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2015,02/18 オスマンの亡霊:西アジア問題

政治哲学者マイケル・ウォルツァーが「イスラム主義と左派」を書いている(SYNODOS)。


1990年代以降のウォルツアーやローティハーバーマスらの正戦論は個別に解読しなくてはならないが、このウォルツアーの提議についていえば、アメリカ&グローバル帝国主義への抵抗勢力に対して野蛮だとか時代錯誤という認定だけではむしろ抵抗勢力の支持層を増やすことにもなるのではないかとまずは釘を刺したい。敵対関係にある一方の勢力の価値に加担する前に、また最善の方策を捻出する前に、<敵>のすべてを理解すること。これは孫子の教えである。


イスラーム主義が西欧近代主義に対する絶望的な闘争であることは、19世紀スーフィズムのタリーカの闘争の展開からみれば明瞭に見える。また、オスマン帝国の壊滅過程からも。そうしてそれは、清の崩壊と江戸幕府崩壊とも重なる。個別には違うとはいえ、19世紀に大英帝国とロシア帝国の競合があり、新興国のアメリカ帝国が追う。弱い国は併合され植民地になった。日本でも攘夷運動が展開したが、結局は近代派に転向した長州薩摩が勝った。日本はオスマンとは異なり、近代化に成功した。しかし西欧への屈折した感情はむしろ増幅した。その結末が大東亜戦争であり、大日本帝国の消滅であった。


イアン・ブルマなどは日本の反西欧思想とイスラーム主義を近似したものとして捉える(『反西欧思想』新潮社)。ブルマの理解には間違いもあるし、第二次大戦の西洋連合国とイスラエルに対してあまりに身贔屓があるのでそこは差し引くとして、日本とイスラームのそれらが西欧列強へのリアクションであったということではそういえる。オスマンの後期が、途中までは驚くほど日本に似ているのはそのためだ。また、ブルマは触れていないが、日本と同様の攘夷思想は清にも朝鮮にもあった。


今日のイスラーム主義の展開について、そうした歴史また文明的認識ではなく、イデオロギー闘争でやろうとウォルツアーはいう。この提案は、試みる価値があるとは思う。


しかしながら、第二次世界対戦後のイスラエル建国戦争を国連(英米をはじめとした列強)は擁護したこと、まずはそこからしか話は始まらない。歴史を遡ってもきりがないという批判が予想できるが、それは歴史の否認にほかならないし、第一、<敵>が明確にそう主張している以上、そこは踏まえて議論に参画すべきであろう。第一次世界大戦時のオスマン消滅や、イギリスがフランスとオスマン領土を分割した密約であるサイクスピコ協定、またはユダヤ主義=シオニズムにイスラエル建国を約束したバルフォア宣言などの問題はなによりもイスラエル問題から遡及した問題にすぎないのであって、ある個別の歴史をいかに認識すべきかという議論で触れるのは当然の手続きである。もしイスラエル建国がなければ、西アジア情勢がどうなっていたかは分からないし、同じだったかもしれないが、それでもいまよりずっと内戦に近かったろう。


イスラーム主義、またそこからイスラーム教典に遡及して宗教批判を始めてしまえば、ユダヤ主義の敵を滅ぼせというヨシュア記や申命記での戦争論理も、外ジハードと同様に論じる必要があるし、また仏教の名の下に行われた魏の大乗の乱では殺すことが菩薩への道ともいわれたこと、あるいは日本やスリランカでの宗派内戦、臨済の殺仏論や親鸞の千人殺害論も同時に論じる必要もある。しかし宗教批判が宗教改革につながり、教典の記載を今日の視点から裁くことしか選択肢がないとする見解に対しては、それもまた近代教というひとつの宗教(価値体系)ではないかともいいたくなる。


