北沢かえるの働けば自由になる日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2014-04-16 オシツオサレツ生きていくのさ〜♪

他者の視線を感じづらい子に“お行儀”は説明しにくいな。

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お行儀というのが、うちの子は苦手で。

「静かにして、話が聞こえないから」

というのはわかってくれるんだけど、

「変な姿勢で座らない。足は投げ出さないの」

「背筋伸ばして、待っている。先生来るんだから」

というのは、頑強に抵抗するというか、

「いいじゃないの、誰にも面倒かけてないんだから」的な論理で直さない。

言われなければ気付かないしw

他者の視線を感じづらい子に“お行儀”は説明しにくいな。彼らは自分の中の快不快が基準で行動しているんだなと。また、お行儀は理屈ではない部分も大きいので、論理で言い聞かせようとするとグチャグチャになって、「それ必要なの?」って問いかけに答えられずにぐぬぬってことも多い。

なので、「それをやるとかっこいいよ」「揃ってる方がきれいでしょ」と美意識に訴えてみたりとか。いちばんは、良きモデルになるような人が身近にいるといいんだけどなぁ。昔はどの学校にもひとりぐらい、背筋が伸びた女の子がいたから、先生や親がイチイチ注意しなくても、“あぁ、いつもほめられてる子、あれがお行儀の良い子か”と感じ取れたんじゃねとか思ったり。

というつぶやきに、afcpさんからもらった反応。

お行儀と巻き込み強迫の類似と相違について、とか連想が走った。

https://twitter.com/afcp_01/status/455489574412623872

根拠を示せないお行儀というのは、社会の側が彼らに求めている巻き込み的なお付き合いなので、似ている部分があるかな、と。そういうロジックで説得を試みたこともあります。「行動が予想通りでなくて、見ている人が気持ち悪いんだよ」と。上手くいくことは多くないですが。

なるほどなぁと。

「巻き込み強迫」というのは、強迫性障害の人が、周囲を自分の強迫行為に巻き込むこと。例えば、寝る前に扉が閉まったのか、いっしょに確認して回わらないとダメとか。それを執拗に何回も繰り返すのが、病気だってことなんだけど。

言われてみると、他者の視線を感じづらい子たちにとっては、「膝を閉じて座る」や「食べる前に『いただきます』」とかは、その場にいる人たちの“強迫行為”に付き合っているようなものかもなぁと。

前に、娘に「膝が開いている」を注意したら、

「テーブルに隠れて見えないからいいじゃん」

「だから、隠れて見えない時ばかりじゃないでしょ。いつでもやるようにしないと、癖にならないよ」

「だから、私は必要な時に合わせて、やりますから(怒)」

意味がないように見えるのに、暗黙で守っている「お行儀」というのは、多数派が押し付けてくる“強迫行為”にしか感じ取れないかもしれない。結構、高度なことだよね、その場の雰囲気や周囲の人々を見て、どういう態度にするか、自分を調整するって。

「行動が予想通りでなくて、見ている人が気持ち悪いんだよ」

という説明は、彼らに添う感じがして、わかりやすいかもしれない。

「この場ではみんな、これだよ。ひとりだけ違うと、違和感があって気持ち悪いんだよ。隣の人と揃えてね」

とでも、今度説明するときに、試してみよう。



別の話なんだが、先週からずっと思っていたこと。

 低学年のうちは同級生の集団でうまいぐあいにやれていたが、多くの子どもは年齢があがってくると公園では遊ばなくなる。自分の印象では、年齢があがってきたのに公園で遊び続けている子どもの中に「気になる子」は多い。発達の凸凹が見られることもあるし、家庭環境の問題が垣間見えることもある。

「気になる高学年」と「その他たくさんの低学年」が交わるようになってきたのは最近だ。「気になる高学年」は社会性にいろいろと課題を抱えていて、同級生と遊ぶのが次第に難しくなってきているし、そもそも同級生を公園であまり見かけない。結果として低学年たちの中に加わり、その中で年長者として子どもたち集団を牽引していきはじめた。低学年たちも先輩に従う。両者のコミュニケーションのレベルに大差はない。

