Hatena::ブログ(Diary)

亀の屍を超えてゆけ!!

2016-11-06

SABI:ナギ隊配属

19:31

晴天の空に黒い飛行物体が現れた。それはバラバラと大きな音を立てながら人気のない街の上空を飛んでいく。

家屋のほとんどは崩れかけ人の住んでいる気配はなく、道路を覆うアスファルトはひび割れ、間からは草が勢いよく伸びている。

そんな街の片隅で畑を耕していた老夫婦は不思議そうに空を仰いだ。あの事件があってから、ここらの上空をヘリコプターが飛ぶことは稀だったからだ。

大きな音を立てて飛ぶヘリコプターの行く先を眺めていると、街の奥の小さな山の上で動きを止め、着陸したのか木に隠れて見えなくなった。

あの山の上には中学校があったはずだ。


『中学校』の校庭にヘリコプターが砂埃を舞い上げながら着陸した。しばらくすると、中から3人の男女が降りてくる。

一人はガタイのいい青年といった風貌の男性。

一人は大人びた見た目だがまだあどけなさの残る女性。

そしてもう一人は前二人に比べると小柄な印象の少年。

この3人を迎えるように手を振りながら一人の男が近寄っていく、ひょろっとした体躯に髪を無造作に束ねた姿のタクマだ。

荷物を降ろし、タクマの後について3人は校舎に向かって歩き出した。

乗せてきた者たちがある程度離れると、ヘリコプターはすぐさま浮上して元来たほうへと飛び立っていく、まるで「こんなところに長居は無用だ」と言わんばかりに…。

暴風を巻き起こしながら浮上したヘリコプターを見送ることはおろか振り返ることもせず、3人は黙々とタクマのあとについて校舎の中に入っていった。


『中学校』…かつての学び舎は今はその役目を果たしていない。ある事件をきっかけにほとんどの人は住んでいた街から離れたからだ。その結果この学校に通う生徒はいなくなり、学校もなくなった。それでも建物は残るもので、今はそれを『彼ら』が基地として利用している。

『彼ら』錆除去自衛特殊隊、通称SRF(サーフ)。

SABIと呼ばれる金属を分解・吸収して大きくなっていく化学兵器に対抗するために組織された部隊。その隊員が武器として使用する対SABI用武器、通称イレイザーは子供のうちから慣らさなければ扱えるようになるまでに時間がかかりすぎるため、SABIと直接的に戦わなくてはならない前線の隊員たちは皆10代だった。

そして、この基地は最も危険な最前線とされている。

現在この基地には3人のSRF隊員とSABIの監視係として元々ここに配属されていたタクマの4人。そして、今回ヘリコプターに乗ってきた3人が追加で配属されることとなった。


「ヘリでの長旅は疲れたでしょ?」

かつて多くの生徒が行きかっただろう廊下を歩きながら、先頭を歩くタクマが後ろの3人に話しかけた。

「…い、いえ!そんなことは…」

「うそだー。さっき「おしりが痛い」って言ってたじゃん」

おずおずと唯一の女の子が答えると、それに対して男の子にしてはやや高めの声で一番年下そうな男の子が笑いながら反論する。そして最後尾でうんうんと頷いている顔に傷のある大柄な男の子。

そんな様子を視界の隅にとらえて、自然と顔がゆるむのをタクマは感じた。

「…疲れてる所悪いんだけどね。とりあえず顔合わせだけでもしておきたいから、荷物を置いたら部屋から出てきてくれるかな」

「あ、はい!」

「はーい」

「…はい」

三人三様の返事が返ってくる。


教室だった場所にベッドを入れただけの何もない部屋にそれぞれ案内して、タクマは廊下で待った。荷物を置くだけだったので3人ともすぐに部屋を出てきてくれた。

「何もない部屋だったでしょ…ごめんね。急だったからベッドしか準備できなくて…あっ何か必要なものがあったら遠慮しないで言ってね!」

実際に3人の配属が決定したのは本当に急なことで、せめて寝るところは作っておかないといけないと思い。仕事の合間をみて、住居区域にある店まで買いに走ったのだ。危険とされる戦闘区域に配達のサービスは適用されないので、自ら買いに行くしかない。

