kagamihogeの日記

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補給戦―何が勝敗を決定するのか

最近、物流とか運送とかロジスティクスとか言われる分野になんとなく興味を引かれることがあった。んでまぁ、その辺の本を一冊読んでみようかなぁ、とネットの書評なんかをウロウロしてる内に兵站という概念に関心が移っていってしまった。それで、兵站に関する文献の書評を見ていると「とりあえず『補給戦』抑えとけ」的なニュアンスの記述が多かったので買ってみた。

さて。俺は架空戦記なんかの歴史ネタが好きなので、兵站という概念について漠然とした理解はある。ただまぁ、辞書的な定義を書けるほどの域には達していないし、兵站という言葉を聞いたこともない人もいると思う。よって、本書の冒頭にある、兵站術とは、で始まる一説をまず引用しておく。

兵站術とは、「軍隊を動かし、かつ軍隊に補給する実際的方法」との定義に到達する。(中略) この本の目的は。軍隊を動かし軍隊に補給する際生じた問題が、技術や組織あるいは他の関係諸要因の変化によって歴史的にどう影響を受けたかを理解することである。
補給戦―何が勝敗を決定するのか (中公文庫BIBLIO) 序章 戦史家の怠慢 p.10 より

本書を読んで俺が感じた「兵站」は、戦争に必要なリソースを必要になったときに必要なだけ必要な場所に用意されている状況を作ること、のように見えた。少しまえに映画ブラックホークダウンを見ていたとき、ベースに帰還したトラック群にすごい沢山の人が群がるさまを見ていて、ひとりの兵が万全な状態で戦闘可能な状態を保持し続けるのは後方に大量のリソースが必要なんだなぁ……とか本筋とはアンマリ関係ない感想を持っていた。でまぁ、やっぱりそうした体制を維持し続けるのって生半可な国力じゃ追いつかないらしい。この本読んでると、現地徴発という言葉が第二次世界大戦の頃になっても出てくるのですよ。そんくらい補給というものは一国で支えるのが労力を要するもので、ちょっと調べてみた限り、現代でも自前でやってけているのはアメリカぐらいなものらしいです。

本書ではその辺の「補給戦」を、ヨーロッパの戦史をいくつか主題に取り上げて、そこで何が起きていたのかをひたすら淡々と論じています。面白いのは、補給という字面からはある程度事前に準備しておかなければ的な響きがあるんだけど、歴史を見ると必ずしもそうではないこと。「第一章 十六-十七世紀の略奪戦争 現地徴発が戦略の基本」なんて節があり、大量輸送手段は水運ぐらいしかなかったこととか、人間様の口糧よりもむしろ馬車用の飼い葉の方が大量に必要だったこととか、教科書では教えてくれない歴史がとても面白いです。

また、歴史を追ってくると輸送手段は少しずつ発展していくのだけど、新しい技術が上手いこと運用に乗るまでには数限りない困難があり、恐らく現代になっても解決されていないであろう問題がまだまだ山積みなことが伺えます。河川、馬車、鉄道、自動車、海運、航空機……本書中盤では鉄道の果たした役目について詳しく述べているのだけど、秒単位で運行される現代日本の鉄道事情が奇跡に思えてくるほど泥沼な歴史が描かれてます。更に、連続的発展があったかというと必ずしもそうでないこともまた面白い。

自動車も同様で、機動力はあるものの鉄道ほど大量輸送は出来ず自分自身が複雑な構造体なため綿密な整備や燃料を必要とすることなどから、上手いこと活用できるようになるまでのメチャクチャドロドロした歴史もまた興味深い。「第六章 ロンメルは名将だったか」では、港湾能力と港に荷揚げされた物資を戦場まで輸送する手段を欠いたがために起きた事態に対して詳しく分析している。船舶による大規模輸送から自動車によって小回りの利く輸送手段への切り替え、しかも動的に位置を変える戦場へ補給をし続けにゃならんことを考えると、当時の中の人は頭が痛みっぱなしだったろうなぁ。

そこで、補給に関して事前に入念な準備をすればそれで上手くいくかというとそうでもない歴史がある。「第七章 主計兵による戦争」では、連合国のノルマンディー上陸からドイツ進撃までを扱っている。面白いのは、補給計画の観点からそんな進撃ルートは絶対に不可能だと思われたことが実際にはできちゃったことや、無駄を省きに省いた(つもりの)計画通りに進めようとする余り逆に泥沼に嵌まり込んでしまった、なんていうどっかの業界みたいな事実が語られている。それでも連合軍が勝利を収めたのは、既にドイツが弱体化していたとかまぁ色々あるみたいなんだけど、本書では、リスクを取って行動できたかどうか・次々と起こる問題に対してリアルタイムに対処できたかどうか、とかいうみもふたもない意見を書いていたりする。

したがって一九四二年に連合軍が収めた勝利は、あらかじめ作られた兵站計画を実施したからというより、むしろそれを無視したためだと言っても、必ずしも誇張ではないであろう。結局のところ、勝敗を決定したのは、計画を無視し、その場で対策を実施し、危険を冒すだけの積極性があるかないかだった。

補給戦―何が勝敗を決定するのか (中公文庫BIBLIO) 第八章 知性だけがすべてではない p.392 より

戦争もアジャイルな方がうまくいくってか?www

「第八章 知性だけがすべてではない」では、兵站は無数の構成要素からなる数学的問題であってそれを解決できるのは情報処理機器を巧みに操る数学の天才ぐらいだろうとしている。しかし、計算が終わって完全な計画が立て終わるころには政治やら経済やら予測不能な現実に起こる何がしかの問題によって無意味と化す可能性が常にある、という指摘をしている。

兵站が戦争という仕事の十分の九まで占めている事実、あるいは軍隊の移動・補給に関係する数学的問題は、ナポレオンの言葉を借りれば、ライプニッツやニュートンのような天才にこそふさわしいという事実を無視しているからである

補給戦―何が勝敗を決定するのか (中公文庫BIBLIO) 第八章 知性だけがすべてではない p.384 より

この本での研究――「あいまいな思考」を避けようとの決意からスタートし、「具体的な数字と計算」に努力を集中した――を終えるに当たって、結局の人間の知性だけが戦争を戦う道具ではないし、したがって戦争を理解する道具でもないと認めることが適切であろう。

補給戦―何が勝敗を決定するのか (中公文庫BIBLIO) 第八章 知性だけがすべてではない p.392 より

……という、結びの言葉は実に含蓄に富むといいますか。兵站という複雑な問題に立ち向かうとき、論理的で透徹な立場を取り続けなければならないが、かといってそれがすべてではない、と言う。なんつーか、色々勉強しないといけないけど最後は勘、みたいな物言いに諧謔を感じてつい笑ってしまった。

確かに、兵站を考える上で「とりあえず『補給戦』抑えとけ」は事実かと。戦史研究関連の読み物として見ても素直に面白いので、兵站というキーワードに何か琴線に触れるものがある人にはオススメの一冊です。

補給戦―何が勝敗を決定するのか (中公文庫BIBLIO)

補給戦―何が勝敗を決定するのか (中公文庫BIBLIO)