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紙屋研究所


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2014-10-17 読み込み能力欠如もほどほどに

読み込み能力欠如もほどほどに


世界に恥を晒した「憲法9条ノーベル平和賞」申請 戦争放棄をうたった憲法は99カ国に存在、知識欠如もほどほどに:JBpress(日本ビジネスプレス) 世界に恥を晒した「憲法9条ノーベル平和賞」申請 戦争放棄をうたった憲法は99カ国に存在、知識欠如もほどほどに:JBpress(日本ビジネスプレス)


 この記事の言いがかりはちょっと度を超えている。

 この記事を書いた織田邦男は、日本国憲法第9条をめぐってノーベル平和賞を申請した文章を引用したすぐ後に、


 そもそも、「戦争放棄」条項は、今や大多数の国の憲法にうたってあり、決して日本固有の規定ではない。

 ある憲法学者の調査によると、日本国憲法のような戦争放棄をうたった平和憲法条項を盛り込んだ憲法は、既に99カ国に存在するという。憲法9条の規定をあたかも世界の中で唯一の規定だと思い込んでいるのは大きな誤解である。〔強調は引用者〕

と書いている。「この申請には著しい誤認識がある」と織田ははっきり書いている。

 しかし、少なくとも引用された申請文のどこにも「日本固有」「世界の中で唯一の規定」という類いの文言はない


 織田の文章の核心はまさにここにある。「戦争放棄」条項を持つ国は世界に山のようにあって、「日本固有」「世界の中で唯一の規定」ではないんだよ、ということを知らしめて「知識欠如もほどほどに」などというタイトルをつけているのである。だから、この核心部分が崩れてしまうと主張として成り立たなくなってしまうのである。

 パリ不戦条約日本国憲法は瓜二つだと指摘して


戦争放棄」は日本国憲法専売特許でも何でもない。ましてノーベル賞に申請するような類のものではないのだ。

と述べているように、ノーベル賞申請の理由が「戦争放棄一般条項を日本国憲法が持っているからであるかのように描いている。


 いや、それが申請理由じゃないことは、申請文を読まなくても予想がつくし、申請文を素直に読めばなおさらハッキリするだろ。

 織田が言うように、「戦争放棄」条項を、99カ国もあるかどうかは別としても、世界のいろんな国が持っているのは、よく知られた事実だ。たとえばイタリア憲法はこう定めている。


第11条 イタリアは他の人民自由を侵害する手段および国際紛争を解決する方法としての戦争を否認する。

 そして不戦条約にさかのぼらずとも、現在の国連憲章のもとでは武力行使は禁じられているのであるから、そういってよければ、国連加盟の195カ国が「戦争放棄」のルールを持っているといってよい。


 日本国憲法の特異性は、これも織田が指摘するように9条1項ではなく2項を持つことによってである。

 つまり戦争の放棄を徹底するために戦力も放棄しているからだ。

 そして申請はそのことを正確に表現している。


日本国憲法は前文からはじまり 特に第9条により徹底した戦争の放棄を定めた国際平和主義の憲法です〔強調は引用者〕

 「戦力不保持」を「徹底した戦争の放棄」と表現することはごくありふれたものである。


第9条における戦力および交戦権放棄は、こうした不戦条約の範囲をも超えて、最も徹底した軍備廃止を誓った点で、多くの学者が指摘したとおり、「比類のない画期的」なものであり、「世界史的な意義」をもつ「独自」かつ「卓抜」な規定だといわなければならない。/第9条は、憲法の平和精神の実現のために、一般的な戦争放棄を規定し、さらにより具体的に軍備・戦力を放棄し、交戦権否認するにおよんだのである。(小林直樹憲法講義』上p.189-190)



2項によって、戦争放棄を現実のものとするための軍備廃止を宣言している点で、これら国際条約や諸国の憲法の範囲を超えた、徹底した平和主義に立っている。この点に、日本国憲法平和主義世界史的な意義があるのである。(浦部法穂憲法学教室』全訂第2版p.400)

 なのに、織田は、あかたも“申請者は戦争放棄一般をうたっているから世界的に唯一でスゴいと言っている”かのように描き出そうとしている。読み込む能力が欠如しているのか、改憲主義の首相が授賞式に呼ばれる恥を世界に晒したくないという意図的な気持ちからか、どちらかわからないが、申請の「読み違え」をしているのである。


現実の平和をつくりだす存在としての9条

 巨大な自衛隊ができているので、「戦力の放棄」は、実際には大きく傷つけられている。ゆえに、その特異性をそのまま真っ正直に受け取るわけにはいかないので、これを理由にした受賞は難しいだろう。

