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紙屋研究所


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2013-12-28 人工知能学会誌の表紙のこと

人工知能学会誌の表紙のこと


 くだんの人工知能学会誌の表紙の件。

人工知能学会の表紙は女性蔑視? - Togetterまとめ 人工知能学会の表紙は女性蔑視? - Togetterまとめ

 ぼくのスタンスは、基本的にツイートで書いたとおり。


萌えする。だが女性差別という批判もわかる。ぼくにも性意識の歪みってあるもん。どんな表現(とその支持)も大なり小なりの暴力性を含んでいるという自覚がないとマズいよね。 / “人工知能学会の表紙は女性蔑視? - Togetterまとめ” http://htn.to/4Pdyiw

https://twitter.com/kamiyakousetsu/status/416368425619832832

 この表紙、大好きである。

 そして、その「大好き」という意識を分解してみると、性欲的なものが入っているかといえば入っている。セクサロイドまでまっすぐに想像することはなかったけど、それにつながっているものはあった。

 他にも「美人」とか「スレンダー」とかいう要素がよかった。認めたくはないが「知的そうなのに従順」という要素もなかったとは言い切れない。


 リアルでAさんという女性がいたとして、ぼくがAさんを自分のパートナーに選ぶのか、とか、Aさんの人間的価値をどこで図るかといえば、そういう基準ではない。人格全体の交流のなかで、相手に人間的に好意を持つ。*1


 他方で、絵・写真・映像は部分的である。ある瞬間・ある時間幅・ある空間幅が切り取られている。

 「性的」「美人」「スレンダー」「知的」「従順」みたいな要素をかぎとって表紙の女性を好きになったとすれば、それは絵からごく一部を切り取ってそれを拡大したためである。全体性のある人間から、ごく一部を切り取って拡大し、それをあたかもその人の全体であるかのように印象づけるのは、一種の暴力性をもつ。

 同じ女性を撮った写真でも、撮り方によって、「扇情的なポルノ」にみえたり「やさしいお姉さん」にみえたりする。女性の人格のどの部分を切り取って提示するかということなのだが、全人格的なはずの人間が、性的な人間でしかないように描かれるからこそポルノは批判されるが、ポルノでなかったとしても、写真や映像は全体の一部しか切り取ることはできず、どうやっても暴力性を帯びる。大なり小なりの。


撮影行為そのもののなかにひそんでいる、この攻撃性、さらに過激な暴力性。ファインダーのなかの女たちを徹底して突き放し、モノとして認識し、奪おうとする意志の鋭利な露出。簡単に撮れるカメラはその攻撃性に従順に反応し、一枚の映像として切り取り、撮影者を勝ち誇らせる。その攻撃性と暴力性を解放する。(吉岡忍『M/世界の、憂鬱な先端』p.179)


 切り取られた部分的なものが暴力性を多少なりとも帯びてしまうのは、世の中に流れている価値観のどれかを補強してしまうからである。

 たとえば下のような無害極まると思えるイラストだって、「“子どもは元気で明るく”というステロタイプの理解にうんざりする」という不快さを表明することはできなくはない。

http://kids.wanpug.com/illust43.html

 今回問題になった美少女のイラストということになれば、なおさらだろう。それが男権的社会の価値をナイーブに、無意識に、強化してしまうということは十分にありうる。たとえば、先ほどぼくがあげたような「性的」「美人」「スレンダー」「知的」「従順」の要素だ。家事労働を押し付けられている、というイメージはぼく自身はほとんど感じなかったが、まあ、それも加えてもいい。


 作品は誰が描いたとしても(撮影したとしても)、いったん作者の手を離れれば独立して歩き出す。(もちろん、描き手の物語が強烈に付け加わっているのなら、それコミで作品は独りで動き出すのだが。たとえば「障害者が描いた障害者攻撃のマンガ」みたいなのがあれば、やはり描き手の情報コミで作品が社会に投じられるだろう)。だから、このイラストを女性が描いたか、男性が描いたか、もしくはどういう意図や経緯で描かれたかは今のところあまり関係ないと思う。


 ゆえに、「このイラストは、ある種の男性の歪んだ性的欲望に奉仕している部分がある」というような批判があるとすれば、それはある程度うなづけるものだ。断じてない、とはぼくは言い切れない。当初この絵に対する批判ツイートいくつかあって、それをそのまま支持することはできないが、一定の方向性は共有できる。


 そのこと自体には自覚的でありたいし、謙虚でありたい。

 「そんな気持ちは毛頭ない」「言いがかりだ」と本気でいえる、何の歪みもない人もいるだろうが、実際にはそうでない人は少なくないだろう。本当は自分の中に抱えている歪みを見ずにそういう批判を素通りするのはいかがなものか。


 そのうえで。


 「表現してはいけないレベルかどうか」という問題に移る。

 それはない。

 表現を法的に禁止される(たとえば名誉毀損とか猥褻とか)という話は言うに及ばず、自主的に控えなければならないとかいうラインさえ、もっとはるかに向こうである。


 自主的に控えるべきラインがどこかということは、本人の美意識の中だけであろう。たとえば韓国人を揶揄するマンガを描くかどうかは、本人がそれを美しいと思うかどうかにかかっている。他方で、たとえば安倍総理ヒトラーに似せた絵を描くかどうかも同じ問題である。


 もし今回のイラストについて、作者が「これはある種の男性の性的な歪んだ欲望を投影したものだ」という認識に達したとしても、そういう自覚を持ちつつも絵を撤回すべきような美意識を持ってほしいとは到底思わない。


