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2016-09-04 表返しどうでしょう

今生の別れというもの『真田丸』

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いよいよ『犬伏の別れ』まで来た、大河ドラマ真田丸』。

正座して見たよ。

家族一同、一言も話さず、見ちゃったよ。

大河ドラマは、ニチアサと同じで、我慢が肝心なのだ。とにかく、見続けること、それができないと、楽しめない。

だから、最初のころは、“だいじょうぶかぁ? 大泉と堺雅人って、コメディだろ、これ”と斜に構えて見てしまったとしても、かなり甘々な評価で見守り続けるべきであり、必ず本放送でスイッチを入れ、習慣として見ているうちに、登場人物たちの心の動きがわかってくるもんだ。

“あぁ、あの時、こういう風に言われたから、今、こう返しているんだ”

伏線が貼ってあったと、簡単に書いてしまうが、ひとつひとつのエピソードを積み上げて、時間をかけて人物を描いていくと、ドラマとは思えない生きている人としての存在感が出てくるんだなと。

リアルな真田信繁と、信之、昌幸は、恐らくドラマとはかけ離れた部分も多いだろう。今まで読んだ資料本から見えてくる信繁は、堺雅人の静かな微笑の方に近いイメージのようだ。滅多に声を荒げたりしないで、人質として上杉家へ行き、その流れで豊臣秀吉に仕えた。だが、歴史に残る特別な活躍を、若いころはできなかった。信之の方が、むしろ、『真田丸』での信繁のように感情を出していたんじゃなかろうかと。ドラマでは描かれなかったが、勇猛果敢に先陣を務めたみたいなこともあったし、怒ってもの投げたりしたようだしね。昌幸はいちばん実像に近いかもしれない。戦上手な頭脳派で、陰謀を尽くして信濃・甲斐を手に入れようとした。ちょっとお茶目な草刈正雄の仕草があるから、えぐい計略を巡らそうが、どこかかわいげがあって、見ていられたんだろうが。

しかし、今回は、このウソだか、ホントだかわからない、史実と演出の均衡が絶妙だったなと。

三谷幸喜のうまさなんだろう。以前から、彼の脚本のうまみは、うまく配置されたエピソードと、巧みな人物描写の積み重ねで、ウソみたいなホントの話を作り出すってことじゃないかと思っている。傍からみたらバカバカしいことが、世の中のいろんな出来事の真実で、それでも真剣に必死に生きている人たちがいる。こういう話は、演劇だと、舞台という制限があるし、観客もお約束にのってくれやすいから、2時間ぐらいでうまく成立させて、観客にカタルシスを与えることができるんだろうが、連ドラで多い1クールの中ではそこまでもっていくのは難しい気がする。尺の問題というか、全13時間弱という中途半端さ。次の回まで1週間空くという放送上の問題。現実からその世界に引きずり込んだところで、はい、来週へ。

だから、大河ドラマで良かったなと思った。

視聴者が1、2回では見捨てない。しつこいよ、マジで。

新選組!』でもそうだったんだが、慣れる前のしんどさを我慢して、その後、登場人物たちに寄り添えるようになってきた後、山南さんが亡くなった辺りから、後半部へののめりこみ方というか。ピュアな子どもらを見て、よくわかった。

「近藤いたみが死んじゃった〜」

と泣いた娘。あの『新選組!』の最終回を思うと、これから『真田丸』は毎回、どのシーンもクライマックスだよ。真田家中だけでなく、治部と吉継、上杉家中、家康、茶々、それぞれの見せ場に向けて、どんだけエピソードを積んできたのか、思い起こしながら、見るんだろうなぁ。あぁ、楽しみだ。

万感の思いを込めて、信繁が、徳川本陣に仕掛けるとき、泣くね、もう、絶対。


参考 #真田丸どうでしょうタグ個人的傑作選 第35回「犬伏」 - Togetter

2016-03-07 まとまりゃどうにかなる精神

弱きものの歴史大河ドラマ「真田丸」

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俄然面白くなってきた「真田丸」に、一家で夢中である。

最初は、こんなに軽くていいのかとか、超ポジティブだな、真田家中はwww と斜に構えていた面もあったんだが、先週の第8回「調略」で、いよいよ、真田昌幸の本領発揮というか、武力では劣っても、知恵の限りを尽くして生き延びるんだ! という真田の暗黒面が描かれはじめたので、ワクワクしている。

