椰月美智子「死」(『みきわめ検定』収録 講談社)

 彼女は、誰もいない隣のベッドを見た。そして、あることに気が付いた。そこは確かに静かだったけど、昨日までのほうが、もっとしんとしていたのだった。あの女の人がいたほうが、静寂だった。今は、ただの空っぽのベッドだ。おかしいところなんて、ひとつもない。
 彼女は、白く整ったベッドを見ながら、あの人こそが「死」だったんだ、と思い当たった。彼女の気配は「死」そのものだった。ボーイフレンドの病室から見た、あの白っぽくひらひらして見えたものは、もうすっかり、どっぷり「死」だった。  p.56〜57

 生と死は、確かに隣り合わせだけど、そんなもんクソ食らえだ。もちろん、確かになにかの拍子で、間違って死んでしまうことだってある。
 でも、自分は絶対に死なないだろうと思った。それは強い確信、自信だった。隣のベッドの女の人が自殺したって、電車で隣に座った人が誰かに刺されて死んだって、田舎のおじいちゃんが病気でご臨終になったって、恋人が交通事故で即死したって、決して自分だけは死なない、と思った。  p.57