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2018-08-18 所詮ボランティア精神

灼熱の東京五輪のボランティアに応募した人ってどんな人たち?

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ここのところTLで話題になっていた、「東京五輪ボランティアに応募することにした」と宣言する人たちなんだが。




なに、これ、怖いなぁと思ったんだが。


先日、ボランティアなんて、一銭五厘で集められるもんだと思っている節があるんだなと。思い知らされた出来事があった。

JDの娘は、東京五輪ボランティア活動に参加している。今騒ぎになっている「公式ボランティア」は条件が厳し過ぎて、学業にも問題が出てしまうとして、そもそも応募しなかったんだが。東京五輪の関連事業のボランティアとして、毎月1回ぐらい活動をしている。

この間、イベントの手伝いに出かけて行ったんだが、現地に行ったら、まったくなにも用意がされていなかった。そもそも集合場所の案内が微妙な状態で、同じ大学生のボランティア仲間と連絡を取り合って、皆で集合はしたのだが、責任者がいくら待っても来ない。1時間ぐらい待って、やっと現れた責任者の指示で設営をはじめて、手伝いを開始。

「密な打ち合わせをしていたわけではないから、仕方がない面もあるよ。集合場所が微妙とか、責任者が遅刻してくるとか、遅刻するなら誰かしらに連絡しろとか、いろいろと言いたいことはあるんだけど。まぁ、ボランティアだから、って部分がね。“所詮、ボランティアなんだろ”ってのがね」とため息ついてた。

大学生で率先してボランティアをやろうという子たちは、中高生時代に、それなりにボランティア経験があったりするようだ。身障者や高齢者とのふれあいみたいなものから、小学生が体験する科学実験をサポートとか、地域のコンサートやイベントの手伝い、いろんな経験をしてきて、その中で自分たちなりに価値判断して、参加する先を決めている。

ボランティアをすることもあるし、ボランティアに手伝ってもらったこともある。

その経験から見て、なんだかなぁと思われてしまっていること。

特に「所詮、ボランティア」という辺りが透けて見えている。とか言われてしまって、大丈夫なのかと思った。

ボランティアは、別に無償で働いてくれる人たちではないからね。

その運動やそのイベントの趣旨に賛同して、自分たちの労力を提供してもいいと集まってきている人たちなんだから。ハンドリングは難しいと思うんだよなぁ。むしろ、お金を支払わないってことで、心が離反されたら、はい終了。大会開催と同時に逃散されないか、心配だよ。

2018-08-12 気持ち良く鉄槌を

ヤノベケンジの作品「サン・チャイルド」の設置に批判が沸いた件

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今さらというか、福島原発事故の直後に公開されていた作品に、なぜと思ったり。

福島市に恒久展示された巨大モニュメントにインターネット上で批判が噴出し、制作者が謝罪文を掲載する事態となったことが11日、分かった。問題視されたのは作品の胸にあるデジタル表示「000」。放射線量を計測する線量計を模したが、「科学的にあり得ない」などと指摘された。

 作品は、東京電力福島第1原発事故に着想を得た現代アート。寄贈を受けた福島市の木幡浩市長はツイッターで「現代アートは科学とは異なり抽象化して表現します」などとつぶやきを重ねて理解を求めている。

 モニュメントは高さ6.2メートルの「サン・チャイルド」。ヘルメットを外した防護服姿の子どもの像で、放射線不安が解消された様子を表現している。

 現代美術作家ヤノベケンジさんが2011年10月に初公開した。今月からJR福島駅近くの教育文化複合施設「こむこむ」入り口に展示されている。

 批判は今月3日の除幕式以降に相次いだ。自然界には宇宙や大地からの放射線が存在することから「科学的にあり得ない『000』表示が付いたものを設置するのは反対」といった意見がツイッターなどに投稿された。「防護服が必要なほどだったという新たな風評を引き起こす」との声も上がった。

 放射線に詳しい菊池誠大阪大教授(統計物理学)も批判した一人。取材に対して「放射線量ゼロでないとヘルメットを脱げない、安全でないように見える点が問題だ。放射線への理解を広げる努力が水の泡になる」と懸念を示した。