 別の言い方をすれば、暴力性を含んでいるが、相当に小さなもので、世の中にありふれたものだ、ということである。「ありふれたものだからその部分も免罪される」ということにはならないが。*2


政治的に正しいおとぎ話 歪みのあるものがすべて「許されない」とすれば、すべてをポリティカル・コレクトネスで裁断することになり、『政治的に正しいおとぎ話』になってしまうだろう。

 表現はどれほど俗悪であっても、他人の権利をおびやかすまでギリギリ自由であるべきだ。もちろん批判も自由である。それが長い目で見て社会を民主主義的にし、健全にする。だから、不快だと思う人がいても発表することには大義がある。


 だから、これは「描くな」とか「撤回しろ」とかそういうレベルの話ではない。

 「性的な歪みがある」という批判はありえるな、という程度である。ただ、それは世の中のイラストの多くがそのような歪みを持っている。ことさらこれだけが歪んでいるというものでもない。(くり返すが、だといって、その小さな暴力性自体に開き直ることは許されない。)


 そのうえで、「学会誌の表紙であったことの妥当性」という問題が論じられているが、これはもう別の問題である。

 学会がどんなイメージを強調したいかということなんだから、学会の人たちにしかわからないし決められない(たとえば「ものすごく堅実なイメージでいきたい」という学会の合意があるとしたら、今回の絵の起用は、全然別の理由でこれは場違いだったことになる)。

 そういう合意が何もなかった場合はどうか。そのときは一般の雑誌と同じになるのだから、ぼくが上記に述べたのと同じ問題になるわけで、性的な歪みがこの絵には入り込んでいると認めたとしても、「学会誌だから控えるべきだった」とか、「撤回すべきだった」ということにはならないだろう。

*1:いい子ぶってこう言ってるつうより、全体性で選ばないとリスキーでしょ。数十年歩むであろうパートナーとの生活が控えているのに、「胸がデカいから結婚した」とかある意味ですごく勇気があると思う。

*2:「暴力性は小さい」と言ってしまう時点でまったく謙虚ではないと言われそうだが、それは甘受するしかない。ぼくには本件が「大きな暴力性である」とまでは思えなかった。

BrittyBritty 2013/12/29 09:44 「切り取られた部分的なものが暴力性を多少なりとも帯びてしまうのは、世の中に流れている価値観のどれかを補強してしまうからである。」違うと思います。その直前に引用されている吉岡忍さんの文章にあるように、「モノとして認識」する営為が原理的に暴力的なのです。全体であるものを、部分に切り詰めるという主体の行為、それ自体主体であるものを端的な客体として措定すること、一方的に語り、描くという行為自体が暴力なのです。/ひとは自分がいっていることを聞かないで一方的に要約されたとき、それを暴力だと感じないでしょうか。
さて、本件については、私は絵そのものはそれほど暴力的だとは思いませんでしたが(構図だけでなく色彩の印象などともあいまって)、いいようのない不快さが立ち上ってくることを禁じえませんでした。かすかな性的なものも感じられて、その温い暴力性は、痴漢に皮膚をまさぐられるのと同程度には暴力的に感じられた、後からゆっくり憎悪がたちのぼってくる、そうした類のものに私個人には感じられました。ご参考になれば幸いです。

774774 2013/12/29 10:58 絵を見ただけで痴漢被害がフラッシュバックしてくる?イかれてるぜ
嫌なら見るなで済む事をうだうだとよくもまぁ話し込めるもんだよ

nesskonessko 2013/12/29 11:48 絵を見た感想をツイートしただけで、ここまで大騒ぎされ、異常者扱いされかねなくなる状況が、女性差別なんじゃないでしょうか。あの絵を見て不快感を覚える人がいたっておかしくないでしょう。

kiya2015kiya2015 2013/12/29 12:34 上のBritty氏のコメントをちゃんと読んでください。仮にもあなたが左翼を自称するのであれば、学会に抗議してあの政治的に正しくない絵を撤回させるべきでしょう。kyo_ju氏にも思いますが、自分の実利的な欲望がかかわっているときだけ言葉を濁したり言い訳したりするのは左翼失格ですよ。

kiya2015kiya2015 2013/12/29 12:39 「すべての表現は暴力性をもっている」そんなこと分かってます。ならせめてヘテロ男性=加害者であるあなた(やわたし)が勝手にその大小を決めるなと言いたい。

QQ 2013/12/29 13:59 Brittyさん
>いいようのない不快さが立ち上ってくることを禁じえませんでした。
>かすかな性的なものも感じられて、その温い暴力性は、痴漢に皮膚を
>まさぐられるのと同程度には暴力的に感じられた、

憶測でしかないですが、これ、アニメとオタク男性への嫌悪ですかね?
だとしたら、それが自分の中にある歪みだと気づくべきです。
エロの方がまだ分かり易いぶんましなです。
怖いのは貴方のように一見常識人のようなふるまい、発言をする無意識の差別主義者です。

tt 2013/12/29 14:33 あれは「箒の使い方を本読んで自分で学習しながら掃除行為をしている」という絵なんでしょうね
なので「機械学習」みたいなコンセプトを絵に落としこんでいるという点は成功してるんじゃないかな
ただおっぱいの描き方の感じとか色味、雰囲気とかは欲望を掻き立てるシグナルを発してるものだと思います
平たく言えばエロ漫画的展開をたやすく連想できる種類の絵だよね
技法の話だから「実際描いたのは女性のイラストレーターである」とかいうことは関係がない

