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2008-12-19(金)

漫画でセンス競争はしたくない。


 「聖☆おにいさん」が面白くない、と言うつもりは全くないし、実際にモーニングツーが家にあったら飛ばさず読んでくすっと笑うが、それでもやはり「『聖☆おにいさん』って面白いよね」とは言いたくないのだった。「聖☆おにいさん」が嫌いだというわけではなく、だから作者にもマンガにも罪はないが、「聖☆おにいさん」をとりまく空気が嫌いだ。それは「聖☆おにいさん」がものすごく売れているっていう事実とか、「聖☆おにいさん」を好きだって言いそうな人の顔とか、そういうのを全てひっくるめて「『聖☆おにいさん』が面白いマンガとされている空気」がものすごく嫌だ。

聖☆おにいさん(1) (モーニング KC)

聖☆おにいさん(1) (モーニング KC)

 なるほど、わかる気はする。つまり「『聖☆おにいさん』という漫画そのもの」はきらいじゃないけれど、「『聖☆おにいさん』を巡る政治」がいやだと、そういうことでしょう。たぶん。きっと。

 ここでいう「政治」とは、ある漫画作品に伴う「空気」や言説、あるいはバイアス、そのすべてだと思ってください。つまり、ある漫画がどういうふうに扱われているか、語られているか、ということですね。

 この場合、『聖☆おにいさん』という具体的なタイトルが挙がっているわけですが、同じことはほかの作品でもありえると思います。

 たとえば「『よつばと!』を過剰に礼賛する声」がいやだというひともいるでしょうし、「『GUNSLINGER GIRL』に対する信者的態度」がいやだというひともいるかもしれません。

 それは必ずしも作品そのものを批判しているわけではなく、その作品がどう扱われ、語られているかということを問題にしているわけです。

 それにしても、こういう意見を見ると、いまや漫画も自己表現のためのアイテムの一つとして見られているのだな、と実感します。

 ある漫画を好きだとかおもしろいとかいうことがそのひと自身を表している、という考え方があって初めてこういう記事が書かれるのでしょうから。

 上記の記事はそういう政治に反発しているように見えます。しかし、ある漫画を取り巻く政治に反発することも、べつの意味で政治的な態度なのではないでしょうか。

 「『聖☆おにいさん』のよさがわからないなんて、センスないね」という態度はたしかにいやだけれど、その反対の「『聖☆おにいさん』を絶賛するなんて気持ち悪い」という態度も、やはり好ましくないように思えます。

 『聖☆おにいさん』をきらいならともかく、本来おもしろいと思っている漫画を政治的理由からそういわないという態度は、ちょっとひねくれすぎているんじゃないか。

 ぼくは、可能なかぎりそういう「漫画を巡る政治性」から離れて、無邪気に好きな作品を好きといいたいですね。

 ある作品をおもしろいと思ったら、それが社会的にどういうふうに扱われている作品であれ、素直におもしろいといえる自分でありたい。

 漫画を使ってセンス競争はしたくないですよ。

 もちろん、そうすれば「そんな漫画を褒めるなんて、ダサっ」とか、その反対に「この漫画を褒めないなんて、わかっていないね」といったことをいわれるかもしれない。でも、そんなこと漫画そのものの価値に比べればどうでもいいことじゃないでしょうか。

 ぼくはべつにカルトでハイセンスな漫画読みになりたいわけじゃない。ただ、おもしろい漫画を一作でも多く読みたいだけなんだから。

 とりあえず、リンク先で今年の1位に挙げられている『GIANT KILLING』はおもしろいです。ぼくのベストにも入るかも。

GIANT KILLING(1) (モーニング KC)

GIANT KILLING(1) (モーニング KC)