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紙屋研究所


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2010-08-16 「無理じゃないです」

子供を叱る若い母親に「お母さん、それは無理です」と言いたいお父さんに言いたい、「無理じゃないです」

 この記事を読んで。

子供を叱る若い母親に言いたい、「お母さん、それは無理です」  JBpress(日本ビジネスプレス)

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/4149

 お盆前に反論記事を書きかけたのだが、間に合わずに帰省してしまった。ゆえにすっかり気の抜けた記事になってしまったが。

 この記事の核心部分は、2〜3歳の子どもは約束を守る力がまだないのだから、「約束した」ということ一辺倒で子どもを責め倒すのは無理がありすぎる、ということだろう。

子供は忘れっぽいのだし、おかあさんが赤ちゃんばかりをかまうので、自分のことも見てもらいたくて、つい余計なことをしてしまうんです。それに、叱り方はもっとシンプルにして、最後にはちゃんと許してあげないと・・・。

 記事を書いた佐川光晴は家族カウンセラーの中尾英司の次の言葉を引く。

子は親に認めてもらいたいと常に思っている。まず親があるがままの子どもを受け入れるべきなんですよ。(毎日新聞 2010年7月27日 夕刊)

価値観を押し付ける前に子の言い分を黙って聴く。自立する過程を見守ってやる。操縦席に子ども自身を座らせてあげないといけませんよ。幼児期は、だっことおんぶ。抱いて無条件の愛情を示し、目は合わないけれども背中のぬくもりで信頼感を与えることが出発点ですよ。(同前)

 ところが、この記事に対するはてなブックマークのコメントは賛否両論のようだ。

http://b.hatena.ne.jp/entry/jbpress.ismedia.jp/articles/-/4149


 3歳児をもつぼくは、佐川の主張に対して経験的に反対の気持ちを抱く。2〜3歳児でも約束は守れるからだ。まあもちろん、能力的に絶対にできない約束というものはある。「アイスクリームあげるから、この書類、明日までにパワポに直しといて」。いくら娘が「うん」といってもそれは無理だ。無論、佐川が言っているのはこういう約束ではない。

 他方で大いに共感する部分もある。

 どこに違和感を抱き、どこに共感するのか。



経験的に佐川の主張に違和感を抱く

 まず、経験的な部分から。

 うちの娘は、親が時間がないときに限って「これ読んで」と絵本を持ってくる。しかも、やめてほしいというようなクソ長いやつを。

 親が「……しょうがないなあ。これで最後だよ。終わったらおフロに入るんだよ」などと約束させると娘はウンウンとうなずいて要求を満たすのだ。

 やれやれと読み終わる。ところが、佐川の言う通り、相手はその場さえしのげればいいので、約束なんか守ろうとしない。また別の絵本を持ってきて、「さいご」「さいごのさいご」「いっかいだけ」「これでおわり」。

 「さいご」というのを何かもう一度読んでくれる呪文とでも思っているらしい。それ違うから。

 もう終わりだよと切り上げようとすると泣いて「よんで!」とせがむ。「さっき『最後』って約束したでしょ」と言うが泣きわめくのである。

 最初はたしかにこうである。しかし、やがてだんだんと守れるようになっていく。仕方ねえなと受け入れるようになっていくのだ。もちろん依然ダダをこねて泣くときもあるが。

 だから、2〜3歳児は決して約束を守れないわけではない、という経験的な反論がぼく自身の中にまずあった。



佐川の主張の積極的要素――思いを受けとめる

 佐川の主張には、

  1. 大人の一方的な約束を子どもに押しつけない
  2. 子どもの思いに寄り添い、それに共感する

という2つの要素がある。この要素はどちらも大事なものだ。佐川および佐川が引用した主張のなかで最も積極的な部分はここである。子どもが何を思っているかをまずじっくりと耳を傾け、探ってみる、そしてそれを一旦共感のもとに受け入れてみる――これを出発点(必ずしも終点ではないことに注意)にすることは、保育実践のなかでもよく言われていることだ。以下の文章は、ある保育園での保育実践の記録の一文である。