 ヤノベさんは10日、自身のウェブサイトに「不愉快な思いをさせてしまった。『放射能』に対する知識の正確さが求められていることに配慮すべきだった」などと記載した。

 作品の狙いについては、河北新報社の取材に「胸の数字は、原子力災害がない世界という象徴的な意味を込めた」と説明。誤解される恐れも念頭にあったが、「作品全体で希望のイメージを伝えられると思い込んでしまった」と語った。今後は作品の扱いを福島市などと話し合う考えだという。

https://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201808/20180812_63020.html

今月市内に設置されたってので、“発見された”と理解した。検索してみて、批判しているのはいつ面か、あーあと。

ヤノベケンジさんといえば、もう30年ぐらい前から放射能汚染についての作品を発表してきたし。この像が特別不謹慎なものとは思えないんだが。そして、この像をこの場所に設置した流れも不自然ではないんだけれどね。

ヒステリックに拳を振り上げる前に、ウェブサイトでの、ヤノベさんの文章を読んでみて欲しい。この作品を作るまで、そして、作ってからも、誠実に福島と関わって、福島の人たちと考えてきたことが伝わるんだがなぁ。


ヤノベさんの経緯説明

no title



しかし、その土地の人たちが考えて、なにかをしたい。と思っていることに、ここまでケチをつけるかなぁ。



まぁ、金主が東電ではないってことなんだろう。



登山をすると、とんでもない山奥に、温泉施設があってビックリすることがある。こんなところに誰が作ったんだろうと思うと、ちいさな看板やプレートがあって、電源開発による交付金のおかげと気が付く。つまり、道すがらに見えた、ダムを受け入れたことによる恩恵により、地域の産業として観光地を整備したわけだ。

そういうのに慣れてしまうというか、それがうまくいくんだみたいになるから、地域社会の活性化といえば、温泉。それで、日本中の山奥に、似たような施設ができてしまっている気がする。ありがたいことではあるが、怖くはなる。だって、昔、湯治場ができたときは、どの湯治場もその土地ならではの湯治場だったわけで。なんか、この一律で似たようなものになっていくこと、それは、誰が考えているんだろうと気になる。

その土地には、自然と生まれなかったもの。突然現れたもの。それは合理性があるものなのだろうか。経済的にもだ。そして、経済的に合理性がないものを維持しつつづけられるのか、この金、金、金の国で。

そういう不自然な金には、気をつけろと思う。なんかあるんだよ、きっと。



しかし、その土地の人たちが、考えて決めたこと。それを曲げようとする力は、なんだろうね。

福島のため、そう言いながら、ホントにホントにそうなのか?

みたいなことをモヤモヤと考えているよ。



追記

資源を考えるというか、エネルギーをどうするかを考えると、その地域の自治独立を考えざるを得ない。例えば、主なエネルギー源を、電力とした地域がある。その地域が、送電線で遠くの原発からその電力を融通してもらう場合と、地元で風力発電太陽光発電によって作ってしまう場合と。なにが違ってくるのだろう。

そんなことを考えてみると、見えてくるものがある。

福島県が、なぜ、原発を受け入れざるを得なかったのか。そこで作られるエネルギーは、ほぼ県外で使われてしまうのに。なぜ、受け入れなければならなかったのか。理由としては、原発を受け入れることで、得られる補助金が欲しかったから。その補助金はなにに使われるというと、産業振興や教育に使われただろう。

では、例えば、福島県が、水力発電太陽光発電風力発電など、県内でエネルギー開発を積極的に行い、県内のエネルギーをほぼまかなったとする。そして、原発を受け入れなかったとしたら、どうだっただろう。

考えうるのは、もう、巨額の補助金は受け取れないだろう。しかし、福島県産のエネルギーは県内で生産されて、県内で消費される。つまり、エネルギーを得るために、金を県外に払う必要がなくなる。国や東電にヘコヘコしなくても済む。

ヨーロッパではそのあたり、エネルギーの生産を自分たちのコントロール下に置かないとどういうことが起きるか、身に染みてわかっている。例えば、ロシアが天然ガスの供給を止めると脅してきたら、冬を越せない国がある。というのを見ているので、自分たちでエネルギーを国外へ依存すること、さらには、自分たちが住む市区町村以外から買うことにも警戒心がある。