近代文明の価値基盤が西アジアから問われていることは間違いない。どう考えればよいかわからず、とにもかくにもイスラームと西アジアの歴史を再勉強しなくてはならないと乱読したら、やはりウォルツアーの正戦論は一つのコミットメントの表明に回収されてしまうといわざるをえないと思うにいたった。


再読したなかで最も説得力があり刺激的であると思えたのは、カール・シュミットの《政治的なものの概念》であった。


シュミットはいう。「人類そのものは戦争をなしえない。人類は、少なくとも地球という惑星上に、敵を持たないからである。…一国家が、人類の名においてみずからの政治的な敵と戦うのは、人類の戦争であるのではなく、特定の一国家が、その戦争相手に対し普遍的概念を占取しようとし、みずからを普遍的概念と同一化しようとする戦争」なのであり、それゆえ、「人類」とはイデオロギーの道具であるとする。さらに有名な箴言が続く。「人類を口にする者は、欺こうとするものである」。


シュミットが批判したのは戦前の国際連盟のことであるが、その批判は戦後の国際連合にも鋭く突き刺さったままである。これらを踏まえるなら、国連はそもそも朝鮮戦争以来、全く無意味な機関である。国連軍の実態とは、いかなる国家からも独立した軍などではなく、理事国という名の列強による多国籍軍である。名前を変えてあたかも普遍主義平和主義を装うことは欺瞞である。また理事国という階級を設けることもおかしい。各国は対等であるのだから。国連は世界各国の会議の場所としてはよい。しかし決してそれを権威とみなすような過ちは犯してはならない。国連はホールだけでよく、決議などの政治的な機能を持つべきではない。なんとなれば、欺瞞であるからだし、組織内での公平な選挙さえ行われない破綻した組織だからだ。


アメリカ帝国についてはいうこともない。アフガン、湾岸戦争、イラク戦争で短期的な戦闘には勝利したが、現在にいたるゲリラ戦争と統治不能状態からいえば、明らかにアメリカは敗北している。インドシナ戦争を継承したベトナム戦争の二の舞いであるのはいうまでもない。


流石に日本の世論はアメリカ主義でもイスラーム主義擁護でなく、中庸の見解が多いようだ。もちろん、政府が対中国で日米同盟を固めようとするあまり、イスラエルに寄り過ぎた問題がある。一部左翼と野党が政権交代のためのキャンペーンを繰り返してはいたが、その視野狭窄は自分たちでも気づいていたようだ。政府のアメリカ寄りを批判するのであれば、あるいは、アメリカの戦争に巻き込まれたくないのであれば、そもそも日米同盟の解消こそが主張されるべきなのだが、そんな声はほとんど聞かれない。日本の左翼からすれば、日米同盟解消によって、日本が自主防衛に軸を移し、対中国・ロシアを牽制しうる軍事力(防衛力)を保有することを怖れているのかもしれない。もっとも、侵略戦争と防衛戦争を意図的に混同し、防衛する権利さえもないのであると、超越論的に説教するのは、カルトないしアレルギー反応でしかなく、脊髄反射の反応でこそあれ、なんら思考や論理的な検証を経たものではなく、つまりは論外である。


日本の左翼からウォルツアーのような論客は出てこないだろうか。いまの雑誌を見てると無理だろう。ただ、ネット雑誌には可能性があるが公論の場としては機能していない。2ちゃんねるTwitterでの口喧嘩、罵倒合戦のなかにちらちらとみえる知性の種の方が、そうしたネット大衆の言葉の方が、大衆を全的に否定して反知性主義を嘆く身振りで、自らのエリート主義を正当化する行為よりもましであろうか。


ぐるぐる回るが、イスラーム主義を語る難しさは、イスラエルを批判する難しさと等価である。イスラエルへの批判は、反ユダヤ主義といとも簡単に結び付く。


イスラームが多神教や異教を敵とみなしているのもたしかだろう。(イスラーム主義に関しては、サイイド・クトゥブはインドのヒンドゥーや日本の宗教を偶像崇拝として批判している。コーランでは強制改宗はないと書かれているが、イスラーム初期の642年、東ローマ帝国との戦争で疲弊した隙を突いてサーサーン朝ペルシアを倒し、ゾロアスター教はほぼ消滅した。)


