KAFKAESQUE(日垣隆検証委員会)

主に作家の日垣隆、猪瀬直樹、岩瀬達也、岡田斗司夫、藤井誠二などを検証しているブログです。

世界の終りと1977.1.21ー検証・日垣隆「弟の死」の真相(補論)

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日垣隆の両親が、日垣の弟さんの死に関して起こした民事訴訟の判決文

前回のエントリーにて、日垣センセイの弟さんの死亡記事を検証しました。

その後、『学校の常識・非常識』というブログの2011年5月24日のエントリーに、「花火大会での転落事故」と題して、例の死亡記事の内容と事実関係などがほぼ一致している判決文の概要が紹介されていました。日垣センセイが複数の著作で書いている自身の御両親が弟さんの死に関して起こした裁判の判決文の可能性もあります*1。同エントリーによると、この判決文の出典は「長野地判一九七七年一月二一日、『判例時報』八六七号」とのことです。

早速、『判例時報』の該当号を調べたところ、判決文を確認できました。以下は、『判例時報№867』(発行・判例時報社、発売・日本評論社、昭和52年12月21日号)P100〜108からの転載です。

※原文では全て実名で明記されていますが、事件関係者存命などの可能性を考慮し、一部の人名を部分的に伏せ字で表記しています*2。尚、裁判所の判決文には著作権が存在しない為*3、この転載が著作権法違反に当たるとは考えていません。

▽市立中学校における宿泊旅行中の生徒の事故死につき引率教師の下見、検分義務違反に基づき市に国賠法一条の損害賠償責任が認められた事例

(損害賠償請求事件、長野地裁昭五〇(ワ)六三号、昭52.1.21民事部判決、一部認容、一部棄却(確定))

(略)

《参照条文》国賠法一条
《当事者》原告 日垣秀雄
     原告 日垣***
     右両名訴訟代理人弁護士
        松林**
     右同 宍戸***     
     被告 長野市
     右代表者市長   
        柳原正之
     右訴訟代理人弁護士
        宮沢***
     右同 宮沢**

主   文

  一 被告は原告らに対し、各金三、四二六、二三四円とこれに対する昭和四八年七月二〇日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
  二 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
  三 訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。
  四 この判決は一項に限り仮に執行することができる。

       事   実

 一 当事者の求めた裁判
(原告ら)
 1 被告は原告らに対し、各金七、二一七、四八六円とこれに対する昭和四八年七月二〇日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
 2 訴訟費用は被告の負担とする。
 3 仮執行宣言
(被告)
 1 原告らの請求をいずれも棄却する。
 2 訴訟費用は原告らの負担とする

