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2014-07-24

ヴェルナドスキーの岩石理論 

 「岩石の聖書」というべきものをヴェルナドスキー(W. J. Vernadsky)が書いている。
 彼はかつてはロシアモスクワ大学の鉱物学の教授であったが、一九一七年の革命当時、ロシアより追われ、パリのソルボンヌ大学で、地球化学の講師をしていたこともあった。

 彼の名著『地球化学』は、東北大学教授高橋純一博士の日本訳もある。この『地球化学』の一書は「岩石の福音書」といってさしつかえはないものであろう。ヴェルナドスキーは、宇宙全体の高所より、地殼を構成する岩石を数量的に計算している。

 そして彼は地殻を構成する岩石が、生命そのものに同化していく深さを計量して、宇宙が「偶然の所産に非ずして、大自然を支配する秩序の生成物である」(ヴェルナドスキー著、高橋純一訳『地球化学』四四四ページ参照)と結論を与えているのである。

 ヴェルナドスキーは、まず岩石を組織する元素を六種類に分類し、(I)貴瓦斯類、(2)貴金属類、(3)循環元素類、(4)分散元素類、(5)強放射能元素類、(6)希土元素類としている。そのうち彼は元素類の約半分に達する循環元素類がすべて偶数原子番号をもつこと、最も活発に活動するものは四で割り切れるものであることに注意している。(同上二二三ページ参照)

 ヴェルナドスキーはさらに、表面岩石の九九・七パーセントは、循環元素によって構成されたものであり、分散系のものはわずかに三パーセントにしかすぎぬことを指摘している。そしてこの循環系の四十数種類のものは、生物体に集中して存在し、生物の死滅後そのあるものはまた表面岩石として残存するものであるとしている。

 すなわち今日のマンガン鉱脈も、ある種の鉄鉱も、石灰岩、燐鉱(りんこう)ヴナジウム鉱も、みな微生物の死体より化成したものであることを指摘しているのである。そして彼はいう「表面岩石と生物の和の総量とは常に相等しい」と。(同上二二三ページ参照)

 循環元素の恒数性 ヴェルナドスキーは、十九世紀流行した地殼の冷却を信じている。(同書四四二ページ)そして地殼を作成している循環元素はすべて地球が生成した日より恒数性を保っていると科学的に考えている。すなわち、地殻の約七〇パーセントを占むる酸素珪素、鉄、アルミニウムなどはもちろんのこと、海水も、炭素も、否、循環系の約四十八種の元素は、地殼において同一量を維持していることを確信している。

 その結果、これらの組成する岩石より構造せられたる生物質もまた、原始時代より今日にいたるまで量において同一量であることを、彼は主張する。(同書三一三ページ参照)
 ヴェルナドスキーは、珪素およびアルミニウムの生成する無水珪礬(けいばん)質が、不変的性質を帯びるいわゆるカオリン核を形成することを発見したことにおいて、地球化学に一大貢献をしたわけであるが、
彼は、カオリン核が
   Al2Si2O7
分子式をもち、これが変転して無水珪礬岩を組成する場合には
   Al2Si2+2nO7+2n
分子式として発展することを証明している。地殼の約六割を占むる長石はAl2Si2O15の分子式をもっていることをも彼は指示する。また彼は、環状をなす分子は、生物質の分解力がなければ容易に破壊できないと信じ、カオリン核は左の形をもっているとする。

 この環状カオリン核がもつ吸熱作用は、地球歴史に絶大なる影響を与え、地殼が今日の如き熱力学的安定性を保ち得ることの主要素は、このカオリン核を中心として発展した珪礬岩層に負うところが大であると考えている。すなわち、いわゆるスエズ博士(Hans Sues)のシ・アル層(Si-al層すなわち珪素アルミの合成層)は地球中心部の比較的重い部分の上に浮いていて、しかも吸熱作用をもっているために、灼熱の溶岩の上に熱平衡を保って、生物が安住できる場所を提供しているのである。

 この驚くべき機構は、さらに、水や炭酸ガス等、生物に必要な物体と珪礬質の関係を調べるといっそうおもしろくなる。ヴェルナドスキーは珪礬質の岩石およびコロイドが、絶対に水と化合せぬことを注意し、水の総量が、地球上において常に一定であり、海水も一定であることを、スエズのように再びわれらに注意している。