   2013/12/29 22:01 このイラストは確かに性差別的な臭いがしますが、そういった批判も織り込んで
問題提起として表現するのなら全然ありでしょう
問題意識がなく表現者の無自覚なジェンダーバイアスの表れだとしても、
こういった問題に対する批判の材料として使えばいいだけで、撤回云々はありえない
つーか、批判されたから撤回するという態度がそもそもダメ
卑しくも「学会」なんだから、その批判から学んで人工知能やアンドロイドの研究の
社会的意味とかを考える論文を書くくらいせんと

gg 2013/12/29 22:09 エロ漫画的展開をたやすく連想できる?
……1度パソコン消そうよ?そういうものに触れ過ぎてて、感覚が麻痺してるのに気付いけていないんだよ。
繊細さは大事だけど、女性を描く時おっぱいへの表現に力がいく、なんて絵を描く行為をした人なら誰だってある事だよ。

kiya2015kiya2015 2013/12/30 19:26 id:kyo_ju
いや禁止しないと何の意味もないでしょうこれは。たとえば学会側が「真摯に受け止めます」と釈明しながら同様の表現を続けたら駄目ですよね。だから、ちゃんと撤回させて出版済の雑誌を回収して表紙を変えて作り直させるべき。その過程で、理系男子やオタクへの人格非難に繋げなければいい話。

gg 2013/12/30 20:06 女性を描くことも禁止されますか?それとも女性が箒を持つ事を禁止しますか?学会に登録してる人しか読めない物の表紙に何を求めているのか?
ガイノイドを創る事を夢みる事は罪ですか……

kiya2015kiya2015 2013/12/30 20:38 罪ですが、罪と認識しつつあえてやるならアートの枠に入れてあげてもいいでしょう。要は覚悟の問題です。

gg 2013/12/30 20:55 アートは免罪符になるのですか!?(この表紙とは別の)曰くアートが女性を差別していても?ガイノイドを創ることが出来るようになり、また創るならば、アートの枠に入れてもらわないとダメなのですか!
アートというものはそれ程までに高尚で政治的な免罪符ですか……
入れてあげるなんて上から目線な物言いが、大騒ぎになりフェミニストが異常者扱いされるこの事態を引き起こしていると何故わからない。
フェミニストに理解はあるつもりではいたけれど、私が学んだフェミニズムとその発言はとても同じものとは思えない。

gg 2013/12/30 21:38 70年代に巻き起こったような弾圧を是とする古いフェミニズムは、今現在に性差別を感じる事があまり無い若い人達にとって全く理解を得れる物では無く
表現規制、表現弾圧だと解されてもそれは仕方のない事ですよ。いやもちろんそのような活動があって今の社会があるのでしょうが。
[この絵のこの部分に問題がある。いや、その部分はSF的に使い古された表現であり、そのような意図はない。]このようにして議論を深めて互いに理解を深めていくことこそ現代のフェミニズムのありようではないですか?
それを「へテロ男性」だとか「これだからオタクは」とか差別的なモノを内包する言い方や物いいで断じてしまう事こそ差別であり、反感を買っている部分ですよ。
自らが無意識のうちにしている差別を見透かされているのですよ?

 2013/12/30 21:55 そもそも表現弾圧系の女性団体って、フェミニズム団体よりも宗教右派団体の方が多いでしょ
もっとはっきり言うと、統一協会系の団体だろ
アメリカだってアンチポルノのドウォーキンやマッキノンはむしろフェミニストから批判されている

gg 2013/12/30 22:46 それはこの問題とは切り離された所の議論でしょう
そもそもこの問題へ、フェミニンなモノを錦の御旗のようにしてクローズドなものの表紙に文句をつけたのは、宗教右派ではないのですから。
アートは差別をして良い免罪符にはなりませんし、理想を言うと差別は無くなるべきものです。しかしこの表紙が差別的かどうかは議論する点であり、すぐさま断罪し撤回させるようなものではないでしょう。

私は紙屋高雪さんのおっしゃる事に共感し、コメントさせていただいきました。

くまくま 2013/12/31 08:32 紙屋さんの文章を読むといつもスッキリします。
今まで何となーくもやもやっと感じていたものが明確になるので。
特に、今回のような性に関することとの距離感はすごく面白いです。

古井古井 2013/12/31 13:12 こういう議論があったのね、初めて知った。

「家事ができるロボット(AI)」ってのはAI研究する人にとっては一つの到達点、理想像だと思う。
そういう意味で、この本を読みつつ家事をする絵。とても素直な目標意識の表れというか、そんなものを感じるなー
ただ「なぜメカメカしいロボじゃなくて女性型なんだ」って指摘はそれなりの正当性があるかな。
でも人型にしたいって気持ちはわかるし、男性型だと伝えたいことがぶれすぎるんじゃない?という感じ。

絵が性的?
アホらしい。これで非難されるのはイスラム圏くらいなモンでしょ。

MOGURAmaruMOGURAmaru 2013/12/31 21:15 さて、そろそろ私の出番ですかね・・・。
>激萌えする。だが女性差別という批判もわかる。ぼくにも性意識の歪みってあるもん。どんな表現(とその支持)も大なり小なりの暴力性を含んでいるという自覚がないとマズいよね。
正直言いましょう、私も激萌えしました。はかなげな女性が箒持って佇んでいるその景色にやられてしまいました。
しかし、その激萌えの中に含まれる
>大なり小なりの暴力性を含んでいるという自覚
を失っては、少なくとも、「おおやけ」の場に出る資格はありません。
表現の自由は確かに絶対に近いものです。
ですが、自らの暴力性の自覚なき表現は、要するに
暴力
でしかありません。
>「学会誌の表紙であったことの妥当性」という問題が論じられているが、これはもう別の問題である。
別の問題かもしれませんが、しかし確固たる「問題」です。
何故ロボットに「性別」、それも「女性」としての性別の姿をしているのか。
何故ロボットが女性の姿をしていて、そして「箒を持っているのか」。
何故ロボットが女性の姿をしていて箒を持っていて「プラグとコードにつながれているのか」。
これは、「学会という公の存在」が「すでに性差に対するバイアス」を持っているということを自ら示しています。
ぶっちゃけた話、「人工知能学会」は「女性の姿を持ったロボットをコードにつないで部屋の掃除をさせるのを目標としている」と取られても仕方がありません。

