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KAFKAESQUE(日垣隆検証委員会)

2016-03-26

堕ちた伝説のライターの伝説 検証・日垣隆の家族

同人誌の既刊本が国立国会図書館東京本館及び京都府関西館内にて閲覧可能になっています。御興味があられる方は、同館にお越し下さい。

「ガッキィハンター 日垣隆検証本vol.1『そして殺人者は野に放たれる』の大研究 増補改訂版」

「ガッキィハンター 日垣隆検証本vol.2 盗用篇」

「ガッキィハンター日垣隆検証本vol.3 雑誌・書籍篇」

「猪瀬直樹検証本 作家篇」


同人ダウンロードショップのDLsite.comにて、同人誌の既刊「ガッキィハンター 日垣隆検証本vol.1『そして殺人者は野に放たれる』の大研究 増補改訂版」及び「猪瀬直樹検証本 作家篇」電子書籍販売中です。

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 ファイル形式はPDFファイル、価格は「ガッキィハンター 日垣隆検証本vol.1『そして殺人者は野に放たれる』の大研究 増補改訂版」が1,512円。「猪瀬直樹検証本 作家篇」が1,080円です。



・初めて当エントリーを読まれる方は「日垣問題の記録 〜 日垣隆 研究報告 〜」「日垣隆(Wikipedia)」「ガッキィスレまとめサイト@ウィキ」の御一読をおススメします。

・当ブログへの御意見・御感想は、下記のメールアドレスまで御連絡下さい。日垣センセイの学生時代など、情報提供もお待ちしております。情報源の秘密は厳守します。また、貴重な情報をお知らせいただいた方には、謝礼も検討していますので、宜しくお願いします。
kafkaesque1924@gmail.com


ニュースサイトハフィントンポスト日本版によると、再来月の5月1日付で同日本版の新編集長に、日垣センセイの熱心な「信者」であるらしい朝日新聞記者の竹下隆一郎氏が就任するそうです。その旨を報じていた下記の記事によれば、竹下氏のプロフィールなどは次の通りです。

ハフポスト日本版の新編集長に、竹下隆一郎氏が就任へ

【竹下隆一郎・略歴】

1979年生まれ。2002年慶応義塾法学部政治学科卒。同年朝日新聞社入社。宮崎支局(当時)、佐賀総局、西部報道センター経済グループ、東京本社経済部などをへて2013年からメディアラボ所属。2014年2015年スタンフォード大客員研究員(研究テーマ:「人工知能と人間は、どちらがニュースの編集長としてふさわしいか」)。ビジネス開発だけでなく、フェイスブックを使った記者の生中継レポートなど報道の新しい形を模索してきた。

The Huffington Postについて】

ザ・ハフィントン・ポストは読者が活発に意見交換や対話を行うコミュニティーという側面をもつだけでなく、ピューリッツアー賞を受賞するなどしたニュース速報、特集、エンターテインメントといった情報源をもつサイトです。当サイトに投稿するブロガーは10万人を超え、政治家や学生、著名人から、学者、政策専門家にいたるまで、あらゆる人々が自身の大きな関心事項に関する書き込みをリアルタイムで行っています。ザ・ハフィントン・ポストAOL.Inc.の一員として、現在、 米を含め、英国カナダフランススペインイタリア、日本、マグレブ北アフリカ)、ドイツブラジル韓国ギリシャインドオーストラリア、アラビアの15カ国・地域で各国版を展開。日本版は2013年5月、朝日新聞社(渡辺雅隆社長、朝刊発行部数約660万部)をパートナー企業としてスタートし、現在、月間1500万人の訪問者(2015年7月時点)にご愛読いただいています。


 竹下氏については、当ブログでも幾度となく簡単にですが触れました。

夏コミC88新刊告知! - KAFKAESQUE(日垣隆検証委員会)

DUET OF BLUE STEELー日垣隆関連情報まとめ(その弐) - KAFKAESQUE(日垣隆検証委員会)

 以下は、上記のニュースを受けての、僕(当ブログ管理人)なりの見解をまとめたツイートです。









 何度でも言いますが、僕は日垣センセイが竹下氏の御眼鏡に適って、そのコネでハフポスト日本版で仕事にありつくこと自体には、必ずしも反対しません。無論、現状では可能性の問題であり、実際に竹下氏が日垣センセイを同日本版で起用することはまず無いと予想していますが。それにしても、「日垣隆」でググろうともしない情報弱者確信犯?)の日垣信者に新編集長をやらせるとか、ハフポスト日本版の編集部はメディアリテラシーが根本的に欠落していないでしょうか。どう考えても、この人事には首を傾げるばかりです。竹下氏の裏の顔を知らないらしいハフポスト日本版・編集主幹で報道キャスター長野智子氏も、ザ・ハフィントン・ポストを統括する「ザ・ハフィントン・ポストメディアグループ」のプレジデント兼編集長を務めるアリアナ・ハフィントン氏も、竹下氏の新編集長就任に対して祝辞を述べていますが……。