子どもは、向きあって、思いに共感しないと納得しません。特に一歳児期では、納得していないままだと、一見切りかえたように見えても違う場面で「ダダコネ」のように出したり、モヤモヤした気持ちから友だちにあたってトラブルになってしまうことがあります。


解きほぐしていくと、「あ〜、やっぱりこれが納得できてなかったんだね」と結局最初に立ち戻ることになるのです。次の生活の流れに急がせたり、あせらせたり、次に進めようとせず、その子のそのときの気持ちをのがさないように対応してきました。(市橋空・清水夕香「イヤイヤ」の意味を探って/「ちいさいなかま」2010.5所収)

 大人は社会のルールや制約、都合という規範で頭がいっぱいである。ふつうはその角度から子どもに接する。子どもにとってはこうした規制は、むろん外的なもの、外側から押しつけられたものとして現れる。

 たとえば、ぼくの娘の例で言えば、家族は親の労働で生存しているのだから勤務時間は守られねばならず、出勤時間まであとわずかになっている状態で、絵本をこれ以上読む訳にはいかない――という制約がまずある。「絵本を無限に読むことはできない。この1冊を最後にする」というのは、子どもにとっては、社会の都合でつくった、外側からのルールである。おそらく、なぜこの1冊で終わらねばならないのかを合理的に完全に理解することは3歳の子どもにもかなり困難なことだろう。*1

 絵本が読みたい、今読みたい、11ぴきのねこがアホウドリを丸焼きにしようとしてしくじるシーンが今ここですぐ見たい、という切実な気持ちだけが自分の頭を占めている。そのことで頭はパンパンである。そこへ大人が勤務時間の厳守の話なんてしたって聞く耳なんかもちゃしねー。そこでいったん相手=子どもの気持ちになって、その思いを受けとめてみる、ということが非常に大切になってくる。

 どうして読んでくれないの!? ひどいじゃん!!

 「読めない」だなんて……あたしは読んでって言ってるでしょ!?

 これが娘の脳内なのだ。「まず親があるがままの子どもを受け入れるべき」「価値観を押し付ける前に子の言い分を黙って聴く」という中尾=佐川の主張とはここで交差することになる。「そうか、すごく読みたいんだね」という共感を言葉や態度にしてみる、ということである。

 滋賀大学教授の白石恵理子は次のように指摘する。

お母さんから「お片づけしようか」と言われて、お母さんが言うこともわかるけれど「私は、もっとあそびたいのよ」になるので、そう簡単には言うことを聞いてくれないのです。あるいは、もっと電車を見ていたいのに「もう帰るよ」と言われて、ひっくり返って怒ることもあります。こうした自己主張に対し、おとなは「もっとあそびたかったね。じゃあ、あとひとつね」とか「また、あしたみようね」などと声をかけます。もちろん〔1歳半では――引用者註〕、「ひとつ」や「あした」が理解できるわけではないのですが、おとなから一方的に、いわば「上から目線」で言われるのではなく、自分の気持ちをちょっと受けとめてもらえたと思えると、少しずつおとなの言うことも受け入れようとしてくれるようになります。


また、「このパンツをはこう」と一つしかない答えを押しつけられることに対しては、「イヤ」としか出せません。「どっちのパンツにしようか」とか、「シャツから着ようか、パンツからはこうか」とかいったように、子どもと相談していくことも大切です。選択肢があるほうがうまくいくよ、というハウツーとしてではなく、「こっちでなく、こっちにしよう」などと子ども自身が自分で選んだり、自分で決めたりすることを大切にできたらと思います。


こうして、ゆっくりと言い聞かせたり、相談したりすることは、おとなもエネルギーを使うのですが、そのやりとりこそがとても大切なのです。できるだけ、力ずくで子どもをおさえつけてしまわないよう、お菓子やモノでなだめてしまわないようにしたいものです。


