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2009-04-07

世界国家の話(1) 原子爆弾の危険 賀川豊彦

 戦争は絶滅させることができるでしょうか。ブロッホという学者は「科学が発達すれば、自然に戦争はできなくなる――」と申しました。この予言は或る点までは的中しました。原子爆弾水素爆弾が出来たというので、米ソ戦争もないだろうといわれているのでもわかりましょう。

 もちろん、わずかなことで戦争を始めはしなくなるでしょう。その代わりもし一朝、戦争が始まったとなったら、それこそ大変です。広島長崎にたった一発の原子爆弾が落ちたばかりに、30余万人の人間の生命が奪われ幾十万人の人間が傷ついたといいますが、その後、原子爆弾の性能は十倍、百倍に進歩したといいますし、水素爆弾はケタはずれに猛烈だといいますから、東京ぐらいの都市も2、3発の原子爆弾で吹っ飛ばしてしまうでしょう。若し今のうちに何とかしなければ人類は原子爆弾のために絶滅する日が来るに違いありません。

 またノルマン・エンゼルという人は「だんだん戦争が大きくなると、戦争の費用が増加して行くから、その経済上の重荷のために、戦争は不可能になる」といいました、しかし、
 人間は、人道のためだなどといって戦争をするほどですから、戦費がかさむというような経済的重荷によって、多少、戦争はしにくくなっても、このことだけで、戦争がなくなるということは考えられません。

 「戦争は絶滅できないが、人間の社会進化の上から戦争は減る」という説を立てた学者があります。昔は種族間や、封建諸侯の間で戦争が行われましたが、次第に、そうした小さな戦争はなくなって一国と一国との戦争となり、さらに近代になると、二度の世界大戦のように、一つの国家群と他の国家群が戦うようになりました、つまり戦争も進化して来たのです。しかしこれは小粒の戦争が頻発しなくなったというだけで、大戦争はなくならないのです。

 従って一度戦争が起こるとなるとそれこそ大変です。世界は今二つに分かれて冷たい戦争をしているといわれているのですが、この二つがそれぞれ原子爆弾水素爆弾をもって戦うことになれば、人類は絶滅し、平和が訪れた時には、地球上は人間の墓だけが残るというようなことにならぬとは、誰が保証できるでしょう。一寸、考えただけでも身震いがするではありませんか、われわれは何とかして戦争をなくする方法を考え出さねばならないのです。

 昔から多くの学者が頭をしぼって、どうしたら戦争を不正で永久平和が実現できるかということを考えました。アリストテレスという学者などは「武力か政治力で世界を統一して世界帝国を建設せよ」といいました。しかし剣を以って征服しようとする者は必ずまた剣を以って滅ぼされるのは、判りきっています。ナポレオンを見、ジンギスカンを見たら判りましょう。また文芸復興当時の哲学者カムパネラは「ローマ法王首長にいただいて、世界中の人々が、その教会の支配したに立てばいい」といいました。しかしローマ法王にその力のないことは明らかです。現に、法王治下のカトリック以外、世界には多くの宗派があるのですから。 ――

 そこで、近世になって法律学の発達と共に、法律――といっても一国の法律ではなく世界法ですが――の力で戦争をなくしましょうと考える学者が出て来ました。そのうち一番早いのは、今から320年ほど前、フランスアンリ王がまずヨーロッパキリスト教共和国を組織し、同時に最高国際裁判所を設け、国と国との紛争は此処で裁判して、戦争を未然に防止しようではないか――と唱え出したのです。
それから百数十年たって、1794年――今から156年前――カントというドイツの有名な学者が「永久平和論」を著して、すべての国家は今日のいわゆる民主主義の制度をもつようにすると共に、一方、各国が互いに協定を結んで、
 平和を保障するため、国際連盟を組織せよ、といいました。
 これが第一次世界大戦の後にアメリカのウィルソンによって具体化されて、実際に国際連盟が生まれました、しかし、折角のこの連盟も独裁者ヒットラーの鉄靴の下に、ふみにじられて消滅し、第二次大戦後、改めて国際連合が組織されました。此度は前に失敗しているので、その欠点を矯正し、平和と安全を維持するため、必要の場合には、経済的軍事的の制裁をとる権限を持った安全保障理事会というものを作り、これによってこれによって侵略を阻止し、世界の平和を維持しようとしたのです。

