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北沢かえるの働けば自由になる日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2009-07-23 奇跡を求めて

ロンリーウェイ、思うまま

| ロンリーウェイ、思うままを含むブックマーク

D

いや、ちょっとね、疲れているだけ。


「たまらないな、人殺しというのは」

「貴様はオレの心をずたずたにした。今度はオレが、手前ら兄弟をずたずたにしてやる」

「首の骨の砕ける音を聞きながら、氏んでゆけ」

「ヒャハハハッハハハハハハ」

ゴステロにしびれる。


書きたいと思ってること。

「ひとりでなにが悪いんじゃ」

「不便でなにが悪いんじゃ」

「アニオタでなにが悪いんじゃ」

……単なる八つ当たりだなw。下流主婦が犯罪者化するとか、記事にされそう。


『HELLSING』のTV版をちょっと見たけれど、なるほどダメ出し食らうわけだ。インテグラはそんなつまんねぇ嫉妬はしねぇだろと。なにを読み間違えちゃったのかな。

現在発売中の方はブルーレイ版で揃えたいよな。ヤン兄弟の辺りでゾクゾクした。早くウォルター、戦ってくれ。



☆今日のニュース

千葉の次女連れ去り犯、沖縄那覇で逮捕。次女は無事保護された。携帯電話店の店長が通報。

賃貸住宅の更新料は無効と京都地裁。借り主勝訴の初判断だそうですが。元々根拠がないんだよね。

アリコジャパン、客情報流出。最大11万件で、すでにカード不正請求1千件。こわ。

大阪空港、管制に反し、滑走路横断。滑走路上で着陸機と激突という惨事になったかも。こわ。


一日一チベットリンク → 中国は「帝国」である : 地政学を英国で学んだ

不真面目ですが、細々と。

奇跡を求めて

| 奇跡を求めてを含むブックマーク

昨日の皆既日食の番組を見ながらこんな話になった。

「おかあさん、奇跡ってなに?」

「うーーん、簡単に言うと、滅多に起こらないことが、起きるってことかな。神様とかしか起こせないようなことが起きるってことかな。奇跡の生還とか言うのは、死んでるのが当たり前の場所から帰ってきたことだろ」

「日食も奇跡?」

「奇跡じゃないね。どうやって起きるかわかっているし、起きる場所や日時もわかっているしね」

「でも、テレビで“奇跡の瞬間”と言っていたよ」

「そう言いたくなる気持ちもわからんでもないが、あんまり適切じゃないね。そう言った人にとっては、日食に立ち会えた瞬間は、奇跡のように感じたかもしれないけどね。日食が見える地点にいても天気が良くて見えるかどうかは、そのときになるまでわからない。その人にとっては一生で1回遭うかどうかの出来事だからね。しかし、テレビを見ている人にとっては奇跡というよりは、予測された天体現象の中継だから」

「ふーーん、奇跡ではないってこと?」

「ではなくて、奇跡かどうかは、その人が奇跡のように見える現象をどう捉えるかによるからさ」

「どういうこと?」

「例えばね、昔ね、奇跡があると本気で信じた人たちがいた。その人たちは、科学者やお医者さんや、東大とかすごい大学に行っている学生だったりして、簡単にはだませないような頭のいい人たちだった。それが、ある宗教のトップにいる人が奇跡を起こせると信じちゃったんだよ。でさぁ、その奇跡ってのが、“空に浮かぶ”ってものだった。ポーンと床から30センチぐらいかな」

「それだけ? ビューンと飛ぶとかじゃなくて」

「うん。それだけ。おかあさんは、その話を聞いて、飛んでいるという写真を見せられたとき、まぁ、ジャンプの一種でしょと思ったんだけどね。同じようなことは鍛えればできるのも知っていたので、ふーーんとしか思わなかったけどね。でも、その人たちは、他にもいろいろ奇跡があると信じて、まぁ、この目で見て『奇跡だ』と騒いで、神様みたいにそのトップを崇めて、そのトップの命令で、人を大勢殺したり、ひどいことをいっぱいした。今は、みな警察に捕まって、裁判をやっているけれどね。これが、テレビでときどきやっているオウムのことさ」

「オウムってそういう話なんだぁ。知らなかったよ。でも、なんで、そんなことになったの?」

「奇跡を信じ過ぎたんじゃないかな。奇跡はさぁ、起きて欲しいと願って起きるものじゃないと思うんだよね。コレは経験でしかわからないものなんだけど、奇跡に出会うかどうかは、人にはどうにもできないんだよね。都合よく、ホラと見せられるようなものは、奇跡じゃないんだな。でも、奇跡に遭いたい遭いたいと思っていると、勘違いしちゃうんだよ。“これはオレに理解できないことだから、奇跡に違いない”ってさ。合理的な説明がつかないものは、全部奇跡にしたくなっちゃう。ホントは自分がわかっていないだけなのに」