参考 エラー|NHKオンライン


「一族が生き延びるためには、なんだってやる」

それが面白いとも、恐ろしいとも思うのは、それまで、丁寧に、信州の一角で暮らす武家として、武田や織田、北条ら大名の意向に振り回され、奔走する様子を描いていたからなんだな。登場人物たちの心情をきちんと描いてきたから、説得力があるというか、史実の都合で動かされている感じがしないんだな。

大河ドラマオタクらしい、三谷さんの仕掛けがいろいろあって、“こういうところも描いてほしいよね”というようなシーンがあるのもうれしい。例えば、城が落ちた後はどう逃げるのかとか、落城した後を片付けているところとか、あの武将のあのエピソードが見たいのよねとか。光秀を欄干に叩きつける信長とかw

しかし、このドラマのおもしろさは、集団の力を見せるってことだろうな。

真田家は、一土豪に過ぎないのが、たまたま、武田信玄に昌幸の才が見出されて、やっと城持ちになった。それを維持するのは、兄弟や叔父など、親族の力がなくては無理って、その当時は当たり前だったんだろうってとこをしっかり描いている。プラス、情報をもたらし、謀略を仕掛ける忍者的な家来たち。弱いものでも、知恵を使って、みんなでまとまれば、戦い方はあるって、真田家の方針は応援をしたくなるよねぇ。そういう環境で育った真田信繁こと、源次郎は、大阪の陣で活躍するまでは大して注目されていなかった人なんだが、最後の最後に大きなばくちを仕掛けて、家康にあと一歩まで迫る。そこに至る過程を、1年かけて見せていくんだろう。「ワールドトリガー」とかもそうなんだが、それぞれ能力に応じた戦い方を考え、集団で勝てばいいってのは、今の子たちにも共感されるんじゃなかろうかな。

今までの流れを見ていると、真田家の男として信繁は、大坂城に入るときには、それなりの勝利を確信していただろうし。最後の戦いに臨む時も、家康の首はとれるだろうなぁ、って漠然とした読みはあった気がする。

利がない戦いはしない。

そういうしたたかさがなければ、弱者は生き残れない。柔和な笑顔の信繁、兄を支えて生きていこうと思っていた彼が、兄に敵対してまで、挑んだ勝負がどう描かれるか。

あーー、楽しみだ。

2013-09-28 世の中金、金、金

さわやかさん

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こんなにさわやかになるなんてね。

2週間前のあの大風大雨はなんだったんだろうね。


世の中金次第というか、進学できようが、就職できようが、金がコントロールできないと自立できないという話を聞いた。

「クレジットカードやネットでの買い物に慣れてしまうと、お金の使い方がわからなくなる」

んだそうだ。確かに、現金を手渡しすることが減っているよなぁ。


「あまちゃん」最終回。この1週間は退去前のお掃除みたいな感じに、いろいろなことが片付いて、あぁ、終わるんだなぁと。あのトンネルを抜けて、光の中にふたりが駆けていったってのは、いい終わりじゃないだろうか。

「あまロス」は不思議とない。見終わって思ったのは、「あまちゃん」の世界は続いていく。ゆいちゃんとアキ、その他の登場人物たちは、毎日は会えなくなったが、どこかで楽しく生きているんだろうなって。そう思うと、全然悲しくなくてさ。

最終回でも繰り返されていたが、価値は人それぞれ、見る目がない人が見ればただの箸置きが、見る目がある人にとっては歴史に残る発見。ってエピソード辺りに、アキが北三陸の魅力を発見していったことで、地元の人たちもその魅力に気付いたってことをかけているんだろうなと思った。

そして、見る目がなさそうな水口がそれを見つけ、見る目があるベンさんには見つからない皮肉w

「あまちゃん」の世界にあこがれるなら、まずは、自分らの足元を見よだな。

どこだって、すばらしき、地元だよw


【今日のニュース】

○LINEの友だち削除開始。ブロックと非表示に続いて、ついに。

○福一汚染水処理装置「ALPS」、稼働1日目でストップ。原因は忘れていたビニールが詰まったこと。

○国連、シリアに化学兵器廃棄を義務付ける決議案を全会一致で採択。効果あるといいが。

2013-09-16 ひとりひとりが特別な存在なのです

「ひとりひとりが特別な存在なのです」

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昨日、『八重の桜』を見ていて、娘と怒った、怒った。

今回は、熊本にある宣教師が経営していた学校にいた生徒たちが、八重たちの学校への転校してくるのだが……勉強ができる彼らは、在校生らを圧倒。また、「キリスト教の宣教師になる」と誓って団結している彼らは、なにかと聖書の教えを振りかざして、八重を「鵺」呼ばわりして嫌うのだが……。

