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2018-09-30 沖縄人じゃないが沖縄の精神的独立の重要性についてちょっと言いたい このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

台風のあいだ、沖縄戦の陸軍内部のことをくわしく書いた本を読んでました。


大きなビジョンに則って、日々の行動を変えていくのが日本の大組織は本当に苦手です。そのうえ目先のことで浮足立ち、雰囲気と思い付きで長期の計画を忘れてしまい、局所最適を求めてすべてを台無しにするのは、ほとんど特徴と言ってもいいくらいです。


なにかをやらなきゃいけないけれど、やるべきことはいま決める。


沖縄戦帝国陸軍でいえば、防戦準備の整った師団台湾に引き抜いたり、無意味に攻勢に出て戦力を失ったくだりなどに、いまとまったく変わらない組織思考の発露がみてとれます。


ところがこうした右往左往は、現代の沖縄にもあらわれているようにも感じます。


沖縄のある種の若者の間で、いわゆるネット右翼の流すフェイクニュースの類が、友人から友人へと伝わってるうちに「みんなが言ってるから事実」となっていることを伝えた記事を読みました。


人間のネットワークには、たしかにそうした「情報ロンダリング」の一面があります。こんなところを突いてくるのは卑劣としか言いようがないけれど、それでもそこのところを突かれてしまうのは、いったいどういうことなのよ。といったところです。


それは「大きなストーリー」の喪失ではないか。

それがいま自分の疑っているところです。


今度の選挙戦での沖縄側の対応ではがゆく思ったのは、そもそも長期のビジョンが示されなかったこと。翁長さんが示したものを受け継ぎます、だけでは不十分すぎるのです。そのために、選挙戦は非常な苦戦を強いられているように感じます。


日本人の作るチームは短期決戦にはとても向いてます。


個々の独立性が高く、連携もツーカーで、場の雰囲気に密着した対策を機敏に取れる。人の顔がギリギリ見えるくらいの範囲でものを考えるときが最強で、選挙戦程度の期間で地域を「攻略」するための作戦立案や、その実行の能力については、高いと認めざるをえない。さらに、似たような作戦を繰り返した時の最適化による効率の高さには眼を見張るものがあります。


それでは選挙戦において、地方は中央に抗しえないのか、といえば、そうでもありません。日本的な組織は、高いレベルの哲学性を持ちえないからです。場の雰囲気に密着して展望を変え、絶対的な価値観を持たず臨機応変をうたい、すべてを相対化した精神の上に成り立っていることは、そのまま弱みになるのです。


絶対を持たず、いつでも価値観の反転が起きうることを想定しながら生きる。周囲とぴったり折り合いのつく「正解」を模索しながら生きる。


こうした日本的人格者」は脆弱なものです。独自の物語を持つ、独立した精神には勝てない存在です。


太平洋戦争に先立つ数年間、中国外交に負け続け、日本が孤立した存在になっていったのも、大東亜共栄圏といった独りよがりのストーリーにまったく普遍性がなく、民族自決を根本にした中国のストーリーに高い普遍性があったからです。


半導体。家電。金融。細かく言えば携帯電話スマホロボットオートバイ外交軍事に限らず、局所的には圧倒的に強かったのにストーリーの普遍性で負けた例は枚挙にいとまがありません。現状に最適化し、体系をないがしろにするために、ルールが変わるたびにキャッチアップしなおして、どこかで失敗すれば敗退する。そんな行動様式を、どれほど負け続けても変えられないのがわれわれ日本人の文化の特徴です。


沖縄の側には、県民が共有する大きな物語が必要ですし、それを持つことができる位置にあります。どこまで実現できるかわからないにしても、大筋ではこうなるべきだ、という理想のビジョン。むしろそういうものがだんだん希薄になっているからこそ、目先の振興やら恫喝に浮足立ったり、惑わされたりしているように思います。


沖縄はこれを尊ぶ、この方向を堅持する、これだけは譲らない、そういった価値観の核はいろいろあります。「ぬちどぅたから」にしても、「世界のウチナーンチュ」にしても、あたりまえのことを言っているようで、実は高い独自性を持っています。本格的に実施すると日本的価値観からはだいぶ遠いところに行く。そしてこれらは、高い普遍性を持ったものでもあります。


