2010-02-18 跳べ、跳べ、跳べ
がんばれ、国母!
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中継を見つつ、仕事しているんだが、心が自由でないと、飛べない競技だと思った。技術も大事だが、誰もやっていないことをやろうじゃんと思う心が、技を成功させるんじゃね。
ってか、楽しくないと勝てないと思うよ、それがねぇ、なんか、うるさくちまちまと。
お前が跳ぶんじゃねえだろうと。
あぁ、痛恨の転倒かぁ。でも、果敢に攻めていく姿に涙が出たよ。
他の選手も、目の前で転倒を見ようが、難易度が高い技を披露しようとする姿に感動した。
国母選手、お疲れさま。かっこ良かったよ。
しかし、ダブルマックツイスト。すげえ。
名前だけ見ると、それって、ビックマックとどっちが高いの? って感じだがw
滑ることで世界は変えられないが、素晴らしい滑りが私たちを変えていく。
bubble |
寝る前にひとこと。
スノーボード自体にまったく関心がなかったんだが、たかが服の裾を出して人前に出たぐらいで、ここまで言われるのかと腹がたったので、仕事をしつつ、今日、まじめにハーフパイプを見た。
命かけてやってんだなと思った。ハーフパイプの選手たちは。
ちょっと見ただけでも、金メダルをとった“空飛ぶトマト”ことショーン・ホワイトの実力が、圧倒的に抜きんでているのはわかった。素人が見ても、はぁ〜とため息が出るような差があるわけだから、同じ場で滑ってる選手たちはどうにもならんことはわかっているだろう。
それでも、彼らは難易度の高い技を仕掛けてくるわけだ。
一か八かでもいい。やるんだという意志。他の奴らがぶったまげるような、圧倒的にカッコいい滑りを見せたい。そのためなら、どうなってもいい。
目の前で次々失敗しているのを見れば、ここで仕掛けるのはかなり危険なのが予想できるだろう。メダルを狙うには、何点とればいいと計算もできる。ショーンのような無茶する必要はない。解説の話によれば、年々パイプの径が大きくなっていて、微妙にそれぞれの会場でパイプの作りに違いがある。その違いをつかみきれずに、練習で成功を重ねていたとしても、失敗することは多いらしい。
でも、やるんだよ。
国母選手だけでなく、他の選手たちも、果敢に攻め、常に高みを目指そうとしていた。ショーンでさえも、優勝が決まっているのに、大技を見せて、「どうだ! これがオレにしかできない技だ!」と胸を張っていた。
しかも、すごく楽しそうにやっていたんだよね、他の国の選手たちは。スタート前でも、抱き合ったり、おしゃべりしたり。緊張感ないって怒る人もいるから、国母選手とかは遠慮していたのかもしれないが、ライバルがすごい技を成功させても、「ワォ」と手を叩いて、我が事のように喜ぶ感じ。
スノーボードのハーフパイプって、そういう空気のスポーツなんじゃないかな。
決勝がはじまる前に、ショーンがインタビューに答えている映像が流れたんだが、彼の笑顔が印象的だったな。
「とにかく練習が楽しんだよ。滑るのが楽しくて、新しい技を考えるのが楽しい。楽しくてたまらないんだよ」
んな感じ。
ここにいる選手たちは、そういう環境で切磋琢磨してきたんだろうにね。最高に楽しいことをやっているんだから、辛いことなんてないよ! しかも、かっこいいんだぜ。 最高! あんた、すげえな。かっちょいいなって。お互い喜びながら。
そう思うと、シャツの裾うんぬんで突っ込まれるってなんなんだよと思うわけだ。
別にコラムニストがチクチクとネタとして書くのはいいよ。ワイドショーのコメンテーターが突っ込み入れてもいいさ。連盟の幹部が顔出して、なにがしかの苦言を言うのも、まぁ、よくあることだがね。あの会見で服装を突っ込んだ奴は、本当に絶対聞いておかないといけない話だと思っていたのだろうかね。
全部の騒動を追ったわけじゃないが、なんとなく誰かわからないような、顔のない人たちが、もやもやっと、「アレ、おかしいだろ」「失礼だろう」って言い出したら、この騒ぎまで膨らんだ感じが、すごくイヤだったなぁ。服装や受け答えがダメだと、なにか相当問題なんでしょうか。「ごめんなさい。物知らなくて」でいいんじゃないの、20歳そこそこの若造なんだしさぁ。彼には、スノーボードしかないんだよ。そこまで強く願うからこそ、彼はここまで辿りついたのだから。
