梶ピエールの備忘録。 RSSフィード

2010-02-14

[][]チョコレートの経済学

 よい子のみなさん、2月14日は何の日か知っていますか?

 そう、大事な人にフェアトレードのチョコレートを贈って児童労働反対の運動に巻き込むための日なのです!

 ・・バレンタインデーに児童労働の問題を考えることが果たして適当かどうかはさておき、フェアトレード運動について理解する上で、最近出たこの本は間違いなく良い本だ。特に十分経済学の素養がある人こそ、騙されたと思ってこの本を手に取ってほしいと思う。

 覚えている人もいるかもしれないけど、以前このブログで、かなり粘着的にコーヒーを中心としたフェアトレードの問題について連続してエントリを書いたことがあった。

まっとうなフェアトレードの経済学

フェアトレード運動のジレンマと意義

世界のコーヒーの生産量はなぜ減らないのか。

さらにしつこくフェアトレードについて語る(上)。

さらにしつこくフェアトレードについて語る(中)。

さらにしつこくフェアトレードについて語る(下)。

新春もフェアトレード。

 それまでフェアトレードについてはほとんど無知だったのだが、自分なりに考えたり調べるうちに、以下の点を確認することができた。

・世界価格の動向や気候に大きく左右されがちな輸出作物(代表的なのはコーヒ、カカオ、バナナ)について直接生産者と長期的な契約を行い、最低価格を保証するフェアトレードは、これらの作物の世界市場における価格が大きく低下した時の保険機能、あるいは「ワークフェア(公共事業などによる雇用創出)」と同じ機能を提供するものとして有効である。

・ただし、生産者の価格は、他の作物への転作や、工業労働への転出を妨げるほど高すぎてはいけない。

・フェアトレード商品の市場シェアが限定的なものであり、また、生産者が典型的な小農の「ハウスホールド・モデル」に従う限り、最低価格保証制度によって作物の供給が増えることはない。

・ただし、消費者がフェアトレード商品に支払うプレミアムのうち、生産者に支払われる部分はそれほど多くはないかもしれない。

・また、目的が異なるラべリング(貧困救済というより、コーヒー自体の付加価値を高めようとするラべリングなど)との競合問題が生じる可能性がある。

 驚いたことに、この本では僕が上にまとめたことがほぼそのまま、より簡潔な形にまとめられている(ただし、小規模農家の生産行動の分析については、僕の上の記事の説明の方が丁寧で分かりやすい)。

 本書が高く評価できるのは、途上国の農村経済が置かれている現実の認識から出発し、そのための数多い処方箋の中の一つとして位置付けている点である。だから、開発経済学の実践としても非常に勉強になる、本来、フェアトレードはマイクロクレジットや政府の農村開発や国際援助などと排他的なものではなく、それらと複合的に組み合わせてこそ意味があるのだ。

 W.イースタリーは、『傲慢な援助』の中で、援助の実際に行う際の「サーチャー」の「プランナー」に対する優位性を、援助国と途上国の現実との間のフィードバックの有無に求めている。反スウェットショップ(あるいはフリーチベットを掲げた)のボイコットとか、地産地消とか、フードマイルズといった、最近注目を浴びている「倫理的な消費」を求める行動は、残念ながらそのほとんどが途上国の生産者とのフィードバックを欠いたものである。これらの運動はいずれも途上国の生産者と先進国の消費者の関係を断ち切る方向に向かうものだからだ。それに対してフェアトレードは何よりも両者の間の良好なフィードバックを指向するものなのだから、これらの行動よりも優位にあるのは明らかである。

 もちろん、現行のフェアトレードは様々な問題を抱えているし、本書の著者たちはそのことを率直に認めている(だからこそ、フィードバックが働いていることが重要になる)。しかし、例えば途上国農村における社会保険の提供や、生産者が直面する「情報の非対称性」の解消を、現地政府だけに任せていたのでは極めて不十分な結果しか得られないことは、P.コリアーの指摘を待つまでもなく自明であろう。その意味では、むしろ市場への政府介入に懐疑的な人々こそ、もっとこの方法に関心を持ってもよいのではないだろうか。

