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2006-12-10

何となく感じる違和感

いじめなくすオレンジリボンキャンペーン 千葉中学

asahi.com: いじめなくすオレンジリボン・キャンペーン 千葉の中学??-??教育

 この記事を読みながら、

のなかで藤田英典氏が次のように述べているのを思い出した。

 <生活共同体>が特定の成員を排除することなしに展開するための必要条件は、協同性ではなくて、むしろ共存性だということである。協同性はポジティブな契機を拡大するが、そのありようによっては、排除や抑圧の契機にもなる。<生活共同体>は、そこで一緒に過ごしたということ、いろいろの出来事や活動が生起し展開した場所に一緒に居合わせたということ、すなわち共存したという事実のゆえに、<想像共同体>の基盤になる。したがって、諸活動の編成やその進め方が、協同性を過度に要求するあまり、共存性を抑圧することのないように注意することが肝要である。そのことは<心の居場所>を圧縮し、奪い取ることのないようにするということにも通じる。言い換えれば、日常生活の場が息の詰まるような空間にならないように配慮するということ、積極的に関わることのできない生徒、遅れがちな生徒、さまざまの障害や困難を抱えている生徒にも<居場所>を用意するということ、そのための適切な配慮をするということである。

 確かに、リボンを付けることで子どもたちの連帯感などは高まるかもしれない。しかし、それは一方で、息の詰まるような空間を作り出していくことにもなりかねない。こういうことを言うのは間違っているのかもしれないが、何となく違和感がある。

siniaimacocosiniaimacoco 2006/12/10 15:04 私も同感です。違和感を感じます。これでいじめの根っこになっているものまで、突っ込まないで済む?かも。やっていますというパフォーマンス。

kaikai00kaikai00 2006/12/10 15:34 siniaimacocoさん、コメントありがとうございます。
いじめの根っこの部分に突っ込まないので問題は解決されないままで、表面的にはいじめがなくなるのかもしれません。

siniaimacocosiniaimacoco 2006/12/10 17:50 通りすがりに、思わずコメント入れてしまってスミマセン。
そうですね。表面的にはなくなるかもしれませんが、そのネガティブエネルギーは別なところで噴出して、もっと手に負えなくなるかもしれません。でも、自分の息子たちを見て、この人たちやられてばかりではないよと、信じられるのです。どうにもならないのは大人のほうかも。
他の文章も読ませてくださいね。

kaikai00kaikai00 2006/12/10 21:33 siniaimacocoさん、教育再生井戸端会議より子どもたちの方がやれることがあるのかもしれません。
またおいでいただき、コメントしていただけると嬉しいです。

kmizusawakmizusawa 2006/12/11 00:03 まあこれだけでなんとかなると思ってしまったらダメなんだけど、とりあえず「大人まかせ」ではなく子どもたち自身が考えてやってる(ととりあえず思っとく)ということで注目しています。これは試みのひとつにすぎないということを忘れてはならないのはむしろ大人で、これに甘えて生徒の「自主性」や連帯だけに任せてしまったり、おかしな「美談」扱いすることは警戒しないとならないと思います。
ただこういうのって、今度はリボンつけてない人がいづらくなったりしがちなんだよねえ…

kaikai00kaikai00 2006/12/11 03:12 kmizusawaさん、コメントありがとうございます。
kmizusawaさんがおっしゃる通りだと思います。そして、「ただこういうのって、今度はリボンつけてない人がいづらくなったりしがちなんだよねえ…」ということで私はこの取り組みに違和感を感じています。
みんなのやっていることは「当然」あなたもやらなきゃいけないということで「みんな」を強調して、いじめ問題の解決のはずなのに誰かを疎外してしまうのではないかと。
子どもたちが、みんな同じでなきゃいけないではなくて、違いを前提にして何とか折り合いをつけながらこういう取り組みをやってくれたらと思います。

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