所より〕

4月に刊行しました、『小説 司法試験 合格にたどりついた日々』(霧山昴〔ペンネーム〕著)が好評です。

さて著者・永尾廣久さんが、法学館憲法研究所WEB連載「今週の一言」

http://www.jicl.jp

で「河野学校」について書かれていますので転載いたします。

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前川喜平氏と愛ちゃん

2018年6月11日

永尾廣久さん(弁護士)

「河野学校」の衝撃

 今年のはじめ、FBを眺めていると、横浜の弁護士が佐高信の本を取り上げていて、そのなかで、前川喜平氏が「河野学校」の卒業生だと紹介しているのを知りました。ふうん、なんだろうね、河野学校って・・・.ところが、なんと、その校長の名前は河野愛という。ええっ、ひょっとして・・・。私は大学生時代、3年あまりセツルメント活動に没頭していました。川崎市幸区の古市場という工場労働者の多く住む住宅街で青年サークルに入って活動していたのです。同じセツルの法律相談部に愛ちゃんという大柄で明朗闊達なセツラーがいました。愛ちゃんは私と同じ年(1967年)に東大に入学し、2年生の6月から東大闘争がはじまり、一緒に試練をくぐり抜けました。愛ちゃんは東大で水泳部に所属していたのですが、川崎セツルメントに入ってきました。私は青年サークルで活動し、愛ちゃんは法律相談部です。セツルメントの合宿にも愛ちゃんは参加し、大学を出てからどう生きていくのか、民主的インテリとして社会にいかに関わるのか、夜を徹して真剣に議論していました。大勢のセツラーたちが司法試験を目ざし、弁護士あるいは裁判官になっていきました。青法協の会員のまま裁判官になった人も少なくありません。ところが、なぜか、愛ちゃんは司法試験を受験せず、文部省に入りました。その後の消息はまったくありませんでした。

 いったい「河野学校」って何だったのか・・・。私は、さっそく佐高信の本(『葬送譜』(岩波書店))をネットで取り寄せて読んでみました。まぎれもなく私の知っている愛ちゃんのことが書かれていたのです。惜しくも20年前に47歳のとき愛ちゃんは病死しました。文科省の一課長でしかないのに、葬儀には1500人もの参列者があったといいます。追悼集があることが分かりましたので、やはり元キャリア公務員であり、セツラー仲間だった友人に頼んで、なんとか追悼集を手に入れることができました。

「面従腹背」、気骨ある文部官僚

 前川喜平氏は、著書のなかで自分のことを、多くの場面で自分の良心や思想・信条を押し殺して組織の論理に従わせてきた、文科省に入ったときから面従腹背だった、と書いています。

 ところが、愛ちゃんは、文部省のなかで、利益誘導を図るような仕事の仕方をなにより嫌い、権力のある偉い人にこびへつらうことを嫌いました。とてもまっすぐな人で、上司と衝突することも少なくなかったといいます。

 持病をもつ愛ちゃんは、独身を通しましたが、自宅マンションを知人や部下に開放して「サロン・ド・愛」と銘うって、議論する場をつくっていました。

 後輩が弱い者の心が分からない役人にならないよう導いていったのです。若き前川氏や寺脇研氏は、そのサロンの常連でした。キャリア官僚のほか、新聞記者や教授など10人ほどがワイワイガヤガヤ・・・。そのなかで、「文部省も変わっていかなくてはいけない。従来の文部省のタイプの人間ばかり利用しているようではダメ。斬新な発想を文部行政に反映させていかなくては」と愛ちゃんは、熱っぽく語っていたのでした。

 愛ちゃんはリクルート事件に直面したとき、「不正に対して自分の生き方でたたかっていく」と日記に書きしるしました。その正義感が許さなかったのです。

 前川氏は、教育行政官として必要な心構えは次の三つだとしています。

  一つ、教育行政とは、人間の、人間による、人間のための行政である。

  二つ、教育行政は、助け、励まし、支える行政である。

  三つ、教育行政とは、現場から出発して、現場に帰着する行政である。

 すばらしいです。前川氏は、改悪される前の教育基本法の前文を今でも暗誦できるそうです。先輩が、学校っていうのは勉強のできない人間のためにあるんだよと、前川氏にさとしたとのことです。

 弱肉強食の市場競争に子どもたちをさらさず、一人ひとりの学ぶ権利を保障する。これが教育行政の本来の使命だと前川氏は強調しています。まったく同感です。キャリア官僚のなかに、こんなに気骨のある人がいただなんて驚きです。佐川氏や柳瀬氏の臆面もない証言ぶりでがっかりしていましたが、救われる思いです。すべて公務員は全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない。憲法15条は、このように明記しています。現役の公務員の皆さんに前川氏に続けと叫びたい気分です。少なくとも国民にこそ目を向けてがんばってと励ましたいです。

セツルメント活動って何・・・?

