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北沢かえるの働けば自由になる日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2015-08-30 迷い続けていた夜に終わりを告げ

今日は国会前が大変なことになっていたな

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TLを見ていて、これはすごいなぁと思ったんだが。

都心がこんな状態になったの、ここ30年では見たことなかったからなぁ。

若い人がこんなに街頭に出ているのも、へぇと思った。

んだが、テレビを付けたら、ニュースではいつもの日曜の暇ネタ扱いだった。こういう感じが気持ち悪い。

これは、なんか、都合の悪いニュースなんだろうかねぇ。



さっそく、「こんなことをしても無駄」や「現実を見ろ」、「法案を理解していないくせに」などなど……わかりやすい批判や無関心を装った嫉妬が噴き出していて、ハハハと。


前から気になってはいたんだけれど、彼らは運営がうまいよね。湯浅誠さんが『年越し派遣村』から一連の流れを作ったのを思い出した。こういうタイプの社会運動家が出てきたのはいいことじゃないかと思ったんだな。

「人が動き出すきっかけを作る」

ってのができなかったからなぁ。私らが若いころは。ボランティアだの、NGOだの、言葉はあっても、結局、インセンティブを作れとか。金で解決とか、面倒を避けた気がする。まぁ、それはそれで必要なシステムを作り上げてきたって自負はしているんだけれど。もう、そうそう金がうなるようにないし、行政から金ひっぱるにも限界があるし、そうなると行き詰ってしまう。

「金がなくても、苦しんでいる人たちはいる。どうにかしなくちゃ」

「これは簡単に決めてしまっていい問題なのか?」

というような、人々の心の中にあるモヤモヤを、うまくひとつの方向に形作って、プレゼンして、政策として実現していく。オープンな場で、コストをかけず。ってのが必要になるだろう。選挙なのか、デモなのか、手段はわからんが。それを、こういう場に参加することで若い人たちが、考えて、学んだってのは、すごいと思ったがなぁ。


書店に行ったら、この本が平積みされていて、おー長谷部先生。学者もがんばっているなと思った。

検証・安保法案 -- どこが憲法違反か

検証・安保法案 -- どこが憲法違反か


なんとか評論家よりは、憲法や安全保障問題を考え抜いてきた人らが出した意見の方が重いと、私は思うがねぇ。


まぁ、「こんなデモしても無駄だ」と言ってる人らの意見を読むと、「国際社会の現実を認めろ!」や「中身も知らんくせに反対反対だろw」ってな感じだが、若い子たちの多くはそこ突っ込まれるのもわかっていたなぁ。というか、感情的反発でも充分だと思うんだよなぁ。

これだけ重要な法案なのに、適当な説明、延々繰り返されて、頭に来たってのは、充分、理由だと思うがな。

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2015-08-29 へなへなとなる

まったく違う方から読んでた

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この間からこの本を読んでいた。

プロレスは、夫と付き合いはじめてから見るようになり、「藤波が〜、この技は〜、あの試合の遺恨が〜」と夫の解説を聞いているうちに、面白いジャンルだなと関心を持つようになった。

そして、なんと、濃い世界なんだと。

観客との間での物語作りとか、娯楽としての勝負をどう盛り上げるかとか、一歩間違えると死に至る技の掛け合いとか、選手たちの熱く重いタールのような情熱はどこから湧いてくるのか。観客たちの熱狂はなぜなのか。不思議に思えた。

そのころ、夫が好きなレスラーとして、名前を上げていたのが、長州力だった。

私は長州力が抗争の真っただ中にいたころを知らないので、長州小力のモノマネや『ガキの使い』の年末特番で滑舌が悪い天龍に爆笑していた姿がすぐ浮かぶ。なので、夫が熱く語るリング上の長州の雄姿と、バラエティでのこの扱いとが結びつかなくて、プロレスラー長州力の魅力が理解できなかった。

この本を読んでからは、なぜ、男たちから長州は愛され、尊敬されるのか、少しわかる気がした。細かい部分まではうなずけないんだけれど、ファンにしたら、あの時、なぜ、長州は、この行動をとったのか。彼の行動はどう受け止められていたのか。というのがわかるのがうれしいんだろうなぁ。本人の口から言葉が出てこない時も、その時、周囲の人たちは長州力の行動をどう受け止め、どう支えてきたのか、ってのが丁寧な取材で描かれている。