 しかし、彼はある論者のように、海水と原始動物が同一質のものであることを信じない。彼はあくまで「生物の生命は生命から出る」というレデーの原則を確信し、生物質がもつ、原子集中は、海水中における原子分散程度のものとは非常に差異があることを指摘する。(同書三二二ページ参照)
  生物質による諸元素の集中(海水に対して)
F, B, K, S………………N×101
I, .Fe……………………N×102
As, Si, P ………………N×103
Cu, Ca, …………………N×104
Zn,………………………N×105
 彼はNa、C、 Mgの濃集は認められないとしている。
 炭酸ガスに対する珪礬質の吸収力が実に絶大なることをヴェルナドスキーは、われらに注意し、土は呼吸すると考えている。海水および淡水が、炭酸ガスを溶解することをもあわせて考えてヴェルナドスキーは炭酸ガスのような植物に必要なガスを大自然が完全に調節していることに注意し、大自然の調節に生物を通しての調節に等しいとまで記述している。(同善一五三ページ三三四ページ参照)すなわち珪酸は炭酸ガスを驚くほど浄化し、地下百メートルのカオリン粘土は、全大気中の約四倍半の炭酸ガスを吸収し、その反対に火山の爆発によって炭酸ガスを空中に送還すらことを彼は記載している。旧火山の噴火ガスはほとんど九七パーセント近くまで、炭酸ガスである。新火山もそれに近いパーセントをもつことを彼はわれわれに教えている。

 かく珪礬岩石は水に対して排斥的で、炭酸ガスに対しては親和的な選択性をもつ以上、そこにある種の合目的性をもつことは否定できないのであり、それは生命に対する安住地を開拓する使命をもっていると彼は信ずる。(一三八ページ注参照)

 珪素の循環と岩石の歴史 生物に必要な、水と炭酸ガス珪素系の岩石は右のような関係をもっているが、その地殼における循環をヴェルナドスキーは次のように述べている。

「地表における生物は、珪酸の擬溶液状の水溶液、すなわちゾル状の珪素原子を絶えず吸収する。生物細胞の原形質が石英および蛋白石の微粒子を微量に溶解することさえ確かめられている。

 ある種の生物はまた固体粘土の安定なるカオリン核を破壊する機能を有し、珪素原子を吸収する。また生物の所産なる無水炭酸および水の作用によりまた生物自身の生活作用により、珪素は膠状に集中し、あるいは蛋白石となり、あるいは結晶して石英を生じ、あるいは水中にはいって擬溶液となり、さらに膠状土壌、含水珪酸苦土、粘土カオリン核を有する遊離酸等を生成する。含水珪酸苦土はまた生物化学作用により、カオリン核の破壊により珪酸から分離解放されたる礬土を吸収する」

 地質時代の経過に伴い、これらの珪酸物は変成圏に移される。そして含水珪酸苦土は蛇紋(じやもん)石、滑石、類緑泥石、緑泥石となり、最後には輝石、角閃石(かくせんせき)類に変成する。他方においてカオリン粘土は、原始の状態に復帰し、雲母、長石を生ずる。しかし、時にはそのカオリン核は破壊せられて珪質不詳の鉱物と石英を生ずる。そして蛋白石は結晶の石英に変化する。変成層の深部においては、高温高圧下における水溶液の作用によりカオリン核礬土珪酸鉱物が合成される。そしてこれは溶融せる岩漿(がんしよう)中において大規模に行われる。かくして太陽エネルギーに岩漿の力をかりて、地殻の主要部分を占むる珪素の循環は永逮に継続する」(ヴェルナドスキー著高橋純一訳『地球化学』一九三―四ページ参照)

 岩石は生きている ヴェルナドスキーの『地球化学』を読む者は、岩石がその循環性と活性物質により。生き生きしていることに気がつくであろう。彼はソ連レニングラード生物地球化学の研究室を主宰していたというから、地殼岩石と生物との関係については、実に明確なる知識をもっている。

 彼はアフリカより紅海を越えてアラビアに飛ぶ直翅(ちよくし)類の総量が巨額の重量に達し、4.40×107キログラムに及び、五、九六七平方キロの面積をおおったと報告した英国の博物学者カルーサーの記録を再録し、これは十九世紀中、百年間に採掘精練された銅、鉄、亜鉛の総量4.47×107に相当すると記載している。(同書六一ページ参照)