 
・日垣センセイのツイート及び有料メルマガ「ガッキィファイター」(2016年3月6日号)から。







「ガッキィファイター」2016年3月6日号
                          通巻 第540-7号

■目次■
□連載 脳梗塞日誌(24)
 ◆4カ月のご無沙汰でした、堀江貴文さん



■■連載 脳梗塞日誌(24)■■

★4カ月のご無沙汰でした、堀江貴文さん★━━━━━━━━━━━━━━★

 公開対談が始まって20分ほど経ったころ、ごく自然な流れで彼は私に、こう訊ねた。

脳梗塞って、痛いの?」

 あ、それは考えたことなかった。同じ脳卒中のなかで、クモ膜下出血だけはものすごく痛
い、らしい。脳梗塞は一瞬で進むものでもないことが多いし、気づかない人は患者にもなら
ないわけだしさ。
 僕は、数日かけて、いまから思えば不可思議なことが連続して起きて、5日目のゴルフに
これからスタート、今朝は最高に体調もいい! と思って朝食のテーブルを立ち上がって、
バタンッと。その後は覚えてない、というパターンではなく、ほとんどすべてを覚えてる。
ただ、身体はまったく動かず、言葉もでないから意思も仲間たちに伝わらない。それを苦し
いとも思わなかったなあ。2週間は、全身が麻痺していることにも気づかなかったし。脳梗
塞の人から、痛かったっていう話は聞いたことないよ。

 結石の激痛話につながっていく。結石は、生まれて初めて昨年10月にやった。三大激痛
は中身がよく入れ替わるのだが、妊娠経験者を含めても「結石」だけは不動である。私のも
の(笑)は、直径3ミリだった。結石が体内から出ていくときは気づかなかったくらいだか
ら、小物ぶりがうかがえる。堀江さんは15ミリだったという。大物だ。負けた。こんなと
こまで完敗である。

 脳梗塞を含む脳卒中では、少なからず記憶、感覚、性格なども変化させてしまうこと――
という知識を前提に、彼はこうも問うた。

 「日垣さんはユーモアやサービス精神、ぜんぜん変わってない。奇跡みたいなもんだね」

 えっ、そうなの? 堀江さんの思いやりなのかな? それとも「皮肉」や「笑いながら痛い
とこをつく」や「ブラック好き」も本当に変わってないのかなぁ?
 脳梗塞になったあとで、私はとても楽天的になった。そうあってくれなかったら、生きて
いた自信がない。

――相変わらず質問も答えも楽しく、深い人だ。世の中にはプライドだけはあっても、質
問が陳腐すぎる人も多く、薄っぺらな配慮なるものから訊ねない人も山ほどいる。そんな配
慮がなんぼのものか。彼は聞きたいことを聞き、話したいことを話す。
 著名な知識人には、他人の話を聞いてんのかヲイッ、という才能あふれる御仁もいるよな
あ。日本総研理事長の寺島実郎さんとか、なんでもよく知っている大前研一さんとか――。

 堀江貴文さんと前に公開対談(ネット4局の中継と録画も)したのは、課金秘話、国内外
メルマガ裏話、アイデアをすぐ形にするあたりまえの方法などについて多岐にわたった。
昨年10月半ばのことである。前回は堀江さんがホスト側、今回は私がホスト側だった。

 前はラクだったよなぁ。聞かれたことに答えて、進行もお任せだったからね。今回は、病
院の長期収監者と、刑務所ステイ者との、自慢大会である。違う。タイトルは「闘う人生!」。
長期では病院も、ルールが細かったり、自由がなかったり、性格がぶっ飛んでいる受刑者や
患者もおり、80〜90代特有の問題もわりと似ている。理不尽な体験を超えてきた人は、皆
というわけではないにせよ、ちょっとしたところでも優しい。時間をかけるわけではなく、
さりげなく――。

