犬上すくね『アパルトめいと』1巻


アパルトめいと 1 (書籍扱い楽園コミックス)

 本巻の前半に収録されている連作短編『100×200』についてだけ書こう。

 週末同棲している社会人男女が、週末にだらだらしている、あるいはいちゃいちゃしている、あるいはちょっとしたきっかけでセックスになだれ込んでいってしまう様子を、短編で描いていく作品なのだ。
 たとえばこうだ。
 2人で布団に寝っころがっている。立ち上がりたくない…。
 うん。あれは立ち上がりたくないよな。ぼくも娘がいなかった時代に、つれあいと2人で休みの日によくごろごろしていた。どうかすると一日中布団の周辺でごろごろしていた。寝る姿勢が次第に飽きてきて、というか、やや苦痛になってきてようやく起き上がる始末だった。昔、けらえいこが休日にオットと過ごすさいには芋虫のように床を平面移動するだけの「下等生物」になってしまうというむねのことを描いていたが、ああいう感じ。
 このカップルはそうした芋虫的移動さえ面倒なようだ。
 じゃんけんして負けたほうが料理をつくると決める。足でじゃんけんの形を決めるって、確認が面倒くさいから、手でしたほうがいいんじゃないのか?
 女が負ける。
 負けたけど料理が面倒くさいので、布団周辺で転がったままうろうろしている。男の体の上にのる。背筋力テストだといって男の上で全体重をかけたりしてみる。
 うん。やったよ、こういうやつ。相手の体の上で全体重をかけると、かけられた方が「ぐえ」とか「うぎ」とか言ったりするんだよな。
 このカップルは「や…やめて 全体重をかけるのは…」と男が喘いでいる。
 そのあと、女が男に覆いかぶさったまま、上半身を上げて・下げて周期間隔のキスをする。女は「水のみ鳥」とつぶやいてみる。

 これである。
 キスはまったく機械的だ。このキス自体には何の熱情も情感もない。
 ところが男は急に立ち上がり、トイレにいく。
 小便をすませたあと、もどってきて、こんどは男が女の体に覆いかぶさる。
 そして女の下着をぬがしはじめるのだ。セックスがはじまってしまう。
 セックスが終わった後、ぐったりして何もしたくない様子や、またお腹がすいていることを思い出して料理当番の押し付け合いをはじめる無限ループに入っていく。

 別に解説するほどのことはないが、機械的ではあれ、体を多少ふれあわせているうちに、エロいことがしたくなってしまったのだろう。
この感覚が、「週末同棲カップルのトリビャルなリアル」すぎるのである。
甘い気持ちで構えてセックスしようと思ってセックスするのではなく、なんとなく、流れでいやらしい雰囲気になってしまって、本当にいやらしくなってしまうというその空気。それこそが最初の初々しさはないけども、ラブラブであるカップルのいやらしい時間なのだし、幸福な時間のリアルというものなのだ。
 小便をすませてすっきりしてからセックスに臨もうという男のしぐさは、幻想的に描こうとすれば、そこ、省くだろ。しかし犬上は省かない。小便した直後なんだから汚くない? 生生しくない? とかいって我慢するのは中学生か高校生かつきあい始めの1ヶ月くらいだろ(当社比)。

 犬上の『恋愛ディストーション』はラブラブなカップルが描かれた傑作である。

恋愛ディストーション 8 (サンデーGXコミックス)


 しかし、同時にぼくは「ここでセックスをきちんと描いてくれたらな」という不満があった。もちろんそれはないものねだりである。ぼくに画力があれば、そういうモヤモヤは当然二次創作に向かうのであろうが。
 ところがである。
 本作はその隙間を埋めてくれるような素晴らしい作品であった。
 「えーっと、犬上ファンしか需要がねんじゃねえの…?」という一抹の不安は隠せないが、そこは流せ。
 高校生や中学生の恋愛ほどキラキラしていないけども、大人の、しかもやや倦怠も漂い始めているカップルの幸福感を描くためには、セックスは欠かせない。そこをどう幸せに切り取るかは、一定の技量が必要だ。
 犬上の本作はそういう意味で野心作であると言って良い。