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北沢かえるの働けば自由になる日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2015-01-26 コミュニケーション・エスカレーション

エスカレーションの沼

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そういうのはなんだが、雑誌に掲載された諷刺マンガとは、どのぐらい影響力があるものだろう。

パリで襲撃された雑誌の発行部数は数万部だったと聞くと、まぁ、そんなもんかと思った。

しかし、イマドキは、単純には、部数=影響力とは考えられない。

誰かの怒りをかうような、物議を醸すようなマンガが載ると、親切な人々によってwebに転載され、拡散されていく。パリから遠く離れた極東に住む私もweb経由で見たぐらいだから、そうやって、全世界の人たちは知るだろう。

SNSでのバカ探しではないが、過激なことをすればするほど、世界中に拡散されていく。

その結果、「これは諷刺だから」という約束事が通じない、もはや、作者が想定していなかったような読者がそれを読む。というのは避けられないんだろう。

そういう想定外の読者をどうしたらいいのかは、正直、わからないんだが。

さて、今回、諷刺対象にされたイスラム過激派が、カウンターパンチを繰り出すメディアってどんなものなんだろう?

と、わざわざ書くまでもなく、webでしょ。

911のころは、米軍が血眼になって追っている人物が、アフガニスタンの山奥から世界中に発信というだけで、ものすごいインパクトがあった。食い入るように犯行声明動画を見ていたんだが、やがてwebでの発信自体には驚きを感じなくなってきたころに、犯行現場の動画が掲載されるようになった。吹き飛ぶ車や建物に全世界はおそれおののいた。同じころから自爆テロリストの実行前の心境を告白する動画も掲載されるようになった。そして、その次は……人質の命乞いから、斬首。

「ここまでやってしまうのか」

と最初は思っていたが、最近は「誰かの首を切り落される映像が載っているよ!」と言われても、

「またか」

という感想を持つ人も多いんじゃなかろうか。なんにでも人は慣れていく。一方で、掲載する側は、まだ通じると思っているのか、どうなのか。自分たちの存在感を誇るかのように、次々に処刑予告をしている。

こうやってエスカレートしていくものは、規制をかけたら改善するわけじゃない。では、どうすんのってのは浮かばないんだけれど。

諷刺とは、薄めた暴力だけど。斬首動画は、濃いぃい暴力で、webにあるときは、同じ「暴力」についての情報でしかなく、その情報だけを受け取るなよと、私は思っている。もうこれは、受け手側がどう受け止めるか、賢くなるしかないと思ったりするんだが、暴力に慣れるのは良くないよね。

ここからは、個々人の判断でしかないんだが、際限なくエスカレートしていくものからは、距離を置かないと。渦巻の中に巻き込まれて、正気でいられなくなってしまうんじゃなかろうかね。

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2015-01-25 夜来りなば

「カードを使わせたくない」

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この間、成年後見人制度の勉強会へ行って、とても大事な話をいろいろ聞いたが、その中でもいちばん知りたかったこと。

「就職ができても、金銭管理の能力がないので、どうなってしまうか、心配です。例えば、クレジットカードを渡したら、限度額いっぱいまで使ってしまう可能性があります。また、先物取引など複雑な金融取引は理解できません。そういう子が勧誘されて、断り切れずにカードを作ったり、先物取引の契約を結ばされないようにするにはどうしたらいいでしょうか? 後見人制度は使えますか?」

「法定後見人制度の保佐人を立てて、『クレジットカードの契約』や『金融取引』など「やらせたくない」ことを保佐人の同意なくしてはできないようにするのがおすすめです」

成年後見人というと、一度立ててしまうと、なんでも許可なくできなくなるし、ある程度、自分で意思表示ができるうちは、関係ないと思われがちだが……そんなことはなく、部分的に判断をゆだねることもできるそうだ。例えば、「クレジットカードの契約」だけというような限定もできる。

また、後見人と保佐人には、取消権があるが、補助人にはない。保佐人ならば、こっそり契約を結ばれてしまっても、後からなしにできるそうなのでおすすめ。

重要なポイントは、裁判所に審判を仰ぐ時には、なにを「やらせたくないこと」なのかを具体的に伝えること。今は、リスト化されたものがあって、そこをチェックして漏れがないようにしていくそうだ。例えば「税金の申告」とかは忘れがちとか。

知らなかったが、後見人がいようが、結婚もできるし、日常生活はほとんど変わりなく過ごせるそうだ。主に財産管理に関わる重要な決定や手続きは、後見人たちが手伝うという形にしておいても、日常での買い物は自分でやれる。


