獅子心王、尊厳王、失地王(2)

 前回は「ロビン・フッド」の話題の前ふりのつもりで「キング・アーサー」の話を始めたら止まらなくなってしまい、そのまま終わってしまった。今回はちゃんと「ロビン・フッド」を語るつもりだ。でもその前に、ついでだから「キング・アーサー」の時代から「ロビン・フッド」に到るまでのイギリス史をざっと解説してみよう。
 梅棹忠夫の名著「文明の生態史観」によるとユーラシアの乾燥地帯は悪魔の巣なのだそうだ。昔からこの地域のものすごく無茶苦茶な連中が何度も押し出してきては文明に深刻な打撃を与えてきた。中国の歴史はこいつらユーラシア遊牧民との死闘の歴史と言ってもいいし、ローマ帝国の衰退も元はと言えばアッチラ大王でお馴染みのフン族匈奴)のせいである。370年に突如としてヴォルガ川の東から現れたフン族は東ヨーロッパに強大なフン帝国を築いた。それに押し出される形でゲルマン民族が大移動を始め、彼らの侵入に耐え切れなくなったローマ帝国イタリア半島の経営さえおぼつかない状態になってしまう。
 ゲルマン民族はイギリスにも続々と侵入してきたが、力を失っていたローマ帝国はイギリスを放棄。現地のブリトン人は独力でゲルマン民族に対応しなくてはならなくなった。その頃のイギリスの状況を描いたのが「キング・アーサー」である。この映画は元ネタのアーサー王伝説を大幅に改変しているので、まずオリジナルに忠実な映画を見たいという人はジョン・ブアマン監督の「エクスカリバー」をおすすめする。「エクスカリバー」は脚本の効率のよさが凄くて、二時間半の間に「トリスタンとイゾルデ」以外の有名エピソードをほとんど網羅してしまっている。独特の映像感覚で定評のある監督だけに神秘的な雰囲気醸成に力が入っていた。途中で中だるみがあるけど「剣と魔法の物語」としてのアーサー王映画ではこれが決定版だと思う。
 さて、アーサーの奮戦もむなしく、やがてイギリスはゲルマン系のアングル人やサクソン人の支配する国となる。すなわちアングロ・サクソン七王国である。現在の英語はこのアングロ・サクソンたちの言葉がベースとなっている。これら七王国の支配地域がやがてイングランドとなる。イングランドとは「アングル人の土地」という意味である。
 8世紀にはいると、今度は北欧のバイキングの活動が活発化してくる。バイキングはフランス北部やイギリス東部に続々と進出していった。この頃のバイキングとイングランド王との抗争を描いた「バイキング」という映画がある。カーク・ダグラス主演、リチャード・フライシャー監督という「海底2万マイル」コンビの海洋冒険映画第二弾だ。この映画はバイキングの風俗や思想を忠実に再現していて非常に評価が高い。ディズニー制作のファミリー向け「海底2万マイル」と違って、こちらはどぎついタッチの残酷時代劇である。いま見ても刺激的なシーンの連続で面白い。余談だが日本公開時、映画に出てくる豪快な食事シーンに感銘を受けた帝国ホテルのお偉いさんが、自社の食べ放題メニューをバイキングと名付けたという逸話がある。それ以来、日本では食べ放題の事をバイキングと呼ぶようになった。
 ちなみにレッド・ツェッペリンの名曲「移民の歌」の移民とはバイキングの事である。恐らくイギリス東部に進出したデーン人を歌っていると思われる。

 一方、フランス北部に進出したバイキングはそこに定住してノルマン人となった。ノルマンとは「北の人」という意味である。彼らが定住した地域はノルマンディーと名付けられた。1066年にノルマン人のウイリアム一世(征服王)がイングランドに侵攻してくる。これが有名なノルマン・コンクエストだ。このときから現在にいたるまで、イングランドはノルマン系の王様が支配する国になった。つまり元々の原住民であるケルト系のブリトン人の上にゲルマン系のアングロ・サクソンが覆いかぶさり、さらにその上から元バイキングのノルマン人が支配階級として君臨するようになったというわけだ。
 元バイキングとはいえ、この頃のノルマン人は完全にフランス語を話すフランス人になっていた。だから本当のことを言えば、歴代のイングランド王というのは主にフランスに住んでフランス王に忠誠を誓うフランス貴族だったのだ。彼らの本拠地は依然としてノルマンディーであり、イングランドはあくまで領地のひとつに過ぎない。日本で例えれば薩摩藩主が琉球王をかねている状態を想像すれば分かると思う。実際の薩摩藩は幕府と中国をごまかすために傀儡としての琉球王家を残したけど、ノルマンディー領主は堂々と支配している。しかしイングランド王にイギリス人としての自覚が芽生えるのは百年戦争を経過するまで待たなければならない。このことは佐藤賢一の著書「英仏百年戦争」に詳しく書いてある。
 こうした真実をあえて知らん振りして、ウィリアム征服王を建国の英雄みたいに語るのがイングランド人だ。リドリー・スコットイングランド人なので、その辺の話題は当然スルーである。イギリスの下層階級が移民して出来たアメリカの方がかえってフランス人に対して素朴なコンプレックスを抱いている。また、今でもフランス人が米英に対してやたらでかい顔をしてるのも、心のどこかでご先祖様に征服されたやつらと思っているからに違いない。そういえばノルマン・コンクエストから900年後の1944年、その征服されたやつらの子孫がナチスからフランスを解放するために上陸したのがノルマンディーというのも歴史の皮肉を感じさせて面白いな。
 イギリス史のさわりだけ語るつもりが思いのほか長くなってしまったので、続きは次回ということで。一体いつになったら本題の「ロビン・フッド」に入れるやら・・・・
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