 この会場まで来るのに私は大勢の人たちの世話になっている。事務方や医師やリハビリ・
スタッフは、初外出時にも全面的な支援をしてくれた。初回は2月6日だったが、2度目の
今回はだいぶ事情が異なっている。前回は全行程と、私が話をしているときも、ずっと車椅
子だった。公開対談の今回は、廊下だけは車椅子でも、それ以外は歩くことになっていた。
私の、かねてからの目標だったのだ。アン王女(私のチーフ理学療法士)を始め緊張感がみ
なぎっている。その日だけ、ではない。大きな中間地点だった、ずっと前から。

 知能指数が50を切っていた昨年の12月19日に、堀江氏対談当日への「外出願い」を提
出したのである。病後、初めて原稿が書けた日の5分後だ。ほぼ全部のスケジュールをスタ
ッフにキャンセルしてもらったが、この日の公開対談は残してもらった。12月19日まで
は、書くことに全力をあげていたから、まだ話すことはろくにできず、もちろん歩くどころ
の騒ぎではなく、車椅子も操れなかった。そもそも予定を考えるにも、1日しか自分のキャ
パが及ばない。
 だが、この日までには、とにかく対談ができるようになろうという目標を立て、欲張りに
も会場の入り口から場内を歩いてマイクの前に、そして普通の椅子に腰掛けたかった。何か
とてつもない中間目標が欲しかったのだと思う。

 一方的にマイクで話すことは、2月6日に、どうにかこうにかできたとしても、対談者兼
ホストは全く異なる。脳梗塞患者の一番不得意な「同時に二つのことを考える」どころでは
ない、公開で会話を多くの話題で成り立たせて、しかも進行のすえチラばった話を締めつつ、
観客の皆様に満足してもらう。脳梗塞患者に、そんなことができるのか。とにかく「やる」
しかない。
 では、どうやって解決したか。副産物の楽天気質で、と思うことにした。実際、見事に不
安というものがない。前からそういう傾向はあったものの、歩けもしない、話せない、大好
きなメモもできない、という状況下にあって、少しも動揺がなかった。これ幸いである。

 もちろん、堀江貴文さんと親しいことは、個人的な事情にすぎない。初めて病後に歩く、
というような大きな節目に、たとえば近しい人の誕生日でもいい。人は弱い。助けてくれる
人の力は拒まないほうが賢明だと思う。
 その日も、大勢の助けを借りた。移動の行きのタクシーでは、×◇さんと○さん、帰りは
□△さんと○△さんに付き添ってもらった。そのバックアップなしには病院の許可はおり
ない。会場でも、恐喝兼ストーカー防止係や受付やマイク担当、下準備は全てスタッフの※※さん、
またメカ類の設置は××さん、会場提供側としても□○さん、◎□さんほか、大勢のお力をお借りした。
 恐喝犯兼ストーカー対策はマジである。1億円を受け取りに行くという、頭のいかれた予
告があったので、1階には警視庁総勢5人が控えてくれていた。ごく最近に職場を追われる
まで、現役バリバリの看護婦だったと警視庁は把握していた。住所も実名も職場も写真も手
配されたのは1月5日。あとは逮捕に踏み切るかは、警視庁の現場の決断次第。教科書に
載っているような典型的な恐喝文には笑ったものの、重い精神疾患とすれば笑えない。
 私には、そういうことに対処する能力はいま欠如している。ストーカーの来襲には慣れて
いるものの、そういうことに慣れたくはない。

 私は大メディアに顔をさらすことを7年前にやめた。メルマガ電子書籍やサロンや本
が売れ、ギャンブルは勝ち続けて、いくつものアイデアが実業になるだけでよい。堀江さん
出所後しばらく部屋に閉じこもっていた時期もあるそうだけれど、いまでは刑務所以前
の時代よりパワーが増している。私はまだ病院からの出所を果たしていない。退院ではなく
出所ね。

 より大人の貌になった堀江さんは、こうもいった。

「刑務所は、期限があるから、安心なんだよ。日垣さんの闘病は期限がない。ほんと、すご
いことです」

 ううむ。堀江さんはさらにビッグになっているね。
 公開対談の会場に入る前、控え室で堀江さんは4カ月ぶりの、私の変わり果てた姿に、少
し戸惑ったようだ。4カ月前は、こんなことは予想すべくもない。堀江貴文さんは、たった
4カ月でさらに太っていた。そっちかいっ。

 今回の公開対談は、もちろん堀江さんが華である。対談の大半は楽しい刑務所の逸話など
だった。刑務所話は、いずれ幻冬舎から対談本が出るので、ここでは紹介しない。

 実際は、私の2カ月あまりにおよぶ血の滲むような、会話と声を取り戻す特訓を経ても、
ひどい声だったと思う。それでも対話が成り立ち、1部終了後には1時間、ディスカッショ
ンも持てたので、脳梗塞患者としては5年分を2カ月にできた気はする。本番は、これからだ。