白石恵理子「『イヤイヤ』、ダダコネをどう受けとめる?」/前掲所収、強調は引用者)




共感や思いを受けとめながら、「相談」することが抜けている

 しかし、読んでもらえばわかるように、子どもの思いを受けとめる、ということは、子どもの要求を無条件に受け入れるということではない。実際せっぱつまった出勤前にそんなことできるわけがないだろ。

 相手の気持ちをさぐって、それを正しく射当てた後、その気持ちと、従うべき社会のルールや大人の都合と「相談」するというプロセスが必要なのだ、ということである。当たり前の話であるが、人間が自立していくうえで、自分の欲望と社会のルールとの折り合いをどこかでつける、という訓練をしていかなくてはならない。佐川は、それを大人の都合で一方的に強制するな、と言いたいのだろうが、佐川の文章を読んでいると、2〜3歳児では規範子どもを従わせるという行為ができないかのような印象を受ける。

 だが、能力はある日突然に必要な水準に達しているものではない。まだ難しいかなというような地点から徐々に衝突を繰り返すなかで学びとり、つかんでいく、としかぼくには思えない。

 なるほど佐川が批判している「若い母親」にはたしかに共感的態度がたりないように思われる。しかし、子どもに約束という形で規範を教えようとする態度は、しないよりはよほどいいのではないか、とぼくには思える。しかも怒鳴るのではなく諄々と言葉で説こうとするその「若い母親」は十分に出来た人であるように感じられた。二十代前半に仮にぼくが子をなしたとして、果たして同じように接せられたかは実にあやしいものである。

もちろん、きょう、子どものダダコネと三〇分つきあったからといって、あしたからすっと動いてくれるようになるわけではありません。でも、エネルギーを使って子どもに向きあったことは、必ず、二年後、三年後に生きてきます。子どもは「ダダコネ」でおとなとぶつかることによって、相手は自分と違う思いをもっていることに徐々に気づき、また、すぐに要求が満たされないからこそ、「自分はこうしたいんだ」と自分の思いにより気づいていくことになります。


こうして相手と自分をより深くとらえるからこそ、幼児期後半になるころには、自分の気持ちと異なる思いとぶつかっても、納得して折りあいをつけることができるようになっていくのです。

白石前掲)



とかいいつつ紙屋研究所の実態は

 などとえらそうなことを書いたり引用したりしているぼくであるが、そんな共感など示している時間がいつもあるわけではないから、時間がない朝などは絵本の場合、

「そうか、プー子(娘の名)はもっと読みたかったよね。じゃあ、夕方いっぱい読んでやるよ」

「いやだ。今読む」

「もうこれで最後って言ったよね。だからもうこれで終わり」

「いやだいやだ。今読む」(泣いている娘)

「プー子、さっき約束したでしょ」

「いや!!!」

「……あと10数えるうちに出かける準備をして。そうしないとお父さんはキョウセイシッコウします!」

「いやだ!」(指を吸ってふて寝)

「10、9、8、7、6、5、4、3、2、1……ブッブー」

といって、泣きわめく娘のクツをもって娘を抱きかかえて自転車に無理矢理のせ、暴れるのを力ずくで抑えて猛スピードで危険な登園をするのであった。何が「思いを受けとめる」だ。

*1佐川の「約束」の問題と、ぼくがここで書いている「ダダコネ」の問題は別の問題ではないかと思う人がいるかもしれない。「約束は時間を経た後での履行を迫るものだから能力的な無理さがある」などの反論だ。しかし、昔した約束だろうが今した約束だろうが、大人が守るべきだとして子どもに遵守をさせようとしている社会ルールの意味を合理的にかつ十全に理解することなど2〜3歳児には不可能である、という点では同じだ。