子どもにとって集団ってそんなによいものだろうか。 - lessorの日記

どこでうちの子を見ていたのかw

巻き込み強迫とは違うが、娘からは「私に付き合え、いっしょにやれ」というプレッシャーをすごく感じる。

「思い通りにしたい」というか、「自分にとって安心できる状況を作りたがる」というのは、発達凸凹がある子には割とある傾向らしい。彼らのペースに常に合わせなければいかんというのは、親にはすごいストレスなんだが、それやらないと安定しない。というのは親同士の愚痴で出てくる話だ。

たぶん、周囲の子どもたちには、そのプレッシャーはビンビン伝わっているんだろうなと。それに耐えられず同世代の子は離れてしまうから、仕方なく、公園や児童センターなどで、自分よりも年下の子たちを率いて、彼らをコントロールしつつ遊ぶ。

でもって、上のリンク先のようなことが起きる。

知的にあまり問題がなくて、社会性ありそうなのに、固定した友だちがいない。気づくとクラスで孤立している。みたいな発達凸凹の子は、こんな状況から気づかれるんだろうなぁとか。

しかし、「相手の都合は考慮せず」みたいなのは、コントロール難しいんだろうなぁ。例えば、私が出かけようとすると、今はどうでもいい問題を話しかけてくるとか。

「向かいの家のお父さんの姿をここのことろ見ていない。なにかあったんじゃないか」

「あなたが学校へ行った後に出て行って、夜遅く帰ってきているみたいだよ、4月から職場が移動したんじゃないの」

その都度説明をして納得するまでの時間ってのが、とてつもないストレスw この細かくダメージを与えられる感じってのがしんどいのです。

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2014-04-15 それはちょっとできない相談ねぇ

女子アスリートの孤独

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気になったニュース。

高校などの10代の女子スポーツ選手の間で、厳しい体重制限などが要因となって生理が止まり、疲労骨折を繰り返すケースが広がっていることがNHKの調査で分かりました。

専門家は「女性ホルモンの不足から起きる問題で、若い女子選手を育成するうえで対策が必要だ」と指摘しており、日本産科婦人科学会も近く、実態調査に乗り出す方針です。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140415/k10013741791000.html

前から女子でスポーツをやっていると、生理が止まるって話は聞いていたから、新味はないんだけど、疲労骨折との関連は知らなかったので、驚いた。

陸上・長距離や新体操、体操など、厳しい体重制限を行うことがある競技の女子のトップアスリートの間では生理が止まる「無月経」になる選手が目立ち、その結果、疲労骨折をするケースも起きていることが国立スポーツ科学センターなどの調査で分かっています。

NHKでは、こうした問題が若い女子選手の間で広がっていないか、陸上、新体操、体操、それに競技人口が多いバレーボールを加えた4つの競技で、大学の上位チームに所属する合わせて62校にアンケート調査を行い、このうち39校・417人の女子選手から回答を得ました。

まず、中学や高校など10代の時に3か月以上、生理が止まる「無月経」を経験したことがあるか尋ねたところ、「ある」と答えた選手は45%に上り、その割合は一般女性の4倍以上になりました。さらに、無月経を経験した選手のうち、その後に疲労骨折をしたのは34%、3人に1人に上っています。

無月経や疲労骨折の発生率については、厳しい体重制限を行うことがある陸上・長距離などと、必ずしも体重制限を求められないバレーボールとの間に差があることも分かりました。

純粋な思いで毎日何時間も練習して、生理が止まるほど自分を追い込んでも、それが結果に結びつかないこともある。10代のアスリートの心と体のケアみたいなのは、もっと考えてあげないといけないな。そういうのはなんだが、昔よりも、育成がシステム化されて、才能がある子が発掘されて、上手に育成される分、ケアが必要だと思うんだよなぁ。その競技だけに集中できるようにして、育成していくからねぇ。

例えば、なでしこジャパンは世界一になった。それはとても素晴らしいことなんだけど、自分と同じように育った少女たちが夢をかなえたのを見せられれば、それを目指してがんばろうと思う子も増える。でも、残酷なのは、ちょっとした差で、夢はかなわないこともあるってことだ。同じポジションで自分よりも素質がある子がいるとか。大事な試合の前にケガをしたとか。風邪を引いたとか。家族に不幸があったとかね。

「どうにもならないことで、夢が断たれる」

ってのは辛いよなぁ。また、そうでなくても、代表に選ばれない子の方が圧倒的に多いんだけどね。なにかフォローはあるんだろうか。あなた自身が望んだことだから……と放置なのかな。