「まずはじゅうたんとカーテンかな?…好みがあるかと思って後回しにしたんだ。暇なときに見にこうね…

 おっと、ココだ。みんな君たちの到着を待ってたんだ」

話すことに気をとたれていたタクマは目的地を若干行き過ぎてから、気が付いて足を止めた。タクマが手をかけた扉の上には学校だったころの名残か『校長室』とネームがついている。

「はは…ここ昔は校長室だったみたいでね。いいソファーがたくさん置いてあったから、この部屋をリビング代わりにしてるんだよ。

 …入るね」

そう言って、扉を開ける。

中にはタクマが言ったように高そうなソファーがいくつかおいてあり、そこに3人の男女が腰を下ろしていた。

「この前話したように、今日からこの3人が新しく配属されることになりました。新種のSABIの調査や君たちの後方御支援が中心になるとおもうけど…いろいろ助けてあげてね。…じゃあナギくんから自己紹介、お願いできるかな」

「はい!本日よりみなさんの後方支援を担当します。ナギです。出来ることを精一杯頑張りたいと思いますっ!」

ナギ』と呼ばれた女の子が一歩前に出て自己紹介を始めた。今日から彼女たちの新しい生活がここで始まる…。

2016-09-29

2015-11-21

SABI:「報告」

23:11

コツコツと暗い廊下に足音が響く。

昼間でも暗い廊下は少し気味が悪く、響き渡る足音は不安を増幅させた。

先頭を歩く案内役のスーツの男の後を、リンタローとタクマがつづく。

二人は、政府のSABI対策本部があるここキョウトまで報告に来ていた。

“あの日”を境に機能を失った旧首都トウキョウにかわり、今では首都機能のほとんどがキョウトに移っているのだ。


先頭を歩く男が「こちらです」と言って扉を開く。

開けられた扉の奥には、ロの字型に机が置かれており、正面奥に一人、サイドに二人ずつ、計5人の男がすでに着席しており、その内の一人は椅子ではなく車いすに腰掛けていた。

正面の男に促され、リンタローとタクマも一番入り口から近い席に腰を下す。

重苦しい空気がただよう。

「簡単な報告はすでに受けているのだが、詳しい話を現場に居合わせた君たちの口から直接聞きたい」

正面の少し白髪交じりの黒髪をオールバックにした40代後半くらいの男が真っ直ぐにリンタローたちを見る。目の下にくまがかかり、顔色も少し悪いように見える。おそらく疲れがたまっているのだろう…。手元の資料は何度も読んだのがうかがえるほど紙にしわが入り、ファイルを何倍にも膨らませていた。

「私が知っていることは、報告書に書いたもので全てです。それ以上のことは実際にその場にいたリンタローに質問してください」

タクマが先にこたえる。実際この場に足を運ぶより先に報告書を本部に提出したのはタクマだ。報告書の内容は全て、帰ってきたリンタローたちの話をもとにまとめたものだった。