 しかし、現実政治の中での9条というのは、単なる条文でもないし、死文ではない。

 生々しく生きて動いて、日本の「平和」をつくりだしている存在である。

 よく9条批判論者が「戦争しないと言っておけば戦争しなくてすむのか」という批判をしているが、現実政治の中で形成された9条の規範はそういうものではない。


 織田が書いているように、9条には不戦条約に見られるような理想主義が流れこんでいる。しかし、それと同時に、戦後、占領者であったアメリカが「日本は牙を抜き、同盟者には中国を選ぶ」という意図も加わり、戦力不保持まで徹底された。戦争でうちのめされた日本国民は、これに反発するどころか、政界ふくめて歓迎してこれを迎えたのである。

 そして、中国革命によって中国アメリカの同盟者でなくなったために、日本をかわりに同盟国にしようとして、再軍備要求した。

 しかし、日本国民改憲反対の世論はもとより、保守政治の中にも「自衛はいいけど同盟国として戦争するのはダメだ」という意識が強かった。だからこそ、9条は「戦力ではない自衛隊というものをもって、専守防衛はするけれど、海外には絶対に出て戦争はしない実力組織をもつことまでは認める規範」になったのである。


 「攻めてきたら自衛隊を使え」「海外に戦争しにいくのはダメ。絶対」というのが現実政治の中で生きて動いている9条なのだ。これこそが長年つちかわれた日本の現実の9条であり、現実の日本の平和主義なのである。

 この合意はじりじりと変質はこうむったものの、基本的にはこの線を維持した。様々な思惑がぶつかりあいながら絶えず選びとられてきた合意であり、まさに生きて動いている平和主義なのである。*1



 9条のもとで集団的自衛権は拒否して、個別自衛権による専守防衛だけを認めた、という戦後の平和主義は、9条のまっすぐな解釈からみれば相当にいびつだが、いびつながらこういう形をとってきたのは、そんなに悪いことじゃない。なにせ、日本にとって一番の戦争の危険、殺し殺される危険というのは、アメリカの同盟国として海外に出かけて戦争してしまうことなのだから韓国ベトナム戦争で5000人の死者を出したり、NATO諸国がアフガン戦争で1000人をこえる戦死者を出したり)。その手をしばってきたという点において非常によく機能していると思う。


 この点、石原慎太郎大先生のおっしゃるとおりである。

私の祖国日本は、第二次大戦の後自ら招いた戦争への反省のもと、戦争放棄をうたった憲法を採択し、世界の中で唯一、今日までいかなる大きな惨禍にまきこまれることなく過ごしてきました。

http://www.shochi-honbu.metro.tokyo.jp/TOKYO2016_intro_01.pdf

 もし9条をかえてしまい、自衛隊国防軍化してしまえば、集団的自衛権に関する拘束が消えるので、集団的自衛権がラクラク発動できるようになり、アメリカとの戦争に巻き込まれる危険は非常に高まる。集団的自衛権行使を禁じる長年の政府憲法解釈は、平和運動保守政治の良識によってつちかわれてきた労作である。


 ノーベル賞に値するかどうか別として、現実の9条にもとづく日本の平和主義は、たしかに日本が戦争に巻き込まれるのを抑止してきたといえる。

*1:現在も実効支配をしている尖閣諸島は別として、竹島千島の事態が示すものは、個別自衛権を発動できるはずの自衛隊の無能ではなくまさに外交によってしかこれらの問題は解決しないということである。発動しないのは、賢明な政治の判断だ。むしろ日米同盟が軍事的に機能しないことのほうが、その「役立たず」ぶりをさらけだしているといえよう。いや、機能してくれなくていいが。

井村井村 2014/10/17 12:41 ブロゴスの記事からリンクを辿って参りました。
本件のご主張に関連して、いつもナゾで誰も返事をくれない私の疑問につき、ご意見をいただけませんでしょうか。
なぜ現行の憲法(特に9条)改正に反対なのでしょうか?
現行の日本国憲法は、「解釈」というアロワンスをあまりに許容してしまう矛盾や文面を内包しています。そういった意味では、かなりの欠陥がある憲法なのではないでしょうか。ずっと論争になっている「集団的自衛権」を巡る問題も、そういった「欠陥」に起因する部分があるのではないでしょうか。
もし、「日本は集団的自衛権を行使しないし軍事同盟も締結しない。自衛権は保持し、自衛のための軍事力も保持するが、自然災害に対する人命救助のため非武装で派遣する場合を除いて国境を越えてはならない。」という意見なのであれば、そのように解釈する余地も疑いもない文面に改正するべき、と主張した方が良いのではないでしょうか。
今のような曖昧憲法のままでは、結局「解釈」だけで戦争も徴兵制も可能で軍靴の足音がひたひたと・・・。なんて感じがしないのでしょうか。
「平和憲法を守る」という主張をなさっているいくつかのサイトに、この質問を投げたのですが、書き込みそのものが承認されなかったり完全無視だったり・・・。お忙しい中お手数で恐縮ですが、ご説明いただければ幸いです。