 この国連には米、英、ソ、仏、中国の5大国を始め、59カ国が参加しているのですが、5大国は拒否権というものをもっていて、自国に都合の悪い案は、拒否して成立させないので、真の平和の保障にはならない現状なのです。

 こうして、遺憾ながら理くつの上ではとも角、実際問題として戦争をこの地上からなくなすというめどが現に十分の効果を発揮できないのは、要するに加盟国がそれぞれ無制限の主権を持っていて、他から制肘をうけることを拒むからなのです。

 そこで一層のこと、各国が合意の上、主権の一部を割いて出し合わせ、共通のより高い一つの主権をつくり、人類全体を一つの世界国家に結合しよう――というのです。ドイツだ、フランスだといって、それぞれバラバラの主権をもった国家として対立し、各自の利益を主張しあうだけで、

 共通の一つの主権−一つの政府−一つの議会−一つの裁判所を持たないのでは、戦争の危険はいつまでたってもなくならないのだ。だから一思いに、国家の上の国家−政府の上の政府−世界共通の一つの政府を立てて戦争をなくそう――というのです。みなさんはどう思いますか。よく考えて見て下さい。

 私は今、ロンドンに居ますが、去年の暮れの22日の朝、羽田飛行場を出発し、4日間の空の旅の後、クリスマスの夜はロンドンに着いたのでした。

 昔、能因法師は
  「都をば霞と共に出でしかど 秋風ぞ吹く白河の関

と歌いました。京都から福島県までわずか200里あまりの旅に、半年を費やした頃とくらべて何という相違でしょう。それだけ世界は狭くなったのです。

 時間的に考えると現在の世界は、能因法師の頃の日本よりも、ずっとずっと狭いと云えるではありませんか。そうです、世界は小さくなりつつあるのです。それだのに、各国が互いに垣根を高くし、目を釣り上げて対立しているなどということは、徳川時代に小さな藩が無数に分立して、互いに警戒しあっていたのと同じで、むしろ滑稽に思えるではありませんか。

 わたしたちは度量を広く持ち、国家というものの観念を地球の広さまで広げていったらどうでしょう。ほんの10日たらずで一周出来る地球です。一つの国家として考えても決して不思議はありますまい。

 世界を一つとする世界国家を作れという声は、今や世界に澎湃として起こってきて、すでにイタリアフランスでは自国の憲法を改正して、そのことを決め、アメリカなども、20幾つの州で、これを決議した程です。これは従来の主権絶対の国家観念からすれば、
 相当の飛躍で、そのため旧来の国家主義に凝り固まった人々からは「ユートピアだ」「夢だ」と反対されていますが、ユートピアであるかないかは、実行して見ることです。実現は可能です。必要は可能を生むからです。
 世界国家憲法が既に幾つか出来上がっています、その中でシカゴ大学名誉総長ハッチンス博士を委員長とする11名の学者の委員により起草された世界憲法草案は、次の4つの仮定原理から出発しているのです。

  1. 戦争は違法である。そしてまた違法とすることができる。平和は、これを世界に強制することができる。そしてまた強制せねばならない。
  2. 世界連邦政府か、然らずんば世界破滅か、この二つの他に道はない。
  3. 世界連邦政府は必要である、故に、これは可能である。
  4. 世界連邦政府と平和の価値は正義である。

 そうです。世界の情勢は今や、世界政府か然らずんば世界破滅か、というところまで来ているのです。戦争を違法とし、平和を強制せねば、世界は破滅するのです。もう世界連邦ユートピアだなんていっている場合ではないのです。ぐずぐずして居れば世界は破滅するのです。火は燃え出しているのです、この際、世界政府は絶対必要であり、これ以外に世界を破滅から救う道はないのです。世界政府と平和に同意しない者は、正義の反逆者です。世界の破滅を避けるため、わたしたちはどんな犠牲を
 忍んでも、世界連邦を樹立し世界平和を確保せねばならないのです。あなたは、そうは思いませんか。では。世界連邦政府というのは一体とういう風に作られるものなのでしょうか。

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