法定後見人制度のイロハは知っていたつもりだったが、実際運用の状況を聞いてみると、かなり使い勝手はよくなっているようだ。法制度としては比較的新しいものなので、柔軟に運用がされ、実例を積み上げている最中だそうだ。

以前は、後見人に選ばれた親族や弁護士が被後見人の財産を使いこんでしまって……という事件が多発して、それで忌避する人も多かったんじゃないかと思うが、最近は、後見人を監督する役をきちんと決めると同時に、報告書をマメに出させるようになっているそうだ。

そういうチェック機構もうまく働かせようと、裁判所もがんばっている状態。

ただし、「法定後見制度」を利用しようとすると、医師の診断が必要になる。

「判断能力が不十分とは?」

というのは、医師の診断にかかるわけで。

発達障害精神障害の場合には、そこはうまくやらないとな〜と思った。

実例としてあがったケースは、カード破産を何回もしかけたようなことがあって、

「金銭の管理能力がなく、何度でも同じ失敗を繰り返す」

という証明になったようだった。



もうひとつ、後見人を立てるかどうかの時に、考えて欲しいこと。

“この人の自己決定権を侵害しているんじゃないか?”

生きるも、死ぬも、その人の自身が決めるべきだけれど、一部にせよ、それをゆだねるわけですよ、後見人に。

そこで相当葛藤があるし、ずっと澱は残っていく。

でも、それを心に留めながら、立てるみたいなものは、大事にしないとねと。

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2015-01-20 ひとりで生きているのではありません

イスラム国が邦人2人を人質に身代金を要求

| イスラム国が邦人2人を人質に身代金を要求を含むブックマーク

イスラム過激派組織「イスラム国」のメンバーとみられるナイフを持って覆面をした男が、72時間以内に身代金を支払わなければ拘束している日本人2人を殺害すると脅迫する映像が、インターネット上に公開されました。

この映像には、去年拘束された湯川遥菜さんとフリージャーナリスト後藤健二さんとみられる2人がオレンジ色の服を着てひざまずかされている様子が映っています。

「イスラム国」“邦人殺害”と脅迫 身代金要求 NHKニュース

名前を見て驚いた。

後藤さんには、娘がお世話になった。

どこか知らない遠いところで - 北沢かえるの働けば自由になる日記


後藤さんはクリスチャンなんだな。

「もし、取材先で命を落とすようなことがあったとき、誰にも看取られないで死ぬのは寂しいかなとも思いました。天国で父なる主イエス様が迎えてくださるのであれば、寂しくないかな・・・なんて、少々後ろ向きな考えで受洗を決意したのは事実です」と後藤さん。

しかし、当時の牧師に「われわれの信じる神様は、われわれが死ぬときのためにいらっしゃるのではないのですよ」と咎められ、はっとした。それからは、毎日生きていることに感謝し、神様に守られ、今も生きていることに感謝しているという。

(中略)

最後に後藤氏は、小さな聖書を差し出してくれた。いつも取材に出かけるときに手放さず持っている聖書だという。十数年前に同教会の牧師から頂いたものだと言い、大切そうにページをめくっていた。そこには、「神は私を助けてくださる」(詩篇54:6)という言葉が。

「この言葉を、いつも心に刻み込んで、私は仕事をしています。多くの悲惨な現場、命の危険をも脅かす現場もありますが、必ず、どんな方法かはわかりませんが、神様は私を助けてくださるのだと思います」

【インタビュー】国際ジャーナリスト・後藤健二〜それでも神は私を助けてくださる〜 : インタビュー : クリスチャントゥデイ


祈りましょう。

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2015-01-19 学園で闘ってみたw

学園物の主人公の敵のルーツとは?

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ドラマ「学校のカイダン」を見つつ、あぁ、これはいろんな学園物のパロディだなぁと思っていたんだが。

タイムリーな記事が登場。

また、フィクションの歴史・元祖に関する質問です。

なんとなく、イメージできると思いますが、

・学校の予算を決めたり、学園祭を仕切ったり、部活の活動停止や廃部の権限がある

・主人公のグループ(部活動だったり趣味のサークルだったり)と対立する。あるいは時々はよき理解者、協力者になる

・そこにはお坊ちゃんお嬢さん、優等生、腹黒い陰謀家…が多数

という感じの生徒会が出てくるフィクション…漫画やライトノベルがあると思います。

あまりにお馴染み過ぎてパロディにされたり、「そもそもこんな生徒会、あるわけない!『非実在生徒会だ』」と諸外国から突っ込まれたりしています(笑)

確かに、こんな生徒会が本当にあるとも思えません。フィクションが起源だと思いますが、こういう組織像や人物像が登場するフィクションは何があるでしょう?その元祖は何でしょうか?