 その他、彼は微細生物の生命力の旺盛なることに注意し、コレラ菌は音波の速力をもって増殖し、珪藻はなんらの障害なき場合八日間に地球の全容積に等しくなり、滴虫の一種パラメシウムは五日間に地球の105倍の容積となることに注意している。

 そして彼は生物質が地殼変動のよき調節者であることに注意している。またそれと同時に、大自然そのものが、生命力とほとんど同じ調節力をもっていることも、彼は忘れない。こうした見地から彼はロレンス・ヘンダーソン(L. Henderson)とともに、新しい目的論的立場より地球化学を説明せんとしいてる。

 新しい目的論 ヴェルナドスキーはへンダーソンの思想を次のように理解する。
「――近年米国の生理学者ヘンダーソンによって明確かつ徹底的に表示された、興味ある思想はいまや生物界の通年を覆すの観がある。彼は単に水の生物に対する密接なる関係を指摘するにとどまらず、他の幾多の化合物中にあっても、水が独特の地位を占むることを示した。実に水はその物理的、化学性質により、生物の生存に対するきわめて重要なる固有成分というべきである。

 他のいかなる化学成分といえども、その生物に対する関係において、とうてい水に比肩しうるものなく、水のみがその性質によって、宿命的に生物に結びつけられるものである」
 この思想は、十九世紀の前半に行われたる昔の目的論的思想の新しき形式において再生せるものとみることができる。目的論思想とは万有自然界の総合的調和を意味し、宇宙万有の秩序は単なる偶然にあらずとなすものである。
 ここにヘンダーソンの一節を引用すれば、

「――世界においては、現代の科学が示すように生物は水をその最も重要なる要素としてあらかじめ生物のために造られた環境に生き、かつ全くこれに適応するものである。――水自身も、その宇宙進化によって生じたように、生命のあらゆる現象に適能し、しかもその適能性は、生物がその進化の道程によって獲得したる適能性に比し、なんら見劣りしない重婆な意義をもっている。――」

 以上は目的論といわんよりむしろ経験的理論であり、生命の研究および理解に対する重要なる事実である。地殻は単なるその材料の乱雑なる集塊ではなく、複雑ではあるが、規則正しい撰択機構を有することを証示する。
「生命現象の作用は、地殻と密接なる関係をもち、その根源は単に長年行われてきた生物繁栄現象のみならず、地殼自身の地質的発達現象にこれを求むべきものであろう。そしてその根源は最近においては、地殻原子組成に求められるにいたった」(同書一四一―二ページ参照)

 かくヴェルナドスキーは地球化学を通して、地球を形成する岩石が生命そのものと密接なる関係をもっているいることをわれらに教え、生命に対して岩石のもつ合目的性を新しい内容をもって教えてくれるのである。
 〔注〕火山の効用 わが地球においては一平方マイルにある窒素
 の量は火星全体の窒素の量の四十倍あるのだ。もう一つの最も重
 要な植物の食物はわが地球の火山が地上の植物に与えてくれる二
 酸化炭素である。もしこの二酸化炭素の供給が、わが地球の植物
 に絶えるならば、わが植物界は全滅し、その結果は地球上におけ
 る人類および動物生存の終わりとなるに相違ないのである。火星
 わが地球よりも年齢が古く、また現在においては火山の活動はあま
 りないことは明らかである。その時は二酸化炭素は非常に必要で
 なければならない。(『ユースコンパニオン』一九一三年九一号六
 三九ページ。ピカリング著『火星』一〇―一一ページ)

2014-06-12

新川貧民窟の二十日 山室武甫

新川貧民窟の二十日   山室武甫

  新川行の由来

 其は大正十年で、今から約三十年前の事である。賀川先生の「死線を越えて」は、驚異的な賣行で、劇化され上演された。近刊の続篇「太陽を射る者」も凄しい賣行を続けてゐた。其夏神戸川崎三菱の職工約三萬の大勞働争議に於ける先生の鮮かな指導振は全國に傅へられて、先生の名馨は一時に高くなった。その少し前東京の警醒社から黄色い表紙で四六判百頁程度の多分「自由組合論」といった先生の著書が出て讀んだ。神戸の大争議の際も、先生の思想は此書に記されてゐる通だから安心して可なりと、友人とも話し合った。