 ×△さんは、嬉しい「誤解」をしてくれた。でも、12月から小さな努力を重ねた甲斐があった。
「会場に車椅子でいらっしゃった日垣さんが、入口辺りで車椅子を降りてステッキを手に
座席までゆっくり歩いて行かれたお姿に、私は震えました。」

 実態は、こんな経過があった。
 ◇◎さんは、こんなコメントを――。
「昨日は、△さんと共に『日垣さんお迎え係』をいたしました。日垣さんが杖をつきながら
も歩く姿を見たときは「凄まじい快復!」と驚嘆したのは言うまでもありません。
 ところで今回は、車椅子なしでもずっと通してできたかもしれませんが,△さんと印象深
い邂逅をされた理学療法士のアン王女から、「歩くのは室内だけにしてくださいね」と釘を
刺されたので、素直な我々はそれに従ったという次第です。
 第1部で入ってきた、上から下まで白づくめの女の人が結構オーラを放っていたので、
僕はマジマジと見入ってしまいました。漫画家の、◎×さんでした。」

 いまの私に対する補助スキルを×さんと□×さんに教える直前のアン王女には、恐妻家
の×さん(仮名w)の話なども、今日の天気を語るように暴露する私であった。信じないで
ね、奥様、こんな駄話。

 その×さんのヒソヒソ話――。
「昨日の学習会、前回と同じく、病院へのお迎えから始まったので、かなり緊張して参加さ
せて頂きました。
 病室に入って、スーツで立っていらっしゃる姿を拝見した瞬間は、感動して、涙が出そう
になりました。
 車椅子に乗られて動き始めるころに、付き添いの若い女性(美形)の理学療法士の方に、
『この人(×)は、奥さんの他に恋人もいるんだよ』なんて、よけいなことをおっしゃって
頂いて非常に困りましたが、□☆さんのおっしゃるとおり、『頭脳とユーモアが健在』いや、
ますますパワーアップしている様子の表れと思い、嬉しかったです。
 堀江さんも気遣っていらっしゃったと思うのですが、頭の回転が尋常でなく次々と話題
が出てくる堀江さんと休みなしで2時間も話されたのは【脳梗塞患者としては?】すさま
じいまでの集中力だと思います。日垣さんは、数分だけしかお休みにならないで、第2部で
1時間しゃべられたのが驚異です。

 第2部では、以下のことが特に印象に残りました。

●情報は多い方がいい。
●「みんながこうしているからそうする」という人は決してよくなっていない。
●「長嶋さんが毎日4時間トレーニングするのなら、自分は15時間やらなくてはいけない。
「長嶋さんが4時間なら自分は3時間でいい」と思っている人が多い。これが世論という
もの。(後略)」


 第1部の2時間あまりは、この病の初期には絶対的に不可能とされるものだが、とにか
く皆様に楽しんでいただきたかった。
 第2部の休憩時間は、控え室のソファで、失神したような気がする。普通の人にはトレー
ニングとすら見えないリハビリも、10分〜15分で休憩を入れるケースが圧倒的だ。
 当時はいつもどおり朝6時から始め、12時25分まで歩きの正規の練習を続け、左手だ
けでスーツに着替えて、タクシーで5分の会場に向かい、夕方は5時から訓練を再開した。
懲役刑みたい。

 気になったのは、私の壊れたボイスだった。
 ×☆さんが、こう書いてくれた。

「日垣さんのまっすぐに伸びた背中を見て安心しました。それ以上に落語家のような語り
口に思わずうっとりしてしまいました。堀江さんの話も大変興味深く面白かったですが、終
始日垣さんの声色に魅せられた2時間でした。」

 皆様。ほんとうに、ありがとうございます。昨年の12月に、2月末から3月初旬にかけ
て、ここまでは、と50まで下がった知能指数で熱く決意していたころ、私を毎日ずっと見
ていた家族は「車椅子も、無理かもしれない。人前で話すのは、まして――」と覚悟していた。
 無理もない状況ではあったのだ。
 また、新たな悪あがき、間違い、地味ながらも着実な、前よりアップ、その程度にはなるからね!


 では、また!


