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2017-09-13 「給料前借り特区」は貧困ビジネスを生み出さないか

「給料前借り特区」は貧困ビジネスを生み出さないか


 福岡市の高島市長のもとですすめられている「給料前借り特区」。まだ提案の段階らしいが。

 毎日新聞の記事にこうある。


労働者には日ごとに働いた分の賃金額がスマホに通知され、店頭でスマホ決済することでその金額内で買い物などができ、店の口座には雇用者側が代金分を支払う仕組みだ。

https://mainichi.jp/articles/20170905/ddp/041/010/011000c

 これがなぜ「岩盤規制」を突き破る「特区」で提案されるのか。


労基法24条にぶち当たる

 毎日の記事は、以下のように記している(強調は引用者)。


賃金は、労働基準法で「通貨で直接労働者にその全額を支払わなければならない」と規定しているが、特区でこの規制を撤廃する

https://mainichi.jp/articles/20170905/ddp/041/010/011000c

 これは、労働基準法第24条1項である。

賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。

http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S22/S22HO049.html

 ここには、「賃金通貨で払う」(通貨払いの原則)、「直接労働者に払う」(直接払いの原則)、「全額を払う」(全額払いの原則)の3つが表現されている。

 通貨で払うと定めているのは、現物支給を禁じるため。使用者がお金が払えないので野菜で支給したり、「20万円の浄水器売ってきたら、そのぶんを給料にしてやる」とか言い出したりしないためである。

 直接払いを定めているのは、子どもを働かせて親が受け取ったり、「仲介人」が中抜きをしたりしないため、つまり中間搾取をさせないためである。

 全額払わせるのは、前借金と相殺したり、店の皿を割ったら罰金で引いとくぞみたいな「賠償予定」をして給料から天引きしてしまうことを防ぐためである。

 この3つの原則には、労働者にどういう借金があろうが、罰金があろうが、商品が売れてなかろうが、「親が代わりにもらいます」とか言おうが、とにかく一度はお金で全額本人に渡さなきゃいけないという姿である。

 そうしないと、なんだかんだと理由をつけて、使用者はお金をさっぴいて渡し、労働者を安く奴隷のようにしばりつけてこき使うシステムを生み出してしまうからだ。


 さらに24条2項にはこうある。

賃金は、毎月一回以上、一定の期日を定めて支払わなければならない。

http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S22/S22HO049.html

 これは、「毎月払いの原則」と「一定期日払いの原則」といわれるもので、厚労省によれば、以下のような目的をもっている。

毎月払の原則は、賃金支払期の間隔が開き過ぎることによる労働者生活上の不安を除くことを目的としており、一定期日払の原則は、支払日が不安定で間隔が一定しないことによる労働者の計画的生活の困難を防ぐことを目的としています。

http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/faq_kijyungyosei05.html

以上の5点、

これを「賃金支払いの5原則」という。


 毎日新聞の記事では、福岡市特区は、このうち最初の3点(つまり労基法24条1項)の規制を「突破」するもののように読める。*1

 ところが、その後、学者のコメントを読むと、

東京大水町勇一郎教授(労働法)は「労働基準法賃金を月1回以上、一定の期日に支払わなければならないと定めているが、これは労働者経済生活を安定させるため。これに例外を作ることで、むやみに使ってしまい、生活の安定を失う人が出てこないか不安が残る」と指摘する。

https://mainichi.jp/articles/20170905/ddp/041/010/011000c

とあり、これは「一定期日払いの原則」(つまり労基法24条2項)の突破のように読める。


24条1項がジャマなの? 2項がジャマなの?

 月15万円の給料のうち、30日目が給料日とすると、20日目ですでに10万円稼いだとする。

 しかし、その10万円は、現金、つまり通貨ではもらえない。

 アプリで10万円ぶんの買い物ができるけども、この10万円は通貨=現金ではなく、決済手段(支払手段)として存在しているのみだ。これは「通貨払いの原則」に反することになる。

 そして、「雇用者側が代金分を支払う仕組み」とあるように、10万円は労働者には渡されていない。労働者は買い物をして、その支払いを雇用者側が行なっているにすぎない。給料振込とは全然違うのである。

