2013-05-20 二度あることは何度もある
連鎖を打破せよという声
Today |
雨ですな。
空気が湿って、冷えたから、今日は、鍋ぽいものにしようかな。蒸し鍋とかどうだろ。
【今日のニュース】
○ドイツで生きた「ユダヤ人」を展示。ベルリン・ユダヤ博物館での刺激的な企画。
企画展「本当の真実。あなたがユダヤ人について知りたいすべて」は3月に始まり、9月1日までの開催。ケース正面にガラスはなく、入場客が中のユダヤ人と自由に言葉を交わすことができる。
「皆、ケースの中の私を見て驚きますが、やがて会話が弾みます。よく聞かれるのは『ユダヤ人にとって今のドイツは住みやすい国ですか』という質問ですね」。そう話すのはユダヤ人画家アンナ・アダムさん(50)だ。両親はナチスの強制収容所に送られた経験を持つ。
会期中はアダムさんのようなボランティアが連日交代で午後に2時間ずつ座る。アダムさんと20分以上会話した高校生のディララさん(16)は「ユダヤ人について多くのことを学べた」と話す。
この挑発的な展示の狙いについて、同館理事のマルティナ・リューディッケさん(43)は「ドイツにユダヤ人が少ないため、対話の機会を作りたかった」と説明する。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130520-00000015-mai-eurp
○オクラホマで巨大竜巻発生、死者行方不明者多数。通過後の映像を見ると、根こそぎ家がなくなっていて……。一か所だけでなく26か所で発生したらしい。
○東京証券取引所、1万5360円の最高値を更新。連日の株高だなぁ。
何度でも、何度でも
bubble |
おとといの記事を書いてから、ちょっと考えていたんだけど。
予約の時に、「車椅子で行きます」と人気のレストランに言ったら、「すみません、うちは設備が整っていないので、防災上の危険もあるので」や「あぁ、その日は、席の関係もありまして、対応できないんです」とやんわりと断られることもあるんじゃなかろうか。そんなことが続いたら、その店のサイトで確認をして、大丈夫そうなら、そのまま予約ってこともしそうだよな。でもって、それでOKなことが続けば、別に行けるじゃん、どこだってと思うんじゃないか。
「事前に言う」ということが、必ずしもプラスに働かない経験。
というのは、あったんじゃないかなぁ、想像でしかないんだけど。
実は、乙武さんが食事をしているところを見たことがあって、普通のテーブルで、普通の食器とスプーンで、とても器用に食べて、自然に過ごしていた。彼自身は、レストランで食事をした経験も多々あるし、特別な待遇をされなくても、どうにかできるって自信もあるんだなと感じた。
車椅子に乗っている人というと、全然体が動かせないように思うが、彼らも普通な人たちと同じで、それぞれにできること、できないことが違う。たいていの人は、経験から、「自分にはこんなことにはこういう介助が必要だ」とか、「こういう状況は難しい、まず無理」とか、勘所は分かっていると思う。
どこかの講演で聞いたんだけど、
「僕たちは、障害のプロなので、できること、できないことは、健常者よりはわかっています」
と当事者が発言して、会場から苦笑がもれた。当事者&当事者の親が多かったからさ、恐らく健常者側の思い込みで、適当に扱われることに慣れているから。
「これはできる」
とそんな障害のプロが思ったことでも、「安全上の理由」や「人手が足りない」という理由で断られることは多々あるんだよね。
レストランだけではなく、学校でもそういうことは起きる。以前、「どこの中学校へ行かせるか?」を見極めようと、いろいろな中学校を見学して回った時。「ぶっちゃけ言っても、受け入れてくれる学校にしよう」と思っていたので、副校長先生などに「実はこれこれこういう問題がありまして、こういう配慮がないと通えないんですが」と打ち明けた。
ま、打ち明けたからと言って、すべてうまく回るわけじゃない。
私立、公立関係なく、
「いやぁ、そこまではできるか、お約束はできません」
「受入れ実績はありますが、うまくいくかはわかりません」
「正直、対応できない可能性もあると思います」
って反応続きだったので、あ〜あと思った。予想以上に厳しいのだ、法律が整った今でもね。
(ここで「特別支援へなんで行かないんだ」って突っ込みはなしだよ。東京はもっと入学が必要な子でさえなかなか入れないような状況なんだから)
