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2008-03-25(火)

本格ファンタジィの傑作!


チャリオンの影 上 (創元推理文庫)

チャリオンの影 上 (創元推理文庫)

チャリオンの影 下 (創元推理文庫)

チャリオンの影 下 (創元推理文庫)

 上下巻に分かれた作品であるが、上巻を読み終える前に確信していた。傑作である。

 作者ロイス・マクマスター・ビジョルドの名前を知っているひとは、それほど多くはないだろう。アメリカでは大人気の作家だが、日本ではそうでもない。

 すでに数多くの本が翻訳されているとはいえ、未だ知るひとぞ知る、というポジションだと思う。

 しかし――チャリオンの五柱の神々に賭けて――彼女の名前はもっと知られるべきだ。ビジョルドにはそれだけの価値がある。

 もしだれかに彼女の代表作を訊かれたなら、まず挙げるべきは、生まれながらに障害を抱えた青年を主人公にした軍事SF『マイルズ・ヴォルコシガン』シリーズだろう。

 『戦士志願』、『天空の遺産』といったお堅いタイトルと重厚な表紙を見ていると、いかにもハードな内容が想像されるが、実は中身はその正反対。全編笑いに満ちた喜劇的な作品である。

 もし気軽に読めてしかも病みつきになる海外SFがあるかと尋ねられたなら、ぼくはこのシリーズの名前を挙げると思う。

 さきに述べたように笑いの要素が強い作品ではあるが、もちろんそれだけではない。かるがると読者の予想を覆す展開、一筋縄では行かない登場人物、そして情感に満ちたヒューマン・ドラマと、娯楽作品に必要なものをすべてそなえている。

 その年の最高のSFに贈られるヒューゴー賞を受賞すること数度、人気と内実が合わさった稀有な作品である。

 そう、書きわすれていたが、ビジョルドは過去のSF作家のなかで、最も多くヒューゴー賞を受賞している作家でもある。その実力はアメリカSF界の折り紙つきというわけだ。

 しかし、それにしても、『チャリオンの影』の出来のよさは想像以上だった。ぼくが読んでいるビジョルドのほとんどは初期作品だから、知らないうちに成長していたらしい。その成長に気づかず見過ごすことにならなくて本当に良かった。

 マイルズものが遠い未来を舞台としているのに対し、この作品は、いずことも知れない異世界を舞台にした本格的なファンタジィである。

 といっても、剣も魔法もあまり出てこない。宮廷での陰謀劇がメインとなっている。もちろん、その展開は、人気作家にふさわしく絢爛豪華、ではないところがおもしろい。

 むしろ、絢爛とか豪華という言葉の対極にある作品だといえるだろう。何しろ、主人公からして、この手のファンタジィとしては異色きわまる性格だ。

 その人物、カザリル卿は、ほとんど乞食のようなみじめな有様で読者のまえに姿を現す。戦争が終わったあと、海賊に売られ、数年ものあいだ奴隷としてオールを漕いだ、その過酷な日々がかれの身も心も崩してしまったのだ。

 まだわずか35歳にもかかわらず、かれの心身は老人のように病んでいる。剣と魔法のファンタジィよりは、藤沢周平か山本周五郎辺りの時代小説にふさわしい人柄なのである。

 いまや金もなく、身よりもなく、馬など望むことも出来ない身の上となり故郷に帰ってきたかれは、かつてのつてを辿り、幸運にも国姫イセーレ姫の教育係兼家令に任ぜられることになる。

 病み上がりの――否、むしろ病み上がってすらいない――男にふさわしい軽い仕事。そして、戦乱と拷問に疲れたこの男に、ようやく穏やかな日々が訪れる、はずだった。

 しかし、運命はかれを陰謀の渦へと導いていく。カザリルにとってはとんでもない災難、読者にとっては期待どおりの展開というわけである。

 若くもなく、美男でもなく、力強さに欠け、長年の奴隷生活の苦労からほとんど人並みに馬に乗ることさえできないカザリル。

 あらゆる意味でヒーローとはほど遠いこの男が、いかにして宮廷陰謀とたたかっていくか、波乱万丈の物語が待ち受けている。

 物語の、それもファンタジィの主人公である。いくらでも高貴な美男子に仕立て上げられるところを、そうしない辺りが、ビジョルドの非凡さである。

 じっさい、この主人公氏は、物語のなかで、何度となく自分の容姿や年齢のことを自虐的にふり返る。この自虐性と、それに似合わぬ成熟の混交は、マイルズ青年にも見られるもので、つまりこの辺りがビジョルドお気に入りの人物なのだろう。