 つまり、「直接払いの原則」に抵触する。

直接払いの原則に関連して問題になるのは、労働者賃金債権第三者譲渡した場合、使用者は賃金を譲受人に支払うことが許されるかという点であるが、小倉電話局事件・最高裁(三小)昭和四三・三・一二判決は、賃金債権譲渡を禁止する規定がないことから、譲渡自体を無効と解することはできないが、労基法四条一項が罰則をもってその履行を強制している趣旨に徴すれば、賃金債権の譲受人は自ら使用者に対してその支払を求めることは許されないと判示している。(外尾健一『労働法入門 第6版』有斐閣双書、p.98)

 水町のいう「一定期日払いの原則」の破壊もありそうだが、もし福岡市が「給料日前の賃金ぶんは労働者に渡していない」と主張すれば、(先ほどの例でいえば)労働者には毎月決まった日(つまり正式な給料日)に残りの5万円が支払われるので、「一定期日払いの原則」は守られていることになる。しかし、そうなると「直接支払いの原則」は壊していることを認めることになる。

 逆に「給料日前の賃金ぶんは労働者に渡している」と主張すれば、「直接支払いの原則」は守られているが、今度は前渡日がまちまちになるので「一定期日払いの原則」が守られていないことになる。


 もちろん、福岡市は、この原則をすべて守ろうというのではなく、特区によって破壊しようというわけだから、別に抵触すること自体は構わないのであろう。問題はどういう理屈で「規制破壊」をするのか、ということなのだ。


 たぶん、「通貨払いの原則」と「直接払いの原則」を「ぶっ壊す」というのが、一番わかりやすい理屈である(じっさい、福岡市の関係者に話を聞くと、この2つの突破を目指しているということだった)。

9月16日追記

 9月15日に市議会一般質問があり、太田英二議員(市民クラブ)の質問に対して、市側は「通貨払いの原則」と「直接払いの原則」に抵触することを公式答弁として認めた。


何が問題なのか

 何が問題なのだろうか。


 さっきも述べたように、もともと「直接払いの原則」は、中間搾取の排除が目的だった。そのために規制があるのだ。

 では、その規制を壊すことで、中間搾取は起きないのだろうか?

 福岡市の関係者は「問題ない」という。

 なぜなら、本人同意があるから。

 嫌なら同意しなければいい、ということらしい。

 このあたりは、市による公式な説明も言い訳もまだないので、あくまで周辺情報に過ぎないのだが。


9月16日追記

 9月15日の福岡市議会における一般質問で、中山郁美議員共産党)と前述の太田議員の質問に対して、市側は「労働者合意」が前提にあることを繰り返し答弁した。


 しかし、果たしてそれでいいのか。

 民主主義社会、そして市場経済のもとでは、契約は自由である。どんな契約を結ぼうが勝手なのだ。本人たちが同意しあえば基本は問題ない。

 ところが、賃金の支払いの仕方が、こんなにも法律で細かく決められて、しばりがかけられてきた理由は、労使が対等ではないからである。

 自分の労働力を売らねば生きていけず、やっと雇われた会社から言われることは、ふだん「指揮命令」として会社の指示に従うことを余儀なくされている労働者からすれば大変な重圧である。そんな中で、それに逆らって一人でモノをいうことはいかに大変か。

 だから法律で特別にゲタをはかせるし、組合をつくって徒党を組んではじめて「対等平等」になれるのである。労基法24条1項が「ただし」として例外を求めているが、それは労働者が同意すればいいというような簡単なものではなく、労組労働者の集団が「OK」しなければできないものとされているのは、そのせいである。

第二十四条  賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。ただし、法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合又は厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合においては、通貨以外のもので支払い、また、法令に別段の定めがある場合又は当該事業場の労働者過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合労働者過半数で組織する労働組合がないときは労働者過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる。

http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S22/S22HO049.html

 労働者からこうした法律の保護を奪い、さらに組織から引き剥がして、むき出しの、ひとりぼっちの存在にして「同意」をとりつけるのは、ひきょうではないのか。むしろ、そこにこそこの規制突破の大きな問題がある。*2



「同意」のもとに貧困ビジネスが広がらないか

 実際に、どんな光景が広がるだろうか。

 派遣切りが騒がれたころ、共産党がやった調査で印象的な話があった(以下の強調は引用者)。

 まずあらためて強い憤りをもったのは、派遣労働者のおかれているあまりに非人間的実態であります。私たちは、前日の二十九日、若い労働者から話を聞きました。「ひどい二重の搾取がおこなわれている」という告発が寄せられました。つまり派遣会社にマージンピンハネされているだけではないのです。派遣社員は、寮に住まわされて、寮費、電気代、水道代、テレビ代、布団代、冷蔵庫代など、ありとあらゆる費用をひかれ、必死に働いても手元には月十万円以下しか残りません。