しかし、日本ではイスラームへの強制改宗はないし、これからもないだろう。もしあれば、草木国土悉皆成仏、および、神仏習合の伝統的な鎮護思想でもって退散させられるに違いない。そうであれば、やはり脅威ではないし、事実、いま現在日本でのイスラーム嫌悪は見当たらない。オウム真理教事件の記憶がそうしたバランスをとらせているのか、やはり対米感情の屈折がそうさせるのか。または、イスラーム文明との接触が歴史的に稀少であったためか。(イスラーム商人が支那まで来ながら、日本に来なかったのも不思議であるが、貿易としては支那で足りたということなのかもしれない。)


欧米でイスラーム嫌悪があり、イスラーム脅威があるのは、移民問題もあるにせよ、やはりここ二百年自分たちが西アジアに何をしてきたかを知っており、それをさらに否認して抑圧するから、最悪な形で再び出現しているということだろう。


イスラーム国とは、やはり欧米エゴイズムの鏡であるとそれがしは信じる。自らのモンスターが転移して増殖したのだ。


イスラーム国は壊滅するかもしれない。しかし、イスラーム主義はますます尖鋭化するだろう。イスラーム国を支持するものは西アジアのみならず、インドネシアやフィリピンなど東南アジアにもいる。近い将来、イスラームの人口はキリスト教人口を上回るともいわれる。これだけの歴史と勢力を持つイスラームを過小評価することは愚かしい。


やはりユダヤ教基督教、または仏教、ヒンドゥーでもいいが、世界の宗教界はイスラーム法学者と真摯な議論を二百年くらい続ける必要があるのではないか。政治的解決とは結局はパワーゲームであり、その解決とは常に短期的なものにすぎない。もちろん、未来は予測不可能であるし、既存宗教とまったく異なりながらも信者を驚くべき速度で獲得していくような新興世界宗教も生まれるのかもしれないが、各宗教はそれぞれの歴史と教義を互いに尊重しつつ、なんらかの共通理解を図っていくことはできるはずだ。


附言すれば、現在の西アジア情勢に際して、イスラムと西洋の対立ではないと必死で欧米は主張しているが、火消しとしてはいいし、穏健派イスラームともそこは共有できるかもしれないが、それは方便にすぎず、歴史の否認としては欺瞞である。


続附言。中東という地理概念は、西欧からの方角である。日本では西アジアというべきだろう。そうすれば東アジアの隣接地域という意味が発生し、遠い問題ではないという認識に幾許かの寄与はするだろう。

(Facebookに掲載した文章の増補改訂)

2014,07/05 すでに64年前に行使されていた集団的自衛権

国連憲章第51条によれば、集団的自衛権は個別的自衛権とともに、あらゆる主権国家に認められている。自然権として個人に人権があるように、国家の自然権の一種といっていいのだろう。

この集団的自衛権を戦後日本政府は公式に行使を容認していなかったとして今回の閣議決定にいたった。


だが、実際には国連軍の要請によって1950年の朝鮮戦争の際に海上保安庁の特別掃海隊が朝鮮水域にしかけられた機雷を処分した。

つまり、1947年に日本国憲法が効力を持ってからわずか3年後の1950年に、すでに集団的自衛権の行使は容認され、実際に行使されたのである。


…っつうことは、すでに前例があるんだから、そもそも議論することなかったんじゃないか?という疑問がわく。

この朝鮮戦争の際の参戦を批判するひとがいるのだろうか?いるとすれば、北朝鮮側(中国、ソ連)を支持するひとか。せっかくしかけた機雷を除去されたのだから。すくなくとも、韓国(南朝鮮)でこれを批判するひとはあるまい。反日で有名な当時の李承晩ももちろんこれは歓迎した。