強大な権力を持ち、主人公のライバルになる『非実在生徒会』の歴史、元祖は?【創作系譜論】 - 見えない道場本舗

という問いかけに対しての答え。

「非実在生徒会」の歴史や特徴について、頂いた情報をまとめます【創作系譜論】 - 見えない道場本舗


なかなか面白い。

敵は非実在生徒会だけとは限らないが、統制のとれた学園に反逆児というか、空気を読まない奴がやってきて、かき回すというのは、基本学園もののパターンだよね。その中でも「生徒自治の象徴」である生徒会が敵役になるってのが、ポイントなんだろうなぁ。

私の頭に最初に浮かんだのは、「大衆は豚だ!」でおなじみの「男組」の神竜の組織だったんだけどw

よく考えたら、あれは神竜の作った裏組織であって、生徒会ではなかったなと。しかし、あの選民思想をまとったなにかが、学校を支配して、それを肉体派ヒーローがうち破るみたいな展開は、後の学園マンガに大きな影響を与えたと思うが。

それに続く、78年の『青春動物園ズウ』も貴族みたいな一部の生徒が学園を支配していて、そいつ等と主人公と戦うのが、最初の設定だったと思うんだが。『炎の転校生』もこのころか。あのころの週刊少年サンデーには、学園に留まらない学園ものを歓迎する空気があった気がするな。

年表で『男組』のわずか5年後に『うる星やつら』が登場、高橋留美子の尖鋭性に畏れ慄く。 

ブコメで指摘されていたが、「うる星やつら」が「神竜」のパロディとして、面堂終太郎を登場させたのは、このサンデーの流れに乗ってだと思う。

パッと見ての思い付きなんだが、さらに続く1985年究極超人あ〜る」は、サンデーの先人達が作ってきた「学園での生徒同士の激しい闘争」をうまくパロディにしているんじゃないかと。ゆるすぎて戦うどころじゃないし、嫌がらせをうまくやり過ごす光画部に、生徒会長がイライラする設定とかねw 80年代っぽいなと。


小説では、いろいろあろうが、1973年の「ねらわれた学園」が、影響力としては最大だと思う。ジュブナイルというジャンルで浮かぶ本は、このころはまだ「コバルト文庫」と児童書の一部ぐらいしかなかった。ジュブナイルの中でも、学校の図書館に揃っていたのが、眉村卓光瀬龍筒井康隆の少年少女向けSFだったことを思うとね。「あ〜る」のゆうきまさみは、「ねらわれた少女」としてパロディにしているしw


学園紛争の影響で、先生との対立を避けて、生徒同士の抗争へと描き方が変わったという流れは、微妙かな。

学園紛争が激しかったと知られる高校の卒業生として言えるのは、60年代後半の「学園紛争」は、最後は高校まできたが、それは、私立や旧制高校の流れをくむ一部の進学校どまりだった。

母校では、学校側との交渉の結果、「制服廃止、標準服か私服でOK」や「中間テストの廃止、成績評価は年1回」、「校則廃止」などの権利を勝ち取り、生徒会の権限が強い傾向が生まれたんだが……そのぐらいのものでw 公立高校だったので、先生たちも数年単位で移動するし、学生も通える範囲にありや偏差値で選ぶし、「自由な校風」に影響が残っているぐらいだった。むしろ、学園紛争が外部の学生の影響で起きた……となったせいで、生徒会に限らず、生徒が外部の組織との連携をとるのがとても難しくなり、「校外へ出てボランティア」や「各校で連携して行事を行う」みたいなことが非常にやりにくかった記憶がある。


あと、変な話、高校進学率が90%台になったのは、74年。

「高校に行って、学園生活を楽しむ」

が当然になったのは、70年代後半からなので。

また、学園紛争後に「学生に口開かすと、なに言い出すかわからん」と校則ではなく、内申書で脅して統制する流れが、中高とも厳しくなったと思う。受験戦争も激しくなり、「学生は勉強をしていればいい」という空気も強くなり、共通一次がスタートすると、高校のランク付けも全国的に進んだ。「勉強していればいい」にのれない奴らが、今で言うヤンキーことツッパリとなり、「お礼参り」と先生を殴り、ガラスを割り、バイクで校庭を走り回ったなぁとか。

