やさしい創造主と、僕たちの話? 〜「虫と歌」 市川春子〜

久しぶりに「すごいマンガを読んだ」という衝撃があった作品。

先日、半透明記録のノトさんにお会いした時に貸してもらい、その日のうちに読破。
(ノトさん交えての女子会の様子は、半透明記録に詳しく書いていただきました。非常に詳しくリポートしてくださったので、そのまま自分の日記にしたいくらいです^^)

さて、「虫と歌」は、4つの話が収録された短編集。
ページをめくって1話めをしばらく読み進めたところですでにヤバい。これは……!小学校5年の時に、大島弓子と出会って以来の感覚かも!
興奮のあまり、何度も繰り返して読んでしまう。ひとつひとつの作品がよくできていて、世界がきれいに完結している感じ。すべてに意味があって、無駄な描写はひとつもない。

シンプルながらも繊細な絵。影の付け方が特に美しかった。空白部分の余白がいいなぁ。
何と言っても特殊なのはそのストーリー。どこからこんな話が思いつくのだろう。SFでもあり、メルヘンでもあり……
しかし、設定は突飛ながら、人物描写はとても真っ当。主人公たちの喜怒哀楽は、まったくまともなもの。だからこそ、読者はすんなりと、非日常でシュールな世界を受け入れることができるのだ。

全体を通して感じたのは、「創造主」、もしくは「神様」の存在。
わたしたちの世界の一段上にいる存在と、わたしたちとの交流。
命の短いわたしたちはいつでも、神様を長い時間の中、置き去りにしてしまう。そんな悲しみが、この作者のテーマなのかもしれない。


以下は、それぞれの話の概要と感想。

※私は基本、じゃんじゃんネタバレする方なのですが、この作品はネタバレしちゃうともったいないと思うので、ストーリーはところどころ伏せてます。ぜひ、私と同じ衝撃受けてください。

星の恋人
母親の長期不在により、叔父の家に居候することになった少年さつき。叔父の娘だという少女にときめいたのも束の間、そこで彼は、衝撃の事実を知る。植物細胞の研究者である叔父が、医療用に開発した新技術。それを使って生まれたのがさつきと、叔父の娘、つつじだと言うのだが……。

叔父さんの家での穏やかな生活が丁寧に描かれ、どこかの家族が撮ったホームビデオを見ているかのような、懐かしくも切ない気持ちになる。庭を吹き渡る風や、陽の日差し、雨など自然の恵みが印象的なのは、さつきとつつじが植物由来だから?つつじが自分の……を……するというシーンは衝撃。それでいいのか!?とは思うけど、それは植物ではなく人間の感性。最終的にハッピーエンドになっているのだからいいのだろう。たぶん植物の世界ではよくある平和的解決法なのかもしれない。

ヴァイオライト
少年たちがサマーキャンプに向かう飛行機が墜落。生き残ったのは、ふたりの少年だけ。大輪未来は、もうひとり生き残った少年、天野すみれと、救助を求めてさまよい歩く。事故のことは何も覚えていない未来。すみれは何かを知っているようなのだが……。

個人的にかなり気に入った作品。描写が抽象的で、言葉による説明も少ないから、一読するとわかりにくいんだけど、なぜか気になって何度も読んでしまう。ひとつひとつのコマの表情とか、木や水の絵が美しい。本当は……だった……が、助けるつもりで未来を……してしまう、その時の絶望の表情が目に焼き付く。超自然の存在が、人間を愛した、という話なのだろうか。ギリシャ神話の悲劇に似てる。

日下兄妹
高校の野球部でエースだったユキテル。肩を壊したのをきっかけに、野球部を辞める決心をする。部員が揃って退部を引き留めにくるが、実はユキテルは以前からもう野球に情熱を失っていたのだ。そんなある日、ユキテルは古びたタンスの金具をはずみで壊してしまう。小さな古い部品は、なぜか意思を持っているかのように動き回り、徐々に成長していく。そしていつの間にか、小さな女の子のような姿になる。両親を亡くしたユキテルは、その生き物にヒナという名を付け、妹として一緒に暮らし始める……。

前半、タンスの部品が成長していく過程がシュールすぎて、ちょっと引いていたら、徐々に可愛い妹になっていくという展開にぶっとぶ。ちょっとカフカの小説に出てくる、「オドラデク」みたいだと思った。ていうか糸巻きのような形状といい、やっぱりオドラデクなんじゃ……。
ヒナはしぐさも可愛くて賢いけれど、人間に見えるかというとちょっと無理があって。目も鼻も口もないし、身体も何でできてるかわからない。それでもいつの間にか、ユキテルや野球部員たちに受け入れられてる、というのが面白い。人間の仲間って別に、人間じゃなくてもいいんだよね、というか。
ヒナとユキテルがずっと一緒に居ることはどう考えても不可能で、あれが最善の方法だと、ヒナにはわかってたんだろう。そう思うと、”妹”というより、”姉”のような存在だったのかもしれない。ユキテルの肩が治るシーンはぎょっとしつつも、美しい。

虫と歌
歌とハナの兄妹は、年上の兄、晃に育てられた。昆虫をデザインし、新種を生み出すという不思議な研究?職をしている晃。ある夜、兄妹の住む家に、人間の姿をしながらも、昆虫の羽と触覚を持つ少年がやってくる。彼は、晃がかつて作った新種で、人間の形にカムフラージュさせたカミキリムシだった。昆虫の絶滅を防ぐべく研究されたのだが、触覚と羽が消えず、人間社会に溶け込めないのを理由に、海の底に封印されていたのだ。地震のはずみで海上に出て、帰巣本能で帰ってきた彼を、晃は引き取り、兄妹と一緒に世話をする。歌とハナも、カミキリムシの少年をシロウと名付け、心を通わせるのだが……。


こうしてあらすじ書くと、改めてすごい話だ。しかしこれも、”星の恋人”と同じくぶっとんだ設定の割に、雰囲気はホームドラマ。ほのぼのと楽しく暮らしている兄妹の生活が心に残る。元気いっぱいの歌とハナ、少しづつ人間らしくなってくるシロウ。しかし、夏はあまりにも短く、鮮やかな風景も、いつの間にか過ぎ去ってしまう……。
途中から、読者にはある程度予想されるラスト。シロウも歌もハナも、結局は、…………な存在だった。「シロウに春を見せてやりたかった」という歌のセリフが泣ける。「生まれてきてよかった」とも。夏に始まり、冬に終わる話は切ない。

晃兄とはいったい何者なのか。あの職業は、いくら設定が近未来?とか脳内補正しても、やはりあり得ない仕事な気がする。生命をデザインし、あらゆる進化や変化を実験できるのは、神様だけじゃないか。

「虫と歌」は、創造主である晃の悲しみを描いた話だと思う。生き物たちを育て、救い、愛し、何度も失いながら導いてゆく。そんな壮大なテーマをホームドラマで描く、ってところが、すごいんだよなぁ。

虫と歌 市川春子作品集 (アフタヌーンKC)

虫と歌 市川春子作品集 (アフタヌーンKC)