そのタクマの一言で、注目はいっきにリンタローに集まった。

話をするよう促すように正面の男が小さく頷く。

リンタローは話始めた、あの日…防衛線ギリギリまで追い込まれ、体力も精神も追い込まれたあの日の出来事を…。


会議室を一歩出るとタクマから大きなため息が出た。しかし、廊下で待機していた案内役の男の姿を認めるとすぐさま息を止める。

「…お疲れのところ誠に申し訳ありませんが、このあとすぐに移動になります。ご案内致しますのでついてきてください」

コツコツと来るときと同じように暗い廊下に足音を響かせながらスーツの男が歩き出す。その後をついて、リンタローとタクマも歩き出した。

「あっちょっと待って!」

キュッキュッと音を立ててリンタローたちの後を追うように会議室から出て来たのは、先ほどの報告の時に居た車いすの男だった。

足を止めたリンタローたちの元までやってくる。

「リンタローもタクマも久しぶり、げ…」

車いすの男は途中で言葉を止めた。上げかけた右手も力なく下げられていき、目を泳がせた後困ったような顔ではにかむと「ご飯は美味しく食べられているかい?」と続けた。

「なんですかそれ」

タクマが笑いだし、

「タクマの料理はみんな美味しいです」

リンタローはいたって真面目に答えた。

リンタローに褒められ照れたタクマに、今度自分にも作ってほしいと車いすの男…。先ほども出張りつめていた空気がいっきに和やかなものへと変わっていく。

「ゴホンッ、談笑中すみませんが出発の時間がありますので…」

存在を主張するかのように咳ばらいを一つして、案内役の男が話を切り出す。

「…すまない。足止めをして…」

車いすの男が、案内役の男の方をみて謝った。

「いえ、…もう行っても構いませんか?」

案内役の男の問いに誰も答えないのを肯定ととったのか、男は再び歩きだした。遅れてリンタロー、その後に名残惜しそうに車いすの男を気にしながら歩きだしたタクマとつづく。

「あっ…」

去っていく背中に何か言いかけて、その言葉を飲み込んだ。うつむきながら車いすに手をかけ、方向転換させようとしたとき廊下に声が響いた。

「ヨウスケさーん!みんな元気ですからー!ソラちゃんもー!」

響いてきた声に顔をあげると、廊下の奥の方でタクマが手をブンブン振っている。その横でリンタローがペコリと頭を下げた。

その後すぐに角を曲がって二人の姿は見えなくなってしまったが、車いすの男はしばらくその場で二人を見送りつづけた。やがてコツコツと響く足音すらも聞こえなくなると、車いすを回転させ、元来た方へと今度こそ動き出した。

キュッキュっと暗い廊下に車いすのタイヤのすれる音が響く…。

kamenoitizokukamenoitizoku 2015/11/21 23:15 この後、この報告を受けた上が増援として送ったのがナギナギたちってことにしようと思うんだけど、どうだろうか?

2015-11-08

三遊間:下

22:25

午後、夕日も沈み切って薄暗くなったグラウンドで、トンボを引く姿が数人いた。

「なあ、木村」

「ん?」

トンボを引きながら少し前を歩く木村に角田が声をかける。少しスピードを落とした木村に追いつくと角田が話を切り出す。

「一度、おまえから話してみてくれないか…」

「・・・・」

角田はここ数日、部活に顔を出さない同級生の顔を思い浮かべた。短く刈られた自分の髪型とは違い、翔の髪は肩につくほど長かった。何度か葉下さんに「髪を切れ!」と言われているのを聞いたことがある。