中には、「なにも言わずに入学したお子さんで他の生徒が迷惑した経験もありますので、言っていただけたのはありがたいと思いますが」とやんわりと断られたところもあって。あ〜あと。
そういうのはなんだが、ずーーーっとこの手のことは繰り返されていく。人生のいろいろな局面で、何度でも、何度でも。それでも、ひとりひとり、知恵を絞って、自分がやりたいことを実現しようとしているんじゃなかろうか。その知恵やノウハウをどのぐらいためられるかが、当事者の人生を決めるようなところがあるので。
だから、「事前に言わないのが悪い」とそんなに簡単には片付けられない話じゃないってのを、心に留めて置いてもらいたいな。見えないなんかと、戦うこと続きなんだよ。
2013-05-19 四角が死角
クイズ「正方形は何個?」
Today |
昨日あたりRTされていたクイズ「正方形が何個ある?」を息子と娘に解かせた。
正方形を31個見つけたら人材、35個は天才、40個以上はアップル社の面接行ったほうがいいらしい(笑) | 話題の画像がわかるサイト
私と息子は35個まではすぐ見つかったんだが、娘がすぐに解いてしまって。
その後も、図を見ながら、「こういう図から正方形が何個あるのかを見つけるには、どういう式が成り立つんだ」ってのを考えてて、ある程度の法則を発見していたのには驚いた。
証明はできていないから、正解かどうかはわからないんだが。
突然、大の苦手だった分野が、いきなり冴えはじめると、怖くなるよねw
なにがあったんだ、しかし。
学校の遠足で、山行って、悪いキノコでも食べたのかww
【今日のニュース】
○白馬岳で遭難の二遺体発見。4月27日大雪渓付近で発生した雪崩に巻き込まれか。今年の連休は事故が多かったなぁ。
2013-05-18 もやっとボール
あなたな〜ら、どうする?
bubble |
あんま気持ちが良くない話を読んだ。
電動車椅子を使って生活しているAさんが、おいしくて有名なレストランで食事をしようと予約した。そのレストランは2階にあるが、エレベーターがあるビルなので、車いすで入れると思っていた。
ところが、行ってみたら、エレベーターを使って、その店に入ることはできないことがわかった。車椅子では入れない。
せっかく予約したので、「スタッフに抱き上げて連れて行ってくれないか」などと交渉してみたが、あいにく店は混雑している時間。やっとオーナーシェフが来るまでに15分待った。
そこで話をしたところ、「事前に車椅子で来ると言ってくれれば対応できたのに」「忙しいから対応は無理」と入店を断られた。
腹が立ったAさんは、その経緯をツィッターに書いた。
すると、その書き込みを見た人々が、怒って、レストランに抗議のメールを送ったり、非難のコメントをツィッターに書き込んだ。
オーナーシェフはツィッター上でAさんに呼びかけて、経緯の説明と謝罪をした。Aさんは了解した。
店は謝罪文をホームページに掲載した。
直リンクして、怒声を目にするのもなんだと思うので、まとめた。読みたい方は、「車椅子 入店 拒否」で検索してみてください。
これは、単純に怒って終わるものでもないなぁと、読みながら複雑な気持ちだった。
配慮ってのは、どう求めたらいいんだろうか。どの程度なら許されるんだろうか。
でもって、求められたら、どこまで応じるべきなんだろうか。
などを自分に置き換えると考え込む。子ども関連でこの手の配慮を求めた機会もたくさんあったから。
例えば、「○○さん、聞いていますか。ここから大事な話です」と声をかけないと、自分に話しかけられているか、わからないからと。学校の先生にお願いをする。
事情を知らない人は、なんだ、なんだと思うが、こんなことでも、集中力を増すには大切なので。
あと、「いきなり予定を変更しないでください。『前に決まっていた予定を変更します』と前置きしてから言ってください。それだけでパニックにならずにすみます」や「掲示物を教室中に張らないでください。特に黒板の周りにあると、それだけでわけがわからなくなるかもしれないので」など。
他の子にとっては、“なんだよ、それ”って思われることかもしれないんだが、トラブルを未然に防ぐためには重要なことなので、お願いをするわけだ。
