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北沢かえるの働けば自由になる日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2016-09-28 高慢と偏見と

ズタズタに引き裂かれたムスリム

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この間、アフガニスタンで灌漑用水路を作っている中村医師のドキュメンタリーが放送されていて、娘と見入ってしまったんだが。

アメリカ同時多発テロから15年。今も戦乱の続くアフガニスタンで干ばつと闘う日本人がいる。医師・中村哲(69)。「武器や戦車では解決しない。農業復活こそがアフガン復興の礎だ」。中村は白衣を脱ぎ、用水路の建設に乗り出した。15年たったいま、干ばつの大地には緑がよみがえり、人々の平穏な営みが再び始まろうとしている。戦乱の地アフガニスタンに必要な支援とは何か。15年にわたる中村の不屈の歩みを通して考える。

http://www4.nhk.or.jp/etv21c/x/2016-09-10/31/13076/2259544/

平和を作り出すには飢えないように。飢えればまた戦争が起きる。と気づいて、医療支援を止めて、灌漑用水路を作ることにした中村医師だが、灌漑用水路の次に作ったのは、モスクだった。

え? 病院とか、学校じゃないの?と思ったんだが、その理由を聞いているうちに、なるほどなと思った。

中村医師いわく、爆撃だけでなく、アフガニスタンの人々は心もボロボロにされたそうだ。

「世界中の人から彼らの信じるイスラム教は、非難されて、嫌われていた。イスラム教徒というだけで、ボロクソにいわれる。そのことで彼らは傷ついて、自信を失っていた。だから、モスクを作った」

用水路建設のめどが立って、次にないが必要かと、聞いたら、モスクと言われて、中村さんも躊躇したそうだ。

宗教施設が、食べ物の次に必要なのか?

モスク。放置しておいたら、テロリストの養成所になっちゃいそうではないか。

と思っていたんだが、モスクができたことで、彼らに自信が戻ったそうだ。モスクは学校にもなるし、病院にもなる、人々が集まれる場ににもなる。

モスクができて、その誇りを取り戻したことで、顔つきが変わったって話は興味深かったな。

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2016-09-26 「ノーマネーでフィニッシュです」

虎のその後

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テレビを付けたら、えぇと思った。

あの南原社長が出ているじゃないか。

 26日放送のテレビ朝日系『しくじり先生 俺みたいになるな!! 3時間スペシャル』(後7:00〜9:48)に、かつて『マネーの虎』(日本テレビ)で“冷徹な虎”として恐れられた南原竜樹社長が出演。番組終了から約1年後、南原氏は100億円の損害を出し、なんとホームレス生活を送っていたと告白する。

http://www.asahi.com/and_w/interest/entertainment/CORI2078829.html

マネーの虎』は、個性的な成功者が揃っていて、彼らの言葉を聞くだけでも面白かったんだが。中でも、南原社長が怖くてね。なにものも信じないという、冷徹な目がとにかく怖い。薄くしか口を開かず、大してしゃべらない辺りも、底知れない感じがして好きだったが。なんでんかんでんとか、ひばむすとか、生活創庫とかみたいに、わかりやすくギラギラしてないのがいいなぁと。

なので、番組終了後に、南原社長が、莫大な借金を背負って、事業が立ち行かなくなったってのを聞いて、悲しくなった。再起を目指すとは思うが、そんなに成功のチャンスなんてのは回ってこないだろうに。どうしたのかなぁと思っていたら……。


なんてことでしょう。笑顔になっているじゃないですか。


驚いたよ。それと同時にうれしくなった。

あんな冷たい目をした人も、心溶かされ、笑うようになるんだなぁと。

今は、沖縄で数百人の社員の先頭に立って働いているらしいよ、良かった良かった。


マネーの虎』と言えば、吉田栄作をはじめ、レギュラー陣で虎らしく生き続けていられた人は少なかったね。

「呪われたよねw」

「アレに出たのが良くなかった」

と言われてしまったのか、『マネーの虎』を継ぐバラエティーは出てきても小粒だったなぁと。シビアな空気が足りないというか、リアリティーショーぽいものは、日本ではほのぼの系しか成立しないのかもなと、がっかりしていたんだが。