実は、東京五輪に向けてマイナーな競技の強化選手候補を、中学校で探しているらしい。娘の学校にも来て、体力テストの上位の子たちには話があったらしい。娘がもらってきた紙を見せてくれたんだけど、なるほどね、いい目の付けどころだと思った。

私立の女子中高で、運動部を売りにしていないところは、運動部自体が多くないし、強くないから、部活に打ち込んでいない子が結構いる。*1その子たちの中から素質がある子を選び、鍛えよう。ちょうど東京五輪ごろに20歳を迎えるアスリートとして、メダルを狙ってもらいましょう。

という夢のプロジェクトらしいよw

しかし、種目を見て、親としてはやらせたくないなぁと思った。競技人口がかなり少ない種目なんだもん。もちろん、強化選手に選ばれればうれしいよ。でも、合宿や遠征、練習試合……東京五輪までは、この競技漬けになるしかない、楽しみはすべて捨てて、家族とも引き離されて。それほどがんばっても、五輪終わって、メダルがとれなかったら、ポイでしょ。この種目では食えないしw


スポーツで身体と心を壊した子たちの研究って、日本でもあるのかなぁ。日本では「いい経験になった」と自己消化できないタイプは、苦しいと思うがなぁ。部活が原因で自殺とか、聞くでしょ。ああいうニュースを見るたびに、なんも教訓になっていないんじゃないかと思うんだが。


追記

暗いことばかり書いているけど、要は「なんのためにスポーツをするのか?」ということを考えられないうちに、子どもをレールに乗せて、降りられないようにすることは良くないと思うんだよ。

たぶん、娘がもらった強化選手候補探しのプロジェクトは、「メダルが欲しいから、とれそうな競技を今から強化する」という趣旨なんだと思う。それは国家戦略としてはありだけれど、ホントにそのプロジェクトにのっかった子を幸せにするのだろうかね。その子の命を削るようなことをさせる価値があることなんだろうか。

例えば、サッカーをやっている娘の友だちは、サッカーが小さいころから好きでやっていて、なでしこに入るのが夢だ。

テニスをやっている友だちは、親の影響ではじめて、今は試合に勝ちたくてたまらない。

陸上では都内で何番の子は、中学に陸上部がなかったので、名前だけ借りて親が付き添って遠征している。

そういう汗と涙と喜びの延長に、ごほうびとしてのメダルがあることと、

システムにのっかって、まさにメダルを目指して、取りに行くことと、

「どちらも、同じメダルなんだから、違いはない」

って言い切れるのだろうか。それぞれの人の考え方なんだけどね。


長距離走者の孤独 (新潮文庫)

長距離走者の孤独 (新潮文庫)

D

*1:部活ではないけれど、クラブチームや学外の団体に属して、全日本クラスで活躍している子もいるんだよねぇ。公立よりは、私立の方が、その子のスケジュールに合わせた学習支援をしてくれるからって、親が勧めたってことらしい。他にも、バレエやピアノ、バイオリンなどで世界を目指す子もいたりする。あと宝塚受験組とかも。

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2014-04-13 気付いたら春

切り替わる感じないね

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今年はガラッと切り替わる感じがなくて、暑くなったり、寒くなったり、気付いたら春だったって展開だな。



今日は、吉祥寺レイバー犯罪が発生した模様www

吉祥寺のパトレイバー写真 - Togetterまとめ

日常の中に突然虚構のもんが現れるって、しびれるよねぇ。

いい企画だ。

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2014-04-12 地獄学校

すべては校長次第

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今朝、この記事を読んで凹んだ。

ダウン症児外し入学式写真 長野の小学校、校長がおわび:朝日新聞デジタル

上の記事で会員登録しないと見えない、校長の談話がすごくてね。

校長「遠慮しているように見えた」

「2種類を撮影することが差別になるという意識はなく、(男児の)お母さんがショックを受けるとは考えていなかった。ご両親には切ない思いをさせてしまって申し訳ない。

 実は、他の保護者から男児が学校に入ることに不安を訴える声もあった。そのことでお母さんが集合写真を一緒に撮ることに不安があって遠慮しているように見えたので、2種類撮るという方法もありますよ、と言ったつもりだった。男児がうまく周りに溶け込むには、いきなり最初から全部一緒にするのはやりにくいかもしれないと思った。