 常時私は同志社大學豫科二年生で思想的信仰的に動揺期に在った。其頃京都市七條の貧民窟(當時所謂「特殊都落」)に小林輝次といふ京大出身の法學士が一戸を借りて住み、京大大學院に籍を置きつつ、大阪大原社会問題研究所に勤めて居られた。私は小林氏と親しくなり、チャールズ・ブースがやった様に一緒に此の地区を組織的に研究してはといふ事になり、同居しようとしたが、私が修道するとでも思ったのか近所の連中が反對して思はしく行かなくなった。御存知の通り彼等は悉く熱心な真宗門徒なのである。丁度其頃京都の公會堂で水平社の創立大会があり、私も出席した。喜田貞吉博士の部落に關する歴史的研究も刊行され、彼等に對する社會の同情と關心とが高まりつつある際であった。私は京都市内の部落は悉く訪れた。小林氏が私の事を賀川先生に話して下さったら、冬休に新川に来て見ないかといふ話があったさうだ。他方十一月五日大阪で催された全國社會事業大會で父軍平が先生と邂逅した際に、其の話が出て先生の快諾を得た。

  先生と私

 抑々私が賀川先生の名を初めて耳にしたのは明治四十三年の初頃であった。其年一月廿三日に東京府豊多摩郡千駄ヶ谷町八四二番地(現在の渋谷省線代々木驛附近)の私共の家が焼け、同町五三八番地に移った。其から間もなく或日の午後、京橋銀座二丁目に在った救世軍本營に父を訪れると、「之は賀川といふ方からお前に下さったのだよ」と言って、新刊の賀川先生著「友情」一冊と、ネルの茶か青の縞のシャツとを渡された。「友情」は先生の處女作で、表紙や挿繪の水彩畫も先生の筆に成り、少年少女にダビデヨナタンの美しい友情を描いたものであり、警醒社發行であった。巻頭には父の序文があった。

 私は前年の夏休と冬作とを大阪博愛社で過し、小橋勝野夫人(實之助未亡人、現社長)から賀川先生や姉上榮子さんの若い頃の噂を聞いた。叉、神戸救世軍小隊で曹長を勤めてゐた宇佐早出彦氏宅でも先生の噂を聞き、「涙の二等分」も手にして見た。博愛社はや聖公會系統であるが、理事の一人なる名出保太郎氏や、博愛社教會や小學校を助けられた側垣基雄氏が牧して置られた大阪川口教會で賀川先生の講演があった。私も博愛社の職員の方と一緒に出席した。

 先生の講演中、三高から大學行を断念して救世軍士官となり、日本を救ひたいからとて三晩電信柱の下に寝た一宮政吉氏(後にホリネス派に轉ず)の話が出た。ブース大将は一億圓を投じたが、倫敦貧民窟の激化は仲々思はしく行かなかったといふ様な、貧民窟軟化の困難にも言及された。救世軍は間口を廣くして多くの人々に接するが、叉ぢきに行かれて了ふ。この川口教會の様に、奥まった處で深く養ふ必要がある。其點此間救世軍の矢吹中佐に會っ忠告した。といふやうな御言葉があった。勿論私が其席に在った事は、先生が御存知の筈はないし「雲の柱」の發行」迄に詳しい。

 女學生達は裏通の、先生が最初に住まれた家と他の二軒の壁を打抜いて一つにしたものに、賀川夫妻等と一緒に泊った。私に表通にあったイエス團の事務所の二階に寝泊りした。此處は階下が教會や診療所に充てられ、階上は一部屋程の事務室で、テーブルが二つ三つあり、先生の豊富な書棚があり、叉資料を分類して入れる抽斗が多数あった。

 私は窓寄りのテーブルの一つに腰を据え、殺到してくる多くの手紙を分類整理し、叉先生の御意嚮に従って返事を出した。煩悶相談、弟子入願ひ、貧民窟入り依頼、講演依頼、金の無心、寄稿依頼、筆蹟所望等々、種々雑多であった。又新刊の「イエスの宗教と其の真理」や、「雲の柱」創刊號の發送もあった「雲の柱」によってイエスの友會の存在が天下に發表されんとしてゐた。先生は會の五綱領につき、之ならば殆ど誰も異存はあるまいと話して居られたのを思出す。