北澤北澤 2010/02/19 08:21 梶先生 初めまして。この著書の翻訳者の北澤です。ご紹介ありがとうございます。

先生の以前のフェアトレードに関する記事は私もずいぶん読ませていただきました。私もつまるところ、フェアトレードは経済学の問題だと思ってきました。それで、「まっとうな経済学」や「最底辺の10億人」など、経済学に関係のある書籍でフェアトレードが扱われると、フェアトレードへの賛否はともかく、嬉しくなる人間です。

ただ、そのような経済学者も、このような本が今まであまりなかったからかも知れませんが、ちゃんとフェアトレードを理解せずにフェアトレードを批判しているところがあるのではと思います。

たとえば、「最底辺の10億人」でも、フェアトレードが生産者をよりモノカルチャーに依存させることになるという批判がありましたが、それは悪いフェアトレードであって、まともなフェアトレードのプロジェクトは、一つの商品に依存させないように多角化を進めていきます。フェアトレードの発祥の地のメキシコのUCIRIという組合は、コーヒーから始まり、インスタントコーヒーのプラントを立ててインスタントコーヒーを作ったり、衛生的な工場でジャムを作ってフランスのカルフールに卸したり、フェアトレードのジーンズまで作っています。

要は、どうフェアトレードをするかという、実施の問題、オペレーションの問題であり、それを抜きにフェアトレードが良いとか、悪いとかというのは、全くナンセンスではないかと感じています。

全てをオペレーションの問題、個々の問題にしてしまっては、セオリー、学問にはならないので、このような考え方はおかしいのかもしれませんが。

ですが、うまくいくフェアトレードの条件などを一般化できるものを見つけられれば、それはせれでセオリーになるのかも知れません。

私は経済学はまったくの素人で、上記のような一般的な経済関係の本を読み、今回なんとか大きく間違わない程度には訳せたのかな(特に「フェアトレードの経済学」の章)とは思いますが、何かご指摘ございましたら、よろしくお願いします。

ちなみに現在、ベトナムで実施されているJICAの地場産業育成プロジェクトに参加していますが、開発ツールのひとつとしてフェアトレードが今後さらに深く研究され、採用されていくとよいなと思っています。

ブログ、今後も楽しみにしております。

kaikajikaikaji 2010/02/19 23:49 北澤さん、はじめまして。まさかあの本を訳された方が拙文を読んでくれていたとは思っていなかったので、驚いたと同時にとても嬉しいです。
私自身はフェアトレードはおろかコーヒーやカカオ生産の現場に立ちあったこともないので、それこそフェアトレードをフェアに紹介したのかどうかという点で不安がありましたが、今回訳された本を読んでそれほど的外れな理解をしていなかったことが分かって少しほっとした次第です。日本でも公開された、エチオピアのコーヒー生産組合の取り組みを描いた「おいしいコーヒーの真実」というドキュメンタリーがありますが、あそこに描かれている様子はまさに情報の非対称性を解消するための生産・流通段階での取り組みという経済学的に見ても極めて合理的なもので、あの映画がどちらかというとアンチ市場・経済学という文脈から(のみ)受け止められるとしたらそれは残念だな、と思っていました。

>何かご指摘ございましたら、よろしくお願いします。
 指摘というほどではないですが、文中に盛んに「コヨーテ」という(たちの悪い)仲買人のことが出ています。「コヨーテ」は中南米では極めて一般的な存在で、アメリカへの不法移民などを仲介する業者もその名で呼ばれていますよね。このような「コヨーテ」が一種の階級のようにして存在するのは中南米の地域に特有の現象だ、ということはないのでしょうか。たとえばアフリカなど他の地域でもコヨーテと同じような仲買人が介在して同じようにレントをむさぼっていると考えてよいのでしょうか(ちょっとベトナムは違うような気がしているのですが)。このところが少し気になりましたので、よろしければご示唆いただければ幸いです。