kamiyakenkyujokamiyakenkyujo 2014/10/17 13:45 ぼくはちょっと複雑なんですが
(1)現9条は条文解釈としてはほとんどごまかせる余地がない、というのがぼく自身の実感です(文字通りの戦争放棄、戦力不保持)。
(2)善し悪しを別にして、これを解釈や運用で意味をズラしてきたのは政権担当側です。余地のないものをズラしてきたわけです
(3)にもかかわらず、個別自衛権の範囲・集団的自衛権ダメの解釈運用はかなり長い実績があり、一つの到達になっています。

 ぼくは当面の日本の危険は集団的自衛権の発動、つまりアメリカと海外で戦争することだと思っているので(1)的な厳密解釈をしなくてもいいと思っています。国民が不安なら(2)のように自衛隊がいて専守防衛をしておけばいいでしょう。そして(1)を支持する人と(2)を支持する人が9条を守る社会勢力になって(3)に至っているわけです。だとすると、これはかなり現実主義的に都合のいいもの、使い勝手がいいものじゃないかなと思います。別の言い方をすると時期がくれば(1)的な厳密解釈になっていいと思うんですが、(2)的な解釈でも当面OKってことです。しかも、このような運用には長年の積み重ねによる堅実さが備わっています。これがぼくが記事でいった、「様々な思惑がぶつかりあいながら絶えず選びとられてきた合意であり、まさに生きて動いている平和主義」ということです。

ご指摘のような憲法改正は、長年つくられてきた上記のような柔軟さを逆に奪ったうえに、(1)的な原理的理想を失ってしまうんじゃないかなと思います。うまみが失われるわけです。また、(1)で申し上げたとおり、現行の条文自体はすでに他の解釈の余地がないものだと思いますが、それが(2)のようにズラされたということは、政権の側の運用の問題なので、現政権の今回の解釈もかなりひどいものですが、結局今起きているのは条文の厳密性の問題じゃないんじゃないかなと思います。

とおりすがりとおりすがり 2014/10/17 14:43 巻き込まれてないって言いますけど
竹島とか軍が無かったせいで、島民は殺され島はとられましたよ
韓国軍は対馬まで取るつもりでしたよ
北朝鮮の進行があったおかげで免れましたが
9条のおかげで巻き込まれていない、は詭弁ですね
自衛隊ができたおかげで、米軍がいるおかげで、巻き込まれていない
だと思います

集団自衛権の拡大が、むしろ巻き込まれる可能性を上げてるのは確かでしょうけど

さすがにひどいさすがにひどい 2014/10/17 15:52 >竹島とか軍が無かったせいで、島民は殺され島はとられましたよ

大噓を書き逃げしてんじゃねえよ

? 2014/10/17 19:47 それが大ウソと言うのならばあなたの言う真実を教えていただきたいものですな。

nasuhikonasuhiko 2014/10/17 19:54 浦部先生は拳法学者じゃなくて憲法学者ですよ!
たぶん変換ミスだと推測しますが、9条がどうこうといったイシューを扱うととりわけ様々な考え方の読者の目にとまるので、論旨には無関係を承知で指摘させていただきました。
早急に誤字を正していただけることを期待します。
記事内容への批判等の他意はありませんので、お気を悪くされませんようお願いいたします。

kamiyakenkyujokamiyakenkyujo 2014/10/17 22:14 すいません、直しました。

とおりすがりとおりすがり 2014/10/17 22:15 書き逃げなんかしてませんよ、年がら年中見てないだけです

ウソじゃないでしょう、ぼくら日本人は竹島に行けないじゃないですか
韓国の竹島占拠が1953年で(海上)自衛隊の発足が1954年7月1日です
それ以来、韓国の軍事政権はちょっかい出してこないでしょう
貧弱な装備と人員の警察予備隊の頃は来たのに

つまり9条だけではだめで、普通の軍隊ではおそらくもっとだめで
いわば、kamiyakenkyujoさんの言葉を借りれば
米軍や自衛隊の力を背景とした「傷つけられた9条」こそが、
実はこの数十年の平和の源だったんですよ


ps
誤解しないでほしいのは
別に竹島あるいは独島がどっちの領土だという論争をあなたとしたいわけではありませんよ

力が無ければ平和憲法だなんて絵に描いた餅、そう言う目に合うって
事例をあげたかっただけです

wattowatto 2014/10/17 23:02 URLに竹島の画像検索結果を貼れるかな?
どこに農民が耕作できる土地があるんだろう?