こうした独自の哲学を堅持したまま世界と成功するイメージやビジョンを、沖縄はストーリーとして発信し、広く共有し、みんなで発達させていく必要があるように思います。これまで沖縄県民の盛り上がる場面には、それに通じる何かがありました。そのようなものを取り戻せなければ、沖縄も単なる日本の地方のひとつになっていくことでしょう。


沖縄サイズの独立国は世界中にあります。人口でいえば世界の国の150番目くらい。地政学的特殊性はたしかにありますが、それは実は特別なことではありません。独自の、世界に通用する普遍性をもったストーリーが共有されていれば、どこにも屈伏せずにやっていけるのは歴史が証明するところです。


それでもこれは、国家としての独立論ではありません。それはいまは問わない、というよりも、国家としての独立論などより、独自のビジョンと価値観と生存戦略、つまり精神的独立の支柱こそが先にくるのが本当だし、より重要ではないか? と思っているからです。四半世紀以上沖縄に住んだうえで、そこをないがしろにしては沖縄人は満足しないのではないか、と感じているということです。


大事なのは強いストーリー。経済は後から付いてきます。


それではあなたはどのように生きたいか。


そういうことではないでしょうか。

2018-06-03 いま就活が売り手市場なのと経済政策はぜんぜん関係ないよ このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

若い人が「就職が楽になったから安倍政権支持」みたいなことを言ってるのを見ると心が痛い感じがするので、公開されてる政府統計でわかるようなことを、ちょこっと書いておきます。


あらすじ。

  1. 生産年齢人口は2012年以降に激減
  2. 労働者高齢化が進行
  3. 増加したのは安い仕事
  4. 企業の採用文化に大きな変化なし

では行ってみましょー。


1. 生産年齢人口は2012年以降に激減

生産年齢人口(15〜64 歳) は、平成7(1995)年に8716万人でピークを迎え、昨年2017年の確定値で7591万6千人と、1100万人ほど減少しました。


長期のグラフはこんな感じです。*1

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1千万人規模の変化というのはそれだけで非常に強烈ですが、特に2010年代前半の減少が顕著なのが見て取れると思います。


ここで起きているのは団塊世代高齢者区分入りです。出生数が260万人を超えていた昭和22-24年(1947-49年)の第一ベビーブームに生まれた世代団塊の世代と呼びますが、昭和22年生まれが満65歳となり始めた2012年1月1日から、全員が満65歳となった2014年12月31日までの3年間に、合計600万人以上が高齢者入りしています(「700万人以上」にならないのは65歳までに亡くなった方が15%弱居るから)。


ところでこの部分をさらに細かく見ると、民主党政権(2009年9月〜2012年11月)の間に高齢者入りした人数が少なめになっているのがわかります。これは出生数が非常に少ない昭和20、21年生まれを含むためです。*2


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左から2番目の2010年から2012年が民主党政権期です。2011年は増加すらしています。変化量で見ると、さらによくわかります。


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2012年以降の4年間は毎年100万人以上のマイナスになっており、特に2015年は150万人もの生産年齢人口が失われています。2016年は社会増(海外からの移住)で少し増加していますが焼け石に水です。


この部分のインパクトの大きさは、95年から2011年にかけての17年間と2012年から2015年の4年間の減少幅がともに500万人程度、ということに現れていると思います。




2. 労働者高齢化が進行

生産年齢から外れた高齢者ですが、彼らの労働参加率が高まっていることも確かです。平成29年版高齢社会白書のグラフを見てください。

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2012年の9.3%から2016年の11.8%へと、高齢化率は1.27倍になりました。


もうちょっと細かく見てみましょう。「労働力調査(基本集計)平成29年(2017年)平均(速報)結果の要約,概要,統計表等」の表1、「年齢階級別労働力人口の推移」が強烈です。


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  • 25〜34歳は男女とも長期の減少
  • 男性の総数は横這いでも15〜64歳は減少。45〜54歳と65歳以上が増加
  • 女性は総数も増えているが、その1/3は65歳以上