あのヒリヒリした感じは、もう、テレビでは無理だろうなぁ。


参考

「マネーの虎」が初めて明かす借金100億円ホームレス生活│NEWSポストセブン

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2016-09-25 I can`t stop the lonliness

言葉に出せないほにゃららを

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なんだ、これは。

宮内庁長官の風岡典之氏が26日付で退任し、山本信一郎次長が長官に昇格、後任の次長には西村泰彦内閣危機管理監が就任する。天皇陛下お気持ち表明に至る過程で、宮内庁の対応に不満を持った首相官邸が、人事でてこ入れを図ったようだ。

 宮内庁幹部の異動は春が通例で、風岡氏も当初は来年3月末まで務めるとみられていた。政府関係者は、退任が早まった理由についてお気持ち表明に関し、誰かが落とし前をつけないと駄目だ」と語った。

 陛下の生前退位のご意向が官邸に伝えられて以降、杉田和博官房副長官らは、退位の自由は憲法上認められていないと判断し、負担軽減策の検討を進めていた。そうした中で陛下のお気持ち表明の動きが表面化した。官邸宮内庁に対し、「陛下が思いとどまるよう動くべきだった」(関係者)と辛口評価だ。

http://www.jiji.com/jc/article?k=2016092500057&g=pol

誰が言ったのか、想像がつく言い方だなw「落とし前」っていつの時代の話やら。ヤクザかなんかより、非合理な上に、どうでもいいところに見栄張ってくるよなぁ。

前にも書いたけれど、さっさと大御心を慮って、動けや。と思う立場なので。というか、数年前からそういう意向が伝えられていたら、なぜ、真剣に検討をしなかったのかねぇ。


この間、夏の終わりに、また、行幸に遭遇してしまったのだが。警備の様子が以前と変わっていて、アラッと思った。詳しくは書かないが、陛下のおっしゃっていた以下の下りを感じさせるものだったな。

私はこれまで天皇の務めとして,何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが,同時に事にあたっては,時として人々の傍らに立ち,その声に耳を傾け,思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました。天皇が象徴であると共に,国民統合の象徴としての役割を果たすためには,天皇が国民に,天皇という象徴の立場への理解を求めると共に,天皇もまた,自らのありように深く心し,国民に対する理解を深め,常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。こうした意味において,日本の各地,とりわけ遠隔の地や島々への旅も,私は天皇の象徴的行為として,大切なものと感じて来ました。

なんだろう、市井の人たちとの交流を大事にしているってのは、いろいろと報道されたエピソードから知ってはいたんだが、また遭遇して思ったのは、本当にホントに、大切にしているんだなってこった。昭和天皇行幸とは、意味合いも、ご自身の覚悟も違うってことなんだろうな。

子どものころから、天皇家を見ていて思ったのは、今の皇太子の世代はだいぶ違っているが、昭和天皇の世代の方々は自分の言葉で語るということがほとんどなかった。プライベートな、人間味あるれるエピソードみたいなものは、滅多に漏れ聞こえることはなかった。一方で、今上天皇は、かなり情報公開をしているし、プライベートも披露している。それでも「自分の言葉で語る」ことがこんなに大変なのかと思ったよ。

どんだけ中世だよ、日本は。


追記

昔、昭和天皇のお姿が見えると、群衆からは万歳の声が上がったもんだった。それをテレビで見ると、“現人神”であった歴史はぬぐえないし、複雑な気持ちがしたんだが。

今回、陛下と皇后陛下を見送っていたとき、

「退位をなされるよう願っております」

「退位をなされるよう願っております」

と叫んでいる人がいて、あ〜あと。

ここへいらっしゃるのはプライベートな目的で、できる限り仰々しくならないように行動しているらしい。それを受けて、ホテルの人もそうだが、宿泊客も、地元の人も、騒いでは申し訳ないなと見守っている。それをわかっていて、見送りの際にわざわざふれあえる時間を設けるみたいな、お互いがなんとなくわかりあっている心地よさがあったんだが。そういうのじゃない人が現れてしまったので、次回はないかもしれないなぁと思った。あ〜あと。