 それでは寮とはどのようなものか。現場に行きました。まわりは田んぼという場所です。そこに、八棟、約三百人が住む建物が建っている。建物の中はどうなっているか。話を聞きますと、一つの部屋をぺらぺらの薄い壁で三つに仕切って、一人分は三畳ほどの部屋に、小さな窓がついているだけです。まるで独房です。トイレと台所と風呂は共同です。「ロボットのように働かされ、毎日汗びっしょりになっているのに、洗濯物を干す場所すらない。とてもまともに人間が住むことができる場所じゃない」と訴えられました。


 さらに行ってみますと寮のまわりにはまともに商店がないのです。寮の入り口にはコンビニがあるのですが、これは派遣会社が経営しているコンビニなのです(どよめき)。ここの商品がまた高い(大きなどよめき)、トイレットペーパーなどが高くて、ここでも搾りあげられていると訴えられました


 生きた人間の生活をまるごと搾れるだけ搾って、あとはモノのように使い捨てにする。こんな働かせ方は放置するわけには絶対にいかないということをいいたいと思います。

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2008-07-25/2008072525_01_0.html

 給料の前渡し・前払いと称して、現金を渡さずに、アプリで決済させる仕組みというのは、「本人同意」というお墨付きを振りかざして、こういう労働を蔓延させるのではないか。

 つまり、労働者を囲い込んであれこれを買わせて、逃れられなくする。いわば貧困ビジネスである。こういうものを生み出す危惧を覚えずにはいられない。

 「本人同意」と言いつつ、逃れ難い圧力のもとで「同意」をするのではないか。昔の身売りだって一筆書いた「本人同意」だったはずである。*3

 福岡市の関係者によれば、このシステムによって、口座をひらけない外国人労働者も働けるようになるので、「貧困撲滅に役立つ」と福岡市アプリ開発者側は本気で主張しているようだが*4貧困撲滅どころか、貧困ビジネスをはびこらせる温床となるに違いない。


 すでに「前給」とか「フレックスチャージ」というようなしくみが出来上がっているのは知っている。そしてそれを喜んで利用している人がいることも。

 この理屈は、例えば労働契約のようなものを書面でかわす面倒をいちいちしないほうが、スピーディーに起業できるし、働く方も便利だし、柔軟にできる、という理屈に似ている。確かにそうかもしれないが、それが最悪の形で使われ、食い物にされてしまう弱い立場の人を守るために、「面倒」な規制があるのではないか。


もし「いいもの」なら特区でやるな

 そして、仮にこの規制破壊が「よいもの」だったとしても、それを「特区」のような形で実現する必要があるのだろうか。

 特に労働規制に関して、どこかの地方でだけ緩めてよい、というようなやり方はなんのメリットもなく、有害でしかない。本当によいことなら、全国一律の規制緩和をすべきである。*5

 そこにあるのは、「実際に少しやってみたけど、そんなに悪い影響はなかった。むしろみんな喜んでいた」という「実績」をつくって、規制緩和を国民に飲ませようという姑息な意図だけだ。

*1:記事にあるように「労働者には日ごとに働いた分の賃金額」についての話だから、見出しの「前借り」というのは不正確。せいぜい「前払い」なのだが、厳密に言えば後で見るように「前払い」ですらない。

*2:もちろんすでに労働法の体系の中で労働者個人の同意でOKにされているものがあることは承知している。

*3:いや、もちろん、身売りの強制は今日の比ではないことは承知の上で、その形式のみをぼくはとりあえず問題にしている。

*4:「同社は途上国労働者や、難民銀行口座を持たない人が多く、生活に支障をきたしている点に着眼した。「働いている人誰もが、決済手段を利用できる世界を作りたい」と、こうした労働者の支援を目指す。」(産経2017.7.14)

*5国家戦略特区という発想自体が、日本国憲法第95条(一の地方公共団体のみに適用される特別法は、法律の定めるところにより、その地方公共団体の住民の投票においてその過半数の同意を得なければ、国会は、これを制定することができない)違反だと言われる。

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