梶ピエールの備忘録。 RSSフィード

2018-06-23

[][]お仕事のお知らせ

 6月22日付のシンガポールの華字新聞『聯合早報』に、「米中貿易摩擦の背景」と題する論評を寄稿しました。

https://www.zaobao.com.sg/forum/views/opinion/story20180622-869237

 ただ、これは中国語の会員限定の記事なので、以下に元の日本語の原稿を公開します。

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2018年3月22日、トランプ米大統領は中国の政府・企業による知的財産権の侵害により米企業に損害が出ているとして、米通商法301条に基づき、中国製品を対象に最大600億ドル相当の輸入品に25%の追加関税を課すと宣言した。また、米国政府は、それに先立ち通商拡大法232条に基づく鉄鋼・アルミニウムの輸入制限にも踏み切っている。事態の早期解決を図るため両国間では貿易協議が頻繁に行われ、6月2〜3日に北京で行われた第3回の貿易協議では、中国側は米国から農産物やエネルギーの輸入を年間700億ドル増加させる条件として追加関税の取り止めを求めたと報じられた。しかし、米国通商代表部は6月15日に500億米ドルの中国製製品に対し25%の追加関税を、また19日には2000億米ドルの中国製品に対し10%の追加関税を課すと宣言した。中国政府も直ちに米国産の農産物などに対し報復関税を課すと発表、世界の二大経済大国間の貿易戦争は一触即発の状況にある。

 さて、今回の米中貿易摩擦で特筆すべき点は、中国政府が一貫してグローバル化と自由貿易の受益者として、米国政府の政権の保護主義的な政策を批判するという構図が明確になった点だ。

確かに、トランプ大統領並びにそのブレーンたちの発言からは、基礎的な経済学の知見を無視するような姿勢が目立つ。例えば、トランプ政権における通商政策のブレーンとされるピーター・ナバロ氏は、ウォールストリートジャーナル紙の論説で、中国の米国に対する貿易黒字は、国家主導の投資や知的財産権の無視による「偽の比較優位」に基づくものだと主張している。しかしその主張に欠けているのは、一国の形状収支はその国家の貯蓄と投資のギャップによって規定される、と言うマクロ経済学の基本的な知識である。

 これまで自由な市場経済の優位性を説く主流派経済学を「武器」として各国に自由貿易を迫ってきた米国が、そのロジックを無視した主張を公然と行っているのは残念なことだ。では、なぜこのような現象が起きているのか、少し違う角度から考察してみよう。

 トランプ政権の反グローバリズムかつ保護主義的な姿勢は、米プリンストン大学教授のダニ・ロドリック教授による著書『グローバリゼーション・パラドックス』の議論を思い起こさせる。同書の中でロドリック教授は、グローバル化の推進、国家主権、民主主義と言う3つの目標は、同時には達成されないトリレンマの関係にあると主張した。ここで言う民主主義とは議会制民主主義のことというより、所得の所得分配の平等性、すなわち経済的な民主主義のことを意味している。米中両国についてみれば、3つの目標のうち、国家主権を放棄するという選択肢はまず考え難い。すると残るのは、グローバル化推進か、所得の平等化の実現か、と言う2つの選択肢の間に存在するジレンマだ、ということになる。

 このジレンマの関係から、トランプ政権の保護主義的な動きは理解できるように思われる。すなわちオバマ政権までの米国は、まごうことなきグローバル化の推進者であったが、その結果として国内においてあまりに大きな富の偏在すなわち所得と資産の不平等が生じてしまった。これに対して不満を抱いた多くの人々が大統領選挙においてオバマ路線を継承するクリントン氏ではなくトランプ氏を熱烈に支持したのではないだろうか。

 中国も同様のジレンマに直面している可能性がある。パリ大学のトマ・ピケティ教授らは2017年に発表したNBERのワーキングペーパーにおいて、上位0.5%までの納税額のデータと、家計調査のデータを組み合わせて、1978年から2015年までの中国における所得と富の蓄積ならびにその分配状況の変化に関する分析を行っている。

 分析の結果、中国における総資本ストックとGDPとの比率は、1978年には350%だったものが、2015年には700%近くまで増加したことが明らかになった。このような動きは、ピケティ教授がそのベストセラー『21世紀の資本』で明らかにしたように、経済のグローバル化が進む中、多くの先進国で見られた。しかし、中国のGDPに対する総資本ストックの伸びは、先進国と比べても際立ったものである。

 ピケティ教授らによれば、こういった急激な資本蓄積を背景にして、資産保有額ならびに所得の格差の水準は1990年代に急速に拡大し、北欧諸国に近い平等な水準から、現在はフランスなどヨーロッパの主要国の水準を上回り、米国の水準に近付きつつある。具体的には、上位10%の所得比率は、国民所得の27%(1978年)から41%(2015年)に上昇した半面、下位50%の比率は27%から15%に低下している。

 このことは、現在グローバリゼーションの受益者として、米国に代わってその最大の推進者として振舞っている中国においても、このままグローバル化の深化と経済格差の拡大が並行して続いていくなら、それはやがて民衆から強い反発を生み、社会を不安定に陥れてしまう可能性があるということを意味している。

 そう考えると、現在の中国政府の親自由貿易、親グローバル化の姿勢も、決して今後長期にわたって持続するものではない、と考えるのが妥当だろう。たしかに、現在の米中貿易摩擦が長びくことは、世界経済にとって大きな経済的な損失をもたらすものであり、日本を含む各国はその早期解決を望むメッセージを明確にすべきだろう。と同時に私たちは、ロドリック教授が指摘したように、現在進行中の経済のグローバル化がそもそも根本的な矛盾をはらんだものであるということも、きちんと目をそらさずに認識しておく必要があるのではないだろうか。


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