梶ピエールの備忘録。 RSSフィード

2007-05-29

[][][]島耕作もびっくり!なぜ中国企業が作るものはこんなに安いのか

『クーリエ・ジャポン』6月号に掲載された山形浩生さんの記事で、Economist誌の中国系自動車メーカーについての記事が紹介されていた。まあ一連のコピー製品を揶揄するような内容なんだが、それにしてもいくらコピーしているからといってどうしてそんなに安い(オリジナルの半額くらい)製品を作れるのか、謎だ、とEconomistも山形さんも首をひねっており、Economistのことだからそのうち何かもっともらしい分析結果を出すかもしれない、という言葉で締めくくられていた。

 しかし、わざわざEconomistが謎を解いてくれるのを待つ必要はない!中国産業研究の分野ではたぶん世界のトップランナーである、丸川知雄さんの新著を読めばその答えが(あらかた)わかるからである。

現代中国の産業―勃興する中国企業の強さと脆さ (中公新書)

現代中国の産業―勃興する中国企業の強さと脆さ (中公新書)

 本書において、中国企業のコストダウンの謎を解き明かす一つのキーワードになっているのが「垂直分裂」だ。これは「垂直統合」の反対のような動きで、それまで一社の中で統合されていたはずの生産工程が分裂して別会社が生産するようになるイメージである。典型的な例はテレビだろう。最近では日本でも例えば液晶パネルの生産部門を本社から切り離すようなケースも出てきているが、以前のブラウン管型テレビの場合、テレビメーカーがブラウン管の生産も統合して行い他社との差別化をはかるのが常識であった。しかし、1980年代になってようやくカラーテレビの生産が始まった中国では、大規模な初期投資の必要なブラウン管メーカーが国家プロジェクトとして設立されたという経緯もあって、初めからテレビ本体のメーカーとブラウン管のメーカーが別々に生産を行っていた。そして、いくつもの有力メーカーが登場した今でも、メーカーがブラウン管の生産を外注するという構造はそのまま続いているのである。

 このような基幹部品の外注の最大のメリットは、複数の部品メーカー同士を互いに競わせることで調達コストが引き下げられる点、および基幹部品メーカーの側でも規模の経済性が働く点、にある。しかし、驚くのはこれからだ。長虹、康佳、TCLといった中国の大手メーカーは、もちろんさまざまな機種のブラウン管テレビを生産しているが、その多くは全く同じ機種であっても異なる複数のメーカーのブラウン管を使用しているのだという。分かりやすくいえば、たとえ同じメーカーの同じ機種のテレビであっても、買った人によってソニーのブラウン管が使用されていたり、松下のブラウン管が使用されているというわけだ。当然、画面の映りは使われているブラウン管によって違ってくる。

 通常このようなことはまず、技術的に不可能なはずだ。カラーテレビの場合、ブラウン管の特性に合わせてテレビ本体の回路を調整するすりあわせの技術が必要であり、特定のブラウン管向けに設計されたテレビ本体に他社のブラウン管を持ってきてくっつけるだけでは、うまく映るはずがないからだ。しかし、中国のテレビメーカーは、同じ機種であっても異なったメーカーのブラウン管に対応できるよう回路を調整したものをあらかじめ複数用意しておくことによって、いろんなメーカのものを併用できるように「工夫」しているのだという。

 しかし、いくら技術的に可能だからといって日本で有名メーカーが同じようなことをすることは絶対にできない。せっかくシャープのテレビを買ったのに実は画面は松下のテレビと同じだった、というのではメーカーの信用はガタ落ちだからである。しかし、幸いなことに(?)中国の消費者はそういったことには(あまり)こだわらない。いや、こだわる金持ちの消費者もいるのだけど、そういう層は初めから中国国産ブランドには見向きもしない。他社との製品差別化を図らなくて済むのならば、基幹部品は内製化せずに他のメーカーから購入し、しかもメーカー同士を競わせたほうが確実にコストダウンすることが可能である。

 「垂直分裂」と著者が名づける中国系メーカーの戦略とは、一言で言えばこのように製品差別化を犠牲にするかわり、基幹部品の調達をできるだけオープンにして規模の経済と競争のメリットを活かしコストを劇的に引き下げることであったのだ。