つまり、若者、中堅層が大きく減少し、男性はもちろん女性の高齢者までが、どんどん働きに出ているわけです。これが現在の「労働力人口の増加」の実態です。




3. 増加したのは安い仕事

これは厚生労働省の「国民生活基礎調査の概況」の「所得の分布状況」の変化を追えばわかります。平成28年2016年)までのものしかまだ出ていませんが、これを平成25年(2013年)と比べてみましょう。


平成25年(2013年)

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平成28年2016年

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平均値が1.6%上がっているのに対し、中央値が1%下落、平均所得金額以下の者の割合が0.6ポイント上昇しているわけです。これは平均的な給与所得世帯の所得が減少しつつ、高額所得世帯の所得が増加していることを示します。(このかん世帯あたりの平均人員はほとんど変化してません)




4. 企業の採用文化に大きな変化なし

これは統計を見るまでもないと思います。新卒採用が主力のままで、たとえば氷河期世代が新規にキャリアを積み始めるような道は非常に限られたままです。





ながなが書いてきましたけど、さてみなさま。


円安に伴う株価上昇とかは確かにあります。ありますけど、いまって本当に好景気だと思いますか?


「若者の就職が売り手市場」なのは、ホントーに政策のおかげだと思いますか?


オリンピックとか終わったら、どういうことになるんでしょうね〜。


*1首相官邸 生産年齢人口等の推移

*2:細かい数字は人口統計資料集2014201520162018 などより

2018-03-15 『3Dプリンタを使ってみよう』 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

今年になって3Dプリンタで遊んでいます。


オレはもともと10年以上前からMake:誌で3Dプリントの記事があると訳してました。CandyfabからCupcake界隈のことまで、3Dプリンタ全般について割に景色が見えている気でおりました。それで逆に、安価になってきたモノがちょっとオモチャに見えすぎてブームに乗る気がぜんぜんなかったんですね。


ところが、そういうことを言ってるうちに浦島太郎になっていたのに気が付いたのがここ数年のこと。活用してる人はメチャメチャ活用してて、とても面白そうな感じなのに、なんか最近あまりよくわからないな、と思うようになった。


そんなわけで、とても安くなっていたRepRap i3互換の金属フレーム機を買いました。


Zonestar P802Q Reprap Prusa I3 DIY 3D Printer Kit - $206.99 Free Shipping|GearBest.com


届いたものを組み立てて使おうとしたところ、ぜんぜんうまく動かない。

  1. プリンタヘッドの温度がぜんぜん上がらない
  2. 書いてある対策通りにヘッドの冷却ファンを止めたら上がった。
  3. 上がるようにしたらノズルが詰まった
  4. そもそも電源の容量が足りなかったのが原因
  5. プリントベッドの調整もネジ穴が小さすぎてうまくいかなくて加工

などなど、最初から本質を見極めて修理していく必要がありました。


そうやってどうにかこうにか動かしてみることでメチャメチャ理解度が上がって思ったんですが、こいつはホントに誰にでも理解できる汎用部品の塊で、誰にでも理解できる仕組みで動いてるんですね。


3Dモデルを薄切りにするとか、その輪郭をベクトルで取るとかのアルゴリズムは誰にでも理解できるものではないのだけど、それを操作するステッピングモーターの動作とか、プラスチックに熱をかけて溶かして糸にするとか、座標指定した場所にヘッドを持って行くという動作だとかは小学生にも理解できます。


子供のときに分解魔だった人はわかると思うけど、ちょっと昔の機械って、洗濯機でもクルマでもなんでもそうだけど、目に見える、理解できる動作の部品の組み合わせで目的の機能を達成しており、見えない部分でもたとえばパラボラマイクによる集音のように、数学的にはビジュアルに説明できるものが大部分でした。それがいまはマイコンで機能の95%くらいが達成されてて、いきなり目的の動作をするわけです。いわゆるブラックボックス化が激しい。


3Dプリンタの場合、ブラックボックス化されてるのは本当に難しい部分、3Dモデルを作るとか、それをスライスして輪郭を取り出すとか、座標で表現したポイントに手を動かすとか、そういうことです。人間がやるとしたら「できるけど説明できない部分」です。あとの部分はかなり可視化されてる。これ、仕組みを見て喜ぶ人にはメチャ魅力的なのではないか。