何を隠そう。私の知人でこの学会に所属している人間(男です)は、この表紙を見て、やめろ、と忠告しましたし、この学会誌を海外に持っていくことは正直不可能だと言っています。

性癖でも萌え感情でも表現でも、個人的なものである限りそれは自由です。エロ漫画を何冊も持ってようが構いやしません。しかし、おおやけの場に出されるものであれば、それはポリティカルコレクトネスの視点を持たない限り、立派な暴力となります。

コミケの男性向けエロブースに女性を連れて行くことがどれだけ暴力的であるか、といった思考実験を試されることをお勧めします。

g 2014/01/01 00:14 学会に自覚があったか無かったかを論じる事何て無意味ですよ。誰もわからないのですから……
自覚無き暴力かどうかではなく、この表紙は撤回される程の物かどうかという問題では無いのでしょうか?
【ぶっちゃけた話、「人工知能学会」は「女性の姿を持ったロボットをコードにつないで部 屋の掃除をさせるのを目標としている」と取られても仕方がありません。】
その様にとれるから、撤回されるべきものなのか?という事。
撤回されるべきならその理由は?
プラグとコードはガイノイドを単純に表すモチーフですし、業務用掃除機にある物と酷似させています。
こう解釈できるからダメ。欧米的PC論に合っていないからダメなんて、際限なく続いていく問題ですよ。それこそ、表現を制限していくきっかけになりかねない!
前提としてSF的によくある表現という物を理解し、それでも看破出来ない程のものなのかどうか?私はそうではないと考えます。

TPO的つまり、【おおやけ的に】にダメという問題なら、これは日本で日本語で書かれた……しかも登録された人しか買えない出版物であり、その中のSSの挿絵がコンセプトの1つだそうですよ?ご存知でしょうが。

コミケの男性向けエロブースにも相当数の数の女性はいますよ。感じるものは人によって違うのですから、無理に一般化して、押しつけるような真似がどこまで通るのでしょう?

MOGURAmaruMOGURAmaru 2014/01/01 00:46 この雑誌は「人工知能学会」です。
「萌えメイドロボ開発同好会」ではありません。
人工知能についての研究で「艦これ」よろしく、「人工知能に性別をつける」必要がありますか?
人工知能に性別が必要というか、そもそも人工知能に性別がありますか?
まあ現代日本には「擬人化」という文化があるから、パソコンのOSだろうが睡眠薬だろうがなんでも女の子にしてしまうことは「可能」というより「もうとにかくボンボンやってます」が、それが「人工知能学会」でやることですか?

g 2014/01/01 01:19 日本人が描くものとしてよくあるものでしょうし、アンドロイドに性別をつけるなというのはあまりにも暴論ですよ。
それこそSFにはありふれたデバイスであり、その意図は拡大解釈可能でしょうが、そのようなものではないと簡単に反論できる。
それに必要かどうかなんて学会員でもない私達が決めることではない。
アトムを創りたくて研究を始める人もいればガイノイドを創りたくて研究を始める人もいる!それを否定するなど思想強制です!
そもそも、この表紙となったショートストーリーは
両親が購入した、AI搭載の掃除機デバイスを親代わりに育った少年の淡い恋心を唄う話だそうですよ?
女性型の必然性はそこから紐解けるでないですか?何ならご友人に借りて一読すれば良い!発売まだですけどね。

MOGURAmaruMOGURAmaru 2014/01/01 01:39 おっしゃってることは
「よくある話だ」(日本の現状追認。公私の区別は無視というよりプライベートでOKならパブリックでもOK)
「俺たちに決定権はない。外野黙ってろ」
にまとめられますね。
外野黙ってろならまああなたも私も外野ですので、一緒に黙るしかありませんが、
「ガイノイドを作りたくて研究を始めるからいいだろう」ってのは、まあ個人的にはそういう研究者もいても良いと思いますが(人工知能にジェンダーとさらにセックスの性差をつけるという研究は確かに面白い)、「人工知能学会はガイノイドを作る学会です」とほぼおおやけにしてるんですよ、この表紙。それが無意識の社会的性差であり、無意識だからこそこの性差には注意すべきで、「無意識なんだからいーだろーが、世の中にありふれてんだから」というのは、要するに居直りです。

MOGURAmaruMOGURAmaru 2014/01/01 01:47 わかりやすいたとえをつかいますと、「お茶くみをするのは女の仕事だ」というのと同じ表現なんです、これは。

