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2007-09-10(月)

 サラリーマン作家なんていない。


いつも
・・・という訳ではないですが、ラノベを読んでいて時々感じる事があります。それは・・・。

「この話を書いた作者の人、本当に自分で書いた作品が『最高に楽しい作品だ』って思っているのだろうか?」

って事です。

たとえラノベでも
沢山読んでいると、

「ああ、この人は(職業/生活/サラリーマン)作家であって、(エンターティナー/アーティスト/芸術家)作家ではないのだな」

という感触を持つ事があるからです。・・・もの凄く大まかに分類すると私はそういう人の作品があまり好きではないようですね。

だからきっとこんな事を言いたくなるのだと思いますが。

 うん、いいたいことはわからなくはない。

 たしかに、世の中には鋭く尖がった作品もあれば、もっと娯楽小説のフォーマットに忠実な作品もある。そこらへんはライトノベルでも変わりはない。

 桜庭一樹あたりでたとえるとわかりやすいかな。

GOSICK―ゴシック (富士見ミステリー文庫)

GOSICK―ゴシック (富士見ミステリー文庫)

 『GOSICK』は広い読者層を意識したウェルメイドな秀作、

砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない (富士見ミステリー文庫)

砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない (富士見ミステリー文庫)

 『砂糖菓子の弾丸は撃ち抜けない』は作家の情念が噴出した尖がった傑作。そういう印象をもっているひとは多いだろう。

 リンク先のコメント欄によると、id:hobo_kingさんは、西尾維新の、

刀語 第一話 絶刀・鉋 (講談社BOX)

刀語 第一話 絶刀・鉋 (講談社BOX)

 『刀語』は「狙った」作品、

化物語(上) (講談社BOX)

化物語(上) (講談社BOX)

化物語(下) (講談社BOX)

化物語(下) (講談社BOX)

 『化物語』は「やりたい事をやりたい通りにやってる」作品だと捉えているらしい。

 『刀語』は未読だけれど(全巻完結後に一気読みする予定)、いいたいことは、わかる。たしかにそういう印象はある。

 ライトノベルという枠を外して考えるなら、西村京太郎や内田康夫あたりが「狙った」作品を書く作家の典型的なイメージかな。赤川次郎や山村美沙もそうかもしれない。

 しかし、その印象をもとに、作家を「職業/生活/サラリーマン」と、「エンターティナー/アーティスト/芸術家」に分けることは、やはり単純すぎる見方という気がする。

 第一に、あくまで印象の問題であり、客観的な根拠がない。ある作品が読者の目を意識し、「狙った」作品なのか、それともそれを無視して好き勝手に書いた作品なのか、その作家本人しか知らないことである。

 たしかに、「いかにも売れ線を狙った作品だな」と思うことはよくある。しかし、それはあくまで読者側の想像、あるいは予測に過ぎない。

 いかにもあざとい、「狙った」作品がその作家にとって自然なスタイルということもあるし、その反対もありえるだろう。読者に見えるものは作品だけであり、作家の内心はわからない。

 また、作家の心理は作品の品質と関係がない。作品は作家を裏切る。自分では手堅く売れ線を狙ったつもりの作品が、奇奇怪怪な代物に仕上がることだってないとはいえない。

 そして第二に、「アーティスト」と「サラリーマン」を対立概念のように捉えることはいかにも素朴すぎる。

 職業として生活のために書くサラリーマン作家、そういうイメージがあることはよくわかる。しかし、じっさいに会社に勤めているひとをべつにすれば、どんな手堅い作風の作家も、給料なんてもらっていないのである。

 手堅く狙った作品が、手堅くあたるとはかぎらない。いつも狙ったものが狙ったところにあたるようなら、世の中流行作家ばかりだろう。そういう意味では、どんな作家だって、将来は予測不可能だ。

 それに、この分け方だと、やはり自分の印象にもとづいて、「サラリーマン作家」を見下しているようにしか思えない。

 たしかに、「そういう「サラリーマン作家」の人の仕事を否定する気はさらさらない」とは書いてある。

 だが、その一方で、そういう作家の書くものは「芸術」でも、「エンターテインメント」でもなく、そしてそういう作家は、「自分の能力を程よく使ってガス欠を回避」している、と定義されている。

 その根拠は何なのか? ただの印象ではないのか? また、それは古くさい文学幻想とどう違うのか?

 読者は作家の内心にまで踏み込むべきじゃないと思うんだよね。わかるわけないんだから。

 気楽な作風の作家が気楽に書いているとはかぎらない。一見ウェルメイドで安定した作品を大量生産しているように見える作家は、実は発狂寸前にまで自分を追い込んでいるかもしれない。

 「サラリーマン作家」なんていないと思う。ただ、作家がいるだけである。

*1:文章はそのままですが、書式はちょっと正確に模倣できませんでした。全文はリンク先を参照して下さい。