 今、考えてみれば、お母さんの気持ちをもっと丁寧に聞いて、一緒に撮りましょう、と強く勧めればよかったと思う。男児は他の児童と同じように大切な一人。これからは男児やほかの子の保護者と連携を強め、子どもたちの交流を深めていきたい」

なんだ、このナチュラルな責任転嫁はwww

上の記事の反響として、「別の学校の子を特別扱いして写してやったんだろ」とか、「関係ない子が入学式の写真に入るのは親としては反対」というのがあったが、そんな簡単な話じゃない。その認識がそもそも、現状の特別支援教育の理念と違うと思うが。

公立小中学校の場合は、住んでいる地域の学校にどの子も通う。あらかじめ決められた学校へ行くから、それぞれの子に合わせた教育を受けられるように、特別支援コーディネーターがいて、いろいろな調整をする。それでも調整しきれない場合に、特別支援学校へ通うってのが筋で。

要は、学校側の都合に合わせて、本来行くべきところとは別の学校へ通うんだから。

「本来いっしょに通う、同じ地域に住む子どもたちと、関係を保ちたい」

というこの親の要求は考慮されるべきものだし。特別な事情がない限りは、排除していいはずもない。現状の学校教育システムの中では過剰な要求でもないと思うが。

特に障害児は親元で暮らす時間が長いから、それを考えると、地域社会とのつながりはとても大切だ。実際、支援校に通いはじめたら、地域からいないも同然にされてしまうってのはありがちな話なので。なにかしらの方法でつながりを保つのは、いろいろな人がいっしょに暮らす社会を指向するなら、必要だと思うんだが。

さて、2枚撮った写真。

「これが入学式の写真」と彼が映っていない写真をアルバムに貼った家の子は、どう思うか。

「自分と関係ない奴」

10年、20年、同じ地域に住みながら、ずっと「関係ない奴」扱いしていくんだろうか。

うつくしい国だねぇ(皮肉)

「死ぬまで、住み慣れた場所で暮らしたい」

年寄りなら、割と当たり前に言う願望だし、それを叶えるためにいろいろなシステムが整って、介護保険をせっせと払っているわけだが。この考え方は、多少の問題がある人でも、受け入れる地域社会を作らなければ成り立たないというのがあるんだけどね。ぼけたり、車いすに乗ったり、誰だって年をとったらなんらかのハンデを負う。ハンデがあっても生きられる地域社会をどう設計していくかと思うと、

「障害がある奴は自分と関係ない奴」

って子どもらに教育していくことのヤバさに気づくと思うんだけど。

お簡単な話ではないのですよ、これは。


あとね、なぜに投書という形で、これが明らかになったのか?

そりゃ、親としては、ずっと同じ地域に暮らすのだから、もめたくない。

文科省から特別支援教育の理念を説明されていようが、わからない人はわからないし。校長だろうが。

運用の裁量は校長次第。

それがわかっているから、黙るしかない。

こんな話は、ホント、記事にならないけど、いくらでもある。

子どもがわからないからって、いくらでもやられるから。

それはそれはな話が、いくらでもあるのですよ。騒がないだけで。

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2014-04-11 ラブリラブリデーイズ

それは良かった

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テレビを見ながら、娘が突っ込んでいた。

「なんか、この女優はダメだよねぇ。ウエストをもっと絞らないと。こっちの子も、アイドルやるなら、もっとキビキビしないとなぁ」

それを見ていた夫が、

「そうは言うけれど、お前も誰かにそう言われているかもしれないんだぞ。『あの子、いつも髪ボサボサだよねぇ』や『服ださくない?』とかさ。だから、あんまり人に文句言うなよ」

と釘をさしたんだが。

「いや、私、テレビに出ないからw」

「もしかして、テレビに出るかもしれないじゃないか。その時、『なんか足、太くね?』や『ウエスト絞れよ』って言われたり、書きこまれたりしたら、イヤだろ?」

「いやぁ、それだけ文句言われるってことは、それだけ注目されて、人気もあるってことじゃないの? それは良かったって感じだけど」

夫婦で顔見合せて、

「ポジティブシンキングにもほどがあるwww」

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