そんなわけで、日本野人の会・沖縄ハッカースペースの活動として、小学生向けの3Dプリンタワークショップをやろうと思ったのでテキストを書いてます。

『3Dプリンタを使ってみよう どんなものでも作るには』

まだ核の核みたいな段階で絵が少ないし概念も複雑なままだけど、これから使いながらだんだん読みやすくしていきます。


もしよかったら感想などお聞かせください。


ワークショップとしては、これにTinkercadチュートリアルを組み合わせる感じです。文言はだいたい訳したんだけど、これはできればAutocadの人に渡して本体を日本語対応してほしいと思ってるので、中の人とか、中の人に伝手がある方とか、いらしたら教えてください。

2017-12-30 学び舎の中学歴史教科書 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

学び舎の中学歴史教科書ともに学ぶ人間の歴史』を読みました。

慰安婦記述があるということで育鵬社の教科書と対比されることも多いこの本ですが、志がぜんぜん違ってます。一言で言えば「学ぶ側のための教科書」でした。読んでてとても楽しく、歴史学に興味が出ます。すごい本。

Amazonのレビューを投稿したので、加筆してこちらにも掲載します。


歴史を学ぶ楽しさがわかる本

トップ私立中での採用が話題になったので読んでみました。

結論を先に書くと、中学生から読める最高の歴史入門書、です。中学生向けと侮ると大損。

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特徴をいくつかまとめます:

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  • 普通の歴史教科書と比べ「その時代の常識情報」がすごく潤沢

例えば日露戦争小見出しは「戦場は中国だった」です。日清日露の兵力、戦死者、戦費の比較グラフも載ってます。

日露戦争はどのように戦われ、現地の人はどうだったか、銃後がどのように大変だったか、それで得られたものはなにか。明治時代の当たり前の理解がきちんと出来るように配慮されており、ほとんど明治人になった気分です。(右画像・クリックで拡大)

女性や子供の視点を多く入れ込んであるのも実感的です。

  • 独習可能に作られてる。

A4サイズで300ページもあります。こう書くと「読むのが大変なのでは」と思われるかもしれませんが、それは逆です。

    • 記述に十分な分量を取ってあるので読みやすい
    • ひとつひとつの項目が見開き2ページ完結になっている

つまり、この分量は完全に理解しやすさのためにあります。記述が平易で非常に読みやすい上に、興味のある部分を拾い読みすることができます。

  • さまざまな時代の「ものの分かった人」を疑似体験できる

この本には「普通の視点」だけが書かれているわけではありません。庶民の視座だけでなく、統計等の数字や報道などもカバーされてます。こうした多角的な見方こそ「ものの分かった人の視点」です。

普通の人の視点を主、俯瞰的な視点を従として、両者が毎回書かれているので、視点を変えるリアルな体験がたくさんできます。

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歴史学習は、実は異世界探求です。過去の世界は私たちと直接の繋がりがあるにも関わらず、本質的には違った文脈を生きる異世界なのです。あちらの世界での「普通」はなにか。出来事はどんな文脈に位置づけられるのか、どういうプロセスを経てその決定に至ったか。そういったことは、あちらの世界の人たちの立場に立たなければ実感的には理解できません。

また歴史には、当時は誰にも見えていなかった、後知恵でわかる事実も多いものです。だから、歴史は当時の人の視点だけでも理解できません。本当のことは誰にもわからない、と言っても過言ではないのですが、わかる限り最大限に明らかにしていくには、資料を掘るしかありません。当時書かれた様々なもの、統計、世界の反応、報道などの記録から、実際には何が起きていたかを推測し、裏付け、まとめていきます。これが歴史学で行われている仕事です。

普通の歴史教科書は、このまとめられた「通史」を使い、つまり歴史学の結果を使って、何が起きたかを「説明」しようとします。

この教科書は、歴史学の「方法」を使います。通史も書かれてはいますが、主として何が起きたかを浮き彫りにするための「材料」を提供しています。

実感をともなう、客観を外さない事実を並べ、考えるのは自分だよ、と放り出してくれる。こんな教科書は他の分野にもめったにありません。個々の事実から全体像を再構築するのは科学の得意とするところですが、教科書がそのような視点で編まれていると感じることは少ないものです。

