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2006-08-15 色々々

色々々

| 22:58 | 色々々を含むブックマーク

最近・・・

GTDを試していて、ついブログを書くことを入れていなかったら、さっぱり書けない(なんかリスト完了→寝る)となっていました今日この頃です。そして、ちょっとネタ切れというか、無難なネタがあらかたなくなったかなとも思う最近です。基本的に自分のネタは1つ(考え方)しかないので、それをひたすら水増ししていたんですが、ちょっとインプットが無いので、アウトプットも滞りがちですね。

仕事をしていても、基本は作業(新しい分野のプログラムは勉強ですが)ですんで。新しい考えに触れる機会が減ったんですよね。後、あまり生活に変化がないんですよね。うーむ、どうすればいいのかなぁ。あー、話がしたいなぁ。話し合える*1人と話がしたいなぁ。

自分らしさって何だろう

独自性とか個性って、かなり昔から価値を置かれてきた様に思える*2。でも、独自性とか個性というのは、そういうものを抑制する環境においては育ちにくい。欧米の教育がよくて、日本の教育が間違っているのではなく、環境面としての個性を積む方向に日本は進むのだろう。まぁ、実感として認められないことは非常に多い。

でも、僕が言いたい個性とか独自性というのを、

アウトプット-インプット=創りだした価値

という式にしてしまうとひどく危ういものだなと思う。何が危ういかって?自分の独自性とか個性とかって、たいした価値が無い(又は作り出していない)という事実が見えてしまうから。自分で考えるというのは、ピースを作り出すんじゃなくて、新しい組み合わせをいかにも自分が創ったといっているだけに思えてしまうからだ。実際そうなんだけど。

自分が生まれなかったら、無いかもしれない事というのを創れないだろうか。いや、別にそのことを目的とするのではないが、そのレベルまで目指すことは出来ないだろうか?自分より頭がいいやつなんていくらでもいるだろう。自分より仕事が出来るやつなんていくらでもいるだろう。その中で、自分というカードを使って、・・・

ああ、自分は間違っていた。自分とその人たちは別に戦っている訳ではない。自分がやりたいのは、価値の創造であって、名誉ではない。ある人に「あなたより、20倍有能で頭がいい人がいた」と言われて、なんだかショックだったのだ。まぁ、事実なんだろうと思うし、それはそうなんだろう。

なんか、自分の自尊心を削る発言だったわけだ。その発言の主*3にどうとかではない。自分の思考を馬鹿にされたような気がしたからだ。なんだか、馬鹿らしいじゃないか。確かに俺は遅い。でも、昔よりは随分ましになったのだ。俺よりずっと頭のいい人はいるだろう。それでは俺の価値はどこら辺にあるんだろうか?

別に自分が世界で一番頭がいいなんて考えていない。それに張り合おうとは思わない。自分が勝負するのは発想についてだ。でも、こんな一言でこんなにも乱されてしまう。

なんばー1よりおんりー1?

*4の歌詞で「No.1よりonly1」というのがあった。No1になれないから慰めているようにも思えなくも無いこの歌詞。webの世界ではみんなが同じピースで勝負をする。only1って逆に存在するのか?と思えてしまう。自分が始めて考えたと思った時点で同じ事を考えている人は何人くらいいるんだろう。むしろ、みんな同じものを作っているようにも思えてしまう。何しろ、webで情報を仕入れて、webでサービスをするんだ。似たようなものになる。

自分は何か、勘違いをしているんだろう。別にNo1にならなくても生きていけるし、評価される。webは戦いの場でもあるが、それよりも協力の場だ。比較されて、評価が低かったとしても、自分の価値は減らない。でも、なんでこんなにもやもやするんだろう。

*1:話を聞くことが出来る

*2ゆとり教育あたりだろうか

*3:もし見てたらごめんなさい

*4:自分の昔は1月前くらいから

拾捨拾捨 2006/08/16 02:03 『優劣』って、相対的なモノなんだけど、何らかの価値判断するに当たっては、非常に大きなウェイトを占めてるモノだと思います。
実際、重要だからなんですが、重要だからといってそれしか見てないと、何というか、息継ぎできなくて溺れてしまうというか、『やっていけない』んじゃないか、と最近思います。

