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紙屋研究所


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2014-08-19 『PTAをけっこうラクにたのしくする本』

大塚玲子『PTAをけっこうラクにたのしくする本』


 きょうはPTAの地域ブロックレベルでの研究集会である。ぼくは小学校のPTAの広報副委員長になったので、出なければならなくなった。仕事を休んでの参加である。

 「仕事を休んでまで参加かよ」と聞くとぞっとするが、副委員長になるさいに「年1回、これだけはどうしても」とお願いされていたので、やむをえない。「他の会議は出なくてもいいから」と委員長にいわれて、休ませてもらっている。

 PTAは、役員委員はちがう。委員というのは各クラスの係のようなもので、うちの学校ではクラスごとに7〜8人がなる。広報だのベルマークだのといったイベントごとには忙しくなるが、ふだんはそうでもない。役員は学校全体のとりまとめ役であり、忙しさがまったく違う。

 ぼくは、その中間委員の中での取りまとめ役である。

 一般の広報委員は、ほとんど何か1つのイベントに参加して写真や記事をかけば終わりである。正直、楽である。ところが、副委員長はここから広報誌の体裁に編集する役割をもっている。ぼくは編集ソフトが使えるので、データで広報誌を組むところまでやることになった。

 広報誌は8ページのものを年3回発行する。

 先ほど一般の委員は記事を書いてくるかのように言ったが、実際には記事を書いてくるのは数人である。そもそもワープロソフトはおろかパソコンさえ扱えない人が委員の半数を占めている。おまけに委員は1年交代で、これまで記事などというものを書いたことはない人ばかりなのだ。

 では何をやるかというと写真をとってくるのである。

 記事は正副委員長とそのサポート役が書くことになっている。

 たしかに広報誌は写真が中心になっている。記事などほとんどの人は読んでいないのかもしれない。

 すさまじかったのは、写真の数。運動会の写真は合計すると1000枚近くが集まってくる。それをえり分けるのは1人のサポート役だけであった。徹夜に近い作業量でやったというから半端なものではない。しかも、せっかく選んでもその後学校側のチェックが入り、「載せてはいけない児童」の写真は外される。年度初めにプライバシーについての契約を個別の家庭と結ぶのだ。

 ぼくも編集作業で苦労した。

 仮に業者にこのプロセスを頼んでも、同じような校正作業は行われるんだろうなと思った。


 第1回目の広報誌をつくってみて、強く感じたことは二つある。


 一つは、記事も書けない、写真も選べないような人に記者になってもらうのは、本人にとっても回りにとっても不幸ではないかということ。もちろん意欲があれば別だけど、そういう人ばかりではない。「年1回写真だけとればいい。それでPTAの役を果たしたことになる」という「楽」さに魅かれて広報になった人もいる。

 ふたつ目は、広報誌の中身。PTA広報誌といえば、学校行事で子どもたちが写っているものが載るのでは、と思う人も多いだろうが、近年「それでは学校新聞である」という意見がPTA広報誌をコンクールする側から出されて、PTAの活動そのものに焦点をあてるようになってきた。

 まあそれは一つの道理なんだが、それは保護者が知りたいことなんだろうか、と思う。もっといえば「これ、面白いのか」と。

 PTAの目的をどう定めるかによるのだが、たとえば、習い事をやっているのかとか、塾に行っているのかとか、学校の勉強がわからなくなっているがどうすべきなのかとか、そういうことは保護者の関心事ではないのか。その関心事から出発して、学校の環境整備にモノをいうというアプローチもあるのではないかとぼくなどは考えてしまう。



 さて、そうした折に読んだのが本書である。


PTA再活用論―悩ましき現実を超えて (中公新書ラクレ) 類書に川端裕人『PTA再活用論』(中公新書ラクレ)や、まついなつきのコミックエッセイ『まさかわたしがPTA!?』(メディアファクトリー)がある。

川端の本はPTAとはどういうものかをやさしく紐解きながら、その功罪のポイントを書いている。まついの本は基本的に体験記である。体験記でありながらPTA組織とはどういうものかをやさしく書いている。

まさかわたしがPTA!? これに対して大塚の本書は、PTAの組織とはどういうものかを書いてはいるが、そのスペースはほとんどない。圧倒的に多くを占めているのは、改革の方法、それも超実践的な改善方法の指南である。大塚自身がそれを論じるのではなく、他の人たちの体験や取材を通じて論じているので説得力がある。