このころの空気を知りたいなら、79年の映画「高校大パニック」かな。

「数学できんが、なんで悪いとや!」

のキャッチコピーは衝撃だった。これは「学生は勉強していればいい」が極まって、生徒が銃持って、暴走するって内容。マンガではないが、理不尽に抑えられるから暴発するんだってのを描いた、『金八先生』の第2シーズンは80年。このころが校内暴力のピークだった。


というわけで、『男組』などにあった学校内の闘争が、社会へつながって、巨悪の存在を明らかにする。みたいなのは、80年代になると笑い話でしかなく、勉強ができる子たちは、受験勉強の合間の息抜きとして読むマンガの「学園もの」はラブコメ路線へ。一方で、勉強ができない子たちを楽しませるマンガとして、不良の日常を描く「ビーバップハイスクール」か……と思ったんだが、80年代後半の少年チャンピオン辺りでヒット作が生まれた「不良抗争マンガ」が受け皿になって、「クローズ」へと続いて行くのかもな。


追記 

保坂区長のアレは「麹町中全共闘を名乗り機関誌『砦』を発行」、つまり中学時代の話なのでお間違えなきよう。

確かに、学園紛争だけれど、高校ではなく、中学でが正解。

余談だけど、「麹町中学校内申書事件」は、かなり興味深い内容なので一度調べてみるといいかも。70年代の生徒と先生の関係がよくわかると思うよっと。いや、「内申書になにを書くか」で脅すというのは、今は空気のように当たり前になっているから、驚きもないかw


追追記

書くの忘れていたこと。「生徒会が敵」になるパターンへの全共闘の影響を考えるとしたら、

『敵も味方も学園内の生徒にいて、争いが学園内で終結する』

という点の方が重要かもしれない。

私の母校だけでなく、70年代後半から学校全体の閉鎖性が強まる流れがあったと思う。各校が連帯したから闘争を招いたという反省からか、生徒が主体になってイベントをやることや、他校の生徒を招いて勉強会みたいなものが嫌われていた感じがある。一方で「警察の不介入、教育の自由を守れ」という左派的な動きもあったので、その辺、左右両派の合意の上で、「学校内の事は学校内で決める」という状況ができた気がするんだが。

だから、「敵は生徒会」というのは、そういう狭い世界に生きてる子らには、イメージしやすかったかもと。

あと、これは誰かが指摘するかと思ったが、70年代は、プログラムピクチャーで、トンデモ学園ものみたいなのが、結構上映されていたことも気になるなと。梅宮辰夫不良番長シリーズとか、女番長シリーズとか。学生が裏の権力と結びつくって辺りは影響がありそう。

2015-01-17 弱っている人

見てはいけないものを見てしまった感「山田孝之の東京都北区赤羽」

| 見てはいけないものを見てしまった感「山田孝之の東京都北区赤羽」を含むブックマーク

今季、いちばんすごいなぁと思った連ドラ、「山田孝之の東京都北区赤羽」。

2014年夏。俳優・山田孝之はとある映画撮影で「自身とその配役との区切りが付かなくなる」というスランプに陥ってしまう。そんな時彼は漫画『ウヒョッ!東京都北区赤羽』と出会い、これに感銘を受ける。そして山田は自身と付き合いのある映画監督・山下敦弘を呼び出し、「赤羽に行けば本当の自分に出会える気がする」。だから俺は赤羽へ行く。「赤羽での自分を撮影してほしい」と依頼。山下はライバルであり盟友でもあるドキュメンタリー監督・松江哲明もスタッフに加える。

山田孝之の東京都北区赤羽:テレビ東京

全部カメラがとらえたものなので、映像自体はそれでリアルなんだけど、登場人物の言動はホントかウソか、なんだかわからない、とらえどころがない悪夢のような空間なのに、山田孝之が感動しまくって、

「これが自分が生きたかった世界だ!」

みたいなことを言っているwww 連ドラと銘うっているから演出は入っているんだろうが、登場人物は演じていない、リアルな赤羽の住人たちだし、ほとんどがドキュメンタリーと言うか、山田孝之の言動はリアルと言うよりは、演じられなくなっている感がすごくて……こういうリアルとフィクションの間みたいなのって、好物だよなとか。

「今振り返って見てみるとあの時期はやはり相当参っていたのだなぁ、結構ヤバい所まで行ってしまってたのだなぁと思った。しかしそんな自分の姿がどうやら人から見ると面白いらしいので、面白いならいっかと今回の形に収まりました」

    山田孝之

ヘルツォークとか好きな人は、よだれ出ると思うが。

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