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2018-03-07 そんなに噛みつかなくても 『リトル・ピープルの時代』

宇野常寛『リトル・ピープルの時代』


リトル・ピープルの時代 宇野常寛『リトル・ピープルの時代』を読み返す機会があった。

 宇野は『ゼロ年代の想像力』でもそうだったけど、「大きな物語」が失効した、というストーリーにこだわるので、村上春樹が「壁と卵」の例えを持ち出して悪と正義に世界を截然と分けるようなやり方に我慢がならない。

 宇野は、この時代の問題が「グローバル資本主義」という認識までは至っているんだけど、そういうものはジョージ・オーウェルが『1984』でスターリニズム批判として持ち出した「ビッグ・ブラザー」のようにわかりやすい悪の姿をとっていなくて、人々の内側に紛れ込んでしまっている、村上春樹の『1Q84

に出てくる「リトル・ピープル」みたいなもんだ、というような話をする。そういう時代にふさわしい想像力が必要なんだぜ、というのだ。

 この本は3.11の後に出された本だけども、例えば「原発」という問題は、原発を推進するような巨大資本の問題としては把握せずに、そういうものを前提にしているぼくらの日常、それを許してしまっている「システム」の問題……という具合に問題を組み替えてしまう。


 確かに、現代資本主義の問題っていうのは、例えば「いじめ」とか「DV」とか「生きづらさ」とか、そういう形をとって現れる時、必ずしもそれはストレートに資本主義の問題としては登場しない。

 「働き方改革」の問題一つとったって、飽くなき搾取をめざす日本独占資本主義の問題さ! とコミュニストたるぼくがいくら言っても、職場で非効率なやり方に固執する上司や同僚の問題だと思っている人にはあんまり響かない。「日本独占資本主義」には問題は向かわず、「無数の正義」の一つである、「ダメ上司」「無理解同僚」に矛先が向いてしまう。

 これほど「わかりやすい」はずの問題でさえこうなのだ。

 つまり、現代資本主義というのは、それが問題として我々の前に現れる場合、本質は本質のまま現れず、複雑に、倒錯して現象する。

 もっとも、資本主義というのは昔からそういうものだとも言える。だからこそマルクスヘーゲルの方法を使って対象のイデオロギー(観念形態)を暴露して本質を示すという手法をとったのであるが。*1


 そういう意味で、問題意識の入口においては、決してぼくは宇野には反対しない。コミュニストであるぼくにも思い当たる節がある。


 だけど、そんなに「大きな物語」を頑なに拒み、「壁と卵」のような比喩に噛みつかなくてもいいんじゃないかとも思う。つまり「グローバル資本主義と対決する」というタイプの想像力リアリティを獲得する場合もあるし、3.11を「第二の敗戦」という捉え方をして、人間の共同(震災ボランティア反原発デモ、あるいは右派のデモでさえもそこに含まれうる)に新しい光をみる――そういう想像力が新しさを得る場合もあるじゃん、とぼくは言いたいのである。


 その辺りの問題意識を今度の「ユリイカ」誌での押切蓮介論で書いてみた。

*1:例えば労働者は労働の対価をもらっているんじゃなくて、労働力価値を受け取っているのだが、賃金を「労働の対価としての時給」というイデオロギーをまとってもらっている。

あ 2018/03/08 17:47 「大きな物語」。人類の歴史の。原始共産主義⇒奴隷主義⇒封建主義⇒資本主義⇒?。?に来る社会は歴史法則からして、人間の尊厳を資本主義を乗り越えて保障し、拡大するだろう。

では、封建主義からブルジョア革命で資本主義に移行した近代市民社会から生まれ出てきた科学的社会主義は、資本主義を超えた社会をどのように展望したんだろうか。

大笑いでソ連がもうないんだからとか、中国北朝鮮を見よとか鬼の首をとったように思っている人はたくさんいますが、こういうある種の反共風土に対して、科学的社会主義のイデオロギーを教育し、指導していく必要が独自にあると思うし、反共風土は弱まったという反面、共産主義社会主義自体も消滅したというある種の反共、資本主義永遠論は強まっているのではないか、と。しかも、悪いことに、こういう意味で反共は「弱まっている」と思いますが旧態依然とした反共風土は存在しているし、弱まっているといってもそれは反共対策を強力にやってきたからであろう。反共対策を弱めていけば、当然、反共風土は頭をもたげてきて沈殿し、強まるだけだろう、と。

こういう「大きな物語」の構図をどう動かすか、いちばん決定的だと思います。なにもマルクスエンゲルス全集を読破し、国際的な論争点の歴史を網羅して、その解決策を原典引用を忠実にして厳密にしなくてもいいんですよ。それは専門の学者集団です。

そうではない多数の人は、教育とかジャーナリズムとか普及促進の役割ですから。ここを強化すればいいんじゃないか、と。

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