二 当事者の主張事実
(請求原因)
 1 本件事故の発生
 原告ら夫婦の三男である日垣明(昭和三五年四月七日生)は、昭和四八年四月から長野市立北部中学校一年五組に在籍していたものであるが、北部中学校一年生の校外教育活動(正課)として同年七月一九日、二〇日に実施された白根・岩菅登山旅行に参加した際、生徒及び引率教職員の宿泊場所であった長野県下高井郡山ノ内町大字平穏七、一四九番地(志賀高原発哺温泉)所在の薬師の湯旅館(有限会社薬師の湯経営)において、七月一九日午後七時四五分頃、同旅館東側三階建建物の南側軒下にある深さ四メートルの除雪溝(以下本件除雪溝という)に転落して右後頭部頭蓋骨々折等の傷害を負い、そのため七月二三日午前零時二一分同県中野市西一丁目五番六号所在の北信総合病院において脳底部血腫により死亡した。
 2 本件事故現場の状況及び事故に至る経緯
  (1) 本件除雪溝は、薬師の湯旅館東側三階建建物の軒下窓際に並行して設置されている比較的浅い排水溝(側溝)の西端にあり、その幅約二・二メートル、奥行き約〇・六メートル、深さ四メートルで、同旅館玄関南側広場と同一平面において開口している落し穴式のものであるが、本件事故当時防護柵や蓋もなかった。また、右排水溝沿いに植えられている草花も本件除雪溝の前にはないため、広場の連続部分のように見え、その存在を確認することが困難であり、人が立入り易く、誤って転落した場合には大事故となることが明白な危険な工作物である。
  (2) 日垣明を含む北部中学校一年生二二〇名は、学校長田中信雄ほか教諭九名、付添看護婦、研修員各一名に引率され、昭和四八年七月一九日午前八時三〇分頃バス六台に分乗して学校を出発し、その日は予定どおり白根山登山、信大自然教育園見学等を行なって午後四時頃宿泊場所である薬師の湯旅館に到着し、持物整理、入浴、夕食等を終えた後、午後七時頃から同旅館玄関南側の広場において、当日の行事として予定されていた花火大会等のレクリエーションを各学級(六学級)毎に分散して、各学級担任教諭の指導の下に開始した。日垣明は一年五組の学級長であり、級友とともに担任教諭岸田**の指導の下に花火をしていたが、午後七時四〇分頃五組の花火が終了したので、同教諭の指示に従って花火の燃え殻捨て等の跡片付けを率先して行ない、級友と雑談しながら右作業をしていた際、夜間においては広場の延長としか見えない本件除雪溝に転落したものである。
 3 被告の責任
  (1) 生徒らを監督、指導すべき職責を有する中学校の教職員は、校外教育活動、特に本件のように中学一年生という低学年の生徒を対象とする登山旅行を実施するに当っては、事前に登山道路、休憩場所、宿泊場所、レクリエーション実施場所等につき危険箇所がないかどうか十分に下見をして安全性を確認するとともに、生徒を引率するに際しても絶えず生徒の置かれている環境に注視し、危険な箇所を発見した場合には、生徒に対し、当該場所に近寄らないよう、また近寄るときには十分な注意を払うよう指示、説明して、危険を回避し、生徒の安全を確保すべき注意義務がある。右注意義務は、本件のように夜間の行事を実施する場合、特に強く要求されるものである。
 また、長野市教育委員会は、長野市立の中学校及びその教職員に対し、右の如き注意義務を十分尽すよう監督、指導すべき義務を負担しているものである。
  (2) 北部中学校は、昭和四八年六月二〇日、二一日、教諭池田**外二名の教諭を白根・岩菅登山旅行のため下見調査に派遣したが、右三名の教諭は薬師の湯旅館に宿泊して下見をしながら、本件除雪溝を怠慢の故に発見せず、生徒に対し事前に指示説明をすることができなかった。さらに、本件事故当日、学校長ほか九名の教諭は、生徒を引率して薬師の湯旅館に至り、同旅館玄関南側の広場で夜間の花火大会を実施したが、右広場及びその周囲に危険箇所がないかどうか十分な調査、確認をすることを怠り、そのため、本件除雪溝を発見しなかったことから、日垣明を含む生徒に対し何らの注意や指示も与えなかったものである。以上のように、下見調査及び生徒引率をした北部中学校の教職員には過失があり、そのため本件事故が発生するに至ったものである。
 また、長野市教育委員会は、北部中学校及びその教職員に対し右の如き過失を未然に防止するよう十分な監督、指導をしなかったものであり、この点において過失があったといわざるをえない。
  (3) 本件事故は、前記のとおり、北部中学校が正課として実施した登山旅行の際に発生したのであり、しかも地方公務員たる北部中学校の学校長、教諭の過失、及び長野市教育委員会の過失により生じたものであるから、被告は、国家賠償法一条一項に基き本件事故により生じた損害を賠償すべき責任がある。
  (4) 仮りに、国家賠償法の適用がないとしても、被告は、民法七一五条または同法七〇九条に基く損害賠償責任を負っている。
 4 損害
  (1) 損害の発生
  イ 逸失利益
     合計金二〇、八九五、九九七円(各原告につき各金一〇、四四七、九九八円)
 日垣明は昭和三五年四月七日生れで、本件事故当時一三才の健康な男子であった。別紙逸失利益請求計算表記載の算定基準及び方式により、逸失利益の現価額を計算すると、(イ)合計金二〇、八九五、九九七円(または少なくとも(ロ)金一四、五八四、九七三円)となる。原告らは日垣明の父母であるから、同人の死亡により、右金額の各二分の一に相当する額の逸失利益請求権を相続した。
  ロ 慰藉料
      合計金六、〇〇〇、〇〇〇円
      (各金三、〇〇〇、〇〇〇円)