娘と怒ったよ。

「聖書のどこ読んでいるんだよ、こいつら。隣人を排除して、驕り高ぶってやな感じ」

「なにが、宣教師だ。ちったぁ、聖書を読み込めよ。」

ついに、一団となって「成績が悪い生徒は退学させろ、新島譲を解任して、外人宣教師を校長に据えろ。さもなくば我々は一斉に退学する」と新島に詰め寄ってくる。

そこで涙を流しながら、新島は語る。

「気骨ある者も大いに結構。良いものは良い。しかし己のために他者を排除する者は私は断固として許さない。我が同志社はいかなる生徒も決して辞めさせません。それにはあなたたちも含まれてます。その信念がある限り、私が辞めることもありません」

あぁ、これぞ、米国で学んだ、キリスト者らしい言葉だ。

ルカ15章-4〜7の100匹の羊の話を思い浮かべたよ。

参考 電子書籍化しました

これは、キリスト系の学校の教育について語るときよく引用されるエピソードなんだが。99人の良き生徒はもちろん大事だが、ひとりの迷える生徒こそを導けと。新島が言う「決して辞めさせません」というのも、この教えに沿っているから出てきた言葉なんだろうな思った。ま、そこまでドラマでは描かないがw

娘が通っているミッションスクールでは「ひとりひとりが特別な存在なのです」って話をよくする。神様が作った私たちは、それぞれが果たすべき使命を神様から与えられていて、いろいろと能力の差はあるが、代え難い特別な存在なのだ。

「なにが使命なのかはすぐにはわかりません。それを探すために、勉強をし、才能を花開かせるようにするんですよ」

この辺の「ひとりひとりが特別な存在」という考え方は、米国では当たり前の考え方で、それがあるから、その子に合わせた教育を与えるべきと言う流れになっているらしい。もちろん、建前だけでできていない部分もあるがね。

“それぞれ人と違って、それがいい”

みたいなのは、子どもたちを自由にするよなぁと思ったりする。


長い前置きなんだけど、上のエントリーにブコメ多謝。

たぶん付くだろうと思ったブコメ。

「そんなに苦労して学校に行かなくてもいいじゃないか」

というのは、確かにそうだ。学校を特別視することはない。勉強は他の場でしたっていい。学校にこだわり過ぎて、苦労した子や親を見てきた医師やカウンセラーからは、

「いいんだよ、学校に行かなくたってどうにかなる」

ってこともよく言われる。そして考え込むわけだ。さて、どうやってこの子に学力をつけるか。


以下の3つぐらいのことを、学校になじめない可能性が高い子の親は考える。

1、「決められた学区の学校に、根回しをして行かせる」

2、「通えそうな学校を探して、行かせる」

3、「学校に行かせるが、行けなくなったら、学校での学習は諦める」


うちは、2のコースを選んで、今のキリスト教系私立中学に進学させた。おかげさまで、うまく回っているから、助かっているが、夫に言わせれば、

「うまくいっているのは、考え抜いて、そういう状況を作ってきたからで、薄氷を踏んでいるようなものだからね。たまたま、担任の先生、クラスの友だち、部活の友だち……とうまくいっているだけで。それほど、オレは安心していないよ」

上のエントリーで書いた、「タブレット端末をクラス内で使う」は、1のケースの時に起きることだろう。地元の指定された学校へ、学習障害があること前提で入学するが、細かい配慮や対策を求めるには予算も人材も足りないからと、専門家と親が主となって対策を考えるんだが、それがなかなか受け入れてもらえない。

「そんな学校へ行くな」

って言えればいいが、では、どこに次の居場所を求めるんだろう。東京近郊ではいろいろな手がある、私立やフリースクール、NPOが作っているたまり場など、学校を補完するような場はいくつも思い浮かぶ。