結論、プロレスという熱い沼に落ちると、そう簡単には抜けられない。

……笑いながら溺れるか。

怖いねぇ。プロレス。


印象的だったのは、長州本人が言う

「ど真ん中を歩けなかった」

という言葉。あの長州が、今でも、差別的な言葉を投げられると、固まってしまうそうだ。子どもの頃に味わった悲しみと悔しさが湧いてくる。努力を重ね、大勢の人々から尊敬される存在になっても、それは何度でも繰り返され、その度、自分がこの国に受け入れられていないことに気づかされる。

たった一言が、あの長州を打ちのめす。んだと。恐ろしい。

「ぼくがど真ん中という言葉を使うときは、業界の"作り言葉"ではなく、自然に出る言葉です。幼少の頃の悔しさ、惨めさみたいなのが言葉になる」

ヘイトスピーチみたいなわかりやすい罵倒ももちろん気になるが、こそっと言われる方が鋭く刺さるんだな。

そういうこそっとした暴力は見聞きしてしまうと、私もへなへなとなってしまう。怒るとか、言い返すのではなく、ただただ哀しいさで胸がいっぱいになってしまうんだな。

長州力でも、へなへなと苦笑いするしかないって。

差別、いかんよね。

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2015-08-27 いろんな意味で狭い国

とりあえず逃げろ、死ぬな

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大阪の悲惨な事件のことが頭の中から離れない。私は、あの子たちはそんなにダメな子とは思えないんだよなぁ。テントを持っていれば、どこにだって居場所ができる。自分らの意思で、イヤなことや理不尽なことから逃げられる。なんて素敵なアイデアって思った。

あぁ、どこか、テントを張れる場所があれば良かったのに。

駐車場や庭先、私道……ひとり分のテントを広げるぐらいの場所はどこにでもありそうだ。しかし、

「一晩どうぞ」

なんて心やさしい人が、簡単にはいないのが、この世界なんだろう。持ち主が許しても、近所の人が通報するだろうな。もっと田舎だったら、良かったのか。いや、土地があろうが、一晩ぐらい遠慮なくどうぞなんて発想ができなくなっているから。「事故が起きたらどうする」「保護者から怒鳴りこまれたらどうする」どうする、どうする、どうするで、身動きとれないから、許可は出さない。そういう社会だからなぁと。


高槻中1殺人:決定的に足りなかったのは、子どものための安全な居場所(みわよしこ) - 個人 - Yahoo!ニュース

この記事を読んでもらうとわかるが、要は、子どもらには、家か、学校かぐらいしか、居場所がない。どっちにもいられない時は、行き場がなくなってしまう。本当に深刻な問題ならば、児童相談所を頼る手もあるが、そこまででもないが、辛くてたまらないとき、どこへ行ったらいいのか。

家にいたくない! 家にいられない!

そんな時に、落ち着いて考えるだけの時間が与えられる場所。

誰に気兼ねもなく、頼れる人がいる場所。

それだけでも、夜の街で怖い目に遭う子は減るだろうし、深刻になる前に救われる子も多いと思うんだけど。

夜回り先生をあれだけ頼る子がいるんだからねぇ。


なので、このつぶやきはとても心に響いた。



どこへも行き場がない人を受け入れる場。

そうか、我々には図書館があったんだ!

2015-08-24 環境教育

ひっぱれ〜ひっぱれ〜♪

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最近、素直でない子どもらに、読ませたいマンガを読ませるにはどうしたらいいか? 考えていたんだが。

思い付いたのは、さりげなく、放置すること。

1巻を、まるで読みかけたままのようにして、食卓に放置。

2巻は、枕元。

3巻は、パソコンの傍ら。

などなど家の各所で読みふけっているかのように、放置。

しばらくすると、あったはずの場所からマンガが消えているwww

探さなくても、目に付く。そんな場所に置いておかないとなっ。

まったく関心が持たれていないなら、そのまま放置されているので、すごすごと片づけるわけで。

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2015-08-21 正義の執行

「正しくないですか?」と聞かれたよ

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夏休みになってみると、あぁ、そういうことかと気づいたんだが、学校というシステムがいじめを作り出すというの面も大きいんだろうなと。

夏休みに入ってから、いじめっ子たちと息子は遊んでいるようだ。うまく仲直りしたってことなのかとも思っていたんだが、息子の話を聞いて、考えてみると「いじめ」になる状況が作られにくいってことなんだろうなと。