 日垣明は、原告ら夫婦の三男として生れ、二人の兄、一人の姉とともに慈愛に満ちた両親の下で健全な家庭の一員として健かに成長し、小学校六年生のときには児童会長に選ばれ、北部中学校においても学級長を勤め、優秀な学業成績、素直で朗らかな性格の故に多数の級友に慕われていたものであり、両親である原告らはもとより、周囲の人々からその将来に大きな期待を寄せられていた。本件事故は、前記のとおり父兄が最も信頼して子供を託している学校の正課の場で、教職員の二重の過失により発生したものであり、日垣明は教職員の安全性の判断を全面的に信頼して行動していたにもかかわらず、本件事故に遭遇するに至ったのである。右のような事情で日垣明を失なった原告らの精神的苦痛は極めて大きく、原告らに対する慰藉料としては少なくとも合計金六、〇〇〇、〇〇〇円(各金三、〇〇〇、〇〇〇円)が相当である。
  ハ 葬儀費用
        合計金三五〇、〇〇〇円
        (各金一七五、〇〇〇円)
 日垣明の葬儀のため少なくとも金三五〇、〇〇〇円の費用を要し、原告らがその半額宛を負担した。
  ニ 以上イないしハの総計
       金二七、二四五、九九七円
     (各金一三、六二二、九九八円)
  (2) 損害の一部填補
 原告らは、薬師の湯旅館を経営している有限会社薬師の湯から、本件事故による損害賠償金として合計金六、五〇〇、〇〇〇円(各原告につき各金三、二五〇、〇〇〇円)の支払を受けた。
  (3) 弁護士費用
      合計金二、〇七四、五九九円
      (各金一、〇三七、二九九円)
 原告らは、本件事件の処理を弁護士である原告ら代理人両名に委任しているが、その弁護士費用としては、前記(1)の損害額総計金二七、二四五、九九七円から前記(2)の填補額金六、五〇〇、〇〇〇円を控除した額金二〇、七四五、九九七円の一割に該当する金二、〇七四、五九九円(各金一、〇三七、二九九円)が相当である。
(4) 未払損害金
     合計金二二、八二〇、五九六円
     (各金一一、四一〇、二九八円)
 以上の計算から明らかなとおり、未払損害金は弁護士費用も加算すると合計金二二、八二〇、五九六円(各金一一、四一〇、二九八円)になる。
  (5) 本訴請求額
 本訴において、原告らは被告に対し、右未払損害金の内金として合計金一四、四三四、九七二円(各金七、二一七、四八六円)の支払を求める。
 5 要約
 以上のとおりであるから、原告らは被告に対し、国家賠償法一条一項(予備的に民法七一五条または七〇九条)に基き、本件事故により生じた損害金の内金として各金七、二一七、四八六円とこれに対する本件事故の翌日たる昭和四八年七月二〇日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める次第である。
(請求原因に対する認否)
 1 請求原因1(本件事故の発生)の事実は認める。
 2 請求原因2(本件事故現場の状況及び事故に至る経緯)の事実は認める。但し、(2)の事実中、日垣明が花火の跡片付け作業中に本件除雪溝に転落したとの点は争う。日垣明は作業終了後、級友と雑談するため、五組の集合位置から離れた際に転落したものである。
 なお、本件除雪溝は、原告らも主張するとおり、旅館東側三階建建物の南側窓際にあり、その直下タイル貼り壁に沿って東西に走る排水溝の西端に位置しているもので、本件除雪溝の東端まで右排水溝の南縁沿いに植栽され繁茂していた花壇の草花及び本件除雪溝の直前に起立して置かれていたドラム缶によって視野を妨げられていたうえ、一見、右排水溝の連続部分または南側広場の連続部分の如き形状を呈していたため、夜間はもとより昼間においても、それと指摘されない限り、容易に発見し難いものであり、本件事故は不慮の事故である。
 3 請求原因3(被告の責任)の事実中(1)の事実は認める。(2)の事実中、下見調査をした教諭、本件事故当日生徒を引率した学校長、教諭が本件除雪溝の存在を発見しえなかったため、日垣明を含む生徒に対し、本件除雪溝に関し、注意または指示説明をなしえなかった事実は認めるが、その余の事実は否認する。(3)、(4)の主張はいずれも争う。
 北部中学校の教諭池田**、同杉山**、同柴垣**の三名は、白根・岩菅登山旅行の下見のため、昭和四八年六月二〇日、二一日の両日現地に赴き、薬師の湯旅館では、支配人の案内により、同旅館内の各部屋、非常口、使所、浴場等の安全確認を行ない、さらに旅館南側広場の大きさ、周囲の防護柵の点検をした後、支配人に対し、他に危険箇所がないかどうか念を押したところ、支配人は特に無い旨答えた。なお、旅館東側三階建建物の一階南側廊下を点検通行した際、窓から外を確認したが、窓際に東西に走る浅い排水溝があるのを認めたのみで、本件除雪溝は、前記の如き構造、形状の特殊性のため発見しえなかった。右のような安全性に関する点検確認方法は、一般的に下見をする教諭に要求される通常の方法に従った相当なものである。本件除雪溝の所在位置は、形状の特殊性、支配人から教示がなされなかったこと等から、下見調査をした教諭、引率した学校長、教諭が本件除雪溝の存在に気付かず、生徒に対し指示説明をすることができなかったのもやむをえないところであり、結果のみをとらえて右教職員に過失ありと断ずることはできない。
 また、長野市教育委員会は、学校教育活動中の事故の発生なきよう教職員に対する指導監督を十分行なっていた。
 4 請求原因4(損害)の事実中、(1)の事実は争う。但し、日垣明の生年月日、原告らとの身分関係は認める。(2)の事実は認める。(3)ないし(5)の各事実及び主張はいずれも争う。
 5 請求原因5(要約)の主張は争う。
 三 証拠《略》