 別に賀川夫人が主宰される覺醒婦人會の機関紙「覺醒婦人」の創刊號も出た。之には亡父軍平が、救世軍の母カサリン・ブースに就いて誌した一文も載ってゐた。

 訪問客も次から次へと、ひっきりなしに押し寄せ、その用件も手紙と同様に様々であった。先生は當時屡々「Notable(有名)になると悲哀を感ずるね」と言って、悲鳴をあげられた。そして遂に事務所の階段の脇に貼紙して、先生の面會日を定め、一時来訪者の應對や相談
は、宗教上―根岸蓮治、身上―植村龍世、婦人身上―小見山富恵、勞働―行政長藏と分擔が定められた。根岸氏は元救世軍士官で救世軍を出てから早大に學んだりされた。路傍傅道等にはコルネットを吹いて助けられた。賀川先生は、求道者信仰を勤める相手には必ず、亡父軍平の「平民之福音」と、金森通倫氏の「信仰のすゝめ」とを與へられた。

 先生の知友や門下の来往も頻繁であった。改造社の山本實彦氏がこられ、母上が「死線を越えて」の劇を見た事を話された。印税の事に言及されると、先生は次から次へと事業上の必要があるので、幾らはいっても足りないと言はれた。杉山元治郎氏が来られた。日本農民組合か發足せんとし、機関紙「土地と自由」も創刊されんとしてゐた。麻生久氏が訪ねて來て夕食を共にし、私も紹介して頂いた。麻生氏は雑誌「解放」の同人であり、自傅小説「濁流に泳ぐ」で文才を顕し、叉足尾銅山の勞働争議のリーダーとして勇名を轟かした人であり、肥満して二十貫は優にある巨躯を擁してゐた。食事中の會話で、賀川先生が今年のクリスマスには貧民窟の子供等を賑う爲に一萬圓費ったと云はれると、麻生氏は「其だから社會主義者に攻撃されるんだよ」と言った。高山義三氏や日高善一氏も見えた。吉田源治郎氏と舊知であったが、一緒に連立って歩いた時、救世軍では何故消費組合をやらないのですか?」と尋ねられたのを憶出す。久留弘三氏、同志社大出身で、京都友愛會幹部たりし東氏等も来られた。

 後に評論家として名を成した大宅壮一氏は京都三高三年生で二學友と共に来訪した。彼は仲々の勉強家で、獨逸話の原書等を先生から借りて行った。三浦浩一、探田種嗣、杉山健一郎等の諸氏にもお會ひした。無名の勞働運動の闘士連もつめかけた。革命歌や勞働歌等が度々高唱された。叉、先生の書庫の書物をどしどし持出す。紛失するものも少くないので、先生は貸出簿を作って取締らねぱならないと言って居られた。

 賀川先生の二弟と、賀川夫人の母上と二妹とにもお目に掛った。現在の芝女醫はまだ女子醫専の學生であられた。馬鳥岨瓩漏依恵罎任△辰燭、馬島夫人は教會の會合にいつも見えてゐた。

 先生の書棚には、救世軍發行の書籍は大抵揃ってゐた、亡母の傳「山室機恵子」もあった。亡父が扉に自著 して贈った、「聖書餘書』(後に「民衆聖書」と改稱)のマタイ傳其他数冊もあった。書類分類戸棚の「名士の書簡」といふ抽斗を開けたら、亡父のペン書きの書翰のみが数通出て来た。亡父は不器用で、悪筆だからとて、ペンで色紙や書物の扉に書く以外は、絶對に揮毫の求めに應じなかったのであるが、賀川先生の美事な達者な揮毫には感心した。

  新川クリスマス

 神戸のイエス團の年中行事たる古着バザーがある。女學生は出品する古着の縫直しや仕立に忙しく働く。私は他の一二の青年等と一緒に、荷車を曳いて山手の篤志家の宅を訪ね、寄附の品物を頂いて歸ったのを記憶する。 先生の恩人マヤス博士の宅は山手に在り、宏荘な見渡しのよい家であった。我々は先生夫妻と共にお茶に招かれて楽しい歓談の一時を過し、美しいクリスチャン・ホームの雰園気に浸り、記念撮影もした。マヤス夫妻並に御子女は大柄で立派な髄格の持主であり、夫妻は度量の大きい、温情に充ちた方々であると感じた。

 クリスマスの前夜私は先生と二人きりで電車に乗って、神戸の市中に出掛けた。併し私は當時虚無的な思想にかぷれ、信仰が動揺してゐたので、途中でも黙りこくって、さっぱり何も言はなかった。先生と一緒に丸善の支店に這入った。先生は多分 Everymeans Library で
あったと思ふが、一揃の叢書の科學に関するものを購求された。新川の家の近く迄釆て別れた。先生は其儘どこか海岸よりの方へ行かれて祈られたらしかった。