いつも明るくて、気のいい奴だし、野球のセンスもいい。だけどいつも気になっていた「翔の本気はこんなもんじゃないんじゃないか…?」と。

そんな翔が突然練習をさぼるようになったのだ。

自分から話してみようとも思ったのだが、なかなかつかまらない。どうやら避けられているようだった。

「木村…」

なかなか返事が返ってこないので、もう一度頼もうと思った時だった。

「わかった…話してみる」

前を向いたままの木村から返事が返ってきた。


「どうして木村に頼んだんだ?なんかあいつら…っていうか木村は翔に対してなんか冷たいっていうかさ…」

帰り道、家の近い角田自転車を並べて走行しながら、神谷は疑問をぶつけた。

二人がグラウンド整備を行っている時、神谷はマウンドあたりをならしていた、その時たまたま会話が少し聞こえたのだ。

「翔のことか?…まあ、同じクラスだからってのもあるけど…翔のこと一番わかってるのはなんとく木村じゃないかと思うんだよな…」

神谷の言うように、木村が翔に対して特に冷たい態度をとるのは角田も知っていた。仲良く話す姿を見たこともない。だけど…だからこそ、何かあるんじゃないかと思ったのだ。

「へ?そうなのか?」

「ははっ!まあ、なんとなくだけどなー。あいつらおな中だったわけだし」

そう、ただの勘だ。

でもどっちにしろ避けられている状況では、同じクラスの木村に頼む他なかったのだ。


朝、朝練を終えた木村が教室に行くと、そこにはすでに翔の姿があった。

ちょうど顔をあげた翔と視線が合った。だが、すぐに逸らされる。このやりとりを何度したか…いい加減イラつきはピークだった。

いつもはそのままにしているのだが、昨日角田にも言われたことだし、何か言ってやろうと自分の席には向かわず、翔のほうへと歩みを進めた。

すると、ガタっと音を立てて席を立つと翔が逃げようとした。

「悪い!そいつ、つかまえてくれ」

普段あまり大きな声を出さない木村の大声に、さっと反応したクラスの男子生徒が教室の入り口をふさぐ、そしてすぐさま捕獲された翔は、木村の前に差し出された。

「観念するんだな」

翔を捕獲した一人が笑いを含んで耳元でささやく。


クラス中の視線を浴びながら、翔は頭の中で今この状況からどう逃げ出すかをフル回転で考えていた。だがその答えが導き出される間もなく、木村が目の前までやってくる。いつもの冷めきった…

「いい加減にしたらどうだ?中途半端はやめろ」

真っ直ぐ向けられる視線はいつもとは少し違っていた。これは…本気で怒ってる?

一言だけ言うと、木村は自分の席へと歩いて行った。


木村が席に着くのを確認すると、翔は深く息を吐いた。それから自身も自分の席に戻る。そのころには二人に興味を失ったクラスの生徒たちも普段どうりに戻っていた。

ガヤガヤと騒がしい教室で翔は一人机に伏せて、今木村に言われたことをぐるぐるリピートしていた。

(中途半端はやめろ。ってことは…部活を辞めるか、続けるかはっきりさせろってことなんだろうか…)


放課後、朝の一言以来いつも通りの木村にほっとしながら、翔はバッグを手にした。

「帰るのか?」

突然かけられた声にドキっとする。振り返ると予想通り木村の姿があった。

「悠太…」

「…おまえが初めてレギュラーに選ばれたとき、おまえとならチームになれると思った…なのに、おまえは…」

木村は知っていた。翔がレギュラーに選ばれてから先輩たちにされた嫌がらせを、なぜならそれは過去に自分自身も受けたものだったからだった。だが、まったく堪えない木村に諦めたのか、しばらくすると何もしてこなくなった。