       理   由

  一 本件事故の発生
 原告らの請求原因1の事実、すなわち、日垣明は、原告ら夫婦の三男として昭和三五年四月七日に生れ、昭和四八年四月から長野市立北部中学校一年五組に在籍していたものであるが、北部中学校の校外教育活動として同年七月一九日、二〇日に実施された白根・岩菅登山旅行に参加した際、一九日午後七時四五分頃、宿泊場所であった長野県下高井郡山ノ内町大字平穏七、一四九番地所在の薬師の湯旅館において、同旅館東側三階建建物の南側軒下にある深さ四メートルの本件除雪溝に転落して右後頭部頭蓋骨々折等の傷害を負い、そのため同月二三日午前零時二一分北信総合病院において死亡したことは、当事者間に争いがない。
 二 本件事故現場の状況
 請求原因2(1)の事実、すなわち本件除雪溝の位置、構造等については当事者間に争いがないが、本件事故当時の本件除雪溝及びその附近の諸状況につきより詳細な事実関係をみるに、《証拠略》によれば、次の事実を認めることができ、これを覆えすに足る証拠はない。
(1) 薬師の湯旅館の建物は北東から南西に傾斜する山腹に建てられており、別紙見取図(一)表示のとおり、玄関のある本館及びその東側三階建建物の南側は、東西の長さ約四〇メートル、南北の長さ約二六メートルのほぼ平坦な広場となっているが、右広場のうち北側建物寄りの部分は、東西の通り抜け道路となっており、一部コンクリート舗装がなされていない。右広場の南側部分は、地下にある大浴場、広間等のいわば屋上であり、コンクリート舗装がなされ、駐車場として利用されている。広場の南端及び西端は垂直に落差があるため、転落防止用の防護柵が設置され、南端沿いにそれぞれ高さ三メートルの水銀灯が三基外灯として設置されていた。
  (2) 本件除雪溝の位置、規模、構造は、別紙見取図(一)、(二)表示のとおりであり、東側三階建建物西端の南側軒下にあり、本館玄関からは約七メートル東方に位置している。開口部は、およそ東西の長さ約二・七メートル、南北の奥行き約〇・五八メートルの平行四辺形に近い穴となっており、広場側から直接雪を落下させうるように広場と同一平面にある。開口部から垂直に四メートル下には南北に流れる小川があり、本件事故当時水深は約一〇センチメートル水面における川幅は約一・五メートルで、川底は岩であるため、転落した場合重傷を負う危険性があった。
  (3) 別紙見取図(一)、(二)表示のとおり、本件除雪溝の東方には、三階建建物の軒下に沿って幅約六三センチメートル、深さ約八四センチメートルの排水溝(側溝)があり、東から西へ流れる水は、本件除雪溝との境をなす幅約二九センチメートルのコンクリート壁に埋められた土管により本件除雪溝内に排水落下させている。右排水溝の南側にはこれに沿って花壇があり、草花が植えられていたが、本件除雪溝の南側(広場側)はコンクリート舗装がされていて花壇は存在せず、除雪溝が二箇所あるけれどもいずれも鉄格子の蓋が被せてあるため転落等の危険性はない。なお、本件除雪溝の東側には、広場から地下一階へ降りるコンクリート製階段(階段入口の幅約一・〇九メートル、長さ約二・六メートル、階段下部から地上までの高さ約一・五九メートル)があり、右階段には木製の蓋が被せられることもあるが、本件事故当日は蓋はされていなかった。
  (4) 本件除雪溝の南側(広場側)には以前取りはずしができる鉄製の防護柵が設置されていたこともあったが、遅くとも昭和四六年頃から右防護柵が設置されたことはなく、薬師の湯旅館では、三個のドラム缶を本件除雪溝の開口部に倒して置いたり、南側前面に立てて並べていた。しかしながら、少なくとも昭和四八年六月中旬頃から本件事故当日である同年七月一九日までの間は、右のドラム缶も前記地下一階への入口階段の西側に置かれたまま本件除雪溝の前面に置かれておらず、本件除雪溝への転落防止のための物的設備や注意を喚起するための掲示等は全くなされていなかった。
  (5) 本件除雪溝は深さが四メートルもあるが、これに接続する前記排水溝(側溝)の延長部分であるかのように見え、近接して確認しないと深い除雪溝であることは容易に判明し難い。とりわけ、夜間には本件除雪溝附近の照明が十分でなく、別紙見取図(二)表示の如く三階建建物の一階廊下天井に螢光灯がつけられており、窓ガラス(高さ約一・二九メートル)を通して外部へ光が漏れるものの、窓の敷居までの腰板の高さが三二センチメートルあって、直接光が本件除雪溝の深い部分までは照らすことがないため、本件除雪溝の存在及びその深さに気付かない可能性がある。
三 本件事故に至る経緯
 請求原因2(2)の事実中、次の事実は当事者間に争いがない。すなわち、白根・岩菅登山旅行に参加した日垣明を含む北部中学校一年生は、学校長、教諭九名、付添看護婦、研修員各一名に引率され、昭和四八年七月一九日午前八時三〇分頃バス六台に分乗して学校を出発し、その日は予定どおりの登山等を行なって午後四時頃宿泊場所である薬師の湯旅館に到着し、入浴、夕食等を終えた後、午後七時頃から同旅館玄関南側の広場(以下本件広場という)において、当日の行事として予定されていた花火大会を各学級毎に分散して、各担任教諭の指導の下に開始した。日垣明は一年五組の級友とともに担任教諭岸田**の指導の下に花火をしていたが、午後七時四〇分頃五組の花火が終ったので同教諭の指示に従って花火の燃え殼捨て等の跡片付けをし、その後まもなく本件除雪溝に転落した。
 そして、《証拠略》によれば、
  (1) 花火大会は、本件広場の南側駐車場寄りで行なわれ、最も西側に一組が、順次東側へ二組から六組がそれぞれ学級毎に集まって実施し、旅館建物から南へ約六メートル位の場所に燃え殻捨てのため数個の空缶が用意されていたこと、
  (2) 日垣明は、一年五組の学級長であり、白根・岩菅登山旅行では五組六班のレクリエーション係であったため、花火終了前から積極的に燃え殻を片付けていたが、かねて母親から、不発花火をポケットに入れていた子供が暴発により手首を失なった例もあるので注意するよう話されていたこともあって、不発花火による事故が起きないよう、燃え殻を水で湿らせたうえ空缶に捨てる等注意していたこと、