 クリスマス當日は未明に起きて、短い祈祷會の後、一同列を作ってまだ暗い貧民窟の街路の要所要所に立止り、「もろびとこぞりてむかへまつれ」の讃美歌を歌った。キリストによる新しい解放を告げる此の歌は、最も適はしく考へられた。先生の當日のお勤めは「マグニィフィカット」と呼ばれる聖母マリヤの歌(ルカ傳一・四六―五五)に基いたものであった。

 少し離れた大きな會館で二日續いて、貧民窟の子供等を招待しての盛なクリスマス祝會が催された。下駄を包む爲新聞紙が足りなくなって、先生宅から先生が參考資料用として保存して居られた古新聞の一部を持出して運んだのを記憶する。

 賀川宅と事務所の外に、今一軒相當に大きな建物を、先生は買収された。村島氏の記録によれば「刷子工場跡に作った児童會館」であり、事務所階下の集會所よりはずっと廣かった。前述の七名の女學生の中の一二の方々が、此の建物で、多分クリスマスの頃、先生から受洗した。

  先生の雄辨

 日曜日朝は日曜學校と禮拜があり、大人の集會には關係者や外部の人々も相當多く集った。夜は先づ救世軍式に路傍傳道があり、賀川夫人其他の短い體験に次いで先生の勸告があった。先生のバスの太い聲はよく響いた。屋内の會合も、多分に救世軍の救靈會的要素をもったものだったと記憶する。

 神戸YMCA會舘で、軍備縮小大講演會があり、、麻生久、賀川豊彦、鈴木文治三巨頭の演説があった。當時勞動運動の會合には警官が臨検して高壇の一角に座を占め、「注意」とか「中止」とか叫ぷのが例だったが、此時も署長が壇上に居り、麻生氏に統いて立たれた先生も二度程「注意」を受けられた。先生は米国で生物學を研究し、發掘された古代生物の化石により、巨大な體躯で争闘の器能のみ發建した生物が絶滅するに至った跡も學んだと語られた。次いで日本が國費の半額以上を軍備に充當する矛盾を指摘し、遂には軍備の撒廢迄叫ばれた。戸口では勞働運動關係の先生の小冊子が盛に賣られてゐた。後で先生は、「日本でも軍備撒廢を叫べるやうになった」と述懐された。

 新年に室内教會(長谷川敞牧師及初音夫人)で、先生の連續聖書講演があり、プリントが配付きれ、先生は例の如く図解され乍ら話された様に記憶する記憶する。

  其他の思出

 先生が祈る爲に時々行かれるといふ神戸の水源池に一人で行って、清い空気、静かな大地、美しい景色に接して、気分を新にした。居酒屋が繁昌し、街頭で賭博が行はれている騒々しい汚い貧民窟の雰囲気とは全く異ったものであった。叉或る一日は矢張一人で大阪の貧民窟を歩き廻り、釜ヶ崎方面の木賃宿に一泊した。

 東京女子大生小岩井ゆき氏が詩に注べてゐる××の兇暴の記憶も鮮かである。毎度の事であろが、酒気を帯びて無心をし、賀川夫人の頬を殴って倒し、ドスを以て先生に、殺すとて迫った。先生はいつも逃げて暫く姿を隠されるのが例であったが、此時は遂に賀川宅に追ひ詰め、久しく粘って怒鳴り散らした。「そんな事で大親分と言へますか」といふやうな言葉が彼の唇から迸り出た。「山室君、英語の原書は自曲に讀めるかね? Classicsを讀み給え。ブラントンのRepublicやアダム・スミスのWealth of Natrionsは讀んだかね?」とて、讀書の注意をして下さった。

 皮膚病が感染するといけないと云ふので、少々遠いが貧民窟を出外れた所にある風呂屋に通った。先生と何回か一緒に入浴し、背中を洗って頂いた。「海水浴に行ったのかね? 仲々色が黒いね」と言はれた。先生の背中を洗はうとしても、どうしでも許されたかった。

