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2015-05-04 すれちがいシステム

たった3か月その3

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慣れたわけではないが、ルーチンとして続いて行くんだなと。3日目ともなると、そういう風に日常に収めようとしている感じが出てきた。やらなければいけないことと、やらなくてもいいことの区別も見えてきた。

訪問してくれる看護師からの提案で、病院で教えられた経管栄養のやり方は、一昔前の手段で、もっと簡便な方法があることを知る。

「病院では、時間がかかっても、セッティングしておけば終わりという方法が好まれるんです。人手がいらないので」

新しいやり方を試したら、30分で終わってしまった。病院で教えられた方法では、2時間もかかったのに。いちいちこういうことからして、なんだったんだろうと思う。

合理性がない病院だったな、あそこは。


この間、こんなブコメをもらった。

介護って極論を言えば『相手が死ぬ』ことでしか問題が(事実上)完結しないという点が厄介なんよね。

これは、私の問題意識とは違う気がする。この件がはじまる前はそういう認識に近かったと思うが、今は違う。むしろ「死と言うゴールが見えているから、それまではどうしたらいいのか」ということが問題なんだと思っている。そのゴールへ向けて、介護される側の満足度を上げていけるか。というより、介護する側の充実度をどう上げられるか。解よりは、プロセスをどうするかの問題なんだと、私は思っている。

それは、いろいろあったおかげというか、

「このまま、こんな状態で死なせてたまるか」

みたいな意志が家族全体にあり、父親の幸福を実現するのが、病院というシステム内では、無理というのを知ってしまったから。介護保険が約束した、「ひとりひとりの希望に合わせた介護を受け、望むような死を迎えられる」という理念は、この病院にはない。では、それを実らせるにはどうしたらいいのか。その理想の実現は、黙っていてはできないし、かなり異例な存在として、強く交渉をしなければいけないということを思い知らされたから。

普通には、なぜか、できない。できるシステムはとっくに整っているのに。

それを目にして、絶望的な気分になったので、以下のように書いた。

想像以上に、介護の世界は、荒野だった。

恐ろしいぐらいの荒野。この先どこまで行っても、まだまだ行っても、荒野なんじゃないか。と思わせるぐらいの広大な荒野。

こんなに荒れ果てて大丈夫か? なにも生み出せないんじゃない? という場に巨額の金がじゃぶじゃぶと流し込まれ、効果があるかわからない作戦が次々と行われている。

その虚しさに圧倒されたよ。

http://d.hatena.ne.jp/kaerudayo/20150430

理念はあっても、システムはそういう風には機能していない。むしろ、いいようにやられていて、弱い立場の患者は、黙って耐えるしかない。それが当然と言う病院を前にして、どうしたらいいのか。まぁ、自分の親だけはそうはさせたくはないから踏ん張るが、隣のベッドで口と目を開けたまま動かない老人や、どこかの部屋で「助けて」と叫んでいる誰かは、このまま耐えるしかないんだろうなぁ。見舞いに行き、それ見聞きするのは、本当に辛かった。

在宅介護は大変。というのは重々わかっているが、だからやらないで済ませるのか。いや、うまくやるために、知恵を絞り、交渉をして、システムを使い切れ。そこに頭と時間を使えと、私たちは決めたわけだ。

まぁ、母親がまだ元気で、父親に寄り添うことができるから、語れる理想なのだろうが、幸い、この方針に賛同して、協力してもらえるケアマネと、医師、訪問看護ステーションと巡り合えた。あわただしく体制を整えてもらって、最短で帰宅できたことには感謝しかない。

そして、まだ、3日しかたっていないが、入院していた時との差に驚いている。

幸せそうじゃないか。寝ているだけなのに。


「家で介護なんて、無理ですよ〜。大変ですよ〜。きっとすぐ音を上げますよ〜。」

と病院で散々脅されたのは、この状況を見られてしまったら困るからだろうと。ふと思った。


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