 このように書いていくと地味なだけで面白みのない人物のように見えるかもしれないが、そんなことはない。一年数ヶ月に及ぶ地獄のような日々は、もともと聡明だったかれを、哲学者にまで鍛え上げている。

 みじめな実生活に磨き上げられたその思想の深遠さたるや、筋骨隆々たる英雄たちには決して見られないものだ。

 たとえば、友人のパリが、自分のことを「おれたち奴隷」と呼ぶカザリルを非難する場面がある。そのとき、カザリルはいい返す。

「では、爐れたち貴族瓩オールを漕いでいたというのか? 汗をかき、小便を垂れ流し、罵り、不満をならべたてていたおれたちは紳士か? そうではない、パリ。ガレー船に置いておれたちがせまられていたのは、貴族が徒人(ただびと)かという選択ではない。人か獣かの選択であり、それは生まれとも血統とも無縁なものだ。あそこでおれが会った最も偉大なる魂の持ち主は、皮なめし職人だった。もしあの男がいまも生きているならば、おれは喜びのあまりその足もとに口づけるだろう。おれたち奴隷、おれたち貴族、おれたち愚か者、おれたち男女、おれたち死すべき者、おれたち神々の玩具――すべて同じものだ、パリ。いまのおれにとっては何も変わらない」

 カザリルにも若い日はあった。その頃、かれは血気盛んな勇者だった。しかし、時は、かれをいぶし銀の男に仕立て上げた。

 皮肉にも、かれの敵が陥れたわなが、かれを本当の意味で思慮深い人物へと成長させたのである。

 ひとりではろくに遠出もできない虚弱体質の中年男ではあるが、その人柄は忘れがたい印象をのこす。ビジョルドならではの好キャラクターといえるだろう。

 一方、あらゆる意味でカザリルと対極に立っているのが、かれが家庭教師を務めることになるイセーレ姫だ。若く、美しく、正義感に富み、そして若さゆえ思慮に欠けた16歳の少女。

 ある意味でカザリルが脱ぎ捨てた未熟さをたっぷりと着込んだ人物といえる。カザリルは、このあぶなっかしい少女を守るため、宮廷で奮闘する羽目になるのである。

 と、こう書くと、カザリルが椿三十郎よろしくさっそうと陰謀をくじく物語が想像されるが、ところが、そうは行かない。物語は予想外の方向にすすんでいく。

 そして、そのプロセスでこの男はまたもとんでもない目にあってしまう。本当に不幸な奴である。何となく既視感があると思ったら、そう、冴木忍の主人公に似ている。

 『卵王子カイルロッドの冒険』を読んだひとなら、あの世界を想像してもらえば、あたらずといえども遠からず、かもしれない。

 表面だけを見ていくと陰惨としかいいようがない展開なのだが、ビジョルドの世界はどこかユーモラスである。

 あらゆる意味で不幸なカザリルではあるが、その実直な人柄は、わかるひとにはわかり、物語が進むにしたがって、周囲の人望を集めていく。

 そして、悪夢のような日々をくぐりぬけてきたかれは、日常の何でもないこと一つ一つにも、感謝の心を忘れないのである。

 いくらひどい目にあっても皮肉と傲慢が消えないエルリック辺りと比べると、実に出来た人柄であるといえよう。ここら辺の描写は実にほほえましく、読んでいて楽しい。

 そして、最後の最後には、この男の多難な人生のイメージを塗り替える、穏やかなハッピーエンドが待っている。

 めったにいないくらい幸せを祈りたくなる主人公なので、この展開は大歓迎。これから手を出す読者諸氏は安心して読み進めていただきたい。

 そういうわけで、何だか取り止めもない文章になってしまったが、海外ファンタジィの傑作である。いままでつらつらと書いてきたように、派手なところの少ない作品ではあるが、そのぶんしみじみと染み入るような情感がある。

 この世界を舞台にした『五神教シリーズ』には、ほかに二つの作品があり、全部で三部作を形づくっているそうだが、本書は一作で完結している。

 次回以降は、本書では脇役だったある人物が主人公となり、別の物語が語られることになるという。

 カザリルと再会できそうもないことはざんねんだが、これ以上かれを不幸な目に遭わせることも心苦しいから、それで良いのだろう。シリーズの続刊を待つことが苦手なひとも問題なしである。

 そのシリーズ第二作『影の棲む城』は、ヒューゴー賞、ネビュラ賞、ローカス賞のSF主要三賞を独占受賞している。いわゆる「トリプルクラウン」である。

 すでに翻訳も済んでいることだし、近日中に読んでみるつもり。『チャリオンの影』を上回る傑作を期待している。