梶ピエールの備忘録。 RSSフィード

2017-10-27

[][]それでも中国は世界第二位の経済大国である(下)

実質GDPが過大評価されるということはどういうことか

 (承前)さて、本書の59ページ図表9では、中国経済の公式統計が様々な「疑惑」を抱えていることをもって、「中国の実質GDP成長率が1985年以降の30年間、毎年3%水増しされている」という「控えめな」仮定をおいたとしても、実際のGDPは公式統計の3分の1であり、日本を下回ってGDPは世界第3位になる、と述べている。言うまでもなく、この主張は本書のタイトルの根拠にもなっている。ただ悪いけど、これは典型的な「ダメな議論」だと思う。

 「中国のGDP統計に怪しいところがある」というのは事実だし、「年によっては実質成長率が数%過大に評価されている」ことも十分あり得る話だ。だからといってそこから「30年もの長期にわたって3%過小評価され続けている」という結論は、どうやったって出てこない。

 そもそも、「実質GDP成長率の水増しが少しずつ重なって、最終的にはGDPにとんでもない過大評価が生み出されている!」というのは少しでも経済統計を知っているものならかなりおかしい、あり得ない仮定だということがわかるはずだ。まず、名目GDPはその時点でのフローの経済活動について計算するものなので、統計の性格上「誤差が積み重なって最終的にとんでもなく大きな誤差になる」ようなものではないからだ。

 GDPの公式統計に疑いの目を向けている専門家としては、一橋大学のハリー・ウー氏がいる。ウー氏は、政府の公表するGDP成長率が長年にわたって過大評価されてきた要因として、第一にサービス部門の成長率が雇用の伸びに対して明らかに過大に評価されていること、第二に価格指数が実態を反映しておらず、その分実質GDP成長率が過大に評価されていることを挙げている。ウー氏はこれらの点を補正して独自の推計を行い、1978年から2014年までの実質GDP成長率は公式統計の年平均9.8%より低い平均7.1%であり、1990年価格で測った2014年の実質GDPも公式統計より36%ほど低くなる、と結論付けている*1

 ホラ、やはり3分の1は過大評価されているじゃないか、と思うかもしれない。ただしこれはあくまで実質GDPのはなしである。実質GDPは?名目GDPの値を?ある年を基準にしデフレーターで割ったものだ。だからこれが過大評価されているとすれば名目GDPの過大評価と、デフレータの過小評価の二つの可能性がある。

 上記のように名目GDP統計における「誤差の累積」が考えにくい以上、過大評価のほとんどはデフレータの過小評価によるものだと考えたほうがいい。デフレータであれば、各年ごとの誤差が累積され、大きな誤差になる可能性も否定できないからだ。しかし例えば、中国の実質GDPの成長率が毎年3%過大に評価されていたとしても、それが全てデフレータの過小評価によるものだったら、名目GDPの過大評価はゼロとなる。つまり、「実質GDPが36%過大評価されている」ということは、「現時点での名目GDPが公式統計よりも36%過小である」こととは全く意味が違うのだ。

 図表9のグラフを描く前提として上念氏は「1985年以降の公式実質GDP成長率が公式3%、6%、9%それぞれ過大評価であると仮定して、その分を補正した、と断っている。だが、実際に描かれている図9で示されているのは日本と中国の名目GDPに関するグラフである。しかし、図表9を導出する際に、実質GDP成長率3%の過大評価の内どれだけを名目GDPの過大評価分とみるか、ということについては何も触れていない。

 これでは、実質値と名目値の区別が全くついていないか、分かっていて「中国経済にたいしてよい印象を持っていない、それほど経済統計に詳しくない人たち」をごまかそうとした印象操作をしようとしている、と言われても仕方がないだろう。

むしろ、過少評価されている?

 そもそも、中国のGDPの信頼性に関する議論は現在では「周回遅れ」の印象がある。確かに株価の乱高下など中国経済のリスクが強調された2015年には、公式統計の信頼性を疑う識者の発言や、それを検証しようとするレポートの類が日本だけでなく、海外でもあふれていた。しかし、そういった議論は、2016年の半ばくらいから明らかに下火になっている。一つには政府が明確な景気刺激策に転じたことによって景気が上向いたこと、そのことによって「オールド・エコノミー」が活性化したため、2015年の段階では公式統計に比べて低迷したことで目を引いた「李克強指数」などの代替指数が、公式の実質GDP成長率よりも高い伸び率を記録してしまったからだ(図)。

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 2016年になり、中国政府が需要を下支えするために積極的な公共事業を行うようになると、貨物輸送や電力消費量と言った「オールド・エコノミー」の代表的な指標が急激に上昇し、その結果李克強指標の成長率は公式GDPの成長率を大幅に上回るようになっている。

  また、「中国政府のごまかしが効かない」究極の統計としては、米国の軍事気象衛星により撮影された夜の地球表面の画像データを用いた研究がある。この衛星画像による夜間の光強度データは、都市域の拡大、人口分布面の推計、エネルギー消費量・GDPの推計などの人口・経済指標と強い相関を持つことが知られている。クラーク=ピンコフスキー=サラ・イ・マーティンは、衛星画像から得られた2005年から2013年までの各省ごとの夜間の光強度の年間累計値と公式GDP統計、李克強指数などGDPの代替的な指標との関係を求めた上で、それをベースに2014年と2015年の実質GDP成長率について独自に補正を行っった。そして、2015年後半に中国経済が急速に収縮したという多くの専門家の指摘に反し、実質成長率に関する彼らの独自の推計値は公式統計の数値よりも高いという結果を示している*2。ただし、この方法で用いられている夜間光のデータは2013年までのものであり、2014年以降のデータを用いて同様の推計を行った場合は異なる結果が得られる可能性があるので、この点は今後改めて検証される必要があるだろう。

 いずれにせよ、どのような代替指標であっても、それがある特定の時期の公式GDPの値が数%程度過大評価されている可能性を示唆することはあっても、20年間とか30年間の長期にわたってそのような過大評価が持続していることを示すものは一つもない、といってよい。

  中国経済に問題があることは間違いない。しかし、そこから「GDPが公式統計」の3分の1だ」といった極端な主張を引き出せるというわけではない。きちんと論理を積み上げればそのような飛躍した結論が出てくるはずがなく、そこにはある一定の政治的な意図に基づいた印象操作が行われている、と結論付けざるを得ない。

 

 上念氏は、中国経済が崩壊した後も「軍事強国」化する可能性があることを指摘し、それに備えるために日本の軍備増強を説いている。中国が今後の日本にとって安全保障上警戒すべき「仮想敵」だ、という主張は、現在の東アジア情勢を考えれば当然あってもいいだろう。だが、もしかりにそのような主張に妥当性があるとしても、中国の経済を含めたソフトパワーの実力を必要以下に見積もり、取るに足らないものとして軽視してよい、ということにはならないだろう。まして国際的に通用しない印象操作によって「実は中国は日本以下のとるに足らない三流国だ」と溜飲を下げるなどというのは愚の骨頂である。むしろ慎重かつ客観的に相手の力を見極めて、その上で日本はどうするべきなのか、戦略を練るべきではないだろうか。真の「愛国者」に求められるのは、そのような姿勢ではないだろうか。

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