もし集団的自衛権の行使が憲法9条違反であるとするなら、この朝鮮戦争時の特別掃海隊もまた憲法9条違反であり、したがって違法行為として提訴すべきと主張すべきではないのだろうか。


すでに過去のこととはいえ、「人道に対する罪」には時効はないというのが最近の流行らしいので。

2014,07/04 自衛隊と警察は憲法違反とする説について

憲法学の標準的な教科書(岩波有斐閣)をいくつか読むと、驚くことが書いてあった。

9条で不所持とされる「戦力」には、自衛隊はもちろん、警察も含まれるとするものだ。教科書には「有力な説」として紹介されていた。(ただし、あくまで脚注においてである。しかし脚注といっても同一ページに段落違いで掲載されるタイプの脚注で、実際には補足的な副文、つまりは結局読者が目を通す本文である)。

法解釈学でそうした説がありあるのはわかるが、しかしそれが「有力な説」であるとして、その提唱者についてさえも明記しないとは。しかもそれが権威とされる芦部信喜氏による教科書なのだから、これは衝撃だった。(他の教科書では誰の説かは明記されているが、全体的な説明としては護憲派の主張にそうものだった。)

もちろん憲法は国民のものであり、どこにも学者に主権があるとは書かれていないが、日本の憲法学は護憲派によって独占されているのではないかと懸念する。法学部の方からすればこんなことは常識なのかもしれない。

さて、護憲派、いや9条主義者のなかに、どれだけこうした「武力なき自衛権」を支持するひとがいるのだろう。この立場からすれば、自衛隊と警察は憲法違反の非合法組織ということになる。

さすがにそれを主張するひとは、いたとしても9条過激派だろうし、今回もそうした声を聞いたわけではない。しかし、「有力な説」と、有力な権威をもつ教科書に書かれているんだよなあ。

この説によれば、許されている自衛権は、民衆が武器をもって対抗する場合とのこと。外交も自衛権と書かれているが、これはさすがに間違いだと思うし、なにをいってるんだろうか?外交が禁止される対象として論じられている??