  (3) 午後七時四〇分頃、五組の花火が終わり、担任教諭の指示により跡片付けが始まり、日垣明も級友の小林**とともに作業に従事していたが、右小林に対し母親から聞いた前記花火暴発事故の話をしながら、燃え殻を水に湿らせた後空缶に捨てていたところ、右の話を聞きつけた級友の小川***から自分にもその話をして欲しいと頼まれて、右小川と二人で肩を組みながら旅館玄関へ歩きかけたが、玄関前に六人位の生徒がいたため、玄関の東側、本件除雪溝の南側附近まで行き、三階建建物の方向を向いて小川に対し前記花火暴発事故の話をしているうち、急に何かを見つけたかのように本件除雪溝の方向に歩き出し、三階建建物の窓に手をかけるような姿勢で本件除雪溝内に転落するに至ったこと、
  (4) 当時本件広場では、既に花火を終えてコーラスをしている学級がある一方で、まだ花火を続けている学級もあるという状態であり、五組は花火を終えて跡片付けをしていたところ、たまたま五組のレクリエーションに参加していた研修員市川**がまだ花火を持っていたことから担任教諭がその花火に点火し、生徒達の多くも自然その周囲に集まってこれを見ていたが、五組の生徒全員に花火を再開することを知らせたわけではなく、全員が集まってはいなかったこと、
(5) 本件事故当日生徒を引率した北部中学校の教職員で本件除雪溝の存在に気付いていた者はなく、従って日垣明を含む生徒らに対し、これにつき事前に注意を与えたことはなく(この点は後記のとおり当事者間に争いがない)、また、薬師の湯旅館側から教職員や生徒に対し予め本件除雪溝の存在を知らせたり、注意を喚起したこともなかったこと、が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。
 ところで、右認定事実によれば、日垣明が本件除雪溝の存在を知らなかったことは明らかであるが、級友の小川***と話をしていた際、何故本件除雪溝に近づきこれに足を踏み入れたのかは必ずしも明確でない。日垣明がそのとき花火の燃え殻を持ち、これを捨てるために本件除雪溝に近づいたことを窺わせるに足る証拠はなく、逆に、浮わついた気持から級友とふざけ合って遊んでいたため本件除雪溝に転落したことを認めうる証拠もない。右認定の転落状況及び前記認定の本件除雪溝の位置、構造等に照すと、本件除雪溝の下を流れる川の水音を聞いて好奇心または責任感からこれを確かめようとして近づき、誤まって転落したものではないかと推測される一方、三階建建物の一階内部又はガラス窓に何かを見つけて近づき、本件除雪溝に全く気付かないまま転落したとも考えられるが、いずれにしても、本件除雪溝につき物的防護措置がなされているか、少なくとも事前の注意ないし指示説明がなされていたならば、本件事故が生じなかったであろうことは明らかである。
 四 北部中学校教諭の下見調査及び引率指導状況
 請求原因3(2)の事実中、北部中学校一年生の白根・岩菅登山旅行については、昭和四八年六月二〇日、二一日に同校教諭三名が事前の下見調査をなし、実施当日の同年七月一九日、二〇日には学校長のほか教諭九名が生徒を引率したこと、右下見調査及び引率をした教諭は誰一人本件除雪溝の存在を発見しなかったため、日垣明を含む生徒らに対し本件除雪溝に関し何らの注意または指示説明をしていなかったことは、当事者間に争いがない。
 そこで、北部中学校教諭の下見調査及び引率指導状況について検討するに、《証拠略》によれば、以下の事実を認めることができる。
  (1) 北部中学校は昭和四五年まで一年生の夏の校外教育活動として志賀高原・白根登山旅行を実施していたが、バス旅行が主体となることの反省から、心身の鍛練のため本格的な登山を含めることとし、昭和四五年一〇月学校長田中信雄と教諭杉山**とが下見調査をした結果、岩菅山登山を加えることに決まり、昭和四六年夏から白根・岩菅登山旅行が行なわれるようになった。昭和四六年度、昭和四七年度には、それぞれ教諭二名が下見調査に赴いたうえ、一年生の白根・岩菅登山旅行が実施され、両年度とも宿泊場所は薬師の湯旅館であったが、下見をした教諭や引率をした教諭が本件除雪溝の存在を知った形跡がなく、従ってこれにつき生徒らに対し格別の注意を与えたことはなかったけれども、転落事故は起きなかった。
  (2) 昭和四八年夏の白根・岩菅登山旅行は、四月の一年生担当教諭の学年会において、その実施が決定され、さらにその後開かれた右学年会において行事係である教諭柴垣**、同池田**、同杉山**の三名を下見調査に派遣することに決定した。右三名の教諭は六月二〇日、二一日に下見調査を行ない(この点は当事者間に争いがない)、予定コースに従って、登山路や薬師の湯旅館における安全点検のほか、昼食場所、休憩場所、記念写真撮影場所の検討その他詳細な調査確認を行なったが、薬師の湯旅館には二〇日に投宿して下見をし、本件広場については、同旅館に到着した際、南側及び西側の防護柵附近を歩いて点検したものの、本件広場北側にある本件除雪溝には気付かず、これに近づいて確認をしたこともなかった。旅館内は支配人の案内に従って、下足置場、宿泊予定の各部屋、浴場、便所、非常口等を点検したうえ、支配人に対し、他に危険箇所はないかと質問したが、支配人からは、特に危険箇所はないとの回答があったため、他に詳細な調査は行なわなかった。なお、東側三階建建物の一階廊下を通った際、南側の軒下に排水溝(側溝)と花壇があることは分かったが、その西端に深さ四メートルもの本件除雪溝があるとは考えず、窓を開けて軒下を確認することをせず、また支配人からも指摘されなかったため、本件除雪溝の存在を発見することができなかった。
  (3) 右三名の教諭は、旅館における生徒の安全確保の面で特に注意すべき点は、本件広場の南側、西側の防護柵附近の転落防止に留意すること、非常口のうち二箇所は旅館建物の北側にあるが、北側は一段高い山となっていて広い避難場所がないので、南側の玄関から本件広場へ避難するのが最も安全であること、各部屋の腰板が比較的低いため転落防止のため生徒に窓へ腰かけないよう指導する必要があること等を確認し、なお温泉の温度が高いため、当日は適温にするよう支配人に依頼した。