エネルギーを依存することは、自治独立を失う可能性がある。

ってことなんだがなぁ。

それがさらに拡大して、海外の石油に依存しなければ、紛争に関わることもなくなるんじゃないか。みたいな流れにもなりつつある。戦争の原因の多くは、資源の奪い合いだから。そもそも、こんな長距離からエネルギーを得る、現状のシステムに問題はないか、みたいな話になっているんだが。それで、世界中で、この問題に気付いた人たちが、エネルギーは地産地消でいいし。その方がシンプルだし、コストもかからない。というような試みをしているんだよなぁ。



福島も、東京に電気を売ってやっている方が立場が上だと思っていたのかもしれないが、補助金の支給は巧妙にできていて、気づいたら原発なしには自治体が成り立たなくなり、その結果、国の言うことを聞かざる得なくなってしまった。

そこがヤバいと気づいた人は少なくなかったんだがねー。311以降は。

じわじわとその動きがこの国でもあるから、この暑い夏も電力不足もなく乗り切れたわけで。


だから、今回、特定のところから、こんな噴き上がり方をしたのが気になるのだ。

2018-08-10 気持ちのいい場所を探して

予定通りに行かなくてもいいじゃない

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前から予定していたものがなくなり、ぽっかりと空いたので、出かけてきた。

山登りも考えたのだが、暑いし、準備するのもなんだし、気持ちを切り替えるだけでいいんだから、どこか、人いない丘で昼寝とか、一人温泉にでも浸かりたいものだなと。しかし、WEBで検索すると、ダメだね。ずばりなところを見つからなくて、ダラダラ検索してしまい、もう、嫌になると思ったときに見つけたのが、「ひまわり」。ひまわり畑というと、ソフィア・ローレンを思い出してしまうんだが、日本にも結構そういう場所があるらしい。北海道ぐらいだと思っていたので、検索中に、目に留まった、ある畑まで行ってみようと思った。

早朝、開店時間ジャストにみどりの窓口へ行ったら、自動販売機しかなく、うわぁおと思ったら、その販売機を操作すればほぼ切符の販売については事足りるらしく、窓口の人が来るのはもっと後らしい。確かに切符を相談して買うなんてことは、私も10年ぐらいやっていないんだから、そりゃそうかと。

そして、飛び乗ったのが、中央線、あずさ。

ぼんやりと乗っていたら、眠くなってきて、気が付いたら、大月辺り。甲府盆地に入ったら、ブドウと桃が斜面を覆っているが、こんなに家が増えたんだと改めてビックリ。塩山辺りは畑が多いが、甲府市内は住宅地が増えたなぁ。

甲府で特急を降りて、普通列車に乗り換えた。ボタンを押さないと扉が開かない車両の中は、数人しか乗っていない。朝食のサンドイッチをもぐもぐしつつ、ミルクティーを飲んでいると、いきなり大勢に人が入ってきて、驚く。反対側に大月からの普通列車が到着。リュックしょって登山靴はいたおじさん、おばさんたちがぞろぞろと。そうか、彼らは、普通列車しか使わないのか。そうだよなぁ、山行くときは、鈍行が当然だよなと。

4つぐらい乗って、韮崎で下車。リュックを背負った人たちは、小淵沢や茅野へ行って、そこから山登りなんだろう。駅前のバス停で、時刻表を見たら、あらら、あと2時間以上バスが来ない。仕方ないので、タクシーに乗ることにした。タクシーの運転手に話を聞くと、韮崎で一番の有名人は、ノーベル賞を受賞した大村先生だそうだ。私財で温泉を掘って、温泉施設を作り、美術館も作った。賞を取る前に美術館に行ったんですが、1日数人しか来ていないと言ってましたが、今はすごいですからね。一時よりは落ち着きましたが、まさか、こんなすごい人がここから出るとは。美術館は中の作品ごと、市に寄付したそうですよ。などいろいろ韮崎の豆知識を聞いた。

ひまわり畑は、韮崎市ではなく、隣の北杜市にある。そこまでは15分、タクシーで3000円ぐらい。河岸段丘の上にあり、韮崎駅よりは2度ぐらい低いそうだ。いくつの区画に分かれて、ひまわり畑があるそうだが、今は、メインの畑が満開だそうで、タクシーを降りると、すぐ目の前にひまわり畑が広がっていた。

一面とまではいかないが、ひまわりに次ぐひまわり

笑っちゃうぐらい、ひまわり

いいねぇ。ひまわりで、身体が満ち満ちたよ。



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2018-08-08 夕方5時のチャイム

なんだか胸に響いた

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テレビから懐かしいメロディーが流れてきて、うわぁあと思った。CMに使われていたんだが。



