掌編1

私はかならず戻つて来るから犬よ 待つてゐなさい、穴でも掘つてゐなさい/松平修文

あれは、事故だった。あなたがいたずらに飛びついてきたのに、私は気付かないふりで身をそらした。いつものスキンシップのはずだった。私たちはまだ新たに越してきた家に慣れていなかった。あなたは棚の角に勢いよく頭をぶつけ、床に倒れ伏してしまった。肩をゆすっても、もうはたりとも動かなかった。あなたはひどく軽く、抱き上げるときゃいきゃいと軽やかに声を響かせたものだった。その声を思い出しながら、私はあなたを段ボールの中に横たえた。ふたを閉めるときにあなたの髪が私の人差し指に巻きついて、さらりとほどけていった。ようやく一軒家に住めるね。隣家との境は林なのだね。落ち着いたら一緒に散歩をしよう。……その林に、あなたを連れて行った。
あなたは真夜中に戻ってくる。あああ・えええ・でえええ。いいい・れええええ・でえええ。その叫び声を私は、布団に丸まりながら聞く。あなたにはたおれてからの記憶がないようだ。叫ぶ、玄関を叩く、ポーチに土くれを、腕のかけらを散らばせる。そんなふうに私を断罪しながら、日がのぼる前に林へと帰っていく。
私はあなたを埋めなければならない。あなたが私の所行をいいふらす前に、あなたが近所を徘徊する前に。深く、地中のもっと深く、よみがえることのできないところまで、穴を掘る。穴を掘る。あなたのからだをとりあげる。穴を掘る。あなたを埋める。地を均す。
夕暮れになるとあなたの気配がわたしを取り囲む。土の、冷たい、腐ったにおいのする抱擁はやさしい。あなたはいつものように私に頭をこすりつける。おかえりなさい。あなたは安堵しきっている。私がまた、あなたをころすともしらないで。穴を掘ることに慣れきったこの毛むくじゃらの手で、それともこの鋭い牙で。