  (4) 六月二二日に開かれた学年会において、下見調査の結果が報告され、その内容をも検討したうえ、日程、コース、生徒への指導内容等につき最終的な決定がなされたが、その際旅館でのレクリエーションとして花火大会を催すことが提案され、下見をした教諭杉山**が電話で薬師の湯旅館に花火大会ができる適当な場所につき問い合わせたところ、同旅館の支配人から、玄関南側の本件広場ならそれが可能であり、現に他の中学校でも本件広場で同種のレクリエーションを実施したとの回答があり、夜のレクリエーションとして本件広場で花火大会を各学級単位で行なうことが決まった。
  (5) その後、北部中学校では、白根・岩菅登山旅行の具体的準備、生徒への指導がなされ、引率教諭は度々学年会や打合わせ会を開いて、日程の詳細、係分担、部屋割、集合・登山・下山体形、指揮系統、持物、費用等細部の決定確認を行ない、生徒に対しては、学年集会、正副学級長会、各学級において、或いは配布したしおりを通じて、登山旅行の目的、日程、各係の分担、行動の仕方、持物、服装、危険回避の注意事項等につき説明、指導するとともに行動訓練も実施した。旅館における行動について生徒に対し注意された点は、原則として行動は班単位で行なうこと、本件広場南側、西側の柵附近に注意すること、一般宿泊客の部屋へは近づかないこと、窓枠に腰かけないこと、その他一般的な日常生活、団体生活上の規律、秩序等であったが、本件除雪溝に関する直接的な注意や指導は全くなされなかった。
  (6) 北部中学校は、七月七日、長野市教育委員会に対し、白根・岩菅登山旅行の目的、引率学年、生徒数、引率職員氏名、目的地、宿泊地、日数、費用、日程を記載した「校外に於ける教育活動実施届」を提出し、受理された。
  (7) 七月一九日、日垣明を含む一年生二二〇名、引率者一二名は、予定どおり、白根登山等を終えて午後四時頃宿泊場所である薬師の湯旅館に到着した(この点は当事者間に争いがない)が、引率者の氏名及びその各担当は左のとおりであった。
 隊長    校長田中信雄
 総務    教諭宮沢**(三組)、同池田**(四組)
 会計    教諭野村**
 宿泊・食事 教諭柴垣**(二組)、同杉山**(一組)
 整美・乗車 教諭岸田**(五組)、同佐藤**
 学習・レク・写真 教諭宮下**(六組)
 保健    教諭柳沢***、看護婦藤森**
 (研修員  市川**)
  (8) 旅館到着後、右引率教論は各担当の仕事をしたほか、校長及び各学級担任教論が生徒の部屋、浴場、便所、非常口等を確認し、夕食は生徒と別に東側三階建建物一階広間でとったが、その軒下にある本件除雪溝を発見した者はいなかった。また、花火大会開始までに、校長及び一部の教諭が本件広場の状況を確認し、南側及び西側の防護柵に注意を向けたものの、北側の本件除雪溝やこれに接続する排水溝附近にまで近づいて点検したことはなく、本件事故発生に至るまで本件除雪溝の存在に気付かず、そのため、花火大会中の生徒に対する監視も南側及び西側の防護柵附近には注意が払われていたが、本件除雪溝の危険性に対する配慮は何らなされていなかった。
 五 本件事故原因の考察
 以上二ないし四に記載した本件事故現場の状況、本件事故に至る経緯、北部中学校教諭の下見調査及び引率指導状況等の事実関係を前提として、以下、本件事故発生原因について検討する。
 1 有限会社薬師の湯の過失
 本件事故発生の最大の原因が、薬師の湯旅館において本件除雪溝に関し転落防止のための防護柵や蓋をしないまま漫然と放置していたのみならず、北部中学校の引率教諭や生徒に対し、その存在を警告する措置をもとらなかったことにあることは明白である。
 すなわち、本件除雪溝は、同旅館玄関東側の三階建建物の軒下にあって、本件広場のうち東西に通り抜ける道路部分に面し、開口部が本件広場と同一平面にある落し穴式の危険なものであり、宿泊客や通行人がこれに近づき転落する可能性があるにもかかわらず、転落事故等危険防止のための物的設備が何らなされておらず、その存在を知らせる掲示、貼り紙等の措置もなされていなかったのである。とりわけ本件事故当夜、旅館側においても、夜間多数の中学一年生が本件広場で花火等のレクリエーションをすることは十分知っていたのに、本件除雪溝の前にとりあえず障害物を置くとか、その存在を引率教諭や生徒に知らせて注意を促す等の措置すらとらなかったものである。
 従って、同旅館の経営主体である有限会社薬師の湯が所有し且つ占有している土地の工作物たる本件除雪溝の管理(保存)に瑕疵があり、また有限会社薬師の湯旅館の責任者については、本件除雪溝に対する危険防止措置を講ずべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠り漫然と放置していたという点において過失があったというべきであり、これが本件事故発生の最も大きな原因である。
 2北部中学校教諭の過失
 請求原因3(1)の事実、すなわち、本件のように中学一年生を対象とする校外教育活動として登山旅行を実施する中学校の教職員は、事前に登山道路、宿泊場所、レクリエーション実施場所等につき十分に下見をして安全性を確認し、生徒を引率するに際しては、絶えず生徒の置かれている環境に注視し、危険箇所を発見した場合、生徒に対しこれに近寄らないよう注意し、また近寄るときには十分な注意を払うよう指示説明して、危険を回避し、生徒の安全を確保すべき注意義務があり、右注意義務は夜間の行事を実施する場合、特に強く要求されるものであることは、当事者間に争いがない。一般的に、公立中学校の教職員には、生徒を保護、監督すべき義務があることは法令上明らかであり、この監督義務は、学校内における教育活動のみならず、校外教育活動を実施する場合にも負担していることはいうまでもない。