通りすがりの誰か通りすがりの誰か 2014/10/17 23:05 実際にノーベル財団に推挙した人(たち)はさておき、
この運動に賛同している方の大多数は、
「9条のある日本国憲法=世界に唯一無二の平和憲法」って立ち位置じゃないですかね?
そういう意味で織田邦男氏は書かれていたと考えますが、どうでしょう?

憲法を必要(理想の質的変化でも、現実の変化でも)に応じて改善していくのと、「使い勝手がいい」からと問題を放置するのでは、どちらがより誠実か、という素朴な疑問を持ちます。

まぁ、「使い勝手がいい」からというよりも「今変えたら『自分の理想』とはかけ離れてしまう」からでしょうけどね。今反対してる人たちは。
愚衆政治がいいとは思いませんが、今反対してる人は多数決主義・民主主義を蔑ろにしていますよね。

とおりすがりとおりすがり 2014/10/17 23:28 ああ、島民ではなく漁民だという話ですか 
そこかー そんなところで大嘘つき呼ばわりですかw
意図的なウソではなく誤字やカン違いレベルだと思うのですが
(あなただって島民=農民と思い込んでるでしょ、島民は漁師さんかもしれませんよ 
 農地の無さなんの証明にもなりません)

でも、そんなことを強弁するつもりはないです
なるほどウソになりますね、確かに申し訳ありませんでした

島民を漁民に読み替えてください 
そんな国語の話をしたくて書いたのではありません

主張はかわりませんし

平和憲法は両方にあって、一方で守れなかった竹島があり
一方で未だ尖閣諸島は手中にあるということです
平和憲法のおかげじゃないですね、自衛隊の兵力の差です

TakaTaka 2014/10/17 23:41 アメリカのイラク侵掠戦争に加担賛同
しといて、平和国家とか
ちゃんちゃら可笑しいな。

さすがにひどいさすがにひどい 2014/10/18 00:56 >とおりすがり
>島民を漁民に読み替えてください 
>そんな国語の話をしたくて書いたのではありません

言い訳は要らないので、「当時の韓国軍が、竹島に在住していた日本人を殺害した」という具体的な文書ないし情報ソースを提示して頂けませんか?

自宅警備員は立派ではない自宅警備員は立派ではない 2014/10/18 04:26 >生々しく生きて動いて、日本の「平和」をつくりだしている存在

じつはこれの正体、日米安保条約で保障されたアメリカの核の傘なんですよね…。
もし受賞したのなら、佐藤栄作、金大中、ラビンとアラファト、オバマを超える欺瞞の多さでノーベル賞の汚点(寧ろ爆弾屋アルフレッド・ノーベルらしいけど)になっていただろうな。

kenken 2014/10/18 10:14 やはり言いがかりにはみえませんね。
恥ずかしながら私は他国の憲法も紛争解決の手段としての戦争放棄を謳っていることを知りませんでした。
多分、その他一般的な日本人もこの事は知らなかったのでは?
第一項がある種、世界的な標準であるなら、第二項の戦力の不保持こそが九条のノーベル賞に値する特殊性、先進性であると推測される。
しかし第二項は、自衛隊の存在によって有名無実化している事は論を待たない。
となると、世界的な標準+有名無実化によって構成されている九条が受賞理由になるのは、世界的に見ればやはり不思議だと思われるのでは?

横槍の人横槍の人 2014/10/18 11:40 > さすがにひどい
> >とおりすがり
> >島民を漁民に読み替えてください 
> >そんな国語の話をしたくて書いたのではありません
>
> 言い訳は要らないので、「当時の韓国軍が、竹島に在住していた日本人を殺害した」という具体的な文書ないし情報ソースを提示して頂けませんか?

第三者からの横槍。
竹島は水資源が殆どない事から基本住んでた人は居ないと判断できる。
だが、周りの海には水産資源がある為、竹島の周りに漁に来てた漁師はおり、そこで起きた「第一大邦丸事件」の被害者「瀬戸重次郎」氏のみが現時点で確認される情報の様です。

とおりすがりとおりすがり 2014/10/18 17:32 >言い訳は要らないので、「当時の韓国軍が、竹島に在住していた日本人を殺害した」
>という具体的な文書ないし情報ソースを提示して頂けませんか?


