梶ピエールの備忘録。 RSSフィード

2008-07-11

[][]ウイグル人とナイフ


http://kok2.no-blog.jp/tengri/2008/07/bb82_f6d7.html

http://kok2.no-blog.jp/tengri/2008/07/post_f087.html

公式報道は中国公安がアパートで火器や爆弾を発見してはいないが何本ものナイフを発見したことを主張している。しかし伝統的ウイグルナイフはウイグル居住地のどこにでも発見できるものであることを表記するべきである、そしてその種のナイフは一般的に文化的伝統的な目的の為に保持されるのであり、他者へのどのような危害の意思で保持されるのではない。


 イリ事件のあった1997年夏、「危ないからやめとけ」という漢人たちの忠告を無視してふらっと新疆に旅行したことがあった。ウルムチからカシュガルまで、二泊三日で走るバスに乗っていたときのことだ。夜中の二時ごろだったろうか、すっかり深い眠りにおちていたところ、突然公安警察にたたき起こされた。とにかく寝ぼけていて訳が分からなかったのだがどうやら検問に引っかかったようで、荷物検査をするから全員バスを降りろという。砂漠の真ん中で車から下ろされたときはどうなるかと思ったが、とりあえず漢人の警官にパスポートを見せたらあっさり車に戻してくれた。が、一緒に乗っていたウイグル人男性はいつまでも尋問を受けていた。どうも所持していたナイフが問題だということらしい。

 ウイグル人はよくきれいに細工をしたナイフを腰に下げていたりする。そのときは僕もウルムチの市場でお土産用に買った小さなナイフをリュックに入れていた。「ナイフなら僕だって持ってるぞ、日本人だからって尋問しないのは不公平じゃないか!」と声に出して言えばカッコいいところだが、もちろんそんな勇気はなかった。そのときは結局そのウイグル人も特に何事もなく車に戻ってきたけど、そのときの憤懣やるかたないといった彼の表情は忘れられない。

 その後カシュガルから立ち寄ったトルファンでは、長距離バスから降りるとすぐにに10代後半のまだ少年と言っていいくらいのウイグル人の若者数名がこちらに駆け寄ってきて、驚くほど流暢な日本語で話しかけてきた。要は現地ツアーの勧誘である。「お兄さん、知り合いのウイグル人の家で明日、結婚式があるんだけど、見に行かない?」とか、こんな調子だ。

 お腹を壊していてとりあえずホテルで休みたいから、とそのときは断ったのだが、彼らはやたらと馴れ馴れしくて、その後も何回かホテルにまで訪ねてきてしつこく勧誘を続けた。なんとなく日本語でしゃべるっていると足元を見られるような気がして、こちらは向こうが日本語で話しかけてもずっと中国語(漢語)で応対していたのだが、そのうち彼らの一人がほとほと困り果てたような顔で「お兄さん、頼むから日本語でしゃべってくれないかな、僕たち中国語は上手くしゃべれないんだ」と懇願したので、そこで初めてはっと気づいた。たぶん彼らはそれほど学校に行ってないのだろう。日本語と同じ膠着語であるトルコ語系の言語を母語にする彼らにとって、日本語を独習するほうがはるかに簡単だったのかもしれない。

 新疆に行ったのはその時一度だけだし、かの地の詳しい政治状況について専門的なことは何も語れない。しかし、そこで出会った彼らの「顔」については、いつまでも覚えている。

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