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Something Orange このページをアンテナに追加

2009-08-03(月)

オタクがオタクのなかで孤立する時代。


 同じ新潟市在住ということが判明したので、「自問自答」のRy0さん(id:jimonjitou)と呑んできました。

 ふだんはオフ会などでも少人数で長く喋ることはむずかしいのですが、この日はたった3人で6時間にわたってオタクトークしました。楽しかった!

 当然、色々な話が出たわけですが、なかでも興味深かったのは、現在の若いオタクたちの実相。いまの大学では、たとえば野球や音楽の話題などに混じって、普通にアニメの話が出て来る、オタク文化の大衆化はそこまで進んでいる、ということでした。

 へえ、うわさには聞いていたけれど、本当なんだ。ただ、そこで出る話題は、やっぱり薄い、『らき☆すた』とか『けいおん!』とか、だれが可愛いとか萌えるとか、そういう話がメインであり、少し踏み込んだ話をすると浮く、と。

 なるほど、わかるわかる。ある意味、予想通りですね。

 その話をきいて思ったのは、昔のオタクが一般人のなかで孤立していたとするなら、いまはオタクのなかで孤立しているのかな、と。

 このいい方ではわからないでしょうか。話をわかりやすくするために、より「一般人」に近く、ぬるくオタク文化を楽しんでいる層をライトオタクと呼ぶことにしましょう。

 いま、アニメやゲームの質的向上、ネットの発達などによって、ライトオタクは飛躍的に増えたものと思われます。

 オタク文化を山にたとえてみると、現在、五合目くらいまでは道が整備されていて、バスなども通っていて、だれでも観光できる状況が整っている。ただ、頂上を目指そうとすると、やはり自分の足で歩いて登らなければならない、そういうことだと思うんですよ。

 ライトオタクとはこの五合目くらいまで登った人たちのことですね。で、かれらはそこからさらに上を目指す意欲はない。なぜなら、そこで遊んでいても十分楽しいし、そこには仲間がたくさんいるから。

 で、そういう人たちのなかに、頂上を目指そうとする人間がいると、やっぱり浮くんですね。

 皆で楽しくハイキングしているのに、何、お前、頂上なんて目指しているの、と。登山用の重装備とか、高地トレーニングとか、空気読めよ、と。そういう視線が集まることになる。

 だから、「(頂上を目指す)オタクが(五合目で満足する)ライトオタクのなかで孤立する」という事態が発生する。

 結局、オタクに対する視線が柔らかくなったとはいっても、一定以上マニアックに趣味を極めようとする人に対しては全然変わっていないと、そういう結論が出ました。悲しいですね。

 もっとも、過去にも何度か書いたことがありますが、ぼくはライトオタクが悪いとか、ディープオタクが偉いという話には共感できません。

 登山するひと全員が全員、頂上を目指すことはおかしい。やっぱり道が整備された五合目までで満足する、という人が大勢いることは自然なんですよ。

 そこで、皆に頂上を目指せ、といっても意味がない。全員が全員、「濃い」オタクになる必要はないし、実際問題、それは不可能。

 しかし、頂上からじゃないと見えない景色がある、それも事実で、やっぱり五合目から見える景色と頂上から見える景色は全然違うものなんですよね。

 べつだんオタク文化に限った話じゃなく、たとえばサッカー観戦を楽しむにしても、戦術や選手の個性、チームの歴史などを頭にいれて見るのと、ただ何となく眺めるのとでは、楽しみ方の深さが自ずから異なってくると思う。

 そういう意味で、「頂上まで登るか、道が整備されたところまでで満足するか」「ひとり上を目指すか、皆で楽しく過ごすか」という問題は普遍的なものでしょう。

 で、やっぱり上を目指す奴はどんな時代でも少数派なんですよね。マニアックに趣味をきわめようとすると、どんどん友だちがいなくなっていく(笑)。

 でも、ま、悲観する必要もないと思うのです。どんな時代でも、集団の空気から浮こうが外れようが頂上を目指す人は一定数いるはず。そういう少数派の人間だけが集まった世界もあるし、いまならネットでいくらでもつながれる。

 さて、あなたは「観光地的に綺麗に整備された五合目まで」で満足しますか? 「空気も薄いし道は険しいが、眺めがとても美しい頂上」を目指しますか? その選択には、おそらく、あなたの人生観が反映されることでしょう。