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2008-12-09(火)

『神のみぞ知るセカイ』が示す『DEATH NOTE』の「その先」。


 いまさらだけれど、若木民喜の『神のみぞ知るセカイ』がおもしろい。

神のみぞ知るセカイ 1 (少年サンデーコミックス)

神のみぞ知るセカイ 1 (少年サンデーコミックス)

 主人公は「落とし神」の異名を取る天才的な美少女ゲームプレイヤー、桂木桂馬。「現実はクソゲーだ」とうそぶくかれのもとに、ある日、悪魔か死神を思わせる少女エルシィがあらわれる。

 些細な誤解からエルシィと契約してしまった桂馬は、現実の世界でも少女たちを「攻略」する羽目になるのだった。と、まあ、ひと言でいえば荒唐無稽な話。しかも、どこかで見たような話でもある。

 天才的な頭脳をもつ少年のもとに死神があらわれ契約を結ぶ、そう、『DEATH NOTE』の冒頭を思わせるのである。

DEATH NOTE デスノート(1) (ジャンプ・コミックス)

DEATH NOTE デスノート(1) (ジャンプ・コミックス)

 Amazonでも書いているひとがいるけれど、クールでインテリジェントな桂馬の印象はどこか夜神月とかぶる。決定的に異なるのは桂馬がゲームの世界でのみ「神」と呼ばれていること。この設定のおかげで、この作品は軽快なコメディに仕上がっている。

 「神」を名のる夜神月の誇大妄想が見方を変えればいかにこっけいな代物であるか、徹底的にあばきたてた作品ともいうことができるだろう。

 しかし、それだけではない。この作品はある意味で『DEATH NOTE』の「その先」を描いてもいるのである。ほんとか? たぶん。

 かんでさん(id:kande-takuma)は、この作品についてこう書いている。

 「恋愛ゲーム」で得た知識を元に、現実の女の子と恋をしてその心を奪っていく、などと書くと、なんだ、ただのギャルゲオタの妄想かよ、ぷげら、と思われるかもしれませんが、彼は、超人的な努力により、数え切れないゲームをクリアし、その内容を系統立てて整理し、綿密に分析し、現実の事象の解析に的確に引用するのです。

 その様は「Q.E.D.」の燈馬くんをすら思わせます。実際、物語の構成は「Q.E.D.」に似通っている所もあり、興味深いです。

 たしかにその通りだ。『Q.E.D.』の主人公、燈馬想はMIT(マサチューセッツ工科大学)を中退した天才少年である。かれと桂馬は鏡に映したようによく似た、そしてある意味では正反対の存在であるといえる。

Q.E.D.証明終了(1) (講談社コミックス月刊マガジン)

Q.E.D.証明終了(1) (講談社コミックス月刊マガジン)

 というのも、彼らは優れた頭脳とともに、だれにも侵されない自分だけの世界をもっているのだ。燈馬は「数学」、桂馬は「ゲーム」。共通しているのは完璧にロジカルな世界であるということ。

 ゲームをロジカルというと異論が出るかもしれない。しかし、『神のみぞ知るセカイ』では、ゲームの世界が論理的であるのに対し、現実が非合理であることがくり返し描かれている。少なくともこの作品の設定では、ゲームとは純粋にロジカルな世界なのである。

 だから、『神のみぞ知るセカイ』も『Q.E.D.』も、彼らなりの「完璧な世界」をもった天才少年たちの物語であるといえる。燈馬は自ら学問の世界を飛び出し、桂馬はエルシィによってひきずり出され、現実の世界とかかわる。

 彼らは天才的な洞察力をもつ故に、現実を巧みにコントロールすることができる。しかし、彼らの優れた頭脳をもってしても、完全に現実を予想しきることはできない。

 なぜなら、生身の人間は非論理的だからだ。桂馬のいうように「現実はクソゲー」なのだ。彼らはそんな現実を通し、人間のふしぎさを学んでいく。

 ここで象徴的な役割を果たすのがヒロインである。『Q.E.D.』のヒロイン、水原可奈は自由奔放な行動で燈馬をふりまわす。『神のみぞ知るセカイ』の少女たちはいうまでもない。

 彼女たちはいわば主人公たちのもつ「完璧な世界」をかき乱し、現実の不条理さを見せつける役割をもっているのである。『DEATH NOTE』的なロジック・ゲームは、彼女たちを相手としたときは成立しない。

 ここで話は『Landreaall』に移るのだが、この作品の主人公、DXとその妹イオンも、ある意味で「天才少年とかき乱し役のヒロイン」の類型で語ることができる。

Landreaall 1 (IDコミックス ZERO-SUMコミックス)

Landreaall 1 (IDコミックス ZERO-SUMコミックス)

 DXはその年としては非常に聡明な少年である。かれはあらゆる要素を念頭にいれ、巧みに現実をコントロールする。しかし、妹のイオンだけは時々、DXの思惑を外してしまう。

 DXにとってイオンはコントロール不能な現実そのものなのだ。

 で、これはオフでいずみのさん(id:izumino)たちと話したことなんだけれど、もし夜神月の妹に月を翻弄するほどの能力があったら、月はもう少し可愛げがあっただろうと(笑)。

 そういう意味でイオンはDXを魅力的に仕立て上げるための重要なバイプレイヤーなのである。

 しかし、じっさいにはイオンは「かき乱し役」としての役割を果たし切れていないこともたしかだ。イオンはしばしばDXの裏をかこうとするが、DXの方が一枚上手であるために巧く行かない。

 わかりやすいのが第4巻から第5巻にかけてのエピソードで、イオンがだまされていることを知ったDXは、彼女に気づかれないように事件を処理してしまう。ある意味でイオンが現実と向き合う可能性をスポイルしているわけで、きわめて過保護な態度だといえる。

 いつか、イオンがDXと対等に渡り合えるようになったとき、『Landreaall』はもう一段、おもしろくなるかもしれない。

 まとめる。『神のみぞ知るセカイ』は純粋なロジックが通用しない現実=女性に対して、天才少年がいかにして対応していくかを綴った作品であり、その意味で『DEATH NOTE』のゲーム的世界の「その先」を描いているといえる。

 『DEATH NOTE』的にロジカルなゲーム世界はここでは美少女ゲームというかたちで卑俗化されており、主人公は理屈が通用しないヒロインたちに対して苛立ちつづける。しかし、これこそ現実というものである。

 問題はこの物語がこの先、どのような結論を見せるかだ。桂馬はヒロインという「不条理な現実」を受け入れるのか? それとも、ゲームという「完璧な世界」に閉じこもるのか?

 答えはまだ出ていない。