しかし、アメリカのように民兵が憲法で保証されており、銃所持なども許されている国とは違うわけで。

というか、どう考えてもこの説は荒唐無稽なのだが、常識的に。

おそらくは、戦争直後のまだ暴力革命を信奉していた頃の日本共産党系の法学者による説ではないのか。

いや、ヴェーバーが定義する暴力の独占としての国家、という説明はわかりますよ。

わかりますけど、それをそこで書くかな?初学者の教科書で。瑣末な理論のようにしか思えない。

ガッツリ説明されてあればそれはそれで興味深いですがね。

警察が違法だなんて、交番に向かっていいたくなるではないですか。

「おまわりさん、あなたは非合法の公務員なんですって。警視庁も非合法組織なんですって。先生がいってました。」

って、兄貴がセクト活動家だった中学生みたいじゃないですか。こんなこというと。


むかし、自衛隊は非合法組織だと聞いたことがあった。そういう風に考えるひともいるんだろうということで都市伝説のようにおもっていた。

どっこい、いまでも現役で、それも教科書でくりかえしくりかえし刷り込まれているということか。

しかし、そういうこといって共産主義革命の種になるとでも夢をみておられるのだろうか。

それに、共産主義国家で軍・警察組織が不在なわけがないわけで。

であれば、むかしの革命家が夢想するのはわかるが、いまやそんなこといってなんの意味もない戯れ言ではないのか。

もちろん、戦前の言論統制軍部暴走という歴史認識はわかる。

しかしそれはそれでまた別に書き方があるだろう。

あるいは、9条絶対主義が前提にあって、それを示唆する目的で、「有力な説」として紹介しているのであれば、多数派論証というやつではないか。

権力を持つ学者が、しかも一流とされる学者がそれをやるのは、さすがに反則ではないか。これもまた権力の濫用ではないか。

と、瑣末だがやはり重要な一件であるとおもわれるので記す。

2013,06/22 憲法論議は古代法よりはじめるべし

イギリスには憲法がない。

つまり、成文化された憲法典がない。

イギリスは憲法の祖国ともいわれるが、名誉革命の王制復古によって古代法遵守が選ばれたためだそうです。また政治体制として憲法の精神を体現させたから成文化する必要もなかったとも。イギリス法は判例法(コモンロー)が基盤であり、ほかに制定法や慣習法があり、そのなかで権利や自由の理念が規定されている。だからというか何というか、1215年のマグナ・カルタは現行法。

また、「国民主権」でもなく、「国会主権」。議会による法が最高法で、議会はいわゆる憲法に制限されない。しかも、実際の主権者は女王であり、王は法外の存在。このような国王主権と議会主権が矛盾しなかったのは300年間、王が主権を発動して議会を妨害しなかった慣例法によるという。

いわゆる憲法が成文化されるようになったのは、アメリカ革命、フランス革命以降の慣習。

イギリス法から日本の昨今の憲法改正論議を振り返ってみると、それがしはこう思う。

敗戦後の占領憲法か、いや明治帝国憲法だ、とかいう議論は、著しく近視眼的で、それゆえ議論がつまらない。なんでつまらないかといえば、議論が明治以降の近代日本に限定されているからだ。ここは大陸法的な思考から離れて、イギリス法をモデルにした方が日本にとってはしっくりくるんじゃないか。

ということで、604年に制定された十七条憲法は史上最古の成文憲法なり。

十七条憲法一条は「和をもって貴しとなし、さからうことなきを宗とせよ」「上やわらぎ、下睦びて、事をあげつらうにかなうときは、すなわち事理おのずから通ず」。格調高く、かつ教理でもなく、和を理念とし、議論の本体に関するきわめて具体的な法理念の条文である。いまの憲法論議がぱっとせず、議論の本体を獲得できていないのはこの一条がないためか?

ほか十七条憲法にはこんなものがある。

・法理の遵守(2-3条)

・「群卿百寮、礼をもってもととせよ」という礼法(4条)

官僚における賄賂等の禁止・公正な裁判の実施(5条)

・仁義の重要性(6条)

・各人が職務を全うすること(7-8条,13条)

・「信は義のもとなり。ことごとに信あれ。善悪成敗はかならず信にあり」(9条)

・言論の自由と各人の差異の尊重(10条)

・適正な賞罰と評価(11条)

・無法な税徴収の禁止(12条)

・官僚は嫉妬せずに賢者たるべし(14条)

・不和の原因たる私心を捨て公務に就くこと(15条)

・適正な時期を考慮すること(16条)

・独断せずに必ず多くのひとと議論し、重大な決定は熟議する(17条)

現在でも、そのままの条文として使えるものもあり、文体の格は現行の日本憲法と桁違いである。

イギリス法に見倣い、日本現行法に十七条憲法を再制定するといい。判例法として制定しても、問題は法の適用の瞬間になるので、いまの憲法を議論することなく、すんなり付加するだけ。律令は刑法・社会法なのでちとむずかしいが。

2013,05/24 小平玉川上水道路計画と緑地問題

緑地保全はどんどんやるべきだし、住民投票という手段が存在することも、民主主義の観点からよいことと思う。

しかし、この小平玉川上水道路計画について思うのは、小平市もさることながら、むしろ計画主体である東京都、そして国に対して訴える方がより適切ではないか。都・国は「まちづくり・町おこし」を多様な形で推進するといいながら、一方で数十年前の態度で進行させるのは、時代錯誤なのではないか。