何が一番言いたいかというと、『優劣』を自分の存在意義とかそういうのに組み込むと危ないよね、という事で。そんな移ろい易いものを芯にしていたら、とても不安定だということです。
もちろん、何かをやるからには優れたものを生み出したい、という意思を持ってやるべきなのは確かですが。

そうは言っても、やはり物事の優劣は関心事なんで、自分が劣っている、という結果が出た時はショックを受けます。
しかしそれはあくまで、ある種の相対的な、『結果』であって。『劣っている』は『卑しい』とは違う、って感じでしょうか。

『優劣』を、いかに自分の身体と分離して付き合えるか。それが、健康に物事をし遂げる秘訣なのかもしれないですね。

れいれい 2006/08/16 17:02 >そのレベルまで目指すことは出来ないだろうか?

できると思いますよ。成果を上げる習慣を身につければいいと思います。いくつかの簡単な習慣を修得すれば。長くなるのでキーワードだけ。「使える時間を知る」「貢献できることは何か?」「強み」「集中」「意思決定」といったところです。

一言で集約すると、「自分を知り、貢献を考える」だと思います。それだけではなく、更に、群集の中で孤高を保てるかどうかという精神的、哲学的なところも重要になるのではないでしょうか。


話は変わりますが、成果の意義って大事だと思います。自分のやっていることに価値を見出せるか?健全な自己満足を感じられるか?そういったことを見極めるのは、明日の活動の原動力になります。その答えと現実にズレがあると、気が晴れなかったりするかもしれませんね。

kaerusanukaerusanu 2006/08/17 00:15 >拾捨さん
相対評価は、自分を見えやすくするように一見見えるけど、逆に自分を見失うんですよね。今回はその罠にはまっていたような気がします。

自分との比較しか、無い筈なのについ忘れてしまいます。今回は他の人の、発言が原因となっているように思えますが、自分の問題なのでしょう。

他人と競争しようとすると、内的な目的がぼやけてしまうんですよね。その点では今の時点での自分を受け入れて、地道に歩くことしか出来ないんですよね。

他人がどれだけ速く走っているか、それと比べて自分のスピードはどうなのか?ということではなく、自分がどれだけ歩いてきたかで評価したほうが楽ですし、結果的には早く着くんですよね。減点法は80点を越えてからの採点法で、加点法でそれまで加えていくことが評価方法として適切なんだと思います。

ただ、自分はいきなりプールで泳ぐ練習をせずに海に飛び込んだようなものなので、それだけの成長が必要となっているんですよね。(別にたいしたレベルではないが)それでも、やはり同じなんですよね。負荷の強すぎる評価は、それに耐えられなければ、成長を妨げてしまう。

まずは加点法で評価してみようと思います。

>れいさん
ありがとうございます。そうですね。
あと思ったのは、自己評価が非常に難しいです。最近は自信がそれなりについたと思ったんだけどなぁ。結果が出ていれば分かりやすいのかもしれませんが。

後、自信がつくということ自体が、傲慢につながり、成長を妨げるということ。自己効力感は無ければ、やる気がなくなるが、ありすぎても成長を成長を妨げるということだろうか。

自分は、ある程度整ったこと(つまり見た目の良いこと)を書こうとしていたが、そんなことがさっぱり出来ていないというか、嘘を書き連ねることに意味がないと感じている。だから、なんか都合の悪い感情が支配すると書けなくなってしまう。まぁ、プライベートをベタで書ける訳でもないが。

そして、思ったのは自分は全然かっこよくなんて無いなぁということ。むしろ、かっこ悪くて清清しいくらいだ。自分を低く評価するとか、謙遜じゃなくて、本当にそう思う。守るべきプライドなど無く、本当にじたばたしながら、スマートではない生き方しか出来ないのかもしれない。

なんか、全然回答になっていないような気がしますが。

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