夏休み中は、公園や児童センター、友だちの家に集まって遊ぶわけだが、学校と違って、イヤになったら、逃げ出せる。または、付きあう相手を変えることができる。お互いイヤなことを避ける手がいくつもあるから、トラブルになっても、深刻化しない。

いじめで自殺というニュースの中で、いじめられていた子と、いじめっ子と、「休み中は仲よくしていましたが、2学期になって休みがちになり」というような経過を聞くと、“仲よくしていたのに変だよなぁ。なんか、夏休み中トラブルがあったのか?”と以前は思っていたんだが。

特に新しいトラブルが発生しなくても、『学校』という枠に押し込められると、休み中は落ち着いていた「いじめ」が起きる状況が生まれやすくなるってだけなのかもな。



「お母さん、どう思います?」

とこの間、息子から聞かれて、うまく答えられなかったんだけど。

いじめっ子らのリーダー格のAくん、それと同じくいじめっ子派のBくんが、最近、ぶつかりあっている。息子はそれを見ているんだが、そして、Aくん、Bくん、どっちが正しいのかって迷っている。

息子たちは、児童センターに集まって、遊ぶようにしている。児童センターのコートが貸切できるので、そこでドッチボールをしたり、おにごっこをしたりしている。貸切は人気が高いので、「何時から何時まで」と予約をして、その時間に集まるように約束して、みんなで遊ぶ。

「せっかくだから、みんなで集まって、身体を動かす遊びをした方がいいでしょう?」

「なるほど」

ここまでは大変よろしい話。

なんだが、Bくんが、その場にも携帯ゲーム機を持ってくる。「みんなでできる遊びをしたいから」という呼びかけもあり、他の子はゲーム機を持ち込むのは自粛していたんだが、彼だけは持ってくる。

「持ってきても、やらなければいいじゃない」

「いや、ダメなんですよ。ゲームがあれば、そこへ吸いこまれてしまうんですよ」

「吸い込まれるって?」

「Bくんがゲーム機を置いて、遊びに参加すれば、誰かがゲーム機を借りて遊びはじめてしまう。持っていない人もいますから、みんなゲームがあれば吸いこまれてしまうんですよ」

「あなたも?」

「そうです。Bくんしか持っていないゲームもあるんですよ」

というわけで、リーダー格のAくんが言った。

「ゲームを持ってくるBを呼ぶのはやめようぜ。みんな、誘うなよ。ないしょだぞ、集まって遊ぶ場所と時間は、あいつに言うな」

と言われて、数日。ないしょで集まって遊ぶ場所へ向かう息子が、Bくんとばったり会ってしまった。

「どこへ行くんだ? 遊ぼうよ」

と言われて、嘘がつけない息子は、正直に話をしたんだと。

「Bくんがゲームを持ってくるせいで、遊びがおもしろくなくなるから、誘うなって言われているんだよ」

まぁ、ゲームを持ってくることに、そのぐらいみんな怒っているんだよ。と伝えたかったようだが……。

その日、みんなが遊んでいる場に、知らないふりをしたBくんが現れて、露骨に携帯ゲーム機で遊びはじめたから、もう、大変。

Aくんと険悪な雰囲気に。



「で、お母さんは、どう思いますか?」

「うーーん、仲間はずれは良くないよね。だって、きちんと話をして、止めさせればいいって話でしょ」

「話は何度かして、注意をしたんですよ。それでも止めないんですよ」

「そうなんだ。でも、それで、あいつを仲間はずれにしろって、命令されるのは、違うよね」

「でも、理由があるんですよ。みんな困っているんですよ」

「うーーーーん、だからって、なんか違うよ。いじめと同じじゃん」

「ボクは、Aくんのやり方が正しいと思うんです。正しくないですか?」

「正しい、正しくないかか……お母さんは、正しくないと思うんだ。もっと違うやり方がある気がする」

「ボクは、Aくんが正しいと思ったんです」


やろうと思えば論破はできると思ったんだけど、なんか、できなかった。

今やられているのは、Bくんだけど、それは、ちょっと前の君だよね。

「理由があれば、やられてもしかたない」

それでみんなからの圧力を納得しようとしている、その心をどうしたらいいのか。

わからんのだよ。



追記

なんだろう、そのとばっちりを受けているのか、その状況が苦手なのか、またまた、息子は、彼らと距離を置いているんだよねぇ。男の子も、高学年になると、人間関係が複雑になってくるんだなと。