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北沢かえるの働けば自由になる日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2012-08-10 母の不在

母のない子が父のない子を「おおかみこどもの雨と雪」

| 母のない子が父のない子を「おおかみこどもの雨と雪」を含むブックマーク

見てきたよ、「おおかみこどもの雨と雪」。映画館で予告編を見るたびに、見たいなと思っていた。公開以来、「ネタばれ」と書かれた記事を必死に避け続けて、予告以外はほぼ真っ白な状態で見られた。

以下、完全なネタばれで書くので、見てない人は避けてください。





割と淡々と見て、最後に、あぁ、こういうことかと気付いた。

最初は、もっとセリフを激しくしたり、演出をしてもいいんじゃないとも思ったんだが、なにげないことを少しずつ重ねて、気が付くと、こういう世界なんだと。澄み切った空を見上げたような、さわやかな気持ちが残る映画だった。

見た人の評判を読むと、「完璧すぎる母」とか、「がんばって育てる姿に涙」とか、母性礼賛みたいなところで賛否両論があるようだが、私は、見終って、これは「母の不在」が背景にあるんだなと思った。

要は、「母のない子が、父のない子を育てる話」 なんじゃなかろうかと。

推論でしかないんだが、主人公の花の部屋には、亡くなった父との写真が飾ってあるが、母の写真はない。妊娠がわかったときに、検診にも行かず、誰の手助けを借りず、本からの知識で、自宅出産を決意する。もちろん、「狼で産まれる」という可能性を危惧してではあるんだが。

身近に経産婦(多くの場合は自分の母や姉)がいて、彼女らの体験談を聞いていたら、ここまで思い切ったことはできないんじゃなかろうか。

なので、割と早い時期に、花は、母と別れて、父とだけで暮らしていたんじゃなかろうか。

彼女の人生に、母はいなかったんじゃなかろうか。

そう考えると、彼女が、おおかみ男と家族になることを受け入れ、決死の思いで子どもらを産み、その後、誰の手助けも借りずに、育てようとした理由がよくわかった。母について、育児についての、知識はすべて本。というのも、おおかみこどもだからというだけではなく、彼女には、それで学ぶしか、「母」を演じられなかったんじゃなかろうかと。

母を知らない彼女は、「母になろう」と必死だった。だから、全身全霊捧げて、育てられたんだろうなぁ。上手に母をやっているモデルがいなかったから、手は抜けないんだよ。


実は、花と子どもらの生活に、何か所か違和感を感じるシーンがあった。山奥に引っ越してから、あのぐらいの年の子たちを、ただ置いておいて、大工仕事や畑仕事とかできないだろ。あと、好奇心があれだけ旺盛な子らなのに、納屋や台所など家探しして、ケガしないのかよとか。

育児、わかってない人なのかもなぁとか、思ったりもしたんだが。

母親としては、こういう動きはしないよなぁってのも、いくつかあって、不思議だったんだが、母の背を見ながら、暮らしたことないと思うと、合点がいく。



その辺りが、まとまって見えてきたのは、ラスト直前。

森に消えた雨を探して、崖から落ちた花が、気絶して、夢を見る辺りからだ。


夢の中で再会するのは、おおかみおとこ。

子どもを必死で探していたのに、愛しい男に会ってしまうんだ。

“え、そうなの? え、え、雨、探していたんでしょ”

っと思ったら、抱き合って、再会を喜ぶ。

そこで、花は泣きながら、わびるんだ。

「私、うまくできていなかった」

「そんなことない、うまく育ててくれたよ」


わかった。

ホントは、映画内では描かれていないけど、いろいろあったんだな。わびるぐらい、花は、子育てに悩み、不安を抱え、辛い思いをひとりで処理してきたのだ。

病気になっても、医師には診せられない。

ちょっとしたことでも変身する子どもら。

保育園へ行きたいとだだこねていた花。

登校拒否している雨。

草平をケガさせた後の始末。

愛しい男の子どもらだから、辛抱強く、付き合ってきたんだ。愛してきたんだ。でもね、おおかみと人間の差、ふたつの種の溝の深さ。どんなに大事に育てようが、どうしたって、子どもらに通じないものがあると、次第に気付いていく。

雪の中を走る花。おおかみこどもたちには、どうしたって追いつけない。

雨を探す花。雨には見える森の中の安全な道は、見えない。

どんなに愛を注ごうが、花には、彼らの世界は理解できない。

しかも、その辛さを、分かち合う相手は、おおかみおとこしかいなかったのに。

夢とは言え、おおかみおとこに、その辛さを認められることで、花は、ようやく、「母」としての実感をえたんだろうなと。


対比されるように、雨の中の教室で、草平の母が再婚相手の子を妊娠して、草平を捨てるという話が、草平自身から、雪に伝えられる。

「あんなに草平くんのことを、大切に思っていたのに」

子どもから見ても、母とは、理解不能で、結構、勝手な生き物なんだよ。自分の都合で、子どもを愛したり、簡単に棄てる。愛しい男を優先して、子どもを棄てようとしている草平の母と対比させるわけだ。

おおかみおとこと抱き合う花。彼女だって、たまたま、自分の都合で、子どもらを愛しているだけかもしれないんだよ。


で、ラストの、雨との別れになだれ込む。

自分を残して、去ろうとする雨に向かって、花は叫ぶ。

「まだ、私、あなたに、なにもしてあげていないんだよ」

泣いたよ。

花は、全身全霊子どもらに捧げてきた。それでも、まだ、足りないと、花は思っている。

おおかみこどもを育てること。

それができたのか、わからないのだ。もう、愛しい人はいないから。わからないけど、手探りでとにかく付き合っていくしかない。

なんだが、その声に振り返った雨は、答えずに、崖を駈けあがり、朝日に向かって走って行く。

そのとき、花は、わかったんだろうな。

雨に、母として、なにをしたらいいのか。

いや、雨に、私はなにをしてほしかったのか。

どうなって欲しかったのか。

おおかみおとこそっくりのたてがみをなびかせ、駆けていく雨。

それを見て、愛しい人に約束した、やるべきことは果たせたのだと。

嵐が去った夜明けの空のように、花は、解放されたのだと。

ま、そんな風に見ましたww



ちょうど、我が家も、上の子は女、下の子は男。女の子は、雪がワンピースを与えられて、ウホウホ喜んで満足したように、母親として、やってあげたらいいことは想像ができるし、実際、意志疎通もむずかしくはないんだが。男の子の方は、わからない。できることは、衣食住を整えることぐらい。「こういう子に育てる」なんてことは、とても無理だと思う。

そもそも、育てるなんてことが、できているのだろうか。

ただ、世話しているだけじゃないか。

それで充分だとは思うんですが。まぁ、母親が見ると、いろいろ厳しいことを考えさせられる映画じゃないでしょうか。普通に、金曜ロードショーとかで流しちゃうのかなぁ。ハハ。