まっtまっt 2010/08/17 16:48 大変興味深く読ませていただきました。

ただ、以下の注釈ですが、やはり佐川さんとあなたが対象にしている「約束」は種類が違いますよ。
>*1 昔した約束だろうが今した約束だろうが、大人が守るべきだとして子どもに遵守をさせようとしている社会ルールの意味を合理的にかつ十全に理解することなど2〜3歳児には不可能である、という点では同じだ。

前者は、子供の集中力・記憶力では、数時間前の約束などそもそも覚えていない。だから約束を守るのは不可能というロジック。
後者は、今現在において判断を迫っている。

子育て、がんばってくださいね。

子育て支援子育て支援 2010/08/17 17:56 ああ、ブログ主さんを批判するつもりはありません・・・
ただ集中力とか記憶力とかルールとかせっぱつまった出勤前とか仰らずに・・・(確かに出勤前は超忙しい)娘さんが、いじらしいじゃないですか。
娘さんは、あなたと一緒にいたいと言うかわりに「これ読んで」と絵本を持ってくるんですね。
時間がないときに限って、というのは、多分あなたの心が娘さんから離れてるのを感じ取って寂しいんじゃないでしょうか。
仕事に行く前と言うのは、着替えたり準備したりして忙しいですよね。そのとき娘さんにしてみれば、親がいない、あるいはいなくなる、という風に感じ取るんじゃないでしょうか。
いま幼稚園ですかあ、ちょうど少しずつ社会性を身に付けていくところですね。
ルールはもうじき身に付くとは思いますから、娘さんのわがままに、いま少しつきあってあげてくださいな。お忙しいとは思いますが。
娘さんが中高校生になって、親父を無視するようになってから寂しがったりしないように。

iroiroattenairoiroattena 2010/08/17 18:54 自分のうちは二歳児がいるけど、育児書やあちこちに書かれている事は、あてにならないと思ってます。あてになる場合もあれば全く間違いなのではと思う事も多い。
一見、言葉を理解していないようで、かなり理解しているように思える時もある。約束だって守る。言葉わかってないはずなのに約束を守ったりもする。
知っているのに知らないフリをしたりするし。専門家がどれだけ子供に接してきたかは解らないけど、子供全てに当てはまるような指導って出来ないんだと思ってます。

bb 2010/08/17 21:32 なんか書き方に問題があるような。
思いが伝わってこない。

theo01theo01 2010/08/17 23:00 子育ての問題は、中国で同じ大問題だ.日本と違うのは、私の周りの友達や同僚の子が生まれてから、小学校に入る2まで、ずっと祖父などに世話させます.そうすると
、今のこともは自慢や勝手になり、自分のことばかりを考える.

takamackytakamacky 2010/08/18 02:19 ルールの強制としつけの境目ってなんでしょうね?
約束と話し合いの境界はどこなんでしょうね?
思いを受け止める?
無理だと話し合って分からせる?
無理だというのを怒鳴って強制執行する?
そこに生まれるものって何でしょうね?
親の愛ですかねー?

やまやま 2010/08/18 17:58 なんだか論点がずれているような気がする…気がするだけだけど。
言及されているエントリは、
「子供には大人と同じ約束は無理だということを念頭におこうよ、
あまり追いつめるのはよくないと思うよ」
というだけの話だったように思うけど。
約束を守れない子供を叱る親、全てを糾弾している内容ではないのだから
こんな力一杯反論しなくとも大丈夫よ。

omuomu 2010/08/18 23:43 いつも興味深く拝見しています。
自分も(コミック好きの)2児の父ですが、
佐川氏の言う「世間の『当たり前』から女性を解放することが、子どもたちを救う」にも
紙屋さんの「『約束』という社会的ルールの意味を合理的に理解することなど不可能」にも
実に共感しました。
ただ、ひとつ気になった点として、我々親たちが子どもたちに気づいて欲しいのは、
「大人」の都合ではなくむしろ「相手」の都合ではないでしょうか?
社会的ルールはお互いがコミュニケーションをとる中から生まれてきたものであって
つまり約束は「相手の事情を計る」というところから始まり、
「できることとできないこと」がわかり、その上で「約束(できることを共有する)」が生まれたと考えます。
まずは勤務時間云々よりも、勤務時間を「守りたい」というその「気持ち」を
理解できるようになって欲しいのが願いかなと思います。
これからも研究結果を楽しみにしています。

