梶ピエールの備忘録。 RSSフィード

2005-11-22

kaikaji2005-11-22

言い訳

 さて ここ数日は胡耀邦生誕90年記念のイベントにはじまりブッシュ訪中まで、真性中国ヲチャーなら血が騒ぐネタ満載の日々、だったはずなのですが、アカロフの講演をまとめるのと稲葉さんのところの動きid:shinichiroinabaを追いかけるのに気をとられて、ナマの新聞情報などほとんどチェックしませんでした。中国研究者として間違っているでしょうか。とりあえず本日NYTの一面の画像を貼ってお茶を濁すことにします(アメリカのメディアはこのシーンが大好きみたいでCNNも何度もこれを流していましたが日本のメディアではどうだったんでしょうか)。

あと胡耀邦関係では以下のエントリがお勧め。

http://beijing.exblog.jp/3796509/

http://d.hatena.ne.jp/teratsu/20051119#1132481067

以下も重要な動きだと思われ。

http://news.sohu.com/20051121/n227553965.shtml

朝日主催の人民元改革に関するシンポジウムの記録。余永定氏の講演はためになるが、その後のパネルディスカッションがくだらなすぎ。

http://www.asahi.com/sympo/1121/index.html

[]アカロフ先生講演メモ・その3

3.M-M理論

 M-M(Modigliani= Miller)理論はもともとミクロの企業の投資に関する意思決定を扱った理論であるが、金融変数の変化が投資水準にどのような影響を与えるか、というマクロ経済学における重要な問題にミクロ的な基礎を与えるものとしてみることもできるだろう。この理論は、企業が新しい投資を行う際に自己資金でそれを行うか借り入れでそれを行うか、といった調達手段によってそのコストは変化しない、ということを示したものである。この理論に従えば企業の財務状態やキャッシュフローは、その投資行動になんら影響を与えない、ということになる。

 しかし、現実には多くの実証研究において、企業の投資行動はキャッシュフローと深い相関をもつ、つまりM-M理論とは矛盾する結論が得られることが指摘されている。また、もっともオーソドックスなマクロの投資決定理論として「トービンのq(=企業資本の市場価値と置換費用の比)理論」が存在するが、このq理論も、M-M理論と同じく投資水準は企業の財務状態とは全く無関係に決定されることを主張する。しかし実証研究の結果によれば、マクロの投資水準はq(限界のq)の値だけでは説明されず、やはり現時点での企業のキャッシュフローや、流動資産の保有額などの変数によって大きな影響を受けることが指摘されている。

 このような理論と経験的事実との乖離の現実として、従来から指摘されてきたものは‖澆啓蠅伴擇蠎蠅隆屬両霾鵑糧鸞仂寮の問題、企業内部でのプリンシパル・エージェント問題、すなわち経営者の私的利益の追求をどのようにして防げばよいか、という問題の存在である。これらはいずれも、関するM-M理論では考慮されていない、「エージェンシーコスト」の存在を明示的に扱うことによって、投資行動に関してその資金調達手段が無差別でないことを示そうというもので、アカロフ氏自身がパイオニアの一人である、「情報の経済学」から導き出されたものである*1

 M-M理論(あるいはq理論)に対する批判としては、以上の二点をあげれば十分のようにも思えるのだが、どうしても'Missing Motivation'の話に持っていきたいからか、アカロフ氏はこれ以外に、経営者の「何をなすべきか」という点に関する考え、すなわち「経営理念」とも言うべきものが、投資の意思決定に与えてきた影響を強調する。このような経営者の意思決定の際の「規範」「動機付け」の問題が、M-M理論を初めとする投資決定理論では考慮されてこなかった、というわけだ。

 この具体例としては、アメリカにおける「企業合併」の目的の変遷があげられる。20世紀に入り、アメリカでは企業合併が盛んに行われるが、その目的は\源最塾呂料強、売り上げの拡大、3価の上昇、というふうに変化してきた。そして、M-M理論やq理論は、合併が純粋に3価の上昇のみを目的に行われる場合に当てはまる理論であり、それ以外の目的で行われる場合には必ずしも当てはまらないことが指摘されている。このほか、具体的な経営者の経営理念が企業の投資行動に与える例としてGEのジャック・ウェルチとP&Gのジョン・ペッパーの例が挙げられる。前者がその経営理念の基礎を費用-便益分析におくのに対して、後者は消費者に指示されるブランドの創造に重きを置いている。後者のような理念に基づいて経営が行われる場合、その投資行動はM-M理論が示すものからはかなりのずれをみせることになるだろう。

 以上のように、企業の投資や買収の決定がキャッシュフローによって大きく左右される(M-M理論が成り立たない)という事実に整合的な説明を与えるには、情報の非対称性を強調したエージェンシー理論などに加え、経営者の抱いている理念に関する分析が必要である。

4.合理的期待形成仮説

 これはペーパーをごらんいただけばわかるが、自然失業率仮説に関する説明のところで合わせて論じられており、単独の項目としてはあっさりと流しているので、ここでは省略する。

 ・・というわけで残る「中立性」批判は自然失業仮説をめぐるものである。これはアカロフ自身が精力的に取り組んできた問題であり、議論のボリュームも一番多くなかなかまとめるのに骨が折れそうなので、ちょっと間を空けて取り組むことにしたい。その間、Hicksianさんのところで話題になっている「公平賃金仮説(アカロフ・中谷巌命題)」の議論も参考になりそうなので、こちらの新たな展開も待つことにしよう。

*1:マクロな問題とのかかわりで言えば、不況期に企業の投資が伸びない原因を企業の流動性制約や銀行ー企業間の「エージェンシー問題」に求める議論は、フィッシャーのデット・デフレーションにその原型を求めることができる。デット・デフレーションについては竹森俊平『経済論戦は蘇る』東洋経済新報社にわかりやすい解説がある。