そういうのに寛容になれないのかね、この国の人々は。
映画『スピードレーサー』に、「走ることでレース界を変えることはできない。でも、あなたの走りが私たちを変える」というようなセリフがある。レース界を牛耳る超巨大メーカーの社長に妨害されて、罠に落とされ、散々な目にあう主人公。「走ることでなにが変わるというのか。レース界はいつまでも変わらない」という彼の悩みに対して、主人公の母親が言うんだな。
「あなたの走りは、私を感動させる。あなたの走りはすばらしい」
で、主人公は気がつく。
「レース界を変えることはできないが、レースが人々を変えていく」
国母選手が、どんな滑りを見せようが、そう簡単には、彼を取り巻く世界は変わらないだろう。
でも、今日、彼が見せた滑りは、多くの人たちの心を動かしたと思った。
ねぇ、国母選手のことを怒っていた人たちは、今日の滑りを見て、なにか感じなかったかなぁ。
実況で「日本にメダルを」「日本のために」って連呼を聞くたびに、うへぇと思った。彼らは、誰のためにも跳ばない。自分のためにこそ跳ぶ。もっと高く、もっとすごい技を。もっと、もっと。
ただ、それだけを願う心が、彼らを高く、跳ばすのだろうに。
その純粋な思いに、泣いたよ、私は。
参考
晴耕雨読の信之介: 国母問題についてのスノーボードチームコーチの説明
追記 今朝(2月19日)、サンケイスポーツを見て、ガックリ。1面でまだ叩いている。
なんていうか、絶望的な気分だ。
あれを見ても、これなのか。
この国はお互い足を引っ張り合って、愚図愚図するのが大好きな奴らが多過ぎるよ、ったく。
期待されたメダル獲得はならず8位だった国母選手は、悔しい様子は見せずに何度も水を口に含んではピュッと吹き出しながら話した。
−2回目は逆転を狙ったか。
「逆転とかほかの選手の点数とかは関係なく、とりあえず自分の滑りは決まっていたんで、それだけをやることだけしか考えていなかった。(自分の)滑りのスタイルも出せたし、そのほかのことについてもまったく悔いはないです」
−予選から決勝に向けては。
「予選も決勝も自分の滑りをすることしか考えていなかった」
−今後の五輪は。
「この後に続く本当のスノーボーダーが五輪を目指してくれなきゃ、おれがまた出るつもりです」
−どんな五輪だったか。
「いろいろあったけど最後まで応援してくれた人には感謝しているし、自分のスタイルと思いは最後まで曲げなかったんで、それは本当にいいことだと思っています」
−つらいこともあったと思うが影響は。
「そんなの気にしていたらこんなことやってない」(共同)
http://www.sanspo.com/vancouver2010/news/100218/oaf1002181724022-n1.htm
現地に応援に来ていた両親と妻が、散々謝罪したそうだ。ホント、記事にして勝利宣言か。



だけども
>お前が跳ぶんじゃねえだろ
という言い草は
「誰の税金使って行ってると思ってんだ」という視点と
大して変わらんと思います。
入賞したら昨日叩いた御仁も掌返すよ(笑)、腰パン→着こなしだって。
じゃあどんな国で、どんな反応ならご満悦?
「あの滑りは素晴らしかった!
態度・言動なんて関係ないよね!感動感動thank you!!」なら納得?
全員が全員、そんな喜び組みたいな反応だったら気色悪いです。
つうかじゃあ他の国はどうかといえば、
タイガーウッズみたいな人ですら
たかだか「セックス依存症」なんつうどうでもいいことで
メディアに叩かれまくるんですよ?
それが世の中だし現実ってもんだし。
あの程度の叩きで潰されただのなんだの言うなら
それはその程度のもん。
つうか、国母選手本人が
そんなこと気にするぐらいならスノボやってない
と言及してるのに。
外野が中途半端な擁護、しなくていいと思う。
そもそも外野が叩かなくていいんだよ。
靴紐が切れてるのを知ってて強行した某選手やステッカーを剥がして失格となった某選手なんて選手としては最悪の心構え・立ち振る舞いなのに、メディアが何故か同情的な姿勢をとっているのを見てるとそう思う。
スポーツ選手に求められるべきは全力で臨み結果を残すこと(そしてそうなるようにサポートすること)、これに尽きるのにわかってない奴が多すぎる。