言ってる意味がわかりません 言い訳するつもりもありません
なぜ提出する必要があるんでしょうか? 出しませんよ 
だって島民は1人も殺されてないんでしょ
だったら、そんなの証拠出せるわけないじゃないですかw

言い間違えですよ、誤ったじゃないですか、そこをさらに
島民にこだわるのはなぜですか? 島民じゃなきゃ侵略にならないんですか?
(日本人の島民がいないのだから韓国軍の行為は正当化される、そう言いたいのですか?)

僕は、存在しない島民虐殺を訴えたくて書いたのではありません
竹島の領有権の所在がどこ言有るかも話し合うつもりもありません
(あなたはそういう話に持っていきたいでしょうけど)

尖閣だって島民はいませんよ、自衛隊がいなけりゃ島民じゃなく漁民が殺されてた可能性はあるでしょう
ってはなしです

繰り返しますが憲法だけでは人間を守れなかった、って例です
島民も、そこの漁場の漁師さんも関係ありませんよ
そこが住居であろうと職場であろうと人は人です

hogehoge 2014/10/18 17:39 結局、複数の国で憲法に制定されている「不戦」であるのに、日本だけが対象なのかが曖昧です。

hanbey64hanbey64 2014/10/18 18:45 結局、米軍が強権発動して警察予備隊作っていなければ竹島どころか対馬も取られていた可能性があるんなら憲法9条が問題じゃなくて憲法を時勢あわせて改正すらできないことが問題なんじゃないですか?そうそうイラクで化学兵器が今更見つかったそうです

passengerpassenger 2014/10/19 20:40 軍隊がなかったから竹島が奪われたんじゃない。
日本の領土を決めるサンフランシスコ講和条約に竹島が明確に規定されるまえに、李承晩が勝手に竹島を領土にしたのだ。
一応、昔からの領土であったから日本の海上警備隊が韓国軍を追い払おうとしたら銃撃された。以来実効的支配が始まった。その後に「第一大邦丸事件」があった。
もし、日本に軍隊がなくて、韓国に実力で奪われたという事であれば、今日本は竹島を領土として主張できないんじゃないか?
いい加減な歴史観はch桜とかで教えているのか?新しい歴史教科書をつくる会の教科書にあるのか?

ななしななし 2014/10/22 03:12 紙屋さんが「9条にノーベル賞を!」という活動に対してどう考えてらっしゃるかの意見が全くないのはちょっとずるいかなと思いましたまる

ExecutorExecutor 2015/03/22 15:13 >戦争放棄をうたった平和憲法条項を盛り込んだ憲法は、既に99カ国に存在するという。

それは侵略戦争を禁止している国のことだろ。
でも何が侵略戦争かは定義がないから結局はザル規定になる。
日本の場合、自衛戦争も放棄していると読めるほど徹底しているところが全然違う。

>恥ずかしながら私は他国の憲法も紛争解決の手段としての戦争放棄を謳っている>
>ことを知りませんでした。多分、その他一般的な日本人もこの事は知らなかった
>のでは?

憲法関連の本に書いてある場合もある。
ちなみに「国際紛争を解決する手段としての戦争」とは国際的には侵略戦争を指す慣用句とされている。

nobore12nobore12 2015/10/06 23:36 <ノーベル賞申請の理由が「戦争放棄」一般条項を日本国憲法が持っているからであるかのように描いている
<それが申請理由じゃないことは、申請文を読まなくても予想がつくし、申請文を素直に読めばなおさらハッキリするだろ

織田氏は記事にこうも書いていますがね。
<現在は「武装」の解釈が定着し、90%以上の国民が自衛隊の存在を認めている。もし「非武装」をノーベル賞申請の理由にしているのであれば、現実とは乖離しており、これもノーベル賞申請の理由にはならない。

織田氏はあなたの言いがかり通りの書き方は決してしていません(笑)。
「読み込み能力の欠如」、正にあなたにこそ当てはまる言葉ですね。ホントに馬鹿じゃなかろうか。

あと、
<ノーベル賞に値するかどうか別として、現実の9条にもとづく日本の平和主義は、たしかに日本が戦争に巻き込まれるのを抑止してきたといえる

こちらに自国を縛るだけの平和憲法()があったって、外からの脅威にはそんなもの全然関係ないですけどね。こっちから戦争にでかけなくたって、向こうから侵略されたり、ミサイル撃たれたりしたら平和なんてお終いです。冷戦時はソ連という脅威がありましたが、その脅威から平和を維持していた抑止力はあなたの忌み嫌う自衛隊と日米同盟ですので。

まぁ、流石今時共産主義者を名乗るだけのレベルの低さはおありの様ですね。

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