MOGURAmaruMOGURAmaru 2014/01/01 01:49 表現は自由ですが、表現を批判するのも自由というか、批判が確保されるのが表現の自由のキモであり、批判を許さないのが表現の自由の反対であり、ようするにそれこそが表現規制と同じ論理です。

g 2014/01/01 02:09 何故その認識からアンドロイドを創りたいから研究を始めた人もいるだろうとならないのか?
前提としてSFの理解を介さず学会誌を読み解く事こそ危険だと言っているのが何故理解できないのか?
何故ガイノイドが実現した社会にはアンドロイドも実現しているとならないのか?SFに解がないから見当違いの事を恥ずかしげも無く堂々と書けるのです!
あの絵を見て、あなたの言う【確かに絶対に近いもの】である表現の自由を曲げさせて、撤回させ、糾弾するほどのものがそこにあるかと問いているのです?
現代のジェンダーやフェミニズムとは、表現の自由という絶対の物を変えれるようなとても重くい物であり、それを変えさせる事には慎重を期さねばならないことは理解できますよね?
その注意を怠ったからこそ、この様なオタク文化理解者とフェミニズム理解者とが争うような事態になっています。直ぐに表現規制という事にされるだろうと見透かしたオタク文化理解者は慄き、自衛の為に批判を批判しているんです。

g 2014/01/01 02:20 つまりですね、理解を怠り、簡単に反論できような批判をしては、フェミニズム自体を貶めることにしかならないと言いたいんです。それ程重いのです。

今回の様に軽率にフェミニズムを振りかざす者は真にフェミニズム研究を志し、本を開き筆を持った人々にとって邪魔でしかないんですよ。アートはセーフなんて口が裂けても言えるはずは無い。

今回の事で誰が害を被っているんでしょう?世間一般から(一部間違った)批判を浴びて辛い思いをしているのは、語ってきたような真に学問を志す者です。人工知能研究然りフェミニズム然り。その方々に本を畳ませないような態度、姿勢で語るべきで、それにはまず相互理解をすることです。

MOGURAmaruMOGURAmaru 2014/01/01 02:25 「その注意を怠ったからこそ」この学会誌の表紙は批判されるべきなのがわからないのかなー。
無意識な性差についてのバイアスは、無意識的だからこそ暴力的なんですよ。
ましてや、人工知能という「性差がそもそもあるのかどうかわからない。性差を加えるのも面白かろうし、性差が全くないものを作るのもまた面白い」という領域において
「まずガイノイド、でもって結線されてて家事やってるやつ」
を表紙にしてしまう、その無意識の性的バイアスがおおやけにされることがどれだけ暴力的なのかわからないのかなあ。
「現代のジェンダーやフェミニズムとは、表現の自由という絶対の物を変えれるようなとても重くい物であり、それを変えさせる事には慎重を期さねばならないことは理解できますよね?」
だから慎重に表紙の絵について考えろと、そっくりそのままお返しいたします。

gg 2014/01/01 02:53 そんな理論では説得力が無いから今ツイッターやブログ等で避難されているのがわからないかなー?
あなたの思想はこうでしょう!だからそれはダメなんて……その理屈で言うと際限なく断罪されていくだけです。
先進国である現在の実社会に生きている人々に理解を得れないフェミニズムなんて意義はないんです。独善的と曲解されていくだけです。

あなたに対する解は相互理解ですよ簡単です。このショートストーリーに何故ガイノイドが出てきたのか。両親が購入したから。これはあらすじに明記されています。
何故アンドロイドではなくガイノイドだったのか、ここは少し難しいですが(結論は、おそらく販売されるショートストーリーに書かれています)一緒に買いに行った少年自らが希望したのか?それともただ両親が気に入ったのか?補足として幼少の頃、人類は男性ではなく、女性に安心感を持つという研究が有りました。(それは差別という事の認識さえ生まれない頃からの本能的区別だそうです。)
【両親の代わりに育ててくれたガイノイドという姉】という話から派生された日常の一片があの表紙ですよ。そこに理由があるとすれば淡い恋心というテーマから生まれた、ある種のご都合主義か。また、前述した人間の本能的区別かはわかりませんが、フェミニズム批判するものではないとフェミニズムとは本能的区別を批判し覆すものではなく、社会的差別を批判し覆すものです。

g 2014/01/01 03:02 あの表紙を一見しただけで、注意を怠っているなんて選考委員でもない人から出てくる言葉とはとてもじゃないが思えない。一方的ですよ。相互理解を解せないなら相手に理解を求めない事だ。理解を求めないのならフェミニズムなんて振りかざすものじゃない。理解せず振るうにはそれはとても重いものだ。
真にフェミニズムを学ぶ事です70年代の古いものではなく最近のモノを。

MOGURAmaruMOGURAmaru 2014/01/01 03:05 すみません、ショートストーリーなるものをどこで読まれたのですか?

g 2014/01/01 03:10 それこそ表紙という表現物に載るとかいていたでしょう?あらすじは自分で探してください時間的な問題で。誤字が多くなってきました

MOGURAmaruMOGURAmaru 2014/01/01 03:41 なるほど、どうりで「(結論は、おそらく販売されるショートストーリーに書かれています)」なんて書くわけだ。読んでないんですね、あらすじを伝聞情報として知っただけで。

MOGURAmaruMOGURAmaru 2014/01/01 04:28 さて、私ももう寝ますが、あなたにはわからないであろうクリティカルな言葉をば。
「補足として幼少の頃、人類は男性ではなく、女性に安心感を持つという研究が有りました。(それは差別という事の認識さえ生まれない頃からの本能的区別だそうです。)」
これが性差についての無意識的な本質主義です。要するに「お茶くみをするのは女性のほうが差別意識とは関係なく好印象をあたえるという研究があります」と同じ論理です。
あなたがどれだけフェミニズムについて勉強されているのか知りませんが、「本質主義批判」はフェミニズムの根幹にあることくらいは知ってますよね?