北部中学校の白根・岩菅登山旅行は、正規の教育活動として行なわれたものであり、その実施に関与した教職員は、慎重な下見調査をして危険箇所を把握し、生徒を引率するに当っては、さらに危険箇所の発見に努め、生徒に対し事前に警告、注意したうえ、生徒の行動を監視して、生徒の生命、身体の安全を確保すべき注意義務を負っていることは、その職務上当然のことである。(もっとも中学一年生の場合、幼児や小学校低学年の児童と比較すれば、心身の発達も相当進み、判段能力、行動能力も備わりつつあるから、生徒自身が危険箇所の発見、危険回避の行動、自己規制等をある程度なしうることは期待できるけれども、心身の発達程度は成人に比して未熟であるから、教職員に課せられた右注意義務は相当高度のものというべきであり、一三才前後の通常の判断力、行動力によってもなお危険発生の可能性がある箇所を早期に発見し、生徒に適切な注意を与え、その行動を・監視して、生徒の生命、身体の安全を確保すべき注意義務がある。)
 ところで、既に認定した事実によれば、北部中学校は本件の白根・岩菅登山旅行につき慎重な計画と準備の下にこれを実施したことが窺われるものの、事前の下見調査をした三名の教諭及び生徒を引率した校長、九名の教諭は本件除雪溝の存在に全く気付かず、従って生徒に対し何らの注意も与えず、転落事故防止の具体的措置は講じなかったことが明らかである。このように本件除雪溝の存在を見落したのは、本件除雪溝がこれに接続している浅い排水溝の延長と見えるような構造であり、深さが四メートルもあることは近接して見ないと判明し難いこと、本件除雪溝については旅館側から指摘、説明がなされず、また危険箇所であることを窺わせるような防護柵や障害物もなかったこと、本件広場及びその周辺の危険箇所は南側と西側の防護柵附近であるという点にもっぱら注意が向けられていたこと等に一部の原因があり、旅館の玄関から建物に沿ってわずか七メートル位の位置にある本件雪溝は、いわば盲点となっていたともいえるのである。従って、右のような事情の下においては、本件除雪溝を発見できなかったことに無理からぬ要素も存在する。しかしながら、夜間本件広場において二二〇名の中学一年生を集めて花火大会を催す以上、少なくとも本件広場とその周囲に危険箇所がないかどうかを綿密に点検調査すべきであったところ、本件広場の一角ともいえる場所であって、生徒が集団行動から離脱したり、規律違反の行動に出なくても近づきうる可能性があった本件除雪溝附近については、下見調査をした教諭も当日生徒を引率した校長、教諭も全く点検を行なっていなかったのである。本件除雪溝の南側は、浅い排水溝に沿って続く花壇が途切れて存在せず、鉄格子の蓋が被せられている除雪溝が二箇所あり、西側には地下へ降りるコンクリート製階段があるから、これらの危険性についても本来点検すべきであったし、その附近を調査すれば、本件除雪溝の下を流れる川の水音が聞え、本件除雪溝も発見しえたであろうし、また三階建物物の一階廊下の窓から少し注意して見れば、容易にこれを確認しえたはずであり、本件除雪溝の発見がおよそ不可能であったとは到底いえない。とりわけ、本件の花火大会は、下見の後に決定された行事であるから、当日生徒を引率した校長、教諭は、その実施場所である本件広場とその周囲につきあらためて慎重な点検を行ない、危険箇所の発見に務めるべきであったし、またそれは十分可能であったにもかかわらず、これに怠り、結局旅館の玄関にも近い位置にある本件除雪溝の存在を見逃し、生徒に対し適切な注意喚起及び監視をしなかったことは、生徒の生命身体の安全を保護すべき責任のある教職員として過失があったものと判断せざるをえず、右過失が本件事故発生の一因となっていることは明らかである。
 3 日垣明自身の過失
 日垣明は、本件事故当時心身とも健全な一三才三月の男子であったから、右年令に相応して危険箇所の発見、危険回避の判断及び行動も自らなしうることが期待されるところ、前記二において認定したとおり、日垣明は、照明不十分な本件除雪溝の南側附近で級友と話をしていた際、急に何かを見つけたかのように一人で本件除雪溝に近づき、誤まってこれに転落するに至ったものであり、本件除雪溝には全く気付かなかったものか、或いは何らかの錯覚があったのか必ずしも明らかでないが、その行動には多少慎重さを欠き、危険箇所の発見及び危険回避の自衛措置が十分でなかった点が窺われ、その誤りにおいて日垣明自身にも落度があったといわざるをえず、これが本件事故発生の一因ともなっていることは否定し難い。
 もっとも、日垣明が、五組の花火終了後担任教諭の指示に従って燃え殼を捨てた後、級友に頼まれて花火暴発事故の話をするため本件除雪溝の南側附近に至ったことは、当時の本件広場における他の学級の生徒を含む全体的な行動、五組の花火終了後の状況、本件除雪溝の位置関係に照し、右行動自体格別集団行動から離恥したものとか、規律違反の行動であったとは認め難い。また、本件除雪溝については転落事故防止のための措置が何ら講ぜられていなかったこと、引率教諭から生徒に対し本件除雪溝に関する注意喚起がなされたことはなかったこと、その他本件除雪溝の位置、構造、日垣明の年令等諸般の事情を考慮すると、日垣明の過失は軽微であるというべきである。
 六 被告の責任
 国家賠償法一条にいうところの公権力の行使とは、国または公共団体の統治権限に基く優越的な意思発動たる権力作用に限定されるものではなく、国または公共団体の非権力作用(但し、国または公共団体の純然たる私経済的作用と、国家賠償法二条により救済される営造物の設置、管理作用を除く)もまた含まれると解するのが相当である。
 前記のとおり、本件事故は、長野市立北部中学校の正規の教育活動の一環として、地方公務員たる同中学校校長及び九名の教諭の引率の下に実施された白根・岩菅登山旅行中に生じた事故であり、少なくとも右引率の校長、教諭について過失が認められ、これが生徒である日垣明の死亡という本件事故発生の一つの原因となっていることが明らかである以上、被告たる長野市国家賠償法一条一項に基き本件事故により生じた損害を賠償すべき責任がある。
 七 過失相殺