理解がある先生が担任だった時は、授業を始めるときに、「今日は、○○についてやります。教科書は○ページから、○ページの間をやります」と言ってくれて、正面の黒板の周りはすっきり。後ろの黒板に、今日やることを書いておいてくれた。
でもねぇ、「そこまでしなくてもいいだろ」と思う先生もいる。
あちらこちらに掲示物が張られた教室の壁を見て、「あ〜あ」と。「これ、なんとかしないとなぁ」と思ったところで、なかなか言えない。具体的に困った事象が起きないと、徹底してくれとは言い出しにくいもんだ。
「うまくやってますよ」
「本人も慣れてきたんじゃないですか」
と言われれば、うーーーーーーん、ジワジワとストレスがたまってるかもしれないかもしれないけど、あぁ、うーーーーーーーん、よしとしよう。良しとしよう。
「言わなきゃダメだ。この子を守るために」と思いつつ、「いやいや、トラブらない限りは、静観しよう」、「なに言ってんだ、クラスの平穏のためにも言え!」、「強く出て、モンペ扱いされてもなぁ」、「トラブル起きる原因を摘まないでどうする」、「先生もプロだし尊重しないと、子どもごと嫌われたら困るよ」 もやもやした思いを抱きながら、見守る。見守っているうちに、なんとなく、過ぎて行ったから、それはそれで良しとなってしまったんだけど。
どこまで、どう配慮を求めたらいいのか。
でもって、求められたら、どこまで応じるべきなんだろうか。
今回は、車椅子という目に見える状況があったけれど、例えば、内臓疾患を抱えたり、精神疾患があって、ある程度配慮が欲しい人もいるよねぇ。その配慮もいろいろあるよね。
その場に、どんな人がいて、どんな対応をするか、一律にできないんだけど、うまくそういう配慮が社会になじむためには、なにが必要なんだろうか。
ってなことを考えたよ。
検索して、この件の反応を見た後に、以下のリンクを読むと、さらに考えさせられると思うよ。
釣り解説"乙武洋匡さん、銀座の「TRATTORIA GANZO」に「車椅子だから」と入店拒否される" - Togetter
以前、こんな記事も書いた。学校とレストランは違うけどねぇ。
この記事にいただいた「ボランティアをかって出てもらえる程度には、人に好かれる障害者になりましょう…てか。ボランティアがいないと通えない状態でも、voluntaryは成立するのかな」ってことを時折考える。
『青い芝の会』とか、調べてみるといいのかもなぁ。
2013-05-17 年上ばかりの街
実家へ戻った
Today |
ひとりで、ちょっと顔を出しただけなんだが。
最寄り駅を降りて、駅近くのスーパーで頼まれたものを買い物してから、実家へ向かったんだが。
歩いている人間が、年上ばかりwww
中学生と、子ども……ふたりぐらいだな、年下は。もしかしたら、主婦らしき人の中に年下がいたかもしれないが、とにかく、年寄りばかりなのに、驚いた。
スーパーでレジに並んだんだが、時間が、かかる、かかる。
しょうがないんだけど、年寄りはお金を出すのも、受け取るのも、もたつくんだな。それが目の前並んでいる3人、買い物カートを引きずっているって時点で、この列に並んで失敗したと思ったんだが……隣も同じような感じなので、この速度で通常なのねっと。
今、住んでいる辺りも、都内ではかなりの高齢化ゾーンだって聞いたことがあるんだが、むしろ、ベビーブーマーが移り住んだ郊外の方が深刻で、まさに高齢化の波がドーンと来ている状態なんだろうな。
ちなみに、このスーパーは、かつて休日になるとわざわざ買い物に行ったような場所だった。今で言う、地方の「イオン」みたいな存在で、文房具から服、日用品など、あらゆるものが売っているすごい店だったんだがな。
節電のせいか、妙に薄暗い店内が、物悲しかったよ。
『海賊とよばれた男』の時代を生きて
『海賊とよばれた男』、読み終わったんだが、おもしろかったし、売れる内容だと思った。でも、おもしろさのエッセンスは、モデルになっている出光佐三自身と彼の経営哲学だろうと。ここまで沿って描くのなら、なぜ、実名にしなかったのかな。「ノンフィクションです」と名乗りをあげると、作中でボロクソに言われている官僚や石油連盟の人たちを怒らせるからかなw
読んでいて、どこがフィクションで、どこが事実に基づいているのか、みたいなのが、延々気になったので、実家に帰ったついでに、親に聞いた。
「こういう話って、聞いたことがある?」
私の親は70代。終戦当時は小学生だったので、下巻に出てくる、出光が7大メジャーに抗って、権益を得ようともがいていた辺りからは、同時代を生きていたといえるんじゃなかろうか。
