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Think Kagawa 賀川豊彦を考える RSSフィード

2009-03-10

グラミン銀行が提起する新しい方向 ユヌス氏 in Kobe(1)

 銀行システムのおかしさは貧しい人に貸さない、女性に貸さないということである。私はそれがおかしいと考えた。だから、マイクロクレジットを始めるときに半分は女性に貸そうと思った。
 ところが実際に村に行くと、女性は「いらない」といった。理由は「お金に触ったことがないから」「お金は主人が管理している」というものだった。だから貸してくれるなら夫に貸してくれというのだった。本当に村の女性たちはお金を扱ったことがなかったのだ。
 学生たちは不満だった。「女性を忘れよう」とさえいったが、私は「いやそれでもやる」といった。
 忍耐強く続ければ誰かがトライするかもしれない。突破口が開かれれば次々と借りる女性が生まれ、参加者が増えるかもしれないという期待があったからだ。現実にはそうなるのに6年の年月がかかった。6年で女性の利用者が半分になり、学生達も喜んだ。
 女性に貸すことでおもしろいことも分かってきた。女性に貸せば、家庭にベネフィットをもたらすし。子どもたちの生活も向上した。女性に小さなお金を与えれば、全力でそれをうまく使う、そんな能力を持っているのだ。逆に男のお金を持たすと「今日」を楽しもうとするのだ。
 グラミン銀行が軌道に乗って「男女比を50%ずつにする」方針にこだわる必要はない、女性に力を入れようということになった。女性の比率が60%になり、70%に増え、現在800万人に利用者の97%が女性になっている。
  よくグラミン銀行の成功の秘訣を聞かれる。とりたてて調査したわけでもないが、普通の銀行と反対のことをしただけなのだ。金持ちではなく貧しい人たちに貸した。男ではなく女性に貸した。都市部ではなく農村部で貸した。それから銀行員はオフィスではなく利用者の戸口に出向いた。それだけのことなのだ。われわれには契約書もないし、問題が起きたときのための弁護士もいない。信用すれば信頼されるわれわれの関係である。グラミンは800万人の貧しい人々が株主として所有しているから、利益は彼らの処へ配当される。
 ただ利用者に約束させたいくつかの点がある。子どもを学校に通わせた。上級学校に行くようになれば奨学金もあるし、教育ローンもある。現在3万5000人が利用している。楽しいのは読み書きの出来ない両親から大学生も生まれているということである。
 15年前にグラミンに参加したある主婦は、生活のレベルがあがり、娘が学校へ行き、22、3歳になるのだが、その娘がいうには「わたし医者なんです」。なんということか。この主婦も医者になれたかもしれない。社会的チャンスが与えられなかっただけだったのだ。
 人々はなぜ貧しいのかという設問がある。彼らが怠惰だったのか、頭が悪かったのか。否そうではないのだ。貧困は自らつくったものではなく、社会的原因はシステムにあるのだ。そのシステムを変えるにはどうしたらいいのか。制度や政治をどう変えればいいのか。銀行システムを見てみよう。バングラデシュの3分の2の人がそのシステムの外にある。だからお金を貸してもらえない。それが現実だった。
 今日、そのことは特別の意味を持っている。経済危機で多くの大銀行が溶けてなくなってしまったではないか。金持ちにしか貸さなかった大銀行がなくなり、グラミン銀行は危機の後もうまくいっている。
 これまでのビジネスではコンセプトが一つしかなかった。最大限の利益を求めるという。そのコンセプトの上をみんなが走ってきたのだ。われわれ人間は機械ではない。誤解が生じている。お金がロボットをつくっているのだ。もう一つの道はないのか。だれだってお金は欲しい。だがそれだけではない。われわれにとって人助けも楽しいのだ。
 経済理論は「セルフィッシュ」を基礎につくられている。「セルフレスネス」の上に経済を作れないのか考える必要がある。他のためのビジネスをわれわれはソーシャルビジネスと呼んでいる。お金のためではなく社会の問題を解決するためのビジネスなのだ。
 多くの人が不思議に思うだろうが、よく考えれば、われわれは何百万ドル、何億ドルを寄付しているではないか。そのお金をどうして投資できないのかという問題提起なのだ。チャリティーは帰ってこないが、ソーシャルビジネスは「リサイクル」する、もっとパワフルなのだ。エンドレスでもある。