MOGURAmaruMOGURAmaru 2014/01/01 09:24 新年早々紙屋所長に絡みますが、
>そのうえで、「学会誌の表紙であったことの妥当性」という問題が論じられているが、これはもう別の問題である。
これは「石原慎太郎(元)都知事が差別発言をしたことの妥当性」という問題とどう違うのでしょうか。まさか石原のように「表現の自由は守られねばならないから俺の発言に対して謝るつもりはない」とはおっしゃいませんよね。ましてや、昨今の嘘つき政治家や東浩紀のように「本心が伝わらなかったことを遺憾に思います」と言い訳にならない逃げ口上を述べるわけもないわけで、所長におかれましては、このブログとコメントを「そのままにしておく」ようお願いいたします。

g 2014/01/01 12:03 先ずはあらすじが書かれていたページを見つけれなくなってしまうという不手際を犯してしまった事を謝罪させて下さい。色々関係ページを開きすぎて履歴から探すのも難しい状態となっていました。
私の不手際ですSSでも撮ればよかったのですが……これでは伝聞情報と言われても仕方のない事です。

さて、あなたにはわからないとおっしゃられましたが、そこが問題です。私にはというか、大多数わからないような理屈で表現規制を叫ぶ事は危険だと何度も言っているのですよ。
更に幼少の話は意識的問題では無く生物学的な行動です。他の生物より無防備な状態で産まれてくる人間の本能です。
そこへの批判は本質主義批判ではなく動物としての否定です。どうして幼少の頃からの本能を否定できるんでしょう?

あ 2014/01/01 13:25 brrityさんは何故きかいを女性のように認識していると考えずに
女性が機械になっていると考えるのやら

MOGURAmaruMOGURAmaru 2014/01/01 13:55 少なくとも私の知っている限りのフェミニズム(今現在のフェミニズム理論は女性のみのものではありませんが)では、コミケの男性向けエロブースにも女性がいるのと同じように、生物学的な傾向を絶対的な所与として男女の性差を本質化することは避けるものです。

MOGURAmaruMOGURAmaru 2014/01/01 14:14 インターフェースとして人間と交流するものとしてロボットをデザインするとき、「親しみやすさ」のような形でガイノイドが選ばれるというのは、カーナビの音声は女声であるというのと同レベルで十分ありえる話です。
しかし、その「親しみやすさ」の段階で無意識の性差(それは生物学的セックスか社会的ジェンダーか判別しません、というより、この二つを明確にわけることは今は疑問視されています)が人間を支配していることは言うまでもなく(つまり、カーナビの声とは既に無意識の性差の支配を受けているとも言えます)、そこに無自覚なのは、「せめて無自覚であることに気付いてくれ」と思います。

   2014/01/01 14:44 gって人は明らかにアンチフェミニストだよね
こんな本質主義的言動こそが、フェミニズムが最も問題視し糾弾してきたもの
これに比べれば、暴力的ポルノ表現なんて瑣末で個別的問題にすぎない

g 2014/01/01 23:18 アンチフェミニストではなく、軽率にジェンダー論を出すと表現規制に直結するから慎重になるべきだと言っているのですよ。
更にいうと、この協会の表紙を選定した人達に、無自覚な差別があったかどうか。なんてわかるわけがない事ですから、ジェンダー論を出すには早いと言うのです。
表現物に差別的解釈が出来るから辞めろなんて暴力的な論は、論ですらない。
SFの前提知識としてガイノイドとアンドロイドというものがあり、それを描いているだけと言われれば、それまでじゃないですか。

気持ち悪いと思う事は自由ですし、それは尊重されるべきものですが、その表現物を規制する為の論理武装としてジェンダー論は軽々しく使わない方が良いと。ジェンダー論は重いものです

MOGURAmaruMOGURAmaru 2014/01/02 00:39 軽率にジェンダー論を出すと表現規制に直結するから慎重になるべきだと言っているのですよ」
私は、ジェンダーバイアスのかかった表現こそ表現規制に直結する可能性があるから慎重にならねばならないと言っているのです。個人的な性癖などは表現の自由の名の元に解放されるべきです。しかし、今回のは「人工知能学会」というおおやけのものです。「ジェンダーバイアスのかかった表現」を表現したのは、「人工知能学会」です。
「無自覚な差別があったかどうか。なんてわかるわけがない事ですから、ジェンダー論を出すには早いと言うのです」、無自覚な差別は、本人には無自覚なのですから、私はその無自覚さを批判したのです。
「SFの前提知識としてガイノイドとアンドロイドというものがあり、それを描いているだけと言われれば、それまでじゃないですか」
アンドロイドに性差(女性ならばガイノイド)がある(というか人工知能に性差が必要かどうか)というのは、人工知能学会において「議題」になるべき要素であって、「ガイノイドとアンドロイド」と並列的に書くことは、それ自体が性差についての無意識を示しています。

「気持ち悪いと思う事は自由ですし、それは尊重されるべきものです」あなたは今までなにを主張してきたのですか?私は、プラグに差し込まれた女性の姿をしたアンドロイドが箒を持っているという無意識の性差について「公的に」語りつづけました。個人的な性的な自由は、エロ本を隠し持つことくらいで納めてほしいものです。しかし公的には、そしてフェミニズム的にはそれは端的に暴力にすぎません。

