愛しのChet。


『Let's Get Lost / Chet Baker

 高校生の頃、同じクラスの女の子からチョコをもらった。
チョコは丁寧に包装されていて、自分で編集したカセットテープが添えられていた。そのテープの中にその一曲はあった。Chet BakerのMy Funny Valentine。イントロも無しにいきなり始まる、Chetの中性的なヴォーカルに虜になった。
 
同じ頃、Elvis Costelloの『Shipbuilding』という曲を耳にした。

 静かな、物悲しく美しい反戦を謳うバラードの、Costelloの語りかけるようなヴォーカルのバックで、枯れた、それでいて透明感のあるトランペットがフューチャーされていた。Chetだった。それからは来る日も来る日も、Chet漬けの毎日だった。少ない小遣いでChetのアルバムを買い漁り、しばらく触れていなかったトランペットの練習も再開した。数年後、私がChetのファンだと知った先輩から、一本のビデオテープを渡された。Chetの映画『Let's Get Lost』だった。
 
 今にもすり切れそうな、輸入版をダビングしたテープには、当時の若者のアイドルとまで言われた、颯爽とした美しいChetと、ドラッグに溺れ、かつてその美貌を誇ったであろう顔に、深いシワと時間を刻み込んだ現在のChetが交互に映し出されていた。そのとき初めてChetが既に亡くなっていた事を先輩から聞き、愕然とした。
 このアルバムは、その映画『Let's Get Lost』のサウンド・トラックであり、おそらくChetの最後のスタジオ録音である。数あるChetの作品の中で、本作は決して優れた作品ではない。演奏も精彩を欠く所があるし、Chetのヴォーカルにも張りが無い。しかしこのアルバムを聴くたびに、本気でChetに逢いに行こうとさえ思ったあの頃を思い出す。破滅の人生を歩んだChetの、最後の煌めきのような何かが、にじみ出ている気がして、ふと思い出したように聴いてしまう。たぶんChetはいつまでも私のヒーローであり続けるだろう。ラストのCostelloのカヴァー、『Almost Blue』が物悲しい。

Let's Get Lost - Chet Baker - Bruce Weber film

チェット・ベイカー・シングス

チェット・ベイカー・シングス