noricyannoricyan 2010/08/19 09:04 反論してるわけじゃないような気がしますね。
自問自答というのか。

ジュノーンジュノーン 2010/08/19 10:00 最後の実態部分に共感!
私も下の子が3歳ですが、本当に“わからんちん”状態で、泣きわめいているのを抱えて車に乗せたりしております。
自己主張が強いこの時期って、ある意味、楽しいですよね。
私は、大人が子どもに課す約束を子どもが守るかよりも、
大人が子どもと交わした約束(遊びに連れて行くよなど)を大人がいかに守れるかの方が、
子どもの内面の成長に関係してくると思っていますが・・(実際は、当然のごとく守れないんですがね)

mmmm 2010/08/19 12:25 あんたがどういう人か知らないが、
呼び捨てとかねーは読んでるうちにそこが不愉快になる。

shunshunshunshun 2010/08/19 22:53 いや〜、佐川氏の記事を読んで、正直
「この人は何を言っているのだろう????」という感じでしたが、
紙屋さんの記事は大変に共感できる部分が多くてスッキリしました。
うちの子供達は今は小学1年生と2年生ですが、
3歳の時から大勢の人がいる中でのマナーをしっかりと「約束」で覚えさせてきました。
電車に乗る時は1.大声で騒がない、2.走らない、3.ふざけないを約束させました。
電車に乗る前に必ず「電車に乗る時のお約束は何だっけ?」と聞くと二人とも
この約束をしっかりと言えてました。
もちろん、子供ですから完璧に守れていたわけではありませんが、
「約束」は「やってはいけないこと」として認識して
していたと思います。
「まだ小さいからできない」という考えこそ大人の考えの押しつけだと思います。
子供をいつまでも子供扱いせず、ちょっと上の子を扱うくらいのつもりでいかないと
成長していかないと思います。
紙屋さんの意見に100%同感です。

とらのすけとらのすけ 2010/08/20 12:37 佐川氏の記事を読んで、共感すること感じた小1と4歳の息子を持つ父親です。
紙屋さんのこの記事は、幼児における約束に関してですが、私は佐川氏の記事の2ページ目にある
”最近、若い母親たちの子供の叱り方を見ていて辛くなることが増えた。
 周囲をはばからぬ剣幕で怒鳴り散らす女性もいるが、私が気になっているのは懇々と言い聞かせるタイプの母親である。”
という部分が主眼であると感じていました。
私はそのように考えていたので、この記事を拝見し、思わずコメントさせて頂きました。
私は紙屋さんのお考えも十分わかりますが、できれば私が佐川氏の記事を引用した部分について、ご見解を頂けると幸いです。

エイトエイト 2010/08/21 00:15 紙屋さんが書かれている「約束」は約束でないと思います。
大人の都合を主眼に置いた主張…。
私は、佐川さんの言っていることがものすごくわかります。これに共感できない人はきっと
子供と大人縦の関係でつながっている人だなぁって思いました。

確かに時間のない時に、約束ねとかいってやらなきゃいけないと大人が思っていることを
遂行するとうまくいかないと思います。
だけど、子どもは母性でやはり満たされていると、大人の事情や都合、お願いをよんで
協力してくれます。こういう場面でなかなか協力してくれないということは、私にとっては
普段の自分の子どもとの接し方を考え直す良い機会になります。夕方絵本を読んであげるから、
といって子どもが同意してくれないのは、日ごろ「あとで…」といった大人の約束が
守られていないので子どもが信じられないからではないですか?