今回、マイクロバスで移動をなさっていたので、先に陛下が手を振ってからバスへ乗り込んだ。階段を一歩一歩しっかりと踏んで、のぼり終ると、振り返って、皇后陛下に手を伸ばした。皇后陛下は、その手をさっと握った。それを見て、あぁ、このふたりは好きで夫婦になったんだなと思った。なんていうか、あんな風に自然とお互いをいたわるようにして、年を取れたら、幸せだよね。感動した。

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2016-09-22 憤怒の河を渡れ

お前がそう思うならそうなんだろ、このいじめは

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映画を見に行こうかと思ったんだけど、なんかタイミングがつかめなくて行けなかった。雨ひどかったしなと、言い訳をしたりしたんだが。『怒り』もいいが、『君の名は』にするか、『聲の形』もいいかもなと迷って、webで感想を見たりしていて、ふと目に留まった。

映画『聲の形』の反応、割れているんだね。

マンガとして発表された時から、いろいろあったんだが、聴覚障害者の人たちが言っている“都合良く話をすり替えるなよ”って違和感はわかる。そういうのはなんだが、ヒロインが、健常者が期待する障害者像のパターンにはまってるから、あの物語はおさまるわけだとわかっていても、現実との違いにクラクラして、怒りが湧き上がってもおかしくはないだろう。

これも想像でしかないんだけどね。

聲の形』のwebでの反応を見ていて思ったのは、かつてあった思い出として、いじめの問題をすらすら語れるのは、やられた側ではなく、やった側なんだなぁと。

やられた側は、フィクションと頭ではわかっていても、いじめの話を見聞きすれば、自分の体験がフラッシュバックして、怒りがこみ上げるってことも多いようだ。年を取り、それなりにスルーできるようになっても、やった側の無神経な言動には辟易しているようだし。いじめた側から

「そんなこともあったよね〜。でも、今は仲いいよね〜」

と言われたとしても、ブチ切れたりしない。しかし、内心では、“はぁ? そんなこと程度ですかい、あなたにとっては。はぁ? 私はそれ自体をどうこうは言いませんが、やられたことは忘れませんよ”ぐらいは思ってると見ていいだろう。


特に学校でのいじめの話を聞くと、もう、被害者にはどうしようもないのに、なにやってんだよと思う。「いじめがある」と認識したら、学校が即やることは、加害者をどうにか止めるか、加害者と被害者に距離をおかせる、いじめを産んでしまったクラスの環境を整える。具体的には、クラスにかかっている圧力を逃して、緊張感を下げる。ぐらいしかないと思うんだよなぁ。

被害者は、耐えられるまで我慢するか、クラスを変わるか、学校へ行かないか、学校を変わるかぐらいしか、手がない。しかも、どの手もいじめをなくすことはできないんだけどね。

先生とかは、やっぱり、やられた側になったことはないんだろうね。なんか、そういう基本的なことすら、やらないってのは、なんだろうねぇ。面倒なのか。

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2016-09-18 人をなめるな

パラリンピック、すごかったな

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パラリンピックの中継を見る時間がなくて、試合全体を追うようなことはできなかったが、夜のダイジェストやニュースでいろんな競技を見ると、面白かった。

障害者スポーツの祭典」というと、ハンデがある人用に簡略化したり、道具を増やしたりして、勝つことよりは参加することに意味がある的な大会と思うが、全然違っていた。

パラリンピックは、オリンピックの別部門というより、まったく別のオリンピックのような存在だってことが、ブラジル大会を見てわかった。道具や補助要員をどう工夫して使うか。ホイールチェアラグビー障害によるハンデの付け方やボッチャにおける補助道具のように、障害を試合の駆け引きに使うとか。発想自体が新しいなぁと。また、出場選手たちに共通する、ドライな感じは、彼らはアスリートだってことなんだろうなぁ。想像でしかないが、イチローみたいに、日々、自分を勝つために追い込んでいる雰囲気があったな。


あと、閉会式で登場した、ハンデがあるダンサーたち。車いすの使い方や欠損部分の使い方が、前にロンドンで見たダンサーたちとまた違っていて、そのオリジナリティが面白かった。逆に四肢が揃っているという前提で踊ることが制約になるってこともあるのかなぁと思った。

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