 多国籍企業がわれわれの活動に理解を示し、実際に合弁を組むようになって世界はようやくソーシャルビジネスに注目してくれるようになった。グラミン・グループは数年来、フランスダノンと食品会社を経営している。最初にかわした契約には利益を取らないことがうたわれた。もちろん投資は回収できる。栄養不足の子どもたちのために安価だが栄養価の高いヨーグルトを製造販売している。貧しい人たちも買える価格帯である。このヨーグルトを週2回食べると健康体になる。会社の目的は子どもたちの健康維持である。

 最大利益というメガネを外してソーシャルビジネスのメガネをかけると世界が変わって見えるはずだ。たとえばヨーグルトづくりでダノンとこんなやりとりがあった。

ヨーグルトの中身がよければ容器はどうでもいい」
「いやプラスチックの容器では環境によくない」
「われわれは世界中でこうやってきた」
ソーシャルビジネスでやるには容器もバイオ系であることが不可欠」
「そんなもの使ったことがない」

 3カ月経って彼らが笑顔で帰ってきた。中国で見つけたというのだ。
コーンスターチの容器だ」
「それは食べられるのか。貧しい子どもたちがお金を払っているのに」
「・・・・・・」
「アイスクリームはコーンも食べられるじゃないか」

 われわれが指摘したのは、ダノンが世界中に多くの技術者を抱えている事実だ。ここへ来る前にこの話をしてきたばかりだ。「食べられるカップをつくってくれ」と。

  Grameen-Veolia Waterはフランスのヴィオリアとの合弁企業で、安全な水を販売している。バングラデシュでは飲料水の問題がある。人口の2分の1が安全な水を飲んでいないのだ。この問題を解決するため、われわれはヴィオリアとソーシャルビジネスを組んだ。1リットル=1ドルではだめ。現在、村々で4リットル=1セントで供給できるようになった。町では相変わらず1リットルー1ドルで売っている。

 ドイツのBASFとはBASFGrameenをつくった。栄養補給食品、サプリメント安価で提供したいと考えている。フォルクスワーゲンのCEOと話した際には「村人のためのビークル」を考えて欲しいと要請した。エンジンを車体から外して潅漑用のポンプの動力となったり、雨期にはボートに取り付けられる。バングラデシュはそんなマルチパーパス車を求めているのだ。

 アディダスとの話し合いでは「靴をはかないで家を出る人はいない」というミッションで合意した。1ドル以下の靴をつくったらどうかと提案している。この事業は2010年にヨハネスブルグで始まる予定だ。

 多国籍企業は膨大な技術的蓄積を持っている。ほとんどすべての問題を解決する能力をもっているのにそうしないのは「利益の最大限」というたった一つのコンセプトしか持っていないからなのだ。環境や貧困に対処することは逆に知識を増大させることにつながるはずだとわれわれは考えている。つまり双方向に利益となるのだ。

 若者は目標がないといわれる。50年前、社会主義がわれわれを魅了したが、その夢はいまなくなった。夢がなくなると挑戦をしなくなる。ソーシャルビジネスを話題にすればエキサイティングな会話が広がるはずだ。どういう問題があって、どうやったら解決できるかを考えるのだ。

 2008年は金融だけでなく、食糧の危機であり、エネルギーの危機だった。そして環境の危機でもあった。バングラデシュ環境問題で危機の最前線にいる。平たんな国土が水没する危険があるのだ。(文責・伴武澄)

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