しかし、そんな人たちを同じチーム…仲間だなどと到底思えるわけもなく、9人1チームの野球をまるで一人でやっているような感覚を味わい続けた。

翔がレギュラーに選ばれたあの日、名前で呼ばれたあの時、今よりもっと野球が楽しくなると思っていたのに…。

「みんなおまえが来るのをまってるから…」

言いたいことがいろいろあった気がしたが、それだけ言って木村は翔に背を向けた。

「…おまえは…?」

廊下に出る直前に後ろから翔の声が響いた。

足を止めて、顔だけ振り返る。

「…おまえが居ないと試合出来ないからな…。来いよ…翔…待ってるから」

言うだけ言って、教室を後にした。


結局その日の練習に、翔は姿を現さなかった…。


次の日の朝、葉下の声がグラウンド中に響き渡った。

「浅戸ぉぉ!!髪切ったのかぁ!!」

よく戻ってきたとバシバシ背中を叩かれながら、気まずそうな翔がやってくる。

その翔の髪は坊主頭とまではいかないが、短く刈られていた。

「…すみませんでした!今日からみっちり野球やるんで、よろしくお願いします!」

わらわらと集まってきた部員たちにガバッと頭を下げる。

「うおぉー翔さんの頭芝生みたい」

「ちょ!しんちゃん」

下げられた翔の頭に髪の毛を触られる感覚が伝わる。

覚悟を決めてきたのに、なんだか気が抜ける。

「顔上げろ…」

キャプテンである葉下の声で顔をあげると、腕を組んだ葉下が目の前に立っていた。背も高く体格もいいキャプテンが腕を組んで立っていると、それだけでかなりの迫力だ。

「“みっちり”野球やるんだな?」

「はいっ!!」

「そうか、期待してる」

ニヤっと葉下が笑う、そしてバシっと一発背中を叩かれた。

「全員そろったな!ランニング行くぞ!」

「「おおっ!!」」


「今日からは中途半端じゃないんだよな?」

ランニング最後尾、みんなの後を追うように走り出した翔に木村が声をかけた。

「…今日からはハンパはしない」

そのつもりで帰って来たのだ。髪も中学のあの野球のことだけ考えていた時を思い出すために切った。

「そうか、じゃあよろしくな。翔」

「!!っ…よ、よろしく!悠太」

翔の言葉を聞いて満足したのか木村は一つ頷いてランニングの声出しに戻った。

そして、翔も声をだす。


朝のグラウンドに9人の声が響く

kamenoitizokukamenoitizoku 2015/11/08 22:38 9月中に下も書くつもりで、結局2か月近くたってしまいました。
翔以外苗字なのに翔だけ名前なのも変かと思ったんですけど、そのままにしました。なんか翔は翔だろ!って思ってる(笑)

2015-09-13

三遊間:上

22:02

(また…サボってしまった…)

とぼとぼと制服着た男子生徒が歩いている。

彼は二日ほど前から部活をサボっていた。

野球部のショート、それが彼のポジション。

ボーズを想像しがちな野球部員のイメージをぶち壊すほどの髪の長さで、見た目からどことなくチャラそうな雰囲気さえ漂っている。

それでも彼はレギュラーだ。本人に言わせれば、ただ人数がいないからレギュラーになってるだけ。と言うかもしれないが、彼がレギュラーなのは間違いない事実で、チームにとってなくてはならない一人なのだ。

それなのに彼はサボった…。


(俺はどうしたいんだろう?どうすればいい?)

彼…翔は悩んでいた。

人数が9人ピッタリしかいない野球部で一人が辞めてしまうということ…それはつまり試合が成立しないことになってしまう。

現に、つい数週間前…1年生が入部してくる前は翔を含め選手は7人しか居らず、練習試合をしてくれる相手校はなく、当然大会にも出られなかった。

1年生が入部して9人になったことで、ようやく大会に出場できる!と、チームの士気が上がっていた。

…翔は周りのその盛り上がりについていけなかったのだ。

やっとまともな試合ができると喜ぶ先輩、熱の入る練習、そんな中反比例して翔はどんどん冷めていった。練習に参加すればすれほど居心地が悪くなってきて、ついには部活をサボってしまったのだ。


…俺がもし部活を辞めるようなことになったら、また人数が足らなくなって大会に出れなくなるんだろうか…でも…ほら…一人くらいなら助っ人呼んでなんとかなったりするんじゃ…別に俺じゃなくても…

…俺…なんで野球続けてるんだろう…


翔が野球を始めたきっかけは単純だった。

「中学に入ったら、何か運動部に入る!」

そして選んだのが野球だった。それだけだった。

部活を始めるまで野球の経験はなし、ルールもよくわかっていなかったので試合形式の練習では逆走したりしたこともあった。

初心者ということと、小学生のころから野球をやっている経験者がいることから“レギュラーを狙う”というようなことは一切考えず、楽しく部活が出来ればいいと思っていた。試合は上手い人がやってくれればいいと…。


「木村すごいよな…」

「木村?」

「ほら…5組の木村だよ…。俺たち一年の中で唯一レギュラーに選ばれてる」

ボールの入った籠を持って隣を歩く同級生が顎で指した先には、3・2年にまざってシートノックを受けている先輩たちより少し小柄なサードの姿があった。

顧問の先生が打つ容赦ない球もキレイに捌いている。その動きは先輩と比べても遜色はないように思えた。

(…5組の木村か…)

その日から、なんとく翔は木村の動きを目で追うようになった。注目して見れば見るほど、木村の動きは翔が思う理想の動きだったからだ。

あんな風にボールを捌ければ、バットを振れたらさぞ気持ちがいいだろうと、見様見真似ではあったが、木村の動きを思い浮かべながらプレーするようになった。

もともと運動神経が良かったからか、真似をするようになってからメキメキと翔は上手くなっていった。その上達スピードは恐るべきもので、3年が引退して新チームになるころには、とても中学から野球を始めて、ルールも知らず逆走までやらかしたど素人は思えないものになっていた。

その成長が顧問の目にも留まった。代打ではあったが初めての公式戦、バットを持つ手が震えた。同級生から「がんばれ!」と沢山声をかけられる。爆発しそうな緊張を持て余して、翔は癖で木村を見た。そこにはいつも通りの落ち着いた木村の姿があった。ただ違ったのはいつもは一方通行な視線が今日は交差したこと…「打て」と言われているような気がした。

バッターボックスに立つころには震えは収まっていた。不思議と冷静になれた。ランナーがいない今、できることは塁に出ることだけだ…!