 この「垂直分裂」による複数の部品メーカーからの購買によってコストを引き下げるメカニズムは、基本的に自動車の生産でも同じだ・・というと「ちょっと待った」という人も多いだろう。自動車はテレビなどにくらべてはるかに「すり合わせ」が必要な産業じゃなかったっけ?いくら基幹部品を外注するのがコストダウンの秘訣だからといって、エンジンまで外注してマトモなクルマが作れるはずがないだろう?・・その辺を中国系の自動車メーカーがどうクリアしているのか、ということについては、ぜひ本書をお読みいただきたい。冒頭の山形さんの疑問もきっと氷解する、全てが氷解しないまでも中国の産業についてきっと目からウロコが一枚も二枚も落ちる、ことを僕が保証いたします。

山形山形 2007/05/30 19:33 >僕が保証いたします。

ほほう、ホントでしょうな??!! では買って読みます。ここの説明だけだと、それもありかな、という気がする一方で、ブラウン管メーカーごとにちがう回路と部品を用意するのでずいぶん効率悪そうだし組み立てプロセスも複雑になるし、コストが確実に下がるとは言えない気がするので、興味津々です。

kaikajikaikaji 2007/05/30 21:52 どうも、勝手にダシにつかわせていただいてすみません。おかげで多くの人に読んでいただけたようです。
>ブラウン管メーカーごとにちがう回路と部品を用意するのでずいぶん効率悪そうだし組み立てプロセスも複雑になるし、
 これは本書では直接触れていないので僕の想像ですが、回路を変更したり組み立てプロセスを変えるだけなら結局労働集約的な部分が多いので、中国ではたいしたコストにならないのではないかと。それだけ基幹部品の付加価値がコストに占める非常が大きいということなのだと思いますが。

kaikajikaikaji 2007/05/30 21:57  あとこういった「垂直分裂」の面白いところは日系企業もいやがおうにもそのプロセスに巻き込まれてしまうということだと思います。日本の市場だけならライバル社と基幹部品を取引することなど考えられなかったメーカーも、中国の市場に進出した以上ある程度地場の有力メーカーに基幹部品を外販していかざるを得ないし、場合によっては利幅の少ない完成品市場から撤退して部品部門だけに特化したほうが合理的かもしれない。これは中国企業に引きずられて日系企業の方も「垂直分裂」を起こしていく可能性があるという話です。こういういわば進化論的な角度からいろいろ想像力を働かせてみるのも面白いのではないでしょうか。

kaikajikaikaji 2007/06/01 01:11 この記事は反応が非常に大きかったので、あとで責任を追及されないよう末尾の文章に少々変更を加えましたことをここでお断りいたします。

本野英一本野英一 2007/12/11 21:16  遅ればせながら、この本読みました。読み終わって、清末民国初の中国に進出していた在華外国企業と同じ運命が現在の製造業でも起こっているのだなということをひしと感じています。中国企業が手を出せない外国製品の企画、生産、輸入業務以外は全て中国企業が掌握し、外国企業を中核とした独占集団ができてしまうのです。まるでアヘン戦争前後の広東の特権承認集団みたいです。なぜこのようなシンメトリー構造ができるのか、よく考えてみたいと思っています。

kaikajikaikaji 2007/12/12 00:03 本野先生、コメントありがとうございます。
>清末民国初の中国に進出していた在華外国企業と同じ運命が現在の製造業でも起こっているのだなということをひしと感じています。
 ご覧になったかどうか分かりませんが、先日の『激流中国』で放送されたワハハとダノンの係争の話ももしかしたら同じような文脈で理解可能かもしれません。要するにダノンは中国企業にとって「もっともおいしいところ」「もっとも手を出してほしくないところ」にまで手を出そうとしたために牙をむかれたわけです。
 また個人的には丸川さんの言う「同質化の罠」と、村松祐次氏や足立啓二氏の指摘する「零細生産者間の激しい競争」という戦前の中国製造業市場の特質との類似性が気になっているところです。