D


何年たっても、思い出すし。この季節に聞くと、泣けるね。



この曲のタイトルは、大好きな映画と同じなんだよね。



こっちも好きw

D


「失われた週末」「かくも長き不在」「4か月、3週と2日」「永遠と一日」「パリテキサス」「パパは出張中」「ティラミス?」「秘密と嘘」「ユリイカ」「砂の女」「山猫」「ダンサーインザダーク」「白い山脈」「悪魔の日の下に」「鶴は飛んでいく」「愛の風景」「甘い生活」「美しき諍い女」「パリ?」「雪の轍」「冬の街」「ライフイズビューティフル」

2つぐらいが聞き取れないんだな。

2018-08-06 ためらいもなく進む

あぁそういう人なのかドラマ『グッド・ドクター』

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やっと見ました『グッド・ドクター』。でも、まだ1話だけなので、その段階での感想。

医療ものは、毎期いくつも出る、定番なので、これから新しい路線を捜すということで、持ってきた新要素とは……。

主人公は、超人的な記憶力を持つ、自閉症スペクトラムのドクター。

……聞いた時は、不安要素しかなかったんだが、これは韓国の連ドラのリメイクで、さらに、米国でも既にリメイクされているということは、ヒットの保証はされているってことらしいし、まぁ、大丈夫かなと。


それぐらいの前情報で、フラットに見た印象でいうと、この程度ならば、ドクターとしてやっていけるんじゃないかな。


最初は、自閉症スペクトラムの子は、手先が不器用な子が多いから、小児外科とか大丈夫なのか。サヴァン症候群であっても、興味の範囲やデータのつかみ方はいろいろあるから、そんな器用に何万というケースを検索して診断にあてはめられるのかとか。それ以前に、急な変更が生じやすい医療の世界に適応できるのか? などなど思ったりもしたんだが。そういう杞憂こそが、こういう変わった癖のあるドクターを排除しているのかもなぁと。

うーーん、あの挙動不審ぶりの割には、気分の切り替え早いし、発想がいろいろと展開しているし、そんなに問題児扱いしなくても、

「2歳半で自閉症スペクトラムと診断」

という診断名を見せなかったら、“勉強だけできる、変人”扱いで済みそうだと思った。


いちばん、この障害があるという描写で自然だと思ったのは、ためらいなく、刃物を子どもの胸に突き立てたこと。


これは必要なことだからやりますって感じ。

あーー、この感じは、わかると思った。

今後出てくるかわからないが、自分のやりたいこと(やるべしと思ったこと)については、危険な処置でもためらいなくやる。そのためには、全部投げすてる。みたいなのが、すごくらしいから、ドシドシ入れて欲しい。

病院の設定や、人間関係は、韓国ドラマのリメイクと言われると、納得する感じに、日本の現実からは離れているんだが、これからのストーリーは、こういう彼らしいやり方で、小児外科医への道を開く、みたいな展開になってくれたらなぁ。患者や家族と触れ合っているうちに、人間性を獲得するとかの方向に重点を置かないで欲しいなぁ。


まじめな話、2時間ぐらいを集中してする作業、例えば手術などには、こういう子の方が向いていると思うんだよな。緊急手術というよりは、予定されたなにかに向かって、データを頭に叩き込んで、一気に片付ける。みたいなことなら、確かに向いているんだと思うよ、思うから、その辺大事にして欲しいし、「こんなタイプの子でも、配慮あれば十分やれますよ」って話にまとめて欲しいなぁ。


追記

うーーん、2話も見たが、いきなり主人公が投げ飛ばされたり、壁に押し付けられたりするのが、辛いし、怖い。これは怖がらせて、来させなくする作戦なんじゃないかと思ったよ。だとしても、同僚をこんな扱いをする医師たちに、自分の子どもを預けたくないなぁ。

あと、小児病棟のお母さんたちが、怖い。過剰な描写にしているのはわかるが、小児外科といっても、内科もあるし。障害がある子もいるし。あんな風に言うのはどうなんだろう。わかりやすく敵をおいて、主人公を窮地に追い込むって展開なんだろうが、刺さる。

あと、気持ちの切り替え、そんなに簡単ならば、苦労しねぇよw