「あんま、よくわからないな。奇跡は遭いたいと思っちゃダメってこと」

「遭いたいと思っていてもいいけれど、頼っちゃいけないってことかな」

「おかあさんは、奇跡に遭ったことはある?」

「うーーん、あるといえばあるかな。お父さんとの出会いとかw。ま、それは冗談だけど。おかあさんは、あると思うし、実際、そういう感じの経験もしたことがあるし」

「じゃ、私にも奇跡って起きるのかな」

「うーーーん、そこなんだよね。奇跡かどうかは、なにか起きたことを、その人が奇跡と思うかどうかによるからさ。神様のおかげと思う人もいるし、祈ったおかげと思う人もいるし。単に運がいいなと思って終わる人もいる。また、なにが奇跡かは、その人の感じ方によるからさ。片思いが通じただけで奇跡って思う人もいれば、海が割れてて道が出来ても“ある種の自然現象”で済ます人もいるってこと」

「奇跡は起きるけれど、どう思うかで違うってこと?」

「そういう面が大きいからさ。奇跡かなと思うようなことが起きても、いちいち驚かないことが大事だね。これはなんだろうと五感、つまり、目や耳や鼻や、自分の身体を使って、よく感じて、観察すること。で、自分の身体が訴えているものを信じること。その勘を覚えておくこと。周りでギャアギャア奇跡だと騒ごうが、なんか変だと思ったら簡単に信じないことだな。まぁ、それを鍛えたくて、バレエとかやらせているんだけど、それはわかんないだろうな」

「なんでなの?」

「小さいうちから、身体の隅々まで自分で動かすようにしていれば、あんまわからないことがなくなると思ったから。身体の動きに敏感だと、感覚も敏感になるし。そうやって身の回りがコントロールできるようになっておけば、あんまりだまされないんじゃないかなと思って。ま、定期的に身体を動かしていれば、スタイルも維持できるし、お顔も良くなるしw」

「なんだぁ」

んかなぁ、奇跡は、滅多に起こらないから、“奇跡”なんだよね。しかし、どうにも溢れすぎていないか、この単語。

追記

だまされないために、身体を鍛える。って、説明がしにくいんだが、昔、オウムにいた人たちのインタビューを読んで思ったのは“身体を捉える力が弱いな”ってことだったのが背景にある。なんていうか、未知のことに出会っても、直感的に自分の中に判断する軸ができているかどうか。なにかを参照したり、周囲に意見を求めなくても、ある程度自分の判断で身を守るように動ける。そうできるように、訓練出来る場を準備するしかないかなと、親としては。バレエが適切だったかわからないがね。

自分自身は、オカルトをかなり信じていて、変な体験を求めていたりして、非常に非科学的なものに親和性が高い人間だと思う。しかも、オウムのコアな信者と同世代なので、なぜ、そこに走らなかったのかが、割と気になっている。娘も「霊」や「占い」にまつわる話が大好きで、借りてくる本といえば『学校の怪談』系の本ばかりという時期もあって、似たタイプだと思うんで、心配しているよ。

でも、そばについていちいち判断してやるわけにもいかないのだよと。なわけで、悩ましい。


参考

404エラー DTIブログ

千林豆ゴハン。千林豆ゴハン。 2009/07/23 12:32
第三部、実現してほしかったなー。レイズナーいまだに大好きなんですけど
意外とみんな、どんなストーリーだったのかはディテールなんて覚えていな
くて、要するにV−MAXを発動させるのが毎回毎回気持ちよくてあれがい
まだに忘れられないのだ、ということがこの齢になってよくわかりますw

kaerudayokaerudayo 2009/07/24 00:14 どうも。ホント残念でならないですね。上の長いOPを見直したらいろいろ思い出して、もう一度見たくなりました。
>要するにV−MAXを発動させるのが毎回毎回気持ちよくて 高橋監督は、見せる道具としてのロボットの使い方が上手いですよね。絵として気持ちいいシーンがどの作品にもある気がします。

ASAASA 2009/07/24 21:03 身体を鍛える事の意味はよく解りますと云うか感じます。でも皆既日食って天体現象にしても偶然としては出来過ぎている(奇跡と言うコトを回避)。//かえるさんみたいなタイプの人をリアリストって言うのでしょうか?

kaerudayokaerudayo 2009/07/25 00:46 どうも。皆既日食自体はある現象だと思うんですが、それを見ている瞬間みたいなのは奇跡と思うことは理解できます。なんていうか、「偶然としては出来過ぎている」瞬間とか、一期一会みたいなことは、生きていると割とあるもので。それに気づけて感動できることはとても大切なことだと思いますんで、感覚を鋭敏にねと。矛盾している言い方かもしれないんですが、自分の中では「奇跡」というのはそんな感じで処理されているんですが。