 先生は何時かの講演で亡父の説教から引用し、胃病で癇癪持の男の癇癪が次から次へと傅播して行くといふ例話を語られた。

 先生は新著[イエスの宗教と其の真理」其他を、自分の悪口をいふ人には送るのだと言はれた。私は大正十年夏を石井十次氏の遺業なる九州の茶臼原孤児院で過し、餘り遠くない「新しい村」を訪うた。武者小路實篤氏と話し合ってゐる中に、不圖氏は「賀川豊彦の繪は何だね? あんなものは書かない方がいいね」と言はれた。其を思ひ出して先生にお話しすると、「武者小路も悪口を云ふから、送らう」と答へられた。

 丁度其頃西田天香氏の「懺悔の生活」が百版以上を重ね、西田氏の名は天下に喧傳されるに至った。西田氏は綱島梁川等を通じて基督教の感化も多分に受けられた方である。私は友人に連れられて数回京都の一燈園を訪れ、西田氏のお話も拜聴したし泊ったこともあった。先生は消極的経済理論を持たない一燈園の行き方を好まれなかった。植村龍世氏が讀みたいと言はれるので、歸洛後「懺悔の生活」を送ってお借しした。西田氏と同系統の人に宮崎安右衛門氏があり、矢張同じ頃「乞食桃水」やフランシス傳を出し、私は兩著とも讀んだ。
 歸洛して下宿に戻り、學校は始った。賀川先生に御禮状を出すと、自筆で巻紙に墨書した御手紙を頂いた。父の方へも私の精紳的状態を報告する手紙が届いたさうである。(完)

賀川研究
 特志な研究者のために、極めて少数のものを残してあり
 ます。御希望の方はその旨を記してお申込み下さい。
    頒 價 第二冊一部郵税込百七十圓
    送金先 振替東京一九三八四七番
            賀川研究社

 「雲の柱」「火の柱」の舊號を求む
賀川豊彦主筆 月刊「雲の柱」
 最初の頃のもの、第一・二・三・四巻など揃ひものを望
 みますが、バラでも頂きます。
○イエスの友會機關誌「日の柱」
 第一號より第五十號まで、一部でも結構です。お譲り
 さい。
               賀川研究社

2014-05-29

『賀川豊彦セレクション勝拿佝乃念会のお知らせ

賀川豊彦は300冊前後の著書を世に問いました。賀川豊彦献身100年記念事業を実施した2009年前後にベストセラー『死線を越えて』は『乳と蜜の流るゝ郷』など何冊かの著作が復刻されましたが、ほとんどの著作は絶版のままです。
国際平和協会は昨年来、関係諸団体のご協力を得ながら電子本による復刻作業を進め、このほど小説や宗教書、経済書など10冊をDVDに編集した『賀川豊彦セレクション勝戞4000円)を出版しました。
下記の要領で出版記念会を開催しますので、出席いただければ幸いです。



 日時:平成26年7月11日(金)午後6時半−8時半
 場所:霞山会館(東京都千代田区霞が関3丁目2−1 霞が関コモンゲート西館37階)
 会費:10,000円
 土産:電子本『賀川豊彦セレクション勝
 申し込みはメールでugg20017@nifty.comまで

2014-05-28

宇宙の目的 3 宇宙を支配する整数比

 電子の内部においても、マクス・プランクの常数と呼ばれる整数の一定量6.55×10-27という宇宙究極の整数量が認識されていることは、注意すべきことである。
 歯車の研究の権威東北大学の成瀬博士は、歯車が整数の比をもたなければ、完全なものでないということを力説しているが、物象界の運行を円滑に運ぶためにも、整数の出現が必要であったと考えなければならない。実際整数の出現を待たなければ、微妙な万象の運行はある目的に向かって進行せしむることはできなかったであろう。
 熱力学の世界に現われた最微の量子より大宇宙に展開する天体に至るまで、整数の支配していないところはないことを知るにいたって、われわれはなぜに結晶体が、単純な整数比によって幾何学的に組み立てられ、分子間に発生する熱量が、すべて整数の比例によって成り立っているかを理解する。つまりわれらの住む宇宙は整数幾何学世界であり、整数力学世界であるのだ。これは目的に向って選択の加わった世界であり、いわゆる意匠をもって出現した宇宙であると考えねばならぬのである。

宇宙の目的 2 水晶時計

 アンモニアの構造を研究すると、アンモニアの分子が三つの水素と一つの窒素で成立していることがわかる。さらにこの三つの水素原子が一平面上において、正三角形を作り、一つの窒素と三角四面体を作っている。その平面を基底として窒素原子が三角四面体の頂点に位している。三個の水素原子の距離はおのおの一六二八Åである。(1Åは1センチの1億分の1)
 水素原子窒素原子距離は1014Åである。だから底辺と窒素の距離はおのおのの水素原子相互の距離より約614Åだけ短い。さて、この窒素原子は底辺をはさんで正負二つの方向への住復運動を規則正しく繰り返している。つまり物理的にいえば、振動しているのである。
 この振動を利用して、水晶時計に応用すると原子時計ができるわけである。