だが、地方に住む人たちの話を聞くと、選択肢がない上に、「地元の学校へ行かない」=「地域社会にいないも同然」みたいになってしまうから、地元の学校を軸にできる限りのことをするしかない。小中学校が持っている機能が大き過ぎてってことなんだろうがね。

「後に続く子がいるから。その子たちのために使い続けなくちゃ」

と言った子に、「もっと楽に受け入れてくれる学校も知っているよ、転入した方がいいんじゃない?」と言ったら、それは違うと言われたんだよね。

「なぜ、義務として通う公立で、こんな状態が許されるのか? 誰でも教育を受けたい人は受けられるを実現させないのがおかしい」

考えや行動を変えるのは少数派じゃなくて、もう、この程度のことは、多数派が受け入れる時代じゃないの。って感じがするんだけど。どうなのかなぁ。

2013-06-16 逃げよ、生きよ

銃は人を選ばない『八重の桜』

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今週はしんどかったな。二本松少年隊が次々と倒れるシーンから、最後まで、家族全員誰も口を開けなかった。

さすが大河らしい練った構成だなと思ったのは、正月、初回の冒頭で、米国の南北戦争で、人々が次々と銃で倒れる様子を映しておいて、その銃が、今まさに少年らを倒しているってことだ。南北戦争が終わり、余った銃は輸出され、日本へ。なぜ、薩摩や長州が戦争をしたがったのかといえば、高価な銃の代償を求めたってのもあるんだろうな。諸外国が開国をせまったのも、高価な武器の輸出先を求めたって面も大きい。開国というのは、戦争の輸入でもあったってことだ。

そして、米国の内戦を戦った銃が、再び、日本の内戦で使われる。

タイトル通り、今回は、二本松少年隊の悲劇が中心となった。

出陣の緊張と一人前に認められた喜びを浮かべた少年たちは、指揮する先生とともに前線に赴く。だが、新式の銃を揃えた官軍には到底かなわない。砲撃がはじまると次々倒れる少年たち。先生が盾となり、ようやく逃れるのだが。

彼らは、すぐにのちの大山巌こと大山弥助が率いる官軍に見つかる。しかし、少年とわかると、「家に帰れ」と見逃した大山。その後に出会った官軍の隊長・白井小四郎という長州人も「なんで子どもが」と見逃そうとしたが、「先生の敵」と少年のひとりが切りかかると、撃ってしまう。とても子どもは殺せないから、「撃つな、撃つな」とそれでも止めるんだが、目の前で刀で切りかかられたら、反射的に反撃してしまうよな。

互いに顔が見えない銃撃や砲撃では少年だろうと容赦がない。

互いに顔が見える剣を使った白兵戦では少年だとわかると殺せない。

火薬を大量に使う近代戦が、戦争の本質をどう変えていったのか。それは、来週、八重が参戦することで、さらに意味付けされる。

女子供であろうが、銃や砲撃ならば、敵を殺せる。

逆に、女子供であろうが、銃や砲撃ならば、攻撃対象になる。

銃は人を選ばない、攻撃、防御。どちらにとっても。

前半たるいと思った部分も、この会津戦争を描きたいがためだったんだなっと。来月いっぱいぐらいまで、ハードな展開が続いていく。いろんな意味で深いし、踏み込んだ描き方しているし、『坂の上の雲』辺りへつながる「日本における戦争とはなにか」を意識してみると、かなりおもしろいと思う。

今週の再放送から、ぜひに、見てくださいよ。

他にも、西田敏行演じる、家老の西郷一家のエピソードとか、覚馬の著作を持ち出せた経緯とか、いろいろドラマチックだった。

しかし、ミッチー演じる木戸孝允と小堺が演じる岩倉具視に

「おまえらがやりたいがための戦争だろ」

と突き付けた松平春嶽を演じている村上弘明は、東北人。ってのもかなり。

「明治政府は、薩長政府だろ、どうせ」ってここまで言っちゃうか。


非常にわかりやすい、これまでの『八重の桜』

エラー|NHKオンライン

なぜ、戦わねばならぬのか。

あと、会津戦争の後も、このドラマは続いていく。総力戦を戦って、生き残った人たち。名誉の死を選べなかった人たちはどうなったのか。この辺りも、今までの大河ドラマで描かれなかった部分だよ。(一部、『山河燃ゆ』辺りではあったが)