「その表現物を規制するための論理武装としてジェンダー論は軽々しく使わない方が良いと。ジェンダー論は重いものです」人工知能学会というジェンダー的に中立、あるいはジェンダーを問題にするべき学会において、「ジェンダー論を軽々しく扱った」この表紙こそが軽々しいものであり、「ジェンダー論は重いものです」というあなたの言葉は、端的に矛盾しています。「ジェンダー論は重いもの」であるならば、ジェンダー的に人工知能学会にとって性差的に中立、あるいは性差についての問題提起的を示すべきものが表紙を飾るべきであり、「ジェンダー論は重いもの」であるから、ジェンダー的にバイアスが明らかなこの表紙について、「ジェンダー論は軽々しく使わない方が良い」から不問に処すというのは、ようするに「社会的強者の居直り、抑圧者は抑圧者らしく黙ってるべきで抑圧者が声高に不当を叫ぶのは抑圧者にとって不利である」という、忌まわしい現実の強者の論理に居直ったものでしかありません。

いささか場違いになるかもしれませんたとえになりますが、「レイプマン」という劇画において、レズの女性を「女は男に従うべきだー!」(このへんうろ覚え)とその女性を男(レイプマン)がレイプするというエピソードがありましたが、あなたの「フェミニズム」「ジェンダー論」はその程度のものではないですか?
私としては、「人工知能学会」は人工知能(インターフェイス)におけるジェンダー、そして我々自身が無意識のうちに所与のものとしている性差を暴き出す可能性を持ったものでありたいと思っておりまして、今回の表紙は、「はなっから人工知能学会の方針をくじくものだ」といわざるを得ません。

g 2014/01/02 14:08 性差について無意識かどうか、とは【そう解釈できるかどうか】に戻ります。
そしてそれが引き起こすのは際限の無い自主規制ですよ。
80年代のレイプマンが出てくる人に説明出来るか自信がないのですが、続けましょう。
あなたの理論が通じた、70年代〜80年代の日本社会ではジェンダー論自体がそもそも軽くあつかわれていたので、問題提起の前段として無意識の差別を訴える事で議論し(そしてそれは本当に差別されていた)解決されていき、今現在殆どの人は身近に性差別を感じない時代になりました。

10年代半の日本社会ではジェンダー論は重い政治的な意味を持つものになっていて、簡単に自主規制に追い込んでいけるものなのです。
そして自主規制させるべきものとは、そう解釈出来る明確な物があり(あなたがいうレイプマンはそれに当たるのでしょう?)
今回の物の何処にそれがあるのですか?首輪がされていたり、マスクを被った男に襲われていたりしたらそうなるでしょう……が!電源コードだと、掃除は自ら自主的にと、本は充電中の合間にと、あの絵からの解釈なんて前提知識があればいくらでも解釈出来る物を非難してどうするんです。

よしんばソレで自主規制に追い込んだとして、批判された側、そして騒動を垣間見た者は納得できないでしょう。【そのような解釈をする方が差別的だと】そう言われてしまうじゃないですか。
今本当にそうなっている!
あの絵で致命的にジェンダー論に引っかかる物は何処だと?協会が自主規制すべき物は?それは女性型が表紙を飾るだけで際限なく続きませんか?
10年代に生きている人々は、あの表紙にジェンダー問題を感じないんです。
それは先駆的に活躍したフェミニストの方々のおかげですよ?しかし今もそのバイアスを持ち出して断罪しては理解を得られず、独善的と批判されてしまう。今となってはそのバイアスこそ古いんですよ。【端的な矛盾】はここですよ。原因を【古い社会の物】に変えておきながら、今もそのバイアスのままに人に非難する。
あなたの論が正しいのなら、現代に生きている人々は納得して、その可能性を取り除いたでしょう。人間社会はそうやって変わってきたのですから。
しかし軽率に使われているからこそ、そうではないと声が上がっているのですよ。
そもそも解釈できるかどうかって言われてる時点で軽率です。
古くしたのは成果ではあり、嘆く物でも理解されないと非難するものでもない。
あなたの出したレイプマンの時代にこの表紙なら問題だったのかもしれません。しかし今は10年代でありジェンダー論は重くなり。自主規制という表現規制に近づくんです。
現在フェミニスト叩きにあっているのは事実としてあり、その難を被るのは今現代のフェミニズムを学ぼうとしている人々です。ご理解いただければ幸いです。

g 2014/01/02 14:29 解釈論とは泥沼です。
ムンクの叫びってあるでしょう?見た殆どの人は叫んでいるのは中心に描かれている人物だと思うようです。(私もそう思ってました。)しかし別の論として、周囲の景色が叫んでいて人物は耳を塞いでいるのだと。そういった両方の解釈があり、むしろ専門家は後者のほうが正しいんだそうです。そしてそういった前提知識(前段で例えれば社会)があればそう見えるようになります。
(例えばレイプマン)は然るべき規制が必要だったでしょう。
社会をフェミニズムと言う言論で今の形に変えた事は誇る物ですし、私自身尊敬しています。