 この振動は、一秒間に二・三八七・〇一六メガサイクル(二百三十八億七千〇十六万回)の振動を最もよく吸収する。

 注意を要すべきことは選択的にアンモニアガスが二百三十八億七千〇十六万回も一秒間に振動している波動を吸収することである。おもしろいことは、この特殊な吸収作用を利用して、水晶電気振動を正確に調節することである。水晶の薄い板を作り、これに圧力を加えると、その表面に電気が起こる。逆に電圧を珪素すなわち、水晶の薄い板に加えると水晶の板が延び縮みする。すなわち、振動を始める。これを「ピアゾ効果」といっている。結晶学でこの振動を利用したのが、水晶時計である。原子時計以外では一番正確なものである。

 まず水晶時計で振動を起こし、この波をアンモニアガスを入れた管に通すのである。するとアンモニアは一秒間に二万三千八百〇七・一六メガサイクルの振動だけを吸収する。

 この吸収された振動をさらに水晶時計に通じて、厳密に一定している振動で水晶時計の振動を調節するのである。それでも六年間に一秒くらい誤差を生じる。しかし、これを用いると光の速力も測定できるからおもしろい。

 われらが注意したいことは宇宙において、かかる厳密な物理的選択性のあることである。さらにまたこの選択性を幾つか組み合わすと、合目的性の機械を製作しうるということである。機械というものは、これを見ても明白なように、選択性の組み合せである。その組み合わせが、合目的性の世界を出生するということを忘れてはならないのである。

 選択性目的論理の進展 選択律を検討しているうちに、われらの気のつくことは、セント・ジョージがその『筋肉の研究』でいうように、目的性論理学を選択律の外に求むることの必要のないことである。また唯物論者がいうような、ヘーゲル弁証法だけでは筋肉の問題や、生命の問題の解明はできない。
 それを筋肉の収縮、弛緩の問題に限っても、筋肉論は決して弁証法によって発展してきたものではない。

宇宙の目的 1

『宇宙の目的』を自炊中。おもしろい内容を拾い書きしたい。

最近日本を訪問したドイツ生化学者ブテナント博士や、同じくドイツのフェリクス博士は、ともに生化学の研究から遺伝子や、プロタミンの研究を発表して、その統計的神秘をわれわれに物語ってくれた。すなわち、微視的宇宙の底に、合目的性の仕組みがあって、雌雄適合の巨視的世界の機構以上に不思議な合目的性の意匠が因子(ジーン)の世界にあることを教えてくれている。人口統計を見ると、大戦争の後には必ず男子の出生率が、女子の出生数に比較して多く、その現象が数年間継続した後、ほとんど男女がほぼ同数になると、出生する男子の増加率が止まるということも、私は不思議であると思っている。

 そればかりではない。戦闘力の弱い生物は増殖力が非常に強く、防衛力がなくとも、増殖力で種族の保存ができるようになっていると思われる。

 有蹄類など、防衛力のないものも、ほぼ雌雄同数に生んでいけば、その増殖が非常に早いために、猛獣にやられても種族の保存には困難しないのである。私には、生物界の増殖統計が、選択的神秘性をもっているように思われてならない。

2014-03-11

Cosmic Purpose」を出版

敬愛するアメリカ人のヘイスティングさんが「Cosmic Purpose」を出版した。何を隠そう、賀川豊彦の『宇宙の目的』の英訳だ。今、僕はその『宇宙の目的』の電子化を進めていてほぼ完成に近づいている。賀川が1960年に亡くなる数年前に脱稿し、毎日新聞社から出版した著作で、ある意味で賀川の人生観というか、宇宙観を書き表したものであり、今読んでも示唆に富む知見が溢れている。毎日新聞社の本の表紙には「Purpose of Universe」とあるが、ヘイスティングさんの「Cosmic Purpose」の方がダイナミックはイメージがあっていい表題だと思っている。
https://wipfandstock.com/store/Cosmic_Purpose/f:id:kagawa100:20140304102246j:image:medium:right