 PTAのあり方を根本的に変える場合はもちろんだが、会議の効率化や仕事分担の工夫など、マイナーチェンジをしたい場合にも参考になる。


 ぼくが読んだところ、本書の中でPTAを変える際に一番大事だとされているのは、「PTAは何のためにあるのか」ということを全体で確認することだ。


PTAは、子どもたちが育つ環境をよりよくするため、保護者が学校や地域と協力して活動するものですが、その目的はしばしば忘れられ、いつのまにか「例年どおり」に活動を継続することや、公平に仕事を分担することなどが目的となってしまいがちです。/まずはいまいちど、PTAの本来の目的をみんなで確認・共有することから始めてはいかがでしょうか。(本書28ページ)

 それは抽象的な目的の確認ではない。

 それによって仕事をリストラするという超実践的な目的のために行う。


子どもたちが育つ環境をよりよくする」というPTA本来の目的をみんなで確認・共有することで、「例年どおり」に引きずられた無駄な活動をなくしやすくなります。/目的がはっきりすれば、いまのPTAのなにを変えるか、どんな手段が可能か、といったことが、おのずと見えてきます。(本書46ページ)

PTAをけっこうラクにたのしくする本 たとえば、ぼくのケースでいえば、「広報誌なんてそもそも要るの?」というところから出発することになる。本書では「広報の仕事におけるくふう」という節がある(156ページ)。

 この中に、広報誌の発行そのものをやめてしまうケースが載せられている。

 一つは、役員が発行している「PTAだより」に連絡事項などがすべて載っており、あえて広報誌体裁にしなくてもいいのではないかということでやめてしまった例。

 もう一つは、すぐゴミになってしまうので、もうウェブでやればいいのではないかということになった例。むしろいつでも必要な人が見られるのがウェブ媒体ではないのかということになったらしい。


 内容についても書かれている。ある小学校の教師の、次のようなコメントである。


いつも「だれのために発信しているのかな?」って思います。みんな知らないことを載せれば意味があるけれど、みんなが知っている行事の話を載せても、意味ないじゃないですか?(本書159ページ)


 これはまさにうちのことではないか、と思いながら読む。

 このコメントが載ったページでは、保護者と教師で意見の分かれる「給食指導」についてPTA広報誌に載せる例を扱っている。

「嫌いなものを残すのはありにしてほしい」という保護者の意見を載せたいが、それを載せると「残さないように」という指導を否定することになる。そこでアンケート結果と教師の意見を併記する工夫をした、というような話である。


 このケースは「子どもたちが育つ環境をよりよくするため」という目的にそって、給食指導のあり方を、保護者の意見と教師の意見をたたかわせながら見直す場にしている。親が関心のある問題でもあるし、同時に「子どもたちが育つ環境をよりよくするため」の改善を提案する契機にもなっている。たしかに広報誌の面目躍如ではないか。*1


 そして、本書ではなんとパソコン業務集中問題にもふれられている。

 その解決策について、本書では「いっそ手書き前提で仕事を進めてはどうでしょうか」(本書160ページ)とある。

 おお。この提案は、いまうちのPTAで考えている選択肢の一つであり、今日の研究集会で発表する中身なのだ。はははは。


 広報委員には、パソコンも扱えないのに集まってくる人がいる。

 「パソコンができないのを言いわけにして、なにもしない人が毎回複数いるけど」(本書161ページ)ってどういうことなの…。まあ、それを口実になにもしないってことだろ。

 本書では、いっそ有志制にしてはどうかとも提案する。

 広報は技術的ハードルが高いが、ミニコミ編集が好きな人が集まれば、かなりの意欲で発行することができる。ぼくも広報委員をやってみて、これは有志制の方が絶対にいいなと思った。そして、DTP作業のようなことをやらずに手書きで出すほうが逆に効率がいい。もちろんデジタルを扱う猛者ばかりそろうなら、DTPに挑戦すればいいのだが。


 本書では、PTAは自動加入=強制加入を問題にしている。憲法学者の木村草太のインタビューが載っているが、大いに参考になる。大塚の「PTAって、保護者を強制加入させることはできないんですか?」という問いに木村は


団体に加入するっていうことは、ひとつの契約なんですね。契約が成立するのは「両当事者が合意した場合」です。逆にいうと、両当事者が合意していなければ、契約は成立しないわけです。/したがって、PTAは保護者を強制的に会員にすることはできない、ということになります。(本書188ページ)