北澤北澤 2010/02/20 23:32 梶谷先生(梶先生ではありませんでした。大変失礼いたしました)

早速お返事?ありがとうございます。

喜んでいただき、私も嬉しいです。さて、アフリカのコヨーテに関してですが、私もよくは存じませんが、生産者が弱く、市場へアクセスできなければ、それに付け込んで儲ける人が出てくるのは、中南米もアフリカも変わらないと存じます。

上記で触れられている「おいしいコーヒーの真実」という映画ですが、一昨年、私が日本に持ってきて、なんとか公開にこぎつけた経緯がございます。

日本では、あまり知られていないコーヒー貿易の問題やフェアトレードについて、多くの人に知ってもらえたことは良かったのですが、あの映画の後、現地がどうなったのか?という課題が残りました。

と言いますのは、あの映画の作られた2002年ごろは、まさに「コーヒー危機」の真っ最中で、この100年で一番コーヒーの国際相場が低かった時期でした。たしか1ポンド当たり40セントという未曽有の低価格で、多くのコーヒー生産国、生産者が困窮しました。

しかし、この映画が日本で公開された2008年には、すっかり背景は様変わりしていました。2003年の末ごろから、穀物や石油などの商品相場の高騰に伴い、コーヒーの価格は上昇を続け、2008年には1ポンド当たり、確か130セントを超えるくらいになりました、これはフェアトレード価格を超える価格です。

映画の中ではコーヒーの価格が問題視されていたので、これだけ価格が上がれが、現地も潤い、問題も解決しているのではと一見思われますが、私は、あまり変わっていないのではないかと漠然と思っていました。

それで、昨年の11月に、アジ研から幸いにも研究費をいただき、現地を見に行ってきました。「『おいしいコーヒーの真実』のその後の真実」を見てきたのです。

登場人物がどうなったか?、フェアトレードの効果、たとえば、映画の中で組合員がフェアトレードのプレミアムを学校建設に使おうと決議する場面がありましたら、実際に学校は建ったのか?等を見たいと思い、主人公のタデッセさんに付き添ってもらい、2週間ほど現地を見てきました。

たかが2週間の調査ですので、どこまで真実が見れたかはかなり疑問ですが、なんとなく、色々と感じることができました。

コーヒー相場の上昇によって、確かに現地での買い取り価格も上昇していましたが、生産者のおかれた立場、生活は、やはりあまり変わっていませんでした。

その原因の一つと思われるのは、生産性の低さです。エチオピアでは庭先でちょろっと作っていたり、山の中で作っていたりするので、一家族の生産量が多くても数百キロ、少ないときは数十キロなんてこともありました。

これでは、どんなに価格が上がっても、あまり意味がありません。

価格ももちろんそうですが、結局、生産性を上げることが重要なのではないかと思いました。しかし、現在、コーヒー生産に携わっている全ての人が、生産性を上げてしまっては、生産量が増え過ぎ、価格の下落を招きます。そのためには、生産性を上げつつ、コーヒー生産者を減らし、その労働量を吸収する産業を興さなければならないのではと思いました。

経済発展がやはり必要だと思いました。

また、農業が本来持つリスクの高さを考えると、日本やフランス、米国でさえ、農民はさまざまな政府からの補助金などが必要なのですから、途上国ではなおさら、農民にサポートが必要です。

そう考えると、そのサポートをまかなうだけの税収が必要だと思い、そのためにも経済発展が必要だと思いました。

もうひとつ現地を見て感じたことがあります。地方のコーヒー生産地を車で走ると、多くの大人、子どもが黄色いポリタンクを持って水を運搬していました。これが、彼らの生産性を破滅的に低めているのは一目瞭然でした。インフラ整備が焦眉の課題であり、そのためにも経済発展による税収増加が必要だと思いました。