 ところで、セツルメント活動って何ですかと問われると、たしかに困ってしまいます。一般にはボランティア活動だと紹介されることが多いのですが、ちょっと違うのです。イギリスに始まり、日本では関東大震災のあとに大学生による被災者救援活動から始まったとされています。

 東大では医学部生や法学部の学生が数多く参加し、我妻栄川島武宣も加わりました。ところが、その社会的活動が当局からは左翼的活動だと目をつけられ、戦前はついに逼塞してしまいました。

 戦後、よみがえるのですが、私の大学生のころは最盛期で、全国大会(全セツ連大会)になると全国から何百人も集まってきていました。

 その活動は、いま前川喜平氏が仙台と厚木の夜間中学校で教えていますが、あのイメージです。ただ、私たちは、地域での活動(私たちは「実践」と名づけ、絶えず「総括」していました)を通じて自分たちの生き方をお互いに問いかけるということを、とても大切にしていました。そこが、単なるボランティア活動と違うところです。週1回のセツラー会議で実践を総括して文章にし、その総括文集を持ち寄り、たびたび合宿して夜を徹して議論していました。

 セツルメントって、何も危険なサークルではなく、一定の思想でぬり固められた集団でもありません。元セツラーが警察庁長官とか検事総長になったり、自民党の代議士(平沢勝栄氏もセツル法相のOBです)になったりもしています。

 弁護士のなかにも大勢います。これまで14件もの無罪判決をかちとり、NHKが「ブレイブ」という特集番組を放映した今村核弁護士も元セツラーです。私の知る限り、日弁連元会長にも二人の元セツラー(本林徹氏と村越進氏)がいます。また、裁判官のなかにも元セツラーがたくさんいて、ときに気骨ある判決文を書いてくれています。たとえば原発差止裁判で活躍している井戸謙一弁護士もその一人です。

伊予の河野水軍の末裔

 最後に、愛ちゃんについて補足します。愛ちゃんは愛媛県出身。なんと河野水軍の総帥の末裔で、世が世なら河野水軍の御嬢様なんだそうです。

 河野水軍は伊予河野家の水軍部隊で、四国でもっとも古くからの存在、伊予水軍の頂点に立ち、村上水軍もその配下の一水軍なのです。全国にある八幡神宮の本拠である大三島の大山積神社は河野家の神社でもあります。

 こんなことを二人の元セツラー(仁井陽正氏と園尾隆司弁護士)から教えてもらいました。


◆永尾廣久(ながお ひろひさ)さんのプロフィール

1948年 、生まれ(福岡県大牟田市)

1972年 、東京大学法学部卒業

1974年 、弁護士(横浜弁護士会)

2001年 、福岡県弁護士会会長

2002年 、日本弁護士連合会副会長

2011年 、日弁連憲法委員会委員長

弁護士法人しらぬひ・不知火合同法律事務所所長

著書多数。近著に『小説 司法試験 合格にたどりついた日々』(ペンネーム霧山昴著、花伝社)がある。

10年以上「霧山昴」

http://www.fben.jp/bookcolumn/

というペンネームで1日1冊の書評を福岡県弁護士会のHPに掲載している。

弁護士 永尾廣久のブログ

http://hnagao.blog77.fc2.com

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2018-05-25

【新刊案内】加藤哲郎『731部隊と戦後日本――隠蔽と覚醒の情報戦』

 昨年、400ページ、本体価格3500円にもなる研究書を刊行しました!

加藤哲郎『「飽食した悪魔」の戦後』

 731部隊で人体実験・細菌戦を仕掛けた医師が、戦後、金沢と東京で雑誌を刊行したり、銀座や新宿のお医者さんとなったり、文部省公認の性教育展を開催したり、はたまた、イスラムの教祖となったり(!)という、ひと言でいって「すごい」生涯を振り返りつつ、なぜ彼=二木秀雄や、他の3000人以上にも及ぶ関係者が、東京裁判で裁かれなかったのかを、アメリカ側のGHQについての資料からも明らかにした意欲作です。



本の刊行後、以下のような動きがありました。

  1. 2017年8月、NHKスペシャル「731部隊の真実」の放映。
  2. 2017年12月、湯川秀樹1945年日記の公開。「F研究」へ関与の記述。
  3. 2018年1月、NHKBS1スペシャル「731部隊 隊員たちの素顔」の放映。
  4. 2018年4月、「満州第731部隊軍医将校の学位授与の検証を京大に求める会」による、学位論文の検証請求。
  5. 2018年4月、「満州第731部隊軍医将校の学位授与の検証を京大に求める会」が、国立公文書館によって、「関東軍防疫給水部」の「留守名簿」(3607人実名記載)が開示されたと発表。


 そこで、今回、前著をコンパクトな内容にまとめつつ、新事実についても盛り込んでいただいたのが、新刊の

加藤哲郎『731部隊と戦後日本――隠蔽と覚醒の情報戦』

731部隊と戦後日本――隠蔽と覚醒の情報戦

731部隊と戦後日本――隠蔽と覚醒の情報戦

です!



 今回は前著の要約のみならず、上記5つのニュースや、

・ゾルゲが握っていた731部隊の細菌戦情報

・近衛文麿首相の長男、文隆がシベリア抑留ののちに不審死を遂げる。が、そこに731部隊の元隊員たちがどう関与していたか

等々を盛り込んだ1冊になりました。




 この本だけでも、731部隊がいかに戦後の日本へ連続した形で入って溶け込んでいったのかが分かりますし、前著と合わせていただければさらに詳しく、「隠蔽」「免責」「復権」の構造を知ることができます。

 おかげさまで前著『「飽食した悪魔」の戦後』は増刷になりました! この機会に、731部隊に詳しい方も、知らなかったという方も、ぜひご高覧ください。

(山)