そもそも、小平市長は、市が理想とする都市像を「緑と活力のあるふれあいのまち」としていることとこの道路計画との矛盾についてどう考えているのだろう?渋滞緩和のための新道路の必要性があるとしても、小平市の理念からすれば、本来、市は都の計画に対して反対する立場にあるのだから、都よりむしろ住民の声に寄り添うべきではないだろうか。最低でも入念な説明と議論が必要なはずだ。

しかし、小平市長は十分な対話と議論を事実上拒否し、一方的に友好投票率を指定したり、それに満たない場合は開票しないといったり、市としては都に何もいわないといったり、まるで1950年代の映画に描かれた古典的な権力者のような妄言を連発している。

また、部外者として、しかし都民として個人的に思うのは、市民運動の文脈から「住民投票しかない」と考えるのは一般論または運動の戦略として間違っているのではないかとも他方で思う。住民投票にせよ、国民投票にせよ、それは最終手段であって、それ以前に十分な議論が必要なのだ。「投票による解決」とは「多数決による解決」なのであり、その投票において少数派の見解が考慮されることはロジカルにありえない。住民投票の価値を否定するわけではないが、「数による解決」よりも熟議による解決の方が好ましい。

今回の住民投票はあくまで都市計画に住民が参加するための投票であるともいわれているが、そうしたことにそもそも、なぜ住民投票という形式が必要なのだろう。経緯の詳細は知らないが、それが住民からの提案だとすれば、やはり訴える先は開発主体である都のように思うし、道路計画に賛成する市民との熟議と説得の方が優先されるべきではないだろうか。もし市側からの提案だとすれば、罠としかいいようがない(チラシには住民側からの要望と書いてある)。

最悪、もし住民投票の結果、雑木林の伐採への反対が挫けたとしても、市には市の理念として新たに緑地をつくっていく義務があり、またそのような「緑の都市」こそが小平市の生命線ではないかと訴えることができるように思う。

少なくとも、道路計画が横暴に実行された暁には、「緑と活力のあるふれあいのまち」という理念は放棄し、「アクセサビリティと活力のあるふれあいのまち」と、都市理念を修正すべきであろう。

さらに都民としてでなく、純粋に個人的に思うのは、緑地は地方・田舎にまだまだ大量に残存している。

近代日本の中央集権制によって関東平野の緑地が悉く宅地に開発されていった歴史を踏まえるのであれば、緑地都市を理念として高々と掲げながらも緑地よりも宅地を優先する自己矛盾の甚だしい自治体からは早々と退散し、緑豊かな地方へ移住する方がいいのではないだろうかとも、思う。

関東平野の緑地は山間地につらなる郊外にはまだあるが、平地部分の緑地における原生林は公園をのぞいて壊滅している。しかし、近年、都市緑化構想も推進されている。都市部の緑化は、原生林の保護という観点よりも、現在の高度な人為技術による緑化という観点から考えていく方が適切だろう。

いわゆる自然保護運動にありがちな陥穽は、「自然をいじるな」という命題であるが、歴史的な観点からいえばこれは間違っている。伝統的な日本の風景としてたびたび賛美される里山は、手つかずの自然ではなく、里の民衆が間伐したりずっと手を加えてきたものである。限界集落問題においても、里山に手を加える人手が足りずに、里山の生態系が混乱し、荒れ地・荒れ山となっていると聞く。自然と人為が対立するのではない。里山とは、自然と人為が接するもの、または双方が交錯し、交わる場所であった。

この意味で、自然は放置されれば自生的に成長するとする自然主義的なアナーキズムは根幹から間違っている。

もっとも、極端なディープエコロジーは自然環境保護のためなら人類は滅亡すべきであるとも主張するのだが。人類の営為すべてを全否定するこのような原理主義は、一見、ウルトラファシズムのように見えるが、実体は自分の独善的なイデアを絶対視するエゴイズムにすぎず、公共性や社会的なるものを思考する思想形態のひとつであるファシズムでさえもない。


[参考]

小平都市計画道路に住民の意思を反映させる会

http://jumintohyo.wordpress.com/2013/05/05/2111/