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土壌汚染と環境・経済リスクを考える 保高徹生のHP

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2008-09-13

10000時間と博士課程

10000時間
60万分
3600万秒
416日
1.14年

短いようにも感じるし、途方もなく長い気もする。、

これは「圧倒的な力量を誇示するプロフェッショナル」になるために必要な時間だそうだ。

櫻井よしこさんのブログ福岡伸一さんの文章を紹介している。櫻井さんのブログの内容は、「政治の何たるかを知る真の政治家はいないのか」だが、その中の福岡さんの10000時間という言葉が非常に興味深かったので引用させて頂く。

ここで私はもう一つの文章を想起する。分子生物学者で『生物と無生物のあいだ』(講談社)を物した福岡伸一氏が「日本経済新聞」のコラム「あすへの課題」に「10000時間」の題で書いたものだ。

スポーツ、芸術、技能、どんな分野でも「圧倒的な力量を誇示するプロフェッショナル」が存在する、それらの人びとはほぼ例外なく「ある特殊な時間を共有している」と福岡氏は言う。それが10,000時間である。

「例外なく」幼いときから、そのことだけに集中して努力を続けて10,000時間、つまり1日3時間の練習や稽古、鍛錬、研究、学習を、毎日、1年間続けて1,000時間。10年で10,000時間。

イチロー氏も松井秀喜氏も、小柴昌俊氏も松井孝典氏も、小澤征爾氏も五嶋みどりさんも、諏訪内晶子さんも内田光子さんも、皆、この10,000時間を共有しているのであろう。

櫻井よしこ ブログ!「政治の何たるかを知る真の政治家はいないのか」* 2008年09月13日

これを読んで感じたこと。
それはこの時間、仕事や研究にも適応できるのだろうか?、ということだ。

仕事をしている人は1日8時間働いているとして、3年ちょっとで10000時間を超える。でも、3年で「圧倒的な力量を誇示するプロフェッショナル」になる人は極めて少ないのが現実である。そもそも10年選手でも、「圧倒的な力量を誇示するプロフェッショナル」はそんなに多くない。というか、まれだ。

これは、取り組む姿勢の問題、その物事に取り組んでいるときの密度、が主な原因だろうと思う。「圧倒的な力量を誇示するプロフェッショナル」になるために必要な、取り組む姿勢を持ち、濃密な密度でとりくんでいる人は極めて少ないから、仕事の世界では、10000時間を超える人が多数いても、そのような人があまり出てこないのかもしれない。そもそもそのような取り組む姿勢を持つためのモティベーションを上げることが難しい人が多いだろう。

逆に言うと、姿勢と密度を濃くすれば、3年である分野における仕事の「圧倒的な力量を誇示するプロフェッショナル」になれうる、ということだ。これは心強いことだと思う。

博士後期課程の研究者は、1日15時間くらい研究対象のことを考えている(私の経験)。そうすると2年弱で10000時間に達する。1日7.5時間だと、4年近くかかる。研究者の方は、「圧倒的な力量を誇示するプロフェッショナル」の方の数が昔から多い気がしていた。それが研究者にあこがれる一因でもあった。一般的なビジネスの分野の人数に比較してこの割合が高い(と私が感じる)のは、博士課程で意欲を持ち、濃密な時間を過ごした方が多いからなのだろう。そのような人の集団で競争をするわけだから、競争は熾烈を極めるのかもしれないが。

博士というのは、本来、ある専門分野における世界で一番詳しく、最先端のことを研究している人がなるものだと思っている。たとえその分野がニッチであろうと。それは、「圧倒的な力量を誇示するプロフェッショナル」という言葉に通じる。課程の3年というのは、案外、意味がある数字なのかもしれない。そこで過ごした期間の意欲と密度が大切なのだ。

このような意欲を持ち、濃密な密度で研究(仕事)をするためには、やはりその対象に対する愛や使命感等の個人的・社会的なモティベーションを高める要素が必要だろう。それは仕事でも研究でも一緒。そして研究者の方が、そのようなものを対象にしている人が多いのかもしれない。

最後に関係ない話。仕事をしていて、とりあえず3年という区切りをよく聞く。確かに3年間(10000時間)働くと、(たとえなんとなしに仕事をしていても)一人前になる、という意味では、ここでも10000時間という時間に意味があるのかもしれない。

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