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2015-05-03 時代は回るか

たった3か月その2

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帰宅した父親は、顔の輪郭がしっかりした気がする。なんていうか、個性が出てきたというか、表情もとらえやすくなって、ホッとしている。「つらい」や「苦しい」と滅多に言葉に出さないタイプなので、うまくコミュニケーションとれるようにしないとなぁ。


退院した後は、訪問看護ステーションの支援を受けている。医療的な措置は、看護師か、医師が行ってくれるのが基本だが、日常的な吸引と経管栄養は、家族がやらねばならない。なので、退院が決まってから、病院で何回か指導を受けた。

「できなければ、退院させませんよ」

と言われたので、母親も、私も、最初は焦った。

「大変なんですよ〜。大丈夫ですか〜。できますか〜。退院できませんよ〜。がんばって〜」

と看護婦に言われつつ、何度かやってみて思った。

"へー、こんなもんか"

そりゃ、神経は使うけれども、どちらも数回やればその手順は身につくもので、「大変、大変」とそこまで思い込むほどのものでもないと思った。そもそも、日本中の、在宅で介護している人は、この手のことをやっているわけだし、専門知識がないと絶対できないような技ではないだろうし。

「お忙しいところ、丁寧な指導をありがとうございます。」

と言いつつも、どこか、醒めた目で見てしまった。


うーーん、看護師や医師など医療職の専門性ってなんだろうね。


看護師や医師でしかできない仕事を、在宅で面倒をみるとなったら、ある程度は、家族がしなければいけない。それは確かに「医療行為」なわけだが、実際のところ、家族に任される行為は、それほど高いレベルではない。というか、ある程度、誰がやっても事故が起きにくいプロセスが確立しているから、家族に任せることができるんだろう。

むしろ、医療職の専門性というのは、「データを見てのとっさの判断」と「次になにをするか」ってところにあるんだろうがなぁ。例えば、意識がない患者がいて、それを見た看護師がどういう行動をとるか。「なにが起きているんだろう?」と気づいて、それを受けての「どうしたらいいんだろ?」と回答が出せる。

要は、患者を見て、今、なにが必要なのかがわかる。

ってことに尽きるんじゃないかなぁと。



そんなことを考えていたら、「鼻に管をなぜ通したのか?」の件を思い出して、腹が立ってきた。

そもそも、管を通したのは、薬をきちんと飲ますためだった。栄養補給ではない。

父親は、ある難病があって、薬を毎日飲まないといけない。ところが、朝いちばんの薬を飲まそうとしても、最近は意識がはっきりせず、すんなり飲んでくれない日が増えた。しかし、飲まないと意識が戻らないので、母親はいろいろなアイデアでうまく薬を飲ましてきたのだが。

ところが、2番目のリハビリのために入った病院は、

「朝、目が覚めていなくても、薬がきちんと投与されるように、鼻から管をいれましょう」

と提案してきた。

要は、鼻から管を胃まで通して、砕いて溶かした薬を強制的に入れてしまえばいいじゃないか。

「でも、今までは薬を砕いて、少量の水で練って、口の中に塗るようにしたら、15分もすれば意識がもどりましたから」

と言う感じで、母親も、私も、別の手を提案した。骨折の治療のために入院していた病院では、似たような手を使って、うまく飲ませていたし、そんなにそれが大変な作業とは思わなかったのだが。

ところが、ある日、見舞いに行ったら、もう入っていた。

「朝、薬を飲まそうとしても、飲まなかったから」

突然過ぎて、唖然としてした。鼻から管が出ていることもショックだし。さらに、管が入った父の姿を見たその難病の専門医も、「こんなの必要ないでしょ」と言ってくれたのだが……担当の看護師らは「必要です!」

で、誤嚥性肺炎になった。胃まで管が通ることで、気管と食道を分ける弁がうまく働かなくなり、誤嚥の危険性が非常に高まったおかげだそうだ(皮肉)。

まさか、その時は、命を危険にさらすかもしれない処置とは、思わなかったんだなぁ。

「管を入れる以外に、他に手はない」と看護師たちは言っていたが、そんなことはないと、私は思っている。

というか、看護師たちを見ていて思ったのだが、そもそも専門知識がなかったなと。父親の病がどういうものなのか。その病にかかっている人にはどういう対応をしたらいいのか。それすらよくわかっていなかった。

例えば、薬の量も、状況に応じて変えるのが、この病の場合は普通で。身体を動かす予定があればアクティブさに見合う量を朝から飲み。疲れを感じた時はそれに合わせた薬の組み合わせに変更して、休養させる。この病と付き合うためには、日々の観察と薬の調整が欠かせない。家族としては、「細かい薬の調整」がなにより大事なので、何度か、病院側にも提案をしたのだが。

「処方箋で指示された量を与えなければいけません。勝手に量は変えられません」

と却下されて、あ〜あと。

今思えば、一律のルールで管理するような方針の病院には、入れてはいけなかったんじゃなかろうか。しかし、そういう方針か、どうかは、入ってみなければわからなかったんだけれど……なんだろう、10数年、同じ病と付き合っている患者や家族の方が、その病気の管理の仕方を理解していると思うし、その意見を上手に取り入れて欲しかった。

実際、父親は、管理がうまく行っていて、進行をゆるやかにすることは成功していたと思う。それが、たった3か月で、末期状態に追い込まれたのは、この辺に理由があるんじゃないか。


しかし、なぜ、管にこだわったのか? 謎だよなぁ。



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