 なお、日垣明にも、前記五3において判断したとおり、軽微とはいえ過失があり、これが本件事故発生の一因ともなっているところ、その過失割合は前記認定の諸般の事情に照し、一割とみるのが相当である。従って、損害額の算定に当っては、右過失割合が斟酌さるべきである。
 八 損害
 1 損害額の算定
  (1) 逸失利益
   合計金八、四八二、四六八円
   (各金四、二四一、二三四円)
 左の如き基準及び方式により、逸失利益現価額を算出すると、別紙逸失利益認容計算表記載の算式のとおり、金九、四二四、九六五円となる。
(イ) 日垣明が本件事故当時一三才の心身とも健康な男子であったことは当事者間に争いがない。
  (ロ) 稼働可能年数は、二〇才から六五才まで四五年間と認めるのが相当である。
  (ハ) 収入額は、労働省労働統計調査部編「昭和四八年度賃金構造基本統計調査報告」第一巻第一表の全産業男子労働者企業規模計、平均給与額で固定して計算するものとする。《証拠略》によれば、きまって支給する現金給与額は月額一〇七、二〇〇円(年額一、二八六、四〇〇円)、年間賞与その他特別給与額は三三七、八〇〇円であるから年収は合計一、六二四、二〇〇円であることが認められる。
  (ニ) 生活費等控除率は、五〇パーセントと認めるのが相当である。
  (ホ) 養育費は、二〇才に至るまで月額一二、〇〇〇円(年額一四四、〇〇〇円)と認める。
  (ヘ) 中間利息控除はライプニッツ方式による。
 (なお、原告らは、右と異なる基準及び方式により逸失利益現価額を算出すべきであると主張するけれども、中学一年生の場合は未だ現実の収入がなく、将来就労時期が到来するため、逸失利益の算定はいずれにしても、将来の予測にすぎず、それが本来喪失した稼働能力の評価であるとの観点からするならば、収入、生活費、養育費等を固定させて、ある程度蓋然的且つ定型的な方式により算定するのがむしろ合理的であると考えられ、これが近時比較的多くの判例のとる態度でもある。当裁判所も右のような判断のもとに前記算定基準及び方式を採用するのが相当であると考える。)
 前記のとおり、日垣明の過失割合は一割であるから、右割合に従って過失相殺をすると、金八、四八二、四六八円となる。
 原告らが日垣明の両親であることは当事者間に争いがなく、原告らはそれぞれ各二分の一宛の割合で相続したから、逸失利益額は各原告につき各金四、二四一、二三四円となる。
  (2) 葬儀費用
   合計金二七〇、〇〇〇円
   (各金一三五、〇〇〇円)
 日垣明の葬儀費用は合計金三〇〇、〇〇〇円と認めるのが相当であり、一割の過失相殺をすると金二七〇、〇〇〇円となる。従って、原告らの各負担分はその半額の各金一三五、〇〇〇円である。
  (3) 慰藉料
   合計金四、〇〇〇、〇〇〇円
   (各金二、〇〇〇、〇〇〇円)
日垣明が原告らの三男であり、死亡当時一三才であったことは当事者間に争いがなく、《証拠略》によれば、日垣明は明朗で責任感の強い性格であり、理解力、思考力に秀れ、北部中学校では一年五組の学級長に選ばれる等級友の信頼も厚く、原告ら両親に深く愛されていたこと、本件事故のため受傷した後死亡するまでの数日間において日垣明が受けた苦痛及びこれを見守った原告らの精神的苦痛は極めて大きかったことが認められる。右のほか、既に認定した本件事故の態様、経緯、日垣明の過失割合その他諸般の事情を勘案すると、原告らに対する慰藉料としては合計金四、〇〇〇、〇〇〇円(各金二、〇〇〇、〇〇〇円)が相当である。
  (4) 以上(1)ないし(3)の
   合計金一二、七五二、四六八円
   (各金六、三七六、二三四円)
 2 損害の一部填補
   合計金六、五〇〇、〇〇〇円
   (各金三、二五〇、〇〇〇円)
 原告らが、本件事故により生じた損害に対する賠償金の一部として、有限会社薬師の湯から合計金六、五〇〇、〇〇〇円(各金三、二五〇、〇〇〇円)の支払を受け、これを受領したことは、当事者間に争いがない。
 3 未払損害額
   合計金六、二五二、四六八円
   (各金三、一二六、二三四円)
 前記1(4)の損害額合計額から2の損害の一部填補額を控除すると、未払損害額は合計金六、二五二、四六八円(各金三、一二六、二三四円)となる。
 4 弁護士費用
   合計金六〇〇、〇〇〇円
   (各金三〇〇、〇〇〇円)
 本件記録上明らかな本件訴訟の性質、経緯、難易、及び右未払損害額その他の事情に照し、被告に対し負担させるべき弁護士費用の額は合計金六〇〇、〇〇〇円(各金三〇〇、〇〇〇円)が相当であると認める。
 5 認容額
   合計金六、八五二、四六八円
   (各金三、四二六、二三四円)
 以上の次第であるから、被告が原告らに対し賠償すべき損害額は、前記3の未払損害額と4の弁護士費用を加算した額合計金六、八五二、四六八円(各金一二、四二六、二三四円)となる。
九 結論
 よって、原告らの本訴各請求は、それぞれ被告に対し、各金三、四二六、二三四円とこれに対する本件事故の翌日であることが明らかな昭和四八年七月二〇日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるので、いずれもその範囲においてこれを認容し、その余の各請求はいずれもこれを失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 永井紀昭)
 別紙
 逸失利益請求計算表(原告ら)《略》
 逸失利益認容計算表(裁判所)《略》
    見取図(一)(二)《略》

判例時報№867』(発行・判例時報社、発売・日本評論社、昭和52年12月21日号)P100〜108


上記の判決文は全文が字数に換算して約1万7千字もの長文ですが……一読する限り、これこそ日垣センセイの御両親が起こした裁判の判決文であり、弟さんの死が「他殺」ではなく「事故」であることは、完全に確定したとみて間違いないでしょう。

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