もちろん、その税収をちゃんと使う、グッドガバナンスも必要ですが。

フェアトレードの調査に行って、結論は「経済発展が必要だ!」ということでした。

フェアトレードのプレミアムによって学校や井戸が実際に作られていて、上記の問題点のさまざまな部分で功を奏しているのは確かだったのですが、なかなか課題は複雑だなと思いました。。

見てきたこと、考えたこと、まだまだ整理がついていなくて、うわごとの様な事を書いてしまい申し訳ないです。

今年の5月のフェアトレード月間に、フェアトレード映画祭を企画しておりまして、この映画の上映とエチオピア調査の報告会をやる予定です。ご都合つきましたら、是非お越しくださいませ。

北澤北澤 2010/02/20 23:34 追伸です。

ちなみに、この本の表と裏の表紙の写真は、今回エチオピアに行ったときに撮ったものです。なかなか良い写真が撮れたと自写自賛です。

kaikajikaikaji 2010/02/22 23:48 北澤さん(私のことは梶谷さんとでもピエールさんとでも読んでいただければと思います)、興味深いご報告ありがとうございます。


>その原因の一つと思われるのは、生産性の低さです。エチオピアでは庭先でちょろっと作っていたり、山の中で作っていたりするので、一家族の生産量が多くても数百キロ、少ないときは数十キロなんてこともありました。
これでは、どんなに価格が上がっても、あまり意味がありません。

 なるほど、本の中にも書かれていましたが生産者が価格の上昇に対して弾力的に生産を伸ばすことができないという問題ですね。もしかしたら農民の方もコーヒーの木を余計に植えるなど生産を伸ばす手段はあるのに、また価格が下がった時のリスクを考えて慎重になっているのかもしれませんね。

 農業の生産性向上と工業化による余剰労働力の吸収が同時に起こる必要がある、というのは開発経済学のいわば鉄則ですよね。これはブログにも書いたことですが、もともとフェアトレードのような最低価格保証が効力を発揮するのは、数年前のように外部要因によって生産物の価格が大きく下落した状況の下でだと思いますので、コーヒー価格が上昇に転じてくると、むしろオーソドックスな開発経済学が想定していた状況に近づいてくるのかな、という印象を受けました。

>もうひとつ現地を見て感じたことがあります。地方のコーヒー生産地を車で走ると、多くの大人、子どもが黄色いポリタンクを持って水を運搬していました。これが、彼らの生産性を破滅的に低めているのは一目瞭然でした。インフラ整備が焦眉の課題であり、そのためにも経済発展による税収増加が必要だと思いました。

 以前NHKの世界のドキュメンタリーでも、ワールドビジョンのボランティアがアフリカ農村で池から水を引くなどの援助プロジェクトを行うために奮闘する番組を放送していました。http://d.hatena.ne.jp/kaikaji/20080508/p1
 「わかっていても、優先順位をつけてそれを実行することはとても難しい」という援助の様子がリアルに描かれていて非常に興味深かったです。
 
 結局イースタリーの言うようにフィードバックという名の試行錯誤を続けていくしかないのでしょうね。いろいろ大変だと思いますが、今後も北澤さんのご活躍に注目していきたいと思います。

北澤北澤 2010/03/05 11:16 梶谷先生

大変遅くなって申し訳ございません。素人じみたことを(実際、素人ですが)長々と書いてしまい、恥ずかしくなってしばらく読む気になれませんでした。。。笑

ある省の若手勉強会が「おいしいコーヒーの真実」を見て、色々と考えさせられたということで、話しに来て下さいとオファーをいただきました。

本や映画で、このような問題を広く知ってもらって、色々なプレイヤーに関心をもって、かかわってもらえたらと思っています。そして、さまざまなフィードバックがあればと。

今後も色々と教えていただければ幸いです。

kaikajikaikaji 2010/03/06 23:07 北澤さん、こちらこそよろしくお願いします。あと上でも書きましたように「梶谷さん」と呼びかけていただければと思います。それでは。

北澤北澤 2010/03/07 10:04 梶谷さん

了解しました。よろしくお願いします。

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