まほちゅーまほちゅー 2014/01/02 16:23 無意識の性差別的バイアスが日本にはあるかないか、って話ならそこら中にあるんじゃないのとしか。問題の表紙にジェンダーバイアスがかかっているかどうかといわれれば、まあそう見えるけどとしか。
僕はポルノ大好きなおっさんですけど、差別には絶対反対ですから、せめて自身の差別的な欲望に自覚的であろうと思っておりまして。ポルノ大好きでごめんなさい><見逃してくださいお願いします><と日々本気で思っております。女性差別的表現を表現規制に結びつける「べき」かどうかの意思決定には勿論性別かかわらずの参加が望ましいでしょうが、その際にまず尊重されるべきは女性の意見だと思いますけどね。その結果表現規制もやむなしということになればそれは受け入れざるを得ない。だから、私個人は自身の欲望に自覚的であることをもってお目こぼし頂こうと平身低頭しているわけです。
非が現に社会的に形成されている男性的欲望の側にあるのなら、それを規制するなとか、規制すべきかどうかを、それに寄り添う側が判断するのはおかしいんじゃないかと。変態的欲望を持つ男性の皆さん、もっと女性に許しを請いましょう。
今回の表紙がどうのという件は僕にはとてもいい事だったように思われました(いい結果が出るかはまた別)。学会誌という、大規模な表現規制には直結しにくそうで、かつ真面目な話ができそうな媒体について議論になったことで、超えてはいけないラインも新たに引かれ、デリケートな領域であることも再確認され。日本はそういう部分、とても鈍感な気がしますから。「人工知能学会」というのがまたセンスがいいなあと。男性社会だし。「無意識下で理想のダッチワイフを作ろうとしてる」なんて揶揄されないように頑張って欲しいものです。

kiya2015kiya2015 2014/01/02 23:57 人工知能学会→アウト、非難
味の素のCM→スルー
紅白の男性演歌歌手のバックでアイドルが喜び組→スルー
半沢直樹やサザエさんにおける性役割固定化表現→スルー

テレビ放送は公共性を帯びているし、影響力も学会とは比較にならないほどあるのに、
なぜ学会は批判されてテレビはスルーなのか?
まあ最初からオタクを叩きたいというのが本当の動機だからでしょう。

kamiyakenkyujokamiyakenkyujo 2014/01/05 09:44 MOGURAmaruさんの「絡み」にかかわって。

私にも研究者の知り合いがいますが、ある女性研究者(人工知能学会ではないが理系)にこの表紙を見せたら「もし自分の属する学会の表紙だったら、自分もこういうものを是認しているのかと思われるので嫌だと感じるし、撤回してほしくなる」と述べていました。仮にその女性が属する学会が表紙についての投票規定を設けたらひょっとしてこの表紙は撤回ということになるかもしれません。

ある学会誌の表紙をどうするかということは、性差問題のレベルでアウトになる場合もあれば、契約時点の話と違うというレベルでなる場合もあれば、萌えが足りないという逆の理由で撤回させられる場合もあると思います。それは学会におけるコードのレベルなのです。

根源的には、特定の学会という母集団での表紙についての統治には、単純に社会一般における「表現の自由」が適用されていないという理由です。

だから、ぼくはMOGURAmaruさんの意見におおむね同意しているのですが、「学会誌の表紙の是非の基準は、社会一般と違う(ことがありうる)」というその一点において食い違っているのだと思います。

知事や市長については、基本的には社会一般と同じ基準になるでしょうが、違いがあるとすれば、首長はポリティカル・コレクトネスに敏感であるべきだという点です。その立場から住民が首長に発言の撤回を求めることはできると思います。ただ首長の発言についての明文的なルールはありません。ゆえに、最終的には「表現の自由」によって保護されるルールが発動され、その枠組みをぼくたちも是認しているわけですが。それがどうしても問題というなら、倫理条例のようなものを設けて基準化する考えはありえます。

ただし、政治家についても、多くの場合、ぼく個人は「撤回」を求めるかどうかよりも、批判し、本人が判断するのがいいと思っています。

hajakeigai3hajakeigai3 2014/01/11 18:14 http://wedding.excite.co.jp/vote/result/?id=V1346982460043
自分より年収が低い男性との結婚は?
将来、彼が上回れそうならOK
30%
考えられない
61.3%

男性が女性に従順で家事をする事を要求する事が思想的暴力だっていうなら、女性が男性に自分の年収を以上を要求することだって暴力ですよね
しかもこのイラストに萌えた男だってこういう女の子じゃなきゃ結婚しないって言ってるわけじゃない
一方で上のアンケでは「結婚しない」と断言し、「自分より年収の少ない男は能力・努力不足」と見下し、あろうことか「自分より年収が高い女性との結婚は?→かなり高くてもOK 73%」という男性のアンケ結果に「失望した」とコメントしているわけですが
こうした女性の意識を踏まえると、バリバリに働く男を描いた漫画・ドラマ・映画は尽く暴力的であると批判することが出来ますね
半沢直樹だって、あれが好きな女性たちは、上のアンケのような意識を持ってる事を否定出来ないでしょう

正直、個人がどんな異性を好むかとジェンダーとは全く関係ないと思います
好みは個人の自由であり、問題はその価値観を当然のように相手に押し付けるかどうかです
あの表紙の絵を書くのも観るのも勝手ですが、それを現実の女性に突きつけて「全ての女はこうあらねば駄目なんだよ! お前もそうしろ!」と言う者がいたら、その者は差別主義者です
今回の一件で怒ってるフェミニストはその違いがわからないから批判され、馬鹿にされるのでしょう

tt 2014/01/11 21:41 このようなデザインが適切か不適切かという議論は尽きないでしょうが、とりあえずは学会のような社会的立場のある組織は批判が生じる可能性を十分に考えて行動しなければならないということを改めて実感させられる案件ですね。

やはり、自意識過剰な方や歪んだ見方をする人がいっぱいいるということを忘れてはいけませんね。

批判の内容や批判している人の多寡に関わらず、今回批判があったことは紳士に受け止めなければならないと思います。
でも、これは個人的憶測ですが、担当者の方は人工知能という堅いイメージの分野に対して、読者に親しんでもらえるようにこのようなデザインを選んだのだと思います。そういった心はなくさないで今後もがんばっていただきたいです。

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