ある時代の人たちの「普通」の事実たち。それらを裏付ける数字。歴史を理解する視点は現代を理解する視点でもあり、過去から未来へ、文明の(理性の)進展を感じる視点でもあります。歴史学者たちのこうした物の見方を得ることこそ、歴史を学ぶ大きな意義なのではないでしょうか。

これは「中学生限定の教科書」と考えるともったいない本です。「中学生から読める、歴史について考えることができるようになる本」と考えます。分量と内容の割には非常に安価で、大人にこそオススメです。



”増補 学び舎中学歴史教科書 ともに学ぶ人間の歴史”

2017-11-30 「ハードウェアのシリコンバレー深セン」に学ぶ このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

藤岡淳一『「ハードウェアシリコンバレー深セン」に学ぶ−これからの製造のトレンドとエコシステム』という本を読みました。

すばらしすぎてソッコーでAmazonにレビューを投稿したのでこちらにも載せます。


深圳にがっちり根を張って日本の目で見る

深圳で工場を維持しそのエコシステムで生きるというアクロバット人生を送る筆者の、生き残りの秘密が全部書いてある。読んだからってマネできるもんじゃないが、とにかく全部書いてある。

とはいうものの、これは個人的なことだけが書いてある本ではない。深圳という都市について、中国のビジネスについての、現場からの報告書である。そしてその点において、他に類書をまったく見ない、おそろしくユニークで特別な本となっている。

筆者は日本の上場企業の部品売り込み担当者からスタートし、香港ベンチャー企業台湾駐在開発部門マネージャー、日本企業の家電開発部門マネージャーとなり、いわゆる「怪しい中華ガジェット」の開発・製造のために深圳のエコシステムと格闘してきた。現在は深圳で工場を持ち、中国価格と日本品質を両立した製品のOEM製造を主なフィールドとして活躍中だ。

こうしたビジネスに必要なのは、現地の制度を、ビジネス慣習を、気質を、エコシステム全体を理解することである。また、その変化に際しては自らを変えていくことである。それに成功し続け、現地を熟知した人が、自分の専門分野を切り口にして深圳という都市の過去、現在、未来を見せてくれるのがこの本である。

ある社会について我々が「知っている」ことには、

↑ 聞いただけで知っていると思いこむ

浅 自分で見て事実として知っている

  成り立ちまで知っている

深 それを支える制度を知っている

↓ その制度の文化的背景や成り立ちまで納得している

といった階層性があるものだ。

情報の限られた日本で中国について語るには、上から2番目の知識で十分というところがある。

ところがこの本には、4番目までの知識が山盛りに書いてある(5番目の階層も知っていると思われるが省かれている)。これらはしばしば他の記述と絡み合い、お互いを補足するだけの周辺情報であるかのように書いてある。たとえばブルーカラー労働者の労賃は製造原価算入、ホワイトカラー販管費人件費)算入になっており、雇用条件ばかりか会計基準レベルで区別されていること、しかも両者が同じ出身地から出稼ぎに来ているということが書かれていて感動したのだが、そうしたものが本当にあっさりと書いてある。

制度について、それがおよぼす影響の実態については、中国経営者にならなければ知りようがないのだが、中国企業労働者の行動や文化の方向性を理解する上で、言うまでもなく非常に役に立つ。他にも山のようにあるこうした記述のそれぞれに、どれが重要ですよ、とは書いてない。ただ必要な前提知識として、さらっと書いてあるだけだ。読者は自分の知識に応じて拾い上げるしかない。ちりばめられた情報の数々は、中国そのものを読者の思考の範囲に外挿してくれるであろう。

この本を読んでいると、直接見に行ってもまだ見えていなかった、違いがあるとは気づいてなかった、しかし違和感があったものごとの種明かしに出くわすことがよくある。読んだ時点で初めて、それは自分が違和感を持ちながら認識できなかったことである、とわかって驚くのだ。こんなことは、どんな分野の本でもめったにあることではない。それが頻発するのがこの本である。

中国のミクロレベルの経済を、深圳という都市を、本当に地に足の着いた視線で眺めるには、この本が絶対に利く。興味のある人には必読と言ってよい。5つ星にもいろいろ幅があると思うけど、これは文句なくオススメの5つ星である。


「ハードウェアのシリコンバレー深セン」に学ぶ−これからの製造のトレンドとエコシステム