一球目…ピッチャーが振りかぶり…

カーン

誰かが「初球打ち!?」とつぶやくのが聞こえた。

もう初心者じゃない、打ったらファーストに走るのはわかっている。

打球は内野を抜けていた。「まわりこめ!」と支持をされる。支持通りファーストを回り込んだあたりでストップしてファーストベースに戻る。

「ナイバッチ!」「ナイス!」

味方ベンチから次々に声をかけらる。

「よっし!」

ふつふつと湧き上がってくる感情に自然と翔はガッツポーズをしていた。


春…翔が2年になるころ、翔はレギュラーメンバーに選ばれた。与えられた背番号は6番。顧問兼監督の先生は実力で選ぶ人で例え同じポジションに3年生がいようとも下の学年の方が上手いと思えばそちらをレギュラーに指名する人だった。

翔は嬉しかった。レギュラーということは試合に沢山出られるということ、そうすれば沢山打席に立てるし、あの何とも言えない高揚感をまた味わえるということだ。それに翔のポジション、ショートの斜め前にはあの木村がいる。追い続けた背中がすぐそこにある。

「よろしく!木村くん」

嬉しくてレギュラーメンバー発表のすぐあとのノックの前、木村に話かかけた。木村はどこか人を寄せ付けないオーラがあって、同学年でもまともに会話ができるのは小学校から一緒に野球をやってたい数名くらいなものだった。翔もまともに話したことはない。

「…“くん”はいらない」

返事は期待していなかったのだが、意外にも木村から言葉が返ってきた。

「…じゃあ、悠太!よろしくな!」

ほとんどしゃべったこともないのに、いきなり調子にのり過ぎたか?と思ったが、特に悠太が怒っているようには見えないので良しとする。だけどなんだろう…なんだかいつにも増して難しい顔をしてるような…

「………よろしく、翔…」

ボソっとそれだけつぶやくと、守備位置へと走っていった。

(今…翔って言った!?)

「おい!浅戸!!さっさと守備位置つけ!」

名前を不意打ちで呼ばれた翔はノック前だということを忘れ、顧問にどやされたのだった。


「なあ、浅戸…なんであいつがレギュラー選ばれてんの?確かにさぁ上手くなったよ?でもさ…1年前には野球のやの字も知らないど素人だぜ?」

「確かになぁ、まだまだ平田のほうが上手いよな」

「…俺もずっと平ちゃんとやってたから、ゲッツーとか連携みたいなのがさ…」

「だよな…」

たまたま通りかかった部室前、翔は聞いてしまった。先輩たちの話声を…自分に対する不満を…。

翔は自分の中の何かが冷えていくのを感じた。

その後、自分がミスをするたび3年生からため息や鼻で笑うのが聞こえるようになった。それを聞くたびにどんどん何かが冷えていく…。

プレーがどんどん雑になり、自分でも集中できていないのがわかった。

あれだけ近くに感じたサードの背中が今はすごく遠くに感じる。そのサードの悠太が翔の方を振り返った。今までに向けられたことない冷たい視線だった。


先輩の最後の大会、翔はレギュラーを外された。ベンチから感情の乗らない声援を送った。

新チーム、翔たちの学年が主軸の時代になりレギュラーに戻った翔だったが、あの時のような嬉しさはなく、ただ与えられた仕事をこなしつづけるというような毎日だった。

そしてそのまま引退…。


…なんで高校入っても野球続けてるんだろう…毎日、悠太に痛い視線送られてまでつづけて…

…俺は…

Connection: close