と答えている。

 ここには自治会(町内会)についても同じ問題があるように思われた。

 木村は、強制加入団体の条件として、何かに入る場合にセットになっていることを示す。マンションを買うので管理組合に入る、弁護士になるために弁護士会に入る、というような場合である。しかしこれは法律で義務付けられているのである。学校の場合、そのような義務付けはない。


 この「自動加入=強制加入」反対論は、本書の基調をなしているのだが、それは単にPTAの役をどう逃れるかという消極的な視点からではない。

 大塚にはPTAが目的をつねにはっきりさせ、その目的に賛同する人、もっといえば「有志」のボランティアであってこそPTAはよみがえるのだという信念があるように感じられる。もっともそういうラジカルな改革ができなくてもそこに近づけることでPTAはよみがえると考えているようだ。

 これはぼくの自治会論にも近い。

義務や強制のない、自治会費ゼロの自治会をつくったよ - 紙屋研究所 義務や強制のない、自治会費ゼロの自治会をつくったよ - 紙屋研究所

 自治会は全員加入制が建前にもかかわらず、最高裁判決で強制加入を明確に否定された。「強制加入はいかん」というのがすでに大勢だったのだが、それが決定付けられた。自治会がよみがえるのは、ボランティアによる(役員・係の)活動しかないと思っていたのだが、同じ精神を大塚のPTA論にも感じた。

 強制加入の原則にこだわり、全員の公平な仕事分担にあけくれるような活動はすべての人を不幸にするのではないか。


 このような意見を述べた場合、「たとえば通学路にたって交通指導をする『旗当番』は誰がやるのか」という意見が出てきそうである。

 うん。だれがやるんだろうね。

 それは、有志がやりたいときにやればいいのではないか。

 心配している人が立つほかないし、心配している人が他の人をオルグすればいい。どうしても不安なら、かつてのように行政の費用負担で「緑のおばさん」を配置するように請願することもできるだろう。


 こうした場合に、最後に障害になるのは、実は地域=自治会(町内会)ではないだろうか。

 本書では「自治会との会合について」という節がもうけられている。

 青少年健全育成だの交通安全だのという名目で、自治会やそれに類する地域組織とPTAとの会合が組まれている。役員や担当委員はその会合や飲み会に駆り出される。


PTAはこのような場で、地域と学校の連携役を期待されるわけですが、取材中、「この会への参加強制が大きな負担になっている」という声を何度も耳にしました。(本書98ページ)


 本書99ページには地域組織との連携でいかに消耗しているかというコメントが並ぶが、「PTAは町内会に労力を絞りとられるばかりです」(本書99ページ)はいかにも辛らつである。本当は「搾り取られる」と書きたいのでは…。

 青少年の犯罪は目に見えて激減している。

 若年人口が減っていることも大きいが、それ以上に改善されている。

http://hakusyo1.moj.go.jp/jp/59/nfm/n_59_2_3_1_1_2.html

 むしろ不自然なまでに増えているのが高齢者の犯罪である。人口増では説明のつかないスピードで急増しているのだ。

http://www.npa.go.jp/keidai/keidai.files/pdf/essay/20131220.pdf

 地域組織は一律の「青少年健全育成」などをやっている場合ではないだろう。

 いや、何が言いたかったのかといえば、「青少年健全育成」は自治会(町内会)とタイアップしてマンネリにやる必要はない、ということなのだ。形や姿を変えて効果的に取り組んだ方がよほどよい。

 ここでもまた、本書が訴えるように目的をあらためて考え、その手法について効果的な施策を考える方がよいということなのである。


 今日の研究集会では、広報誌の目的――そもそも発行する必要あんの? というところまでさかのぼって議論されることはなかった。また小さな改善を積み重ねるうえでもウェブ媒体にかえることや手書きに変えてみるということなどもおそらく提起されれば新鮮であろう。

 PTA関係者がこの本を一度は手にとってみて、賛成するしないは別としても、一度自分たちの活動をふりかえって、話のネタにする材料にしてみるといい。その意味で必読文献であるといってよい。

*1:ちなみに今日の研究集会で「習い事について聞くということはPTA広報誌ではできないのか」と聞くと、参加していた教師は「それは学年通信などでできるはずだし、習い事は必ずしも学校で奨励していないから」と答えた。よく意味がわからない回答だった。

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