子どもが社会のルールや規範、マナーを自然と理解できるようになるのは、
佐川さんが言ったように母性にたくさん包まれた子どもだけだと思います。
社会のルールなどと言ったものは父性原理です。
母性があるからこそ、父性原理が子どもの中に浸透していくのです。

NetCatNetCat 2010/09/05 17:24 もう少し要約してください・・・。

主張としては、”幼児や知能の発達が遅れている児童は時間の感覚が欠如しているので、いま何かをしてもらえないと永遠にしてもらえないと感じている。だからしっかりと「何時してもらえるか」を解るように説明して、駄々をこねないように躾けるべきだ。”というものでしょうか? 
貴方が仰っていることは知能の発達に遅れがある児童をお持ちの方達には切実かつ重要な問題だと聞いた覚えがあります(特にどうやって時間の感覚を覚えさせるかが)。

ただ、子供は個人差が激しいので、一概にどうすべきというのは危険ではないでしょうか? あまり知能がまだ発達していない子供に、分からない事を理解しろと叱ってもストレスになるだけだと思います。逆に特に意識しなくても約束や時間の概念をすんなり飲み込んでしまう子供や、飲み込ませてしまう親もいるようです。

佐川さんの場合は主夫で小説家なので、恐らく子供との約束を破ったことがあまりなく、同時に意識せずに時間や約束の概念を子供に教えていたのではないかと思います。ですから、彼の主観では”子供の駄々や約束忘れは成長と共に止むもの”なのではないでしょうか? 
したがって、約束を盾に子供を叱る母親の行動が彼には無意味で、かつ理不尽に写ったのではないでしょうか(出来るなら出来る、出来ないなら出来ない類の事をブツブツいうのは確かに無意味です)?

時間と心に余裕のある方は、佐川さんの書いてらっしゃる通りの方法で問題ないのだと思います。
子供に構ってあげる時間が潤沢にない場合は、如何に効率よく大人の事情を説明するかが確かに重要になりますが。

ちゃおちゃお 2010/09/06 11:30 多分娘さんがやっているのは「約束を守る」という行為ではなく、反復による学習で諦めているのだと思います。
「この人が読まないと言ったら読まないんだ。だから騒いでもしょうがない」という本能であり、「さっきこの本読んだら最後って約束したから最後にしよう」というものとは違う類だと思います。

「約束を守る」という行為と共に「嘘をつく」という行為にも同じことが言えます。
この頃の子供は願望や想像が幻覚を見せます。
お皿を自分で割ってしまっても、それを認めたくない思いが「知らないおじさんが入ってきて割っていった」という幻覚を見せます。
例え母親があとで「どうしてそんなウソつくの!!」と怒ったとしても、子供には自覚がないので、ただ「怒ってる。怖い!」という印象のみを与えます。
これが幼稚園年長〜小学校に入る頃くらいからは、意図的にウソをつくようになります。
そうなると「ウソをつくことは良くない」というしつけをしなければなりません。
このタイミングが難しいのです。

たんたんたんたん 2011/02/07 14:09 仰りたい事よく分かりますよー^^。
守れるかどうかは別にして、守ろうと努力しなければならないと教えていく事は大切ですよね。
ヒステリックにもならず、かといって振り回されもせず。
理想的です。
頑張れ〜〜^^。

頭が悪いおぢさん頭が悪いおぢさん 2015/06/15 17:05 お母さんが喚き散らしてるのは無理な要求。「きちんとしなさい」 「早くしなさい」子供はどっちゃ聞いたらええの(?。?;)きちんとするには時間かかるし、早くするにはきちんと出来ない。街角で眺めてるとそんな理不尽な事要求するなら自分でしたら( -_・)?と思ってしまふ。前述の事をお母さんに説明したら子供はニンマリしてた。お母さんの声がしただけで恐いわ

若いお母さん若いお母さん 2015/07/15 18:18 題名にとても不愉快になりました

若いお母さんだからですか?

私も若いお母さんですが努力してます

決めつけはやめて下さい

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