「出光がイランへ極秘にタンカーを派遣して、いきなり石油を輸入した話とか、知ってる?」
「知っているよ。戦後、割とすぐじゃなかったかな。講和が終わった辺り」
「出光に対して、良くやったって声が多かった? 敗戦国なのにこんなことしていいのかって声が多かった? 実際、世の中の反応ってどうだったの?」
「最初は驚いたね。まさか、そんな大胆なことをやったなんて、って感じかな。でも、新聞は、そんな特別な扱いでもなかったね。大きいニュースだけれど、トップニュースではなかった感じかな。」
「では、どうやって、国民的に賛否両論が出てみたいな状況だってのを知ったの? あの小説にはそう書いてあったんだけど」
で、聞いたら、今とメディアの状況が全然違っていたのがおもしろかった。
昭和30年代は、ラジオは普及していたが、庶民には、テレビはまだ贅沢品。お金持ちでも、そっと観音扉を開けてから、おごそかに見るようなものだった。ラジオニュースはあったが、新聞と同じように、日々のニュースが紹介されて終了。意見の対立が見えるようなメディアでは……ない。
「思想的にうんぬんじゃなくて、紙不足のせいか、新聞でも、たった16ページぐらいしかないから、事件や事故などを伝えるだけでいっぱいで。写真もたいしてないしね」
「では、なぜ、わかったの?」
「雑誌だねぇ。遅れてくるんだけどね」
親が、いちばん読んだのは、ニュースグラフ誌だそうだ。
ニュースグラフ誌というのは、米国の『LIFE』に当たるもの。日本では『アサヒグラフ』がいちばん有名かもしれない。今も、新聞社が大きな災害やスポーツの優勝などのときに出している写真中心の雑誌に近いものが、毎週出ていて、新聞記事の続報やビジュアル面での解説を担っていたわけだ。新聞紙面では表現しきれない、鮮明な写真が見たくて、読んでいた人も多かった。でも、個人で買うよりは、病院や銀行、図書館に置いていあるイメージ。
出光がイランの石油を買い付けた日章丸事件のころは、学生だった父親は図書館へ行って読んだそうだ。
「いち早く読みたかったので、わざわざ図書委員をやって、貸出しする前に読むなんてこともやっていたな。世界でなにが起きているのか。知りたかったからね」
今とは違って、じわじわと浸透するメディアが主力だった時代。要は、テレビがメディアの主流になる前、国民の間にニュースがどう伝わって、どういう風にそれに対しての意識が形成されていたのか。
日章丸事件も、イランへ行っていたことがニュースになってから、日本へ戻ってくるまでの間、賛否両論が出て、その意見を次々と新聞で読んで、グラフ誌で日章丸やイランの油田を目で見て、そして、いよいよ日本へ接岸のニュースを聞いた時。その待った時間によって、父親みたいな庶民に積み上げられた情報の量と、それが民意に作用したものみたいなのが、実に興味深いなと思った。
企業ものや戦記ものを読んでいて、毎回、気になるのは、その当時生きていた人たちの感情みたいなものだ。『坂の上の雲』が傑作と思うのは、大きな話をきちんと描くと同時に、一兵卒が何をしていて、どういう感情を持っていたのか。そういうエピソードを挟み込んでいることだ。
厳しく、激しい状況を、偉人でも、天才でもない人々は、どう切り抜けたのか。
それを理解する手掛かりになるのは、そういう無名な人々が語る、その時の行動だったり、わきあがった感情だったりするんだろうなぁとか。
というわけで、『海賊とよばれた男』に感激をしたならば、身近にいる祖父母や父母、おじおばら、同時代を生きていた人たちに聞いてみたらどうだろうか。
「あの事件が起きた時、どう理解した? 自分はどう思ったの? 世の中はどう思っていた?」ってさ。
結構、あの小説のこういう面が理解できていなかったと、気付くんじゃなかろうか。
追記
ブコメ多謝。この小説とは真逆の評価が出てきてうれしい。
爽快、痛快なエピソードとして美化される前の、ホントの話はどうだったんだろうというのを、気にして欲しいんだな。小説では、規制や統制に反対し続けていた反骨の男ぽく描かれていた出光左三について、いろんな角度からの証言、むしろ、彼を嫌った人たち側の声も聞いてみたい。
モデルがある小説は、それだけを読んで満足しちゃうのは、もったない気がするんだよなぁ。
離縁した前妻についても、これだけじゃないだろと思ったり。




