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Something Orange このページをアンテナに追加

2009-06-04(木)

攻略サイトを前提にしてゲームを作るということ。


 チュンソフトの『428 −封鎖された渋谷で−』をクリアした。

428 ~封鎖された渋谷で~(特典無し)

428 ~封鎖された渋谷で~(特典無し)

 『弟切草』から続くサウンドノベルの最新最高作ともいえる作品で、とにかくでたらめにおもしろい。

 初めはギャグ満載でお笑いめいた内容なのだが、後半へ進むにつれて物語はシリアスに変わって行く。

 中盤以降はクライマックスの連続で、もう、盛り上がる盛り上がる。

 ギャグとシリアスが渾然一体となり、あらゆる伏線が一体化して、ひとつの物語を構成する終盤は感動もの。よくもここまで緻密なシナリオを練ったものだと感心する。昨年の傑作のひとつですね。

 とはいえ、不満が全くないわけではない。

 いま、クリアしたと書いたけれど、実はまだ真エンディングは見ていない。この作品、エンディングが二本あり、ぼくがクリアしたのはいわば仮エンディングに過ぎなかったのだ。

 しかし、そのことを示す情報はなかった。あるいは、あったとしても気づかなかった。もし、ネットがなければ、ぼくは仮エンディングでゲームを終えていたと思う。

 たしかに、いささか半端に終わった内容に違和と不満を感じはしたが、それは違和以上にふくれ上がるものではなかった。

 ぼくが不注意なのだといわれれば一言もない。しかし、この仕様はそういったプレイヤーに対してあまりに不親切ではないだろうか?

 全体的に痒いところに手がとどくシステムが完備されているだけに、この点の不親切さが目立った。

 また、真エンディングを見るための条件も、ちょっとむずかしすぎる気がした。普通にプレイしていたらなかなか気づかないよ、これは*1

 もちろん、不可能というほどではないし、いまどき、攻略サイトを見ればすぐにわかることではある。しかし、攻略サイトや攻略本を見ることを前提としてゲームを作ることは、やはり邪道ではないだろうか。

 『ペルソナ4』もそうだったけれど、攻略サイトで情報を集めない限り、すべての内容を楽しむことは不可能ではないにしても困難であるという作品はけっこうある。

 そういう作品を遊ぶと、ひょっとしたら作り手も攻略サイトの存在を前提として不親切なゲームの作り方をしているんじゃないかと邪推してしまう。

 以前に比べ、ゲームの攻略情報を入手することは容易になり、途中で詰まって先に進めなくなることは激減した。しかし、作り手の側はそういった変化に甘えるべきではないだろう。

 ゲームはそのゲーム単体で完成しているべきだ。「おまけ」のたぐいはともかく、本編くらいは攻略サイトなしでも楽しみつくせるように作るべきだと思う。

 極言するなら、攻略サイトを絶対的に必要とするゲームは、未完成品だと思うのである。

 でも、『428』は傑作だけどね。

*1:と、思ったらうちの弟は普通にクリアしていた。ぼくが悪いのか! ぼくが!