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Something Orange このページをアンテナに追加

2008-03-07(金)

大長編マンガは展開が遅くなる宿命にある。


 十六年ほどジャンプを読み続けている人間として実感しているが、ここ数年のジャンプの出来はひどい。例えば、看板作品である『ナルト』と『ブリーチ』で、一つの戦闘につき形勢逆転が最低四回起きるというのがテンプレート化している。『ワンピース』でも、一つのエピソードの分量が明らかに長大化している。これは構造的欠陥といって差し支えないと思う。

 たしかに最近の『NARUTO』や『ONE PIECE』は展開が遅いですよね。

ONE PIECE  1 (ジャンプ・コミックス)

ONE PIECE 1 (ジャンプ・コミックス)

 『NARUTO』はかなり適当に読んでいるのであまり詳しく語れないのだけれど、『ONE PIECE』は相当に遅い印象がある。

 すでに連載は10年を超えているわけだけれど、あと10年で終わるかどうか、微妙なラインなのではないでしょうか。

 しかし、よく考えてみると、この問題はひとつ『ジャンプ』に限った話じゃない。たとえば他紙の『ベルセルク』や『はじめの一歩』なども最近は相当に展開が遅い。

 すでに数十巻も続いているのに、あと5冊や10冊ではらちが明きそうにない。一般論として、こういった超長篇作品は後半に入るほど展開が遅くなるといっていいかもしれません。

 こういうことを書くと、人気作品だから無理に展開を引き伸ばしているのだ、という意見が出てくるかもしれません。

 しかし、必ずしもぼくはそうは思いません。そもそも大長編はさらに大長編化する性質をもつものだと思っているからです。

 実のところ、マンガに限った話じゃない。『南総里見八犬伝』も『ダルタニアン物語』も、『グイン・サーガ』も、話が進むと展開が遅くなっている。

 以前にも書いたかもしれませんが、たぶん、後半に行けば行くほど説明しなければならないことが増えていくからでしょう。

 たとえば、『ONE PIECE』の場合、最初はルフィのことだけを追いかけていけば良かった。しかし、ゾロやナミやサンジが仲間になると、かれらの見せ場も描かなければならなくなる。

 それぞれの過去に何があったか描く必要もある。その頃エースはどうなったか、ということも気になる。必然的に時の流れは遅くなる。

 その事態を阻止するには、いくつか方法がある。たとえば、話が進むあいだにどんどん人物を減らしてしまうとか。風太郎忍法帖のやり方ですね。

バジリスク~甲賀忍法帖~(1) (ヤンマガKCスペシャル)

バジリスク~甲賀忍法帖~(1) (ヤンマガKCスペシャル)

 それから、話に区切りを設けて、それまでの物語を清算するというやり方もある。いちばん有名なのは『ジョジョの奇妙な冒険』でしょう。

 『ジョジョ』ではそれぞれのエピソードに少なからぬ謎や伏線がのこっていても、一定のところで終わりにして仕切りなおしている。こうすることによって、大長篇を長篇の連作として組み立てなおしているのだと思う。

ジョジョの奇妙な冒険 (1) (ジャンプ・コミックス)

ジョジョの奇妙な冒険 (1) (ジャンプ・コミックス)

 また、『HUNTER×HUNTER』のように、物語に絡まない人物は一切無視してしまう手もある。しかし、いずれにしろ、大長編をテンポよく描ききることは簡単じゃない。

 そして、週刊連載マンガだけの特殊事情として、一週ごとのおもしろさと作品全体としてのおもしろさを両立させなければならないという事情もあります。

 『ベルセルク』や『ONE PIECE』の場合、ひとつひとつのバトルを大幅にはしょって、マクロな状況説明だけを続けていれば、相当に話は早く進むのではないでしょうか。

 しかし、それでは週刊連載作品としての魅力が褪せる。結局、長い作品はさらに長くなる宿命にあるのだと思います。山田風太郎方式の『DEATH NOTE』でも、後半は情報の密度がすごいことになっていました。

 それにしても、読んでいるほうがじりじりとするような展開を、一本一本線をいれて描きつづけていくあのひとたちの根気はどうなっているのだろう。

 漫画家ってすごいなあ、という結論でこの記事は終わります。