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2012-03-06

海上自衛隊初の海外派遣・掃海艇はやせを中心に6隻の掃海艇が挑んだ機雷除去作業・湾岸戦争でペルシャ湾にばら撒かれた機雷は、輸送船の運航を妨げる一大危機!・海上自衛隊の活躍に世界は驚愕した。

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▲1991年ペルシャ湾に向かう掃海艇はやせ

さて、今日は自衛隊の初の海外派遣となったペルシャ湾の掃海部隊派遣でのお話をしてみようと思います。

まずこの派遣のきっかけとなったのは、1990年8月に起きたイラクのクウェート侵攻により起きた湾岸戦争でした。
イラクは突如としてクウェートに攻め入り全域を制圧し、これらの地域の在留外国人を人質として各国に自国の領土であることを宣言しました。
当然、国際社会はこれに反発し、91年1月にアメリカを中心とした多国籍軍40数か国58万の部隊を投入してクウェート解放へと向かいました。
湾岸戦争は多国籍軍の圧倒的勝利に終わり4月に停戦協定が結ばれています。

しかし日本は世界第二位の経済大国であり、中東からの石油やガスの輸入に頼っている国でありながら、この戦いに参戦する事はありませんでした。
そうです、日本国憲法の集団的自衛権の解釈や自衛隊法による縛りなどから軍隊として派遣する事が出来なかったのです。
自国の命運にも関わる石油のシーレーンの確保を他国の軍隊に任せて自分たちは何もしない。
一国平和主義的考え方に当然世界各国は日本に非難を浴びせました。

「命の危険を伴う人的貢献は他の国に任せ、自分は金だけで済ませようとしている。」

日本は国内の原油の7割以上も中東に依存していました。
その危機的状況にありながら、命の危険が及ぶ事は他国に任せて金だけ払おうと言う態度では、当然非難されてしかるべきなのです。
戦後の日本の歪みがまさに出た瞬間でした。

しかし戦争が終わってもまだこの中東には頭を抱える問題が山積していました。
その一つが、多国籍軍がペルシャ湾に入って来れないようにイラクがばら撒いた機雷でした。
海中にばら撒かれた機雷は一般の輸送船ではその場所を識別する事は不可能です。
下手に航行しようものなら、機雷の爆発によってタンカー船もろとも吹き飛びます。
この機雷によって石油の輸送がままならない状態になってしまったのです。

世界からも日本の自衛隊による機雷除去の為の派遣活動を呼びかける声が次第に高まってきます。
日本国内でも経団連や石油連盟などからペルシャ湾における航行船舶の安全確保のための掃海艇派遣の要請が高まってきました。
こうして91年4月26日に、掃海母艦・はやせを中心とした6隻がペルシャ湾に向けて派遣されたのです。

しかしこの派遣に際し、反日左翼党である共産党や社会党はこぞって反発。

自衛隊の海外派遣は 『海外での軍事行動にあたる』・『近隣諸国への脅威になる』 などと、バカ丸出しのお決まり文句で反対した。

しかもマスコミもおよそほとんどが、日本が将来アジアに侵略をする前兆 であるかのように報道したのだ。

何と言うかアホらしくて日本人として恥ずかしいわ!
派遣された掃海艇は20MMの多銃身機関砲を1門搭載しただけの木造船であって、これら6隻でどうやって侵略するのだ?

話を戻して、このペルシャ湾の掃海艇派遣を歓喜で迎えたのは何を隠そうアラブ諸国でした。
アラブ諸国はイスラム教が多く、もともとキリスト教である西洋とは合わない異質がありました。
しかし日本は仏教を初め宗教には寛容の国である事と、先の大東亜戦争に於ける植民地支配解放の功績や戦後の急速な復興によって経済大国に成長した日本を賞賛していたのです。
だからこそこの日本の派遣を喜んでくれました。
もちろん金だけ払ってと揶揄した多国籍軍も、この日本の掃海艇派遣には大歓迎で迎えました。
日本は湾岸戦争で130億ドルもの資金援助をしています。
しかしそれだけの莫大な資金を提供しても、世界は認めてはくれません。
それよりも共に命を賭け汗を流し秩序を保とうとする姿勢があれば、たとえ数少ない支援であっても世界は認めてくれるのです。

ペルシャ湾に到着した日本の掃海艇は着々と任務をこなしていきます。
日本が任された海域は中でも非常に処理が困難な海域でした。
この海域は水深が約10メートル以下と非常に浅い上にシャトル・アラブ川の河口にあたり、上流から流れ込んでくる砂漠の砂で水中視界が極端に悪いため、機雷排除作業が極めて難しい場所でした。
しかも海底には沖合のオイル・ターミナルへ沿岸から油送パイプが設置されおり、機雷探知機で探知した機雷をその場所で爆破処分すると、油送パイプも破壊してしまう恐れがあるため、探知した機雷を一旦無能化し、その後水中バルーンを使用して海底から浮上させて曳航索を取り付け、作業艇でパイプから十分距離が離れた安全なところまで移動させてから爆破処分したのです。

要するに普通に処理をする以上に、何重もの手間がかかるのです。
日本の掃海部隊はこの難所で計34個もの機雷を処分してみせ、各国海軍を驚愕させました。
そしてこの活動が世界に広く認知され、後にはPKO派遣やイラク人道支援などの海外派遣活動へと繋がって行く事になります。

私が常に言っている強い軍隊を作り、国軍としての位置づけを明確にすると言う事は、何も戦争をする為のものではありません。
反日左翼の連中は軍隊と言うだけでバカ丸出しのヒステリーを起こしますが、強い軍隊でまずは自国の防衛をしっかりと確立させ、様々な海外への支援へとつなげて行く。
海外に派遣される今の自衛隊は、国際法で動ける軍隊ではないのです。
様々な制約の中で命の危険に晒され続けなければならない今の状態は、自衛隊員の命を軽んじている行為に過ぎない。
ペルシャ湾の掃海艇派遣にしても、いつどこで敵に攻撃を受けるか分からない戦地でありながら、20MMの機関砲1門だけで向かわせること自体そもそもおかしいのです。

日本が人道支援や復興支援と言った独自の路線で貢献する姿は実に美しいものであり、細やかな支援は日本にしか出来ないものでしょう。
しかしそれは強い軍隊があって初めてそうした活動が出来るのです。
今まで世界のどこへ行っても自衛隊は賞賛の的でした。
しかし、日本の国民は東日本大震災があってようやく自衛隊の本来の姿に気づいた。
この差は一体何なんだろうか・・・。
日本の軍隊による細やかな人道支援を続けて行く為にも、気は優しくて力持ちの最強の軍隊を作って行かなければなりません。

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