 相変わらずグダグダと説教臭い自慢話を垂れている日垣センセイですが……「恐喝犯兼ストーカー対策はマジである。1億円を受け取りに行くという、頭のいかれた予告があったので、1階には警視庁総勢5人が控えてくれていた。ごく最近に職場を追われるまで、現役バリバリの看護婦だったと警視庁は把握していた。住所も実名も職場も写真も手配されたのは1月5日。あとは逮捕に踏み切るかは、警視庁の現場の決断次第。」とか、被害妄想じみていて嘘くさいなあ。

 最近は、個人的に日垣センセイの脳梗塞(?)云々について、詐病というよりもミュンヒハウゼン症候群を疑っていますが。とにかく、慢性的に平然と息を吐くように嘘八百を連発するのが日垣センセイの十八番ですから。どこまで信じればいいのか。正直なところ、未だに半信半疑です。虚偽申告をしてでも、他者からの同情を強く欲するのが、アレ疑惑の特徴とはいえ。

 尚、ジャーナリスト財部誠一氏も脳梗塞で倒れて、日垣センセイと同じ病院に入院してリハビリに励んでいたそうで、その時の闘病記の連載を開始しています。流石に商業媒体での連載のため、こちらの方が実体験に基づく有意義な情報がちりばめられています。財部氏本人の入院先での写真も添えられていますから、信用できます。日垣センセイが本当に書きたかったのは、こういうレポートでしょうが。

財部誠一「帰還?脳梗塞との闘い365日の記録」:nikkei BPnet 〈日経BPネット〉


日垣隆の家族構成

 本題。以前、日垣センセイの実家の家族構成について、エントリーにまとめました。

デート・ア・ドライブー検証・日垣隆「日垣家の謎」 - KAFKAESQUE(日垣隆検証委員会)

 その後、今度は別のエントリーで日垣センセイの御家族についても少しだけ触れましたが、改めてここで整理していきます。

Dimension H 日垣隆関連情報まとめ(その四) - KAFKAESQUE(日垣隆検証委員会)

 これまでの日垣センセイのメルマガ、FB、著作の他、ネット上で明らかになっていた(公開されていた)情報をベースに、日垣センセイの御家族の構成について簡単にまとめると、このようになります。

夫 日垣隆 (1958年7月30日、長野県長野市生まれ。作家・元ジャーナリスト

妻 不明(2005年前後に離婚?)

長女 本名1982年生まれ*1。高校時代、女優として1999年にTBS系列で放映されたドラマ「魔女の条件」に出演歴の情報が。オーストラリアシドニー近郊の高校にも留学していた*2。現在は結婚し、息子が一人いる。)

長男 本名1984年生まれ*3。某農業高校*4を経て、新潟大学*5に進学。学生時代は、複数の空手マラソン大会に出場経験あり*6。現在は首都圏某所に在住?)

次女 本名1987年生まれ*7某農業高校*8を経て、東京農業大学に進学。現在は関東地方某所に在住?)


 日垣センセイは脳梗塞(?)で倒れて、現在は入院先でリハビリに励んでいるという設定ですが……今のところ、元妻や子供たちが誰一人として見舞いに訪れたという話はおろか、気配さえありません。矢張り日垣センセイが何らかの理由で、家族と疎遠になっているらしいのは確かなようです。


★参考文献

ミュンヒハウゼン症候群 - Wikipedia

財部誠一「帰還?脳梗塞との闘い365日の記録」:nikkei BPnet 〈日経BPネット〉

伝説の勇者の伝説 第1巻 [Blu-ray]

伝説の勇者の伝説 第1巻 [Blu-ray]

伝説の勇者の伝説 第12巻 [Blu-ray]

伝説の勇者の伝説 第12巻 [Blu-ray]

*1日垣隆父親のすすめ』(文春新書、2006年9月20日第1刷発行)P11

*2最初で最後の自己紹介 | ガッキィファイター 日垣隆『何でも買って野郎日誌』(角川書店平成13年11月30日初版発行)P32、P49〜57

*3日垣隆父親のすすめ』(文春新書、2006年9月20日第1刷発行)P11、日垣隆『何でも買って野郎日誌』(角川書店平成13年11月30日初版発行)P33

*4日垣隆父親のすすめ』(文春新書、2006年9月20日第1刷発行)P150〜152、P156〜159、日垣隆『何でも買って野郎日誌』(角川書店平成13年11月30日初版発行)P63

*5第5回北信越地区大会

*6ページが見つかりませんでした – 新潟シティマラソン no title 東日本国際親善マラソン、東日本ハーフマラソン、神奈川マラソンの告知サイト | ランニング神奈川 no title

*7日垣隆父親のすすめ』(文春新書、2006年9月20日第1刷発行)P11。404 Not Found 404 Not Found 404 Not Found

*8日垣隆父親のすすめ』(文春新書